例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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02 できるだけ早くお召し上がり下さい








前日、雨の中を走って帰る羽目になった。
間違いなく、原因はそれだろう。




朝から頭痛が酷くて起きられず、仔猫の鳴く声にようよう目を開けた時には、かなり酷い有様だったと言って良い。
起き上がると脳がグラグラするような感覚がして、立ち上がれば真っ直ぐにならず、足取りも覚束無かった。
まずいなぁと思っていたら、案の定仔猫の方がもっと酷い顔をして、休んで下さいとベッドに引っ張り戻されてしまった。

仔猫は仔猫で、ベッドに押し戻したはいいものの、どうして良いのか判らなかったようで、ベッドの横で右往左往していた。
体温計を持って来て貰うように頼んで、持って来られたそれで測ると、39度と言う数字。
ああそりゃあこんなにもなる、と思いながら、取り敢えず会社には休む連絡をして、
仔猫には冷蔵庫の中にある昨日の夕飯を食べるように言って、一先ず寝て過ごす事にした。



元気でやんちゃな仔猫にしては珍しく、今日は随分、大人しかった。
近所に住んでいる野良猫が遊びに来たが、今日は行けない、と言って少し話をしただけで終わった。
そうさんと一緒にいたいと言うのが聞こえて、そっか、と帰る猫に、悪い事をしたかと虚ろな頭で考えた。



昼には多少はマシになって、せめて仔猫の食事だけでもと起きた。

すぐさま仔猫は飛んできて、顔が赤いです、寝てなきゃダメです、と言った。
確かに少し足はフラついた気もしたが、朝よりは良かったし、頭もスッキリしていた。
何より、変な所で遠慮して我慢しようとする傾向のある仔猫に、一日空腹を味合わせてしまいたくはなかった。

食パンを焼いて、自分はスープで済ませた。
いつもなら、平日でももう少し多めに用意して家を出る。
少なくて悪いなと言うと、仔猫は物凄い勢いで首を横に振った。


食べ終わると、仔猫が食器を流し台に持って行って、自分はまた寝た。
夜までにはもう少し回復しておかなければと、思いながら。







それから、夜になって目が覚めて。








「………左之助?」






朝から昼まで、自分が寝ている間、仔猫は傍を離れなかった。
ベッドサイドに齧り付いて、伝染るかも知れないからと言っても聞かなかった。
そうさんと一緒にいます、そうさんが治るんだったら伝染して下さい、なんて言って。

昼食後から今の今まで寝ていたので、時間にして6時間以上である。
流石の仔猫も飽いたかと思って起き上がると、寝室のドアが開いて。






「そうさん!」
「…左之助」






起きた! と嬉しさ一杯の顔で、左之助は相楽に抱き付いた。
擦り寄る温もりが愛しくて、寂しい思いをさせていたかなと眉尻を下げる。


甘える左之助の瞼にキスを落として、ふと気付く。

左之助からは、いつも暖かな匂いがする。
昼間日向で寝ているから、太陽の光がそのまま染み込んでしまったかのような。
ふわふわとした春のような、溌剌とした夏のような、そんな匂い。

それがこの時は、少し違った匂いがした。







「左之助、何をしていたんだ?」






問うと、左之助の耳がぴんと立った。
立ってから、ぺたんと寝てしまう。







「あの、その……ば、晩飯…」
「ああ、作らないとな。腹が減っただろう」







何か摘んだなと思いながら、左之助を抱いて立ち上がる。
左之助は、いや、とか、あの、とか言っていたが、この時相楽は気にしなかった。

一日何処にも行かなかったとは言え、朝も昼も簡単なもので済ませたし、育ち盛りのこの仔猫の腹が満たされる訳もない。
お菓子類はそれほどストックしていないし、冷蔵庫の中身も多く入れてはいない。
躾がきちんと行き届いているからか、左之助は滅多に冷蔵庫を荒らす事はなかった(あっても可愛いものだ)。
故に尚更、左之助の腹が限界を訴えているだろうと、相楽も容易に想像出来た。



寝室を出て、リビングに入って。
部屋の真ん中に置いているテーブルの上に並ぶものを見つけて、相楽は眼を丸くした。









「………左之助?」








腕に抱いた仔猫の名を呼ぶと、左之助は顔を真っ赤にして、相楽の胸に顔を埋めている。



リビングのテーブルに並んでいるのは、ぐちゃぐちゃの形のおにぎり。
それから味噌汁と、昨日の夕飯の残りである魚の煮付け。

白飯は多分、冷凍したものを解凍して。
味噌汁はインスタントだろう、棚の下に仕舞っていたものがあった筈。
魚の煮付けは電子レンジで温めたばかりのようで、左之助から香った匂いはこれと同じ物だ。


それらが、きちんとそれぞれ二皿ずつ。




頑張ってくれたのだと判る。
体調の悪い相楽に無理をさせないようにと、精一杯。








「……そうさん」
「うん?」







顔の赤みが引いた左之助が、ようやく顔を上げた。









「晩飯、一緒に食えますか?」








……言って、見上げる瞳の色に、ああやっぱり寂しかったんだと。
朝も昼もろくに構ってやれなかったから、もうそろそろ良いですか、と。

問い掛ける瞳に微笑んで。




食事は温かい内に食べないと。
食べ物達にも悪いしね。

―――――それに。








「折角の左之助の手作りだ。冷めてしまっては、勿体無いね」














赤い顔で喜ぶ仔猫に、たまのたまになら風邪も良いのかも知れない、と思った。













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インスタントでも残り物でも、頑張ってくれたんだから。

……自分、気が向いた時に食うので、大抵冷め切ったのを温めます。
でもどうせなら、出来立てで食べたいね(じゃ早く食え)。
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