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居候させて貰っているオカマバー『女優』、現在営業時間前。
その店内の真ん中にあるソファに、どっしりと居場所を確保している京一。
彼に目の前には、特徴的な髪型をした体躯の良い男が一人。
「――――――ヘルプだァ?」
判り易く顔を顰めた京一に、男―――雨紋は頼む、と顔の前で両手を合わせる。
「お前しか頼める奴がいねェんだ。来週までに新譜が弾けるような奴!」
「…って、三週間前に新しいベースの奴入ったんじゃなかったのかよ」
京一の言葉に、雨紋は気まずそうに口を噤む。
それだけで、京一は大体の事情を察した。
はぁ、と大きな溜息が漏れる。
「どうせまた亮一だろ」
「…………」
雨紋雷人は、幼馴染の唐栖亮一と“CROW”と言う名のバンドを組んでいる。
ボーカルを雨紋が担当し、ギターと作詞を亮一が受け持っているのだが、それ以外のメンバーは固定しない―――否、出来ない。
元々人付き合いの上手くない亮一がメンバーと衝突を繰り返し、喧嘩別れになってしまうのだ。
京一が二人に出会ったのは、中学生の頃――――三年前になる。
小さな古いライブハウスで、複数のバンドが参加する合同ライブがあった日。
ヘルプで別のバンドに入っていた京一は、楽屋で“CROW”が揉めている場面に居合わせた。
その時もメンバーと揉めていたのは亮一で、最後にはギターを担当していたメンバーが出番直前になってライブハウスを出て行くと言う事態になってしまった。
メンバーが欠けてその日のステージをどうしようかと頭を抱えていた雨紋に、京一が声をかけたのが最初だった。
当日になって何が原因で喧嘩をしていたのか、今でも京一は知らない。
付き合いが長くなる内、そういう事は彼らには珍しくないという事だけ、知ることが出来た。
京一が普段触っているのはベースだったが、ギターもベース程でないにしろ人前で引ける程度の技術は持っていた。
簡単なコード進行とアドリブでいいなら、と言う京一に、雨紋は構わないと言った。
あの時の彼は当日のステージを無にしたくない一心で、心底、藁をも掴む思いだったのだろう。
それ以来、京一と“CROW”の関係はつかず離れずの距離で続いている。
雨紋は時折、冗談半分で京一を“CROW”正式メンバーに誘う言を取る事があった。
亮一も機嫌が良ければ「それがいいよ」と言っていた。
しかし京一は当時から専らヘルプで参入するだけで、何処にも属さない。
雨紋と亮一の誘い文句にも、「気が向いたらな」と言うだけ。
けれど、だからこそ京一と“CROW”の関係は切れる事なく続いているのだろう。
切れる事なく続いている関係だから、こういう緊急のヘルプに呼ばれる事も増えた。
亮一がメンバーと揉めて喧嘩別れして、それがギターやベースである場合、十中八九、京一に声がかかるのだ。
「……別にいいけどよ」
溜息交じりに呟いた京一の言葉は、しっかりと雨紋に届いたらしい。
俯けていた頭がパッと上がり、その表情は喜色。
「そうか! 助かるぜ、新譜はコイツだ」
「持って来てんのかよ」
「お前の事だから、引き受けてくれると思ってよ」
今からでも蹴ってやろうか。
雨紋の台詞に、そんな気持ちが湧き上がってくる。
が、嬉しそうに新譜の狙い目について説明する雨紋を見ていると、まぁいいかと思う。
「で、此処からが転調でな。それと、此処の三連は強めに弾いてくれ」
「……ってちょっと待て。三連の三連なんか入れてんじゃねーよ!」
「亮一がこれで行きたいって言ったんだよ。お前だったら出来るだろうが! それともなんだ、出来ねェってのか!?」
「ンな安い挑発に誰が乗るか! そんな阿呆な曲にすっから、揉めるんだろーが!」
「バカ言え、これでも簡単にした方なんだぞ。元は九連だったんだ」
「自慢にもならねーよ!」
バンッとテーブルを強く叩く。
強くし過ぎて、こっちの手が痛くなった。
京一の癇癪持ちに、雨紋はとうの昔に慣れていた。
と言うか亮一も癇癪持ちの感があるから、こういう手合いとの付き合い方を心得ているのだ。
そしてなんだかんだと言っている京一も、結局はこの譜面のままで引き受ける。
雨紋と亮一のこだわりを受け入れると言う訳ではなかったが、自分の方に押し通すほどの意地がないのだ。
ベースやギターは好きで触れているし、好きこそものの上手なれという奴で、彼らほど情熱がある訳ではない。
だったら出来る範囲なら付き合ってやるか、と思うのが常だ。
もっとも、京一がこうして譲歩する相手は、ごく少数だが。
「で、新譜はこいつだけか? 後は前に弾いた奴でいいのかよ?」
「ああ。ステージは三曲の予定だが、こいつ以外はテッパンで行こうと思ってる」
「亮一の奴は納得してんのか?」
「問題ない」
と雨紋は言うが、それも当日になってどうなるやら。
亮一が癇癪を起こしてメンバーと揉めるのと同じ位、ナンバー変更は有り得るのだ。
そんな“CROW”に短気な京一が付き合っていられるのは、この微妙な距離感があってこそ。
毎日のように顔を合わせていたら、亮一の癇癪に耐えられなくなる自信が京一にはある。
……だからメンバー交代ばっかなんだな、と京一は譜面を眺めながら思った。
「なんにせよ、これで助かったぜ。来週のライブをフイにしなくて済みそうだ」
雨紋がほっと一息吐く。
「おい蓬莱寺、明日暇ならセッションしようぜ」
「ンだよ、いきなり」
「亮一にも言わなきゃいけねえし、一通りの雰囲気は聞いて置いた方がいいだろ」
「…いらねェよ。つーか暇じゃねェ」
「なんだ。補習か」
また京一の眉間に皺が寄る。
的を射ていた。
「それもあるけどな。そもそも必要ねェよ、練習なんか。本番前だけで十分だろ」
面倒臭いと言う表情を隠さずに告げる京一に、今度は雨紋が溜息を吐いた。
京一は昔からそうだ。
腕はいいからあちらこちらのバンドのヘルプに呼ばれるが、その練習に参加する事は殆どない。
余程暇を持て余している時か、単純に気紛れを起こした時程度のものだ。
京一が必ず参加するのは、本番前の合わせ程度のものだった。
それで本番、見事に弾きこなしてしまうから、とんだ化け物だと雨紋は思う。
京一のその実力は、雨紋にしてみても、他のバンドでヘルプ募集をかけている者にしても、有難い。
時間がなくてもマスターして来るし、当日に飛び込みで頼んでもアドリブで演奏してくれる。
だが、ぶっちゃけてしまえば協調性がないのが悩みの種だ。
京一が何処にも属そうとしないのは、自身のそう言った性質を理解しているからだろう。
けれど、いつまでもそうしていた所で、何も変わりはしないのだ。
あれだけ良い腕を持っていても、その全てを引き出す事が出来ない。
「………ンだよ」
溜息を吐いてから黙した雨紋を、京一は睨み付けた。
いいや、なんでも。
そう言うように雨紋は頭を横に振った。
「引き受けてくれて有難うよ。ライブは来週日曜の5時、“CROW”の出番は6時からだ。出来れば一度合わせておきてェから、2時頃にでも入っててくれると助かる」
「わーったわーった。来週日曜の2時な」
「おう。頼んだぜ」
そう言って立ち上がった雨紋を、京一はもう見なかった。
テーブルに置き去られた譜面を眺めているだけだ。
店を出る間際、雨紋は振り返る。
京一は何も言わない、何も求めて来ない。
頼まれれば答えるが、見返りはなく、同時に自分にも求められる事を厭うている。
本番前に練習しても、それ以外で京一の気紛れが起きても。
周りにタイミングや波長を合わせていても、どうしてだろうか。
雨紋は、京一とセッションしているとは思えない。
亮一と京一の間柄は、もっと冷えている。
人付き合いが苦手な亮一は滅多に京一に近付かず、そんな彼の空気を察してか、京一も亮一には近付かない。
雨紋が間に介していなければ、音合わせの時ですら彼らの間に会話はない。
それでも、亮一は雨紋とセッションする事を楽しんでくれるのだけど。
―――――京一はいつも、一人で音を鳴らしている。
音の楽しさも、バンドの楽しさも知っている。
けれど、誰かと音を共有する事を京一は知らない、感じた事がない。
知れば良いのに。
セッションの楽しさを。
感じれば良いのに。
音を共有する喜びを。
雨紋は覚えている。
最初に亮一とセッションした瞬間の感覚を。
あれに勝る喜びは、そうそう出逢えるものじゃない。
(お前も探せよ、そんなセッションが出来る奴を)
扉が閉じる間際。
聞こえてきたベースの音は、やっぱり“独り”の音だった。
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こんなに雨紋に喋らせたの初めてだ……たまーに書いてもちょびっとしか出てないから…
アニメ本編では中々ベースをマスターできなかった京一ですが、この設定では相当な腕を持ってるようです(書いてから自分でびっくりした…)。
でも一緒に楽しめる相手がいない。好きだから練習はするけど、それを思うように発揮する程楽しいとは思ってない。宝の持ち腐れ状態。雨紋は宝の持ち腐れも勿体無いと思うし、何より本人が弾いてて楽しそうじゃないのが引っかかってる。
……雨紋ってひょっとして世話焼きなのかな。亮一の事とか。ゲームの雨紋も結構お節介だったなぁ。