例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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summer memory 4











茜の空

茜のとんぼ


きらきら金色の太陽が、茜色になって山の向こうに隠れていく




ばいばいするには、もう少しだけ早いから

手を繋いで、寝転がって空を見る


























summer memory
- 夕涼み -



































みぃん、みぃん。
じー、じー、じー。







8月が半分過ぎた。
夏休みが終わるまで、あと二週間が残っている。

相変わらず蝉の声は山のあちこちから聞こえてきて、降り注ぐ太陽の光は暑くて眩しい。
それでも川を流れる水は冷たくて、きらりきらりと閃く光の反射は子供達の心を躍らせる。
跳んで行くオニヤンマを虫取り網を持った子供が追いかけて、道行く大人達はその光景に目を細めた。


夏はもう終盤だ。
だけど、夏が終わるなんて、まるで思えないくらいに暑くて、子供達は元気に駆け回っていた。




夏祭りの日に取った二匹の金魚は、龍麻の家の玄関口の土間で、今も水槽の中で元気にスイスイ泳いでいる。
水の中にきちんと酸素を送り込む道具を入れて、餌はパンの耳を細かく千切ったものだ。

あの日、京一にあげた二匹の金魚も、元気だと言う。
京一が自分でちゃんと餌をあげて、毎日毎日、元気に泳いでいるのを覗き込む。
今まで動物を飼ったことなんてなくて、なんだかとても新鮮な気持ちらしい。

金魚の話をする時、京一は楽しそうで、龍麻も楽しくて、その話はいつまで経っても尽きなかった。


龍麻は、金魚に名前をつけた。
京一も、金魚に名前をつけた。

でも、時々どっちがどっちだったか判らなくなったりした。
まじまじと見て、ようやっと違いを見つけて、区別が出来た。



一日のやることリストの中に、金魚の世話が増えたけれど、龍麻は相変わらず山の麓にも行った。
昼前には其処に着いて絵を描いていて、昼頃になると京一が来る。

初めて二人一緒に山に入ったあの日から、時々、二人揃って山に入るようになった。
龍麻は京一の虫取り網を借りて、蝉が取れるようになったし、カマキリも触れるようになった。
でも木登りをすると、やっぱり京一の方が早かった。


帰り道の途中で、畑帰りの母に会った時、初めて京一を家に招いた。
二人、縁側で並んでジュースを飲んで、京一は空が暗くなる前に帰った。
帰る京一を見送る時、少し寂しかった。

それから時々、京一は龍麻の家に寄ってから帰るようになった。
うっかり帰るのが遅くなって空が暗くなると、京一の父が迎えに来た。














































みぃん、みぃん。
じー、じー、じー。






―――――その日は山に入っていつも通りに遊んで、空が茜になる前に下りた。

美味しいスイカが出来たから、京一君を連れておいで、と龍麻が父に言われていたからだ。
だから外で遊ぶのはそこそこにして、腹が空いた頃に家に帰った。



いつもよりも早い時間に、二人並んで帰ってきた子供達を、母は笑顔で迎えてくれた。
そしていつものように縁側に座って待っていると、さあさあ、お待たせ、とスイカがやって来る。







「うめェ!」






しゃぐっと口いっぱいにスイカを齧って、京一が言った。
満面の笑みに、龍麻も嬉しくなって、スイカを齧る。






「うめーな、このスイカ!」
「うん」






真っ赤な果肉が、すごく甘い。

龍麻は、苺が一番好きだけれど、夏はやっぱりスイカもいい。
母が丹精こめて作ってくれたスイカは、冷たくて甘くて、凄く美味しい。



京一は種を飲み込んでしまうんじゃないかと思うくらい、早いペースで一切れ平らげた。
赤い部分がキレイになくなって、残っているのは見事に皮だけ。
種もちゃんと吐き出して、皿にはそれらだけが残された。


母はスイカを三角の形に切って持ってきてくれた。
全部で4切れ。

龍麻一人なら、二つ食べるのが精々なのだけど、京一なら全て食べてしまいそうだ。






「もう一個食って良いか?」
「うん」






断ってから、京一は二つ目に手を伸ばす。
しゃぐっと水気のある音がして、嬉しそうに笑う。
美味しそうに食べるなあ、と龍麻は思った。






「やっぱ夏はスイカだなッ」
「京一、この前はカキ氷って言ってた」
「あー。ま、いいじゃねェか、どっちでも」






美味いから、と言って、京一はスイカに齧りつく。


うん。
どっちでも良いと思う。

よく冷えた甘いスイカも、キンキンのカキ氷も、暑い夏の季節によく似合う。
京一の麦わら帽子も、日に焼けた腕も、麦わら帽子の笑顔も。
全部似合っていて好きだから、龍麻はそれで良いと思う。



とんとん、歩く音がして振り返ると、母が此方にやって来た。






「よく食べるわね、京一君」
「だってスゲーうめェもん」
「ふふ、ありがとうね」






ふんわり笑う母に、京一が照れくさそうに鼻を掻いた。






「この分だと、足りないかも知れないわねぇ。持って来てあげましょうか」
「いいのか? おじさんとおばさんのもあるんだろ?」
「大丈夫よ。畑に行けば、まだまだあるから。沢山食べてね」






頷いて、京一はあと少し残っている手元のスイカに齧り付く。
龍麻はやっと一つ食べ終わった。

二個目を先に食べたからと、残っていた一つは龍麻が食べることになった。
少し待っていれば、母がまた持ってきてくれる。
それまで待ってる、と京一は言った。
別に、先に食べてもらっても龍麻は構わなかったけれど、京一が良いと言うから、食べることにした。






「いいなー、龍麻。お前の父ちゃんと母ちゃん、優しくてさ」
「京一のお父さんも優しいよ」
「おめェにだけでェ。オレにゃ直ぐにヤな事言いやがる」






京一は唇を尖らせて、拗ねた顔になって言う。
いつもいつも、ああだとか、こうだとか。
優しいなんてあるもんか、と言う京一だったけれど、その目は必ずしも父を嫌っている訳ではないようで。

確かに、京一の父は、龍麻の父のように優しい言葉をかけるよりも、息子をからかっている方が多い。
でも何も本気で酷いことを言っている訳じゃなくて、それは京一も感じているのだろう。


龍麻は、自分の父も優しくて好きだけど、京一の父も優しくて好きだ。
この“優しい”にはそれぞれ違いがあって、京一の父はちゃんと京一に対して優しい。
それが少し判り憎くて、そして京一も素直じゃないから、お互いにケンカみたいな言い合いが始まるだけで。



だって、山の中で迷子になったあの日、京一は父を呼んだ。
迎えに来た父に抱き付いて、大きな声で泣いた。

父は、そんな息子を抱き締めて、頭を撫でていた。


お互い大好きじゃなかったら、あんな風にはならないと、龍麻は思う。






みぃんみぃん……
じー、じー……






少しの間沈黙があって、その間に蝉の声が少しずつ静かになってきた。
空の向こうで、蒼と橙が混ざり始めている。

それを二人で見ていると、母がお盆にスイカを乗せて戻って来た。






「はい、どうぞ」
「うん」
「さんきゅー、おばさん!」






早速、京一が一切れに齧り付いた。
景気の良い食べっぷりに、母がくすくすと笑っている。

龍麻も真似して、思いっきり大きく口を開けて齧り付いた。
口いっぱいに甘い味が広がって、大粒の果肉を噛むのが大変だった。






「ひーちゃん、京一君、スイカは好き?」
「大好き」
「オレも!」
「じゃあ、今度はスイカジュース作ってあげようね」






聞きなれぬ品の名前に、龍麻と京一は顔を見合わせる。
オレンジジュースやリンゴジュースは知っているけど、スイカジュースなんて見たことがない。






「スイカジュースってどんなの?」
「オレ、見たことねェよ」






知らない知識を発見して、二人は興味津々に母に尋ねる。
母はふんわりと笑って、






「スイカの種を取ってね、砂糖とちょっとお塩を入れて、ジューサーにかけるのよ」
「それ、うめェの?」
「さっぱりしていて美味しいわよ。ひーちゃんも飲んだことある筈よ」
「……? 僕、覚えてない」
「お夕飯の後に、時々出してたわ。でも、スイカだって言った事なかったね」






言われて、龍麻は去年の夏を思い出す。
確かに、夕食の後、赤くて冷たいジュースを飲んだような気もする。
あれはスイカのような味がしていただろうか。


思い出せたような、よく判らないような。
曖昧な記憶に、龍麻は首を傾げた。

そんな息子に母は微笑んで、今度作ってあげるわね、と言った。
その時は京一も一緒が良いと言ったら、じゃあ、今作りましょうか、と言って台所に戻って行った。






「トマトジュースなら知ってんだけどな」






片手のスイカを一齧りして、京一が呟いた。






「お母さんの畑のトマトで作ったジュース、美味しいよ」
「すげーな。なんでも美味くしちまうんだな、龍麻のおばさん」






京一の言葉が嬉しくて、なんだか龍麻は自分まで褒められたような気がした。



すい、と何かが視界を横切った。
茜色のとんぼだ。






「あ、アカトンボ」
「ナツアカネだな」






龍麻の呟きに、京一が付け加えた。


ナツアカネ? と首を傾げる。
アキアカネなら聞いたことがあったけれど、ナツアカネは知らない。

京一は食べかけのスイカを置いて立ち上がり、虫取り網を手に持つと、すいすい飛ぶ茜のとんぼを追いかけた。
程なく、網にとんぼを捕まえて、京一はその羽を持って縁側に戻ってくる。
とんぼを虫かごの中に入れて、龍麻にそれを見せた。






「ほら、やっぱナツアカネだ」
「……アカトンボじゃないの? 赤いよ」
「アカトンボだよ。アカトンボのナツアカネ。尻尾も頭も目も赤いだろ。これがナツアカネ」






確かに、尻尾の先から頭まで、そのアカトンボはキレイな茜色をしている。
まるで夕日がそのまま体に溶け込んだみたいだった。






「アキアカネとかと違うの?」
「アキアカネは、此処まで赤くねェんだよ。もうちょっとでかいし。尻尾の方の内側に、黒い点々があるのがアキアカネ」






京一は色んなことを知っている。
虫の飛び方、色、鳴き方で、見分けることが出来る。

龍麻は生まれてからずっとこの山で育ったけれど、あまりよく知らない。
ミンミンゼミやクマゼミは知っているけど、他の蝉は覚えていないし、どれがどう鳴くかも判らない。
毎日のように山の中で虫取りをしているクラスメイトは、多分知っていると思うけど。
龍麻が虫に興味を持つようになったのは、京一が見せてくれるようになってからだった。


今から色々覚えても、京一に追いつけるだろうか。
京一に色んなことを教えて欲しかった。






「僕、アカトンボってアキアカネだけだと思ってた」
「ま、オレも最初はそんなのだったぜ。父ちゃんに教えて貰った」
「お父さん?」
「なんか知らねェけど、そんなのばっかり知ってんだ」






虫の取り方も見つけ方も、最初は父から教わったんだと京一は言った。

木登りが出来るようになるまでは、肩車をして貰って虫取りをしていた。
剣術稽古の後の暑い日でも、父は面倒だなァなどと言いながら、時々息子よりも楽しんでいたりした。






「凄いね、京一のお父さん」






龍麻の言葉に、まぁな、と京一は言って、縁側に腰を下ろした。
地面に届かない足が、宙に浮いてぷらぷら揺れる。


もう十分見たから、と、京一が虫かごのフタを開けた。
茜色のとんぼはしばらくすいすい二人の周りを飛び回り、やがて高く飛んで行った。
自分と同じ、茜色の空に向かって。

それを少しの間見送って、京一は食べかけだったスイカをまた手に取った。






「お前の父ちゃんもすげェよ。皿とか作れるんだろ?」
「うん。一杯作ってる」
「オレの父ちゃんだったら、絶対割ってばっかぜ。すぐモノ壊すんだ、あの親父」






また悪口が始まった。
だけど、それも父をよく見ているから、出て来るものだと、龍麻は知っている。






……かなかな。
……かなかなかな。






ひゅうと涼しい風が吹き抜けて、空の蒼が少しずつ茜の色に溶けて行く。
山の向こうに沈んでいく太陽の光は、昼間の光よりもほんの少し柔らかくて、でもやっぱり眩しい。

その光の中を、茜色のとんぼが群れをなして飛んで行った。








































かなかなかな。
かなかなかな。






ヒグラシが鳴き始めて随分経った頃。
空はすっかり茜色に染められ、あと半刻もしない内に朱色が漆になる頃に、男はその家の戸を叩いた。

はいはい、と足早に向かった家主と妻が見た者は、息子の友達の父だった。







「うちのバカ息子、今日も此方に来てますかね」







世話かけまして、と男は笑う。






「ああ、蓬莱寺さんでしたか」
「はいはい。縁側で仲良くしてますよ」
「どうも。毎日、うちの倅が世話ンなって」






顔を合わせる度に恒例になった挨拶だ。
主人と客人とで頭を下げている間に、母は息子を呼ぶ。






「ひーちゃん、京一君。京一君のお父さんが迎えに来られたわよ」






そう言うと、いつも渋々顔の京一を連れて、龍麻が玄関にやって来る。
龍麻も少し残念そうな顔で。

それでも迎えが来れば帰る時間になる訳で、二人ともそれはきちんと判っていた。
だから声を出して呼べば、いつもちゃんと返事が返って来る。


―――――筈、なのだけど。



その日は、しんと静まり返ったままだった。







「ひーちゃん、京一君」
「おい、京一。京一」






父が二人で呼んでみるけれど、やはり返事がなかった。
親たちはそれぞれ顔を見合わせ、母が二人がいるであろう縁側へと赴く。


一体どうしたのかと首を捻る父達の元へ、母は直ぐに戻って来た。
困ったように微笑みながら。






「蓬莱寺さん、すみませんが、もう少しだけ待ってやって頂けませんか?」
「……と、言いますと?」






息子が何かしでかしたか、と日頃のやんちゃ振りを思って問う。
すると、母は京一の父に家に上がるように勧めて、奥へと案内した。



古い平屋作りの家。
障子戸はそれぞれ開け放たれて、夕時の風が滑り込んで来る。
日中は中々鳴らない風鈴が、今はりぃんりぃんと小さな音を立てていた。

暑い真夏の、束の間の涼。







やがて二人の父が見付けたのは、縁側に寝転がって、手を繋いで眠る息子たち。
夢路で遊ぶ子供達を、起こしたりなんてしては可哀想で。


















夕陽に照らされた丸い頬が、いつもよりもなんだか赤く見えた。



















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(夏休みで5題 / 4.夕涼み)


手繋ぎ好きだー。
そのまま縁側で仲良くおねんね大好きだー。
夢の中で一緒に虫取りしてればいい。

京一、起きたら父ちゃんがいるのにきょとんとして、「なんでいんの?」ってきっと聞く。
PR

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