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海というものを、左之助も克浩も見た事がなかった。
左之助は信州の山間にある村の出身で、克浩も海など話にしか聞いた事がない。
だから、海沿いの出身だという隊士の話を、飽きずに何度も聞かせて貰っていた。
今日もその話を聞いている最中、左之助がポツリと呟いた。
「見てみてェな、海」
話を聞いてばかりいるうちに、海への情景は益々強くなっていく。
見渡す限り、だだっ広い蒼が広がっているなんて、まだ左之助は想像できなかった。
絵に描かれたものは見た事があるけれど、やはり百聞は一見に如かず。
模造されたものを見る度、一度でいいから本物が見てみたい、という思いは強くなっていった。
それは克浩も同じで、見た事のないものの話を聞けば、知識欲が刺激される。
左之助の言葉に頷けば、同志がいると知ってか、左之助の表情がぱっと明るいものになる。
「やっぱ克も見てみてェか?」
「そりゃあな。でも、この時期の海は勘弁だ」
克浩の言葉に、左之助はなんでだ、と首を傾げた。
今の季節は冬。
吹き付ける北風は、海の向こうからも冷たい空気を運んでくると言う。
夏なら心地良い風であっただろうに、今は遊ぶには時期外れだ。
だが左之助はそれでも構わないらしい。
寒いだの暑いだのよりも、自分の欲求にまず正直なのだ。
「いいじゃねェか。冬の海でも面白ェもんあるって、絶対」
「水も冷たいだろ。オレは風邪ひきたくない」
「別に海に入れとは行ってねェだろ。浜でもなんかあるだろ」
陸では見れないものが見れると、今から想像が膨らんでいるのだろう。
興味なさげにゴロリと転がった克浩を、左之助は不満そうに睨む。
「っとに克はつまんねェな」
「悪かったな。オレはお前みたいになんにでもはしゃぐように出来てないんだよ」
「………今のはオレをバカにしてんのか?」
ご自由に、と呟いたら、蹴りが飛んできた。
どさっと音がして、左之助が克浩に背中を向けて寝転がっていた。
隊長を見上げてばかりいるから、もう癖になったのか、左之助は真っ直ぐ伸びていた。
育ちの良い悪いではなく、その伸びた背筋は左之助の気質を表しているようで、克浩はこっそり気に入っていた。
が、今は、小柄な背中がいじけたように少し丸くなっている。
克浩が海行きを渋ったのが、左之助の気に障ったらしい。
相変わらず何が何処の琴線に触れるのか、克浩には判然としない。
克浩よりもずっと色々なものに反応を示すから、琴線の少ない克浩では、大体が想像の範疇外だったりするのだ。
「絶対ェ面白ェのに」
お互いに背中を向けて寝転がっている所為だろう、いつもよりも声が遠く聞こえる。
この場に誰か大人が来たら、珍しくケンカでもしたのかと思うだろうか。
ケンカなんて、したくない。
だって相手は左之助だ。
ケンカなんてして、話が出来ないなんて事にはなりたくない。
「……じゃあ、」
起き上がって頭を掻きながら口を開くと、左之助が肩越しに此方を見た。
拗ねたような表情は、まだそのままだ。
「いつか、二人で見に行こう」
「――――――二人?」
思わず、と言った様子で左之助から問いの言葉が返って来た。
弾みで起き上がった左之助の肩に手をかけて、内緒話をするように顔を近付ける。
「二人で」
「…って、隊長達は?」
「だから、二人で」
「隊長達に内緒でか?」
「たまにはいいんじゃないか?」
克浩の言葉に、左之助は訳が判らないという顔をする。
そんな顔をするのは予想できていたから、別に落胆はしない。
どうして隊長達は駄目なんだ、という顔をする左之助に、克浩は何も言わない。
ただ二人切りでだったら、海に行く、と。
無茶苦茶な理屈をつける克浩に、左之助は益々混乱していた。
「お前と二人だったら、明日にでも行っていいぞ」
帰ってくる言葉が何であるのか、判っていながらそんな事を言う自分が、酷く滑稽だ。
でも、言った後、ほんの少しの間だけでも考え込む姿が好きだから。
でも、本当に。
お前が行きたいというのなら、何処にだって連れて行ってやりたいと思うんだ。
それがどんなに遠くでも。
克浩って何処出身なんだろう……
遠回し過ぎる告白。
当然、左之助気付かない(涙)。