例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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04 キミを攫って何処か遠くへ










海というものを、左之助も克浩も見た事がなかった。

左之助は信州の山間にある村の出身で、克浩も海など話にしか聞いた事がない。
だから、海沿いの出身だという隊士の話を、飽きずに何度も聞かせて貰っていた。


今日もその話を聞いている最中、左之助がポツリと呟いた。








「見てみてェな、海」








話を聞いてばかりいるうちに、海への情景は益々強くなっていく。
見渡す限り、だだっ広い蒼が広がっているなんて、まだ左之助は想像できなかった。
絵に描かれたものは見た事があるけれど、やはり百聞は一見に如かず。
模造されたものを見る度、一度でいいから本物が見てみたい、という思いは強くなっていった。

それは克浩も同じで、見た事のないものの話を聞けば、知識欲が刺激される。


左之助の言葉に頷けば、同志がいると知ってか、左之助の表情がぱっと明るいものになる。







「やっぱ克も見てみてェか?」
「そりゃあな。でも、この時期の海は勘弁だ」






克浩の言葉に、左之助はなんでだ、と首を傾げた。



今の季節は冬。
吹き付ける北風は、海の向こうからも冷たい空気を運んでくると言う。
夏なら心地良い風であっただろうに、今は遊ぶには時期外れだ。

だが左之助はそれでも構わないらしい。
寒いだの暑いだのよりも、自分の欲求にまず正直なのだ。






「いいじゃねェか。冬の海でも面白ェもんあるって、絶対」
「水も冷たいだろ。オレは風邪ひきたくない」
「別に海に入れとは行ってねェだろ。浜でもなんかあるだろ」






陸では見れないものが見れると、今から想像が膨らんでいるのだろう。
興味なさげにゴロリと転がった克浩を、左之助は不満そうに睨む。






「っとに克はつまんねェな」
「悪かったな。オレはお前みたいになんにでもはしゃぐように出来てないんだよ」
「………今のはオレをバカにしてんのか?」






ご自由に、と呟いたら、蹴りが飛んできた。



どさっと音がして、左之助が克浩に背中を向けて寝転がっていた。

隊長を見上げてばかりいるから、もう癖になったのか、左之助は真っ直ぐ伸びていた。
育ちの良い悪いではなく、その伸びた背筋は左之助の気質を表しているようで、克浩はこっそり気に入っていた。

が、今は、小柄な背中がいじけたように少し丸くなっている。


克浩が海行きを渋ったのが、左之助の気に障ったらしい。
相変わらず何が何処の琴線に触れるのか、克浩には判然としない。
克浩よりもずっと色々なものに反応を示すから、琴線の少ない克浩では、大体が想像の範疇外だったりするのだ。








「絶対ェ面白ェのに」








お互いに背中を向けて寝転がっている所為だろう、いつもよりも声が遠く聞こえる。
この場に誰か大人が来たら、珍しくケンカでもしたのかと思うだろうか。


ケンカなんて、したくない。
だって相手は左之助だ。

ケンカなんてして、話が出来ないなんて事にはなりたくない。








「……じゃあ、」








起き上がって頭を掻きながら口を開くと、左之助が肩越しに此方を見た。
拗ねたような表情は、まだそのままだ。









「いつか、二人で見に行こう」
「――――――二人?」








思わず、と言った様子で左之助から問いの言葉が返って来た。

弾みで起き上がった左之助の肩に手をかけて、内緒話をするように顔を近付ける。








「二人で」
「…って、隊長達は?」
「だから、二人で」
「隊長達に内緒でか?」
「たまにはいいんじゃないか?」








克浩の言葉に、左之助は訳が判らないという顔をする。
そんな顔をするのは予想できていたから、別に落胆はしない。


どうして隊長達は駄目なんだ、という顔をする左之助に、克浩は何も言わない。
ただ二人切りでだったら、海に行く、と。
無茶苦茶な理屈をつける克浩に、左之助は益々混乱していた。








「お前と二人だったら、明日にでも行っていいぞ」








帰ってくる言葉が何であるのか、判っていながらそんな事を言う自分が、酷く滑稽だ。
でも、言った後、ほんの少しの間だけでも考え込む姿が好きだから。












でも、本当に。


お前が行きたいというのなら、何処にだって連れて行ってやりたいと思うんだ。






それがどんなに遠くでも。















克浩って何処出身なんだろう……

遠回し過ぎる告白。
当然、左之助気付かない(涙)。
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