例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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How to, for you 後編






男同士のセックスを、知識の上で知ってはいても、まさか自分がそれをする事になるとは思わなかった。

今からでも前言撤回して、ごっくんクラブに逃げ込もうか……と思う気持ちもあるものの、真面目な顔で見下ろす親友に、結局絆される自分がいる。
自分はこんなにも付き合いの良い人間ではなかった筈なのだが。




畳の上は流石に御免だと、蒲団を敷いた。
上等な蒲団ではないから、やはりそれでも床の固さは消えないが、ないよりはマシだ。
背中が多少痛い気がするのだって、女じゃあるまいし、逐一文句を言う気にはならない。


明日は平日だから、学校がある。
制服が汗でベタつくのは嫌だったから、京一は全部脱いだ。
自分だけが裸だとなんだか腹が立ったので、龍麻も全て脱がせた。
二人とも生まれたままの状態で、蒲団の上で横になっている。

―――――龍麻の練習に付き合っているだけだと思いつつも、妙な背徳感が湧き上がる。
くっつき合って寝るなど、学校でもいつもの事で、裸だって体育の着替え等で見慣れている筈だ。
今更何を変な気を起こす必要があるのかと思うのに、見下ろす龍麻の視線に無性に羞恥を感じる気がした。




……女じゃあるまいし。

さっさと終わってしまえばいい、そうすればこんな思いも終わるのだから。





殆ど投げ遣りな思考回路で、京一は目を閉じて息を吐いた。







「京一、緊張してる」
「アホ」







悪態をついたが、確かに緊張していた。
何せ状況が状況だ、これで緊張するなと言うのが無理な話だ。

だと言うのに、龍麻はやけに落ち着いた表情。
先ほどと立場が逆転しているような気がして、なんだかムカついた。
見下ろす龍麻の前髪を無造作に引っ張ってやる。





「京一、痛い」
「自業自得だ」





オレにこんな真似をさせるんだからと、睨み付ける。
しかし龍麻は、数分前の泣きそうな顔は何処へやら、なんだか嬉しそうだった。





「……お前、なんか嬉しそうだな……」
「ごめん。だって京一が協力してくれるのが嬉しくてさ」
「気色悪い事言ってんな」





げしっと腹を蹴り上げる。






「明日、ラーメン奢れよ」
「京一って案外安いよね」
「帰る」
「ウソウソ」






龍麻の身体を押し退けようとした腕を、逆に捕まれて蒲団に縫い付けられる。
ぼんやりしているように見えて、古武術使いは伊達ではない。
力では京一も負けてはいないというのに、抗おうにも、押さえつけられている筈の腕にそう言った負担がかかって来ない。

抵抗とは、力に力で抗う事で可能となる。
筋力で押さえつけるから、抵抗させてしまうのだという事を、龍麻は十分理解していた。
関節を必要最低限の力だけで相手の動きを制し、相手の力を分散させる。


……妙なところで実力を発揮しないで貰いたいものだ。



抵抗を諦めて溜め息を吐くと、龍麻に心情の変化は伝わったらしい。
腕を押さえていた手が離れ、龍麻の手は京一の頬に添えられた。

女みたいな扱いをするなと思ったが、これは龍麻の練習の相手だ。
色々複雑な感じはするが、とりあえず今回限りは黙認することにした。


女だったら目を閉じる所か? と思いつつ、京一は近付く龍麻の顔をじっと見ていた。




程無く、呼吸が不可能になる。







「ん………」







声が漏れたのがどちらだったのか、京一は気にしなかった。
息が出来なければ、苦しくなって喉から抗議が漏れるのも仕方がない。


が、舌が入り込んできたのには驚いた。








「〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!??」








逃げ損ねた舌が、龍麻のそれと絡まりあう。
圧し掛かる龍麻を突き飛ばそうとしたが、それよりも早く龍麻が京一の腕を掴んだ。
行動パターンを読まれているのが、また腹が立つ。

腹を再度蹴り上げてやろうと足を浮かしたが、それも器用に足で制された。


だから、妙なところで実力を発揮するなと言うのに!(言ってはいないが)







「ん、ぐ、ふっ……う……!」
「む……ん……」







頬に添えられた手が顎に滑って、上向かされる。
顎が固定されていた所為で上歯と下歯の隙間が余計に開いた。
更に舌が奥まで侵入してくる。

逃げようと舌を引っ込めれば、更に深く口付けてくる。


息が出来ない。
鼻で呼吸すればいいのは判っている。
判っているのに、パニック状態の頭はまともに回ってくれなかった。






「ふ、ふぅ…ッ……ぐ……んん!」







やめろとか、離せとか、調子に乗るなとか。
言いたいことが山ほどあるが、それは全て音にはならない。
意味不明の苦しげな音が漏れるだけだ。


息苦しさで涙が出てきた。
女じゃあるまいし、こんな事で泣くなんて。
無呼吸の生理現象であっても、無性に悔しい。

いや、それよりとにかく、息がしたい。



――――そう思っていたら、ようやく口付けから解放された。








「っは……はぁっ…てめッ、龍麻ッ」
「何?」








怒鳴ってやろうと声を荒げるも、明らかに覇気がない。
それよりも酸素を取り込む方が生きる人間としては重要だった。






「お前、何ッ……ディープかましてんだ、このバカッ…!」
「気持ち良かった?」
「〜〜〜〜〜〜ッッッ!!」
「痛い痛い、ごめん、冗談」






何から言ってやればいいのか最早判らなくて、京一は無言で龍麻の頬を抓る。
抓る京一の手に血管が浮いているのは、龍麻の気の所為ではない。


頬を抓る手をそのままに、龍麻が手を伸ばす。
京一の少し褪せた、けれど明るい色をした髪に指先が触れた。

長く垂れた前髪を掻き揚げられて、京一は龍麻を抓るのを止める。
額に柔らかい感触が降って来た。
それが唇だと言うのは、見えなくてもなんとなく判った。





「こうすれば良かったね」
「つーか男相手によくディープなんかする気になったな、お前…」
「京一だから」
「意味が判んねェ」





額に落ちていたキスが、瞼の上になった。
そのまま少しずつそれは降りていって、目尻に、頬にも落とされる。


京一は、数分前の、仔犬のようにしょぼくれた龍麻の顔を思い出した。
あれから一転、龍麻は尻尾を振った仔犬のように楽しそうだ。

降ってくるキスがくすぐったくて、じゃれつく仔犬を思わせる。
小動物が構ってくれとじゃれついているのだと思えば、別段、嫌悪感はなかった。



気紛れに腕を持ち上げて、龍麻の前髪に触れてみた。
龍麻はきょとんと目を丸くしたが、程無く、嬉しそうにまた京一の頬にキスをした。

やっぱり仔犬がじゃれついているようで、京一はクッと小さく笑う。







「で? いつまでンな事ばっかしてんだ? 龍麻」
「んー……だって、よく判んないからさ。タイミングとか」
「お初の奴がンな事気にすんじゃねェよ。お前にムードとか期待してねェし、男同士じゃ寒いだけだしな」
「じゃあ、えーっと……」






龍麻の手が京一の胸板を滑る。

妙に丹念に触れてくる龍麻の手に、京一は何が面白いのか判らない。
初めてなんだから多めに見てやる事にするが、後からあまりしつこくしない方が良いとか言って置くべきか。
あまり口煩くするのも龍麻の癪に障るだろうから、取り敢えずは、思うようにさせてみよう。

行為の手順の確認とか、練習だとかと、いい加減腹を括って割り切ることにした京一だ。


剣術を幼い頃から続けている京一の胸筋は、やはり確り発達している。
醍醐のように判り易く盛り上がってはいないが、武術を使う者としての厚さは十分あった。

しかし、どれだけ触ろうとも、其処にあるのは男の硬い胸。
やっぱり女の方がいいよなぁと思いつつ、京一はちらりと龍麻の顔を見遣った。
龍麻は京一の心情など知らず、真剣そのものという表情をしている。



数度、胸を滑った指が、胸の突起に触れた。






「っ……」






男であるが故に、女に比べて退化している部分と言えど、其処も立派な性感帯の一つだ。
触れれば反応するし、刺激を与え続ければ勃起する。






「う…ちょ、龍麻ッ……」






指先で摘んで刺激され、京一は歯を噛み締める。
知識的な事は知っていても、やはりされるとなると、事実感じてしまうと、羞恥心と抵抗感が湧き上がる。






「た、つま…ッ」
「あ、たってきた」
「言うなッ!」





反射的に龍麻の頭部に肘を落としていた。


無防備な状態からの遠慮ない攻撃に、龍麻は撃沈する。
京一の胸の上に。

さらさらと男にしては細い髪の毛先の感触に、京一はぶるっと身を震わせた。






「京一、痛いよ」
「お、お前が妙なことするからだろ!」
「だってするんでしょ? こういう事」
「す、する事は、する…けど、なぁッ」






龍麻は性行為の手順を踏んでいるだけだ。
どうして止めるのと言わんばかりの龍麻の表情は、京一も判らないでもない。


龍麻はむーっと不満げな顔をして、手を置いていた場所にあった乳頭を摘む。







「うぁッ」







覚悟していなかった痛みに、声が上がった。


ピチャリと濡れる音と、生温かい感触がした。
見下ろしてみると、龍麻がもう片方の乳頭に舌を這わせていた。






「た、龍麻ッ! おい、ちょ……ッ!」






パニックになりかけている京一の声も聞かず、龍麻は刺激を与え続ける。
心拍数が上昇して、心臓が煩い位に鳴っている。






「京一、ドキドキしてる?」
「そーいうのじゃなくてだな、あのなッ」
「可愛いね」
「もっぺん殴るぞ!」






女なら確かにドキリとしそうな顔で、龍麻は言った。
が、此処にいるのは誰よりも男らしい男で、親友の京一だ。
返って来たのが物騒な台詞になるのも、当たり前。

龍麻は京一の激昂に構わず、尚も刺激を与えていた。
舌先で転がしたり、指で挟んだりと、京一の体も反応を見せ始める。






「っは…龍麻ッ……ま、待てッ……」
「なに?」
「だ、だから、ちょっと止まれっ…てェっ……!」






幾ら其処が性感帯であるとは言え、自分は男で、触れているのも男。
練習相手をしているにしても、これで感じてしまうのは京一の矜持が許さなかった。

しかし、龍麻の態度は、何を言っても暖簾に腕押しであった。



乳頭を弄っていた手が、肌を滑ってするりと下降して行く。






「後ろ、使うんだよね」
「っはッ…? ……あ、ちょ…、待てッ!」






臀部に回った龍麻の手が、探るように形をなぞって行く。


確かにそうだ。
男に女のような器官はない。
男同士のセックスで繋がる為に使うのは、肛門だ。

知っている、判っている、ただしやっぱりやった事はなかったし、今後もやりたくはない。
相手が信頼している親友である龍麻であっても!



頼むから待ってくれ、と殆ど懇願のような形で中断を求める京一の声を、龍麻は結局聞かなかった。







「う、あぁッ!!」






下部を襲った圧迫感の痛みに、悲鳴に近い声が上がる。
情けなくて反射的に手で口を覆ったが、出てしまったものは取り戻せない。


いや、それより、それよりもだ。


違和感が、異物感が。








(〜〜〜〜〜ホントに指挿入れやがった!!)








ローションなんてこの部屋にはない。
解す為にそういう行為になるのは、不自然ではない。

けれど、其処は紛れもない排泄器官であって、受け入れる場所ではない。
排泄されるのは主に便で、汚物で、別に不潔にしているつもりはないが、どう考えたって抵抗がある箇所。


其処に、龍麻は躊躇う様子も微塵も見せず、指を挿入させた。



痛い。
はっきり言って痛い。
それ以外の何も浮かばなかった。

世の中の同性愛者ってのは、こんな痛い思いしてでも好きな相手と繋がりたいのか。

痛みの所為か、混乱によるものかは判らないが、返って驚くほど冷静になった頭は、全く関係ない事を考えていた。
…やはりパニックになっているのだろう。


そんな部分への痛みを、どうしてやり過ごせばいいのか。
余分な力が入っている所為で、指を締め付けているのはなんとなく判った。
判ったが、だからと言ってこんな状況でどうやって力を抜けばいいのか。

苦し紛れに蒲団のシーツを手繰って、ぐしゃぐしゃにして握り締めた。






「京一、指、痛い」
「―――そ、れどころ、じゃ、ねぇッ…!!」
「京一、息吐いて」
「……う……無理……!」






痛みを耐える為に、歯を食い縛る。
痛みに耐える為に、力が入ってしまう。


そんな京一を見下ろして、龍麻は困った顔になる。
痛い思いはさせたくないし、自分もしたくないのだろうが、此処で中断する気はないのだろう。

もう此処で諦めてくれたら、事は全部丸く収まってくれるような気がする。
男相手に此処までしたのだから、女相手ならもう大丈夫だろうと。
無茶苦茶な理屈と言われようと、京一はそう思った。

――――とにかく、もう止めたくて堪らなかったのだ。
情けないとか、プライドとか、そういう問題じゃない、これは!




ぎりぎり歯を食い縛って、痛みに耐えて固く目を閉じる。

ふっとその瞼の裏に翳りが差した。
どうにか片目だけを開けてみると、龍麻の顔が間近にあって。







「ん…、ぅ……!」







舌で歯列をなぞられる。
ぞくりとした感覚が背中を走って、喉の奥から声のような、呻きのようなものが漏れた。
開いた隙間にすかさず舌が滑り込んできて、京一のそれと絡み合う。

水音のようなものが鼓膜を揺らし、それが己の咥内で立てられている音だと認識するまで時間がかかった。


舌が絡まりあって音を立てる度、悪寒に似た、けれども違うものが背筋に昇る。






「ふ…ぅ……ふぁ……」
「ん……きょーいち……」
「んん……!」






先刻のディープキスと違って、今度はちゃんと息が出来る。
少しずつ下部の圧迫感が薄れていくのには、薄らとだが気付いていた。


締め付けの緩んだ指が動いて、京一の躯が跳ねた。






「龍、麻……ッ」
「もう痛くない?」
「い、たか…ねェ…けど……んッ」






痛みが和らいでも、這い上がってくる異物感は消えない。
頼むからもうちょっと待ってくれと、京一は龍麻を見上げた。

しかし願い敵わず、龍麻の指が動き出す。






「ちょっ、あッ! た、龍麻ッ…待て、ッ…く…!」
「解すって、どれくらい?」
「し、知らな……ッ!」






内部を探るように、押し広げるように動く龍麻の指。

ただの練習に此処までするものなのか。
力の加減が不安とか言っていたが、もうそんな事を言ってる次元じゃない。


京一の内部を探る指は、慣れているような節こそないものの(別に明確な基準があってそう思っている訳ではないが)、力の加減は問題ない。
龍麻が言っていたような、相手を傷付けるような事は恐らくないと言っていい。
相手を気遣って余分な力を入れないようにと気を付けてているなら、これでもう十分だ。
指圧一つで壊れてしまうほど柔な女はいない。

だから心底言いたかった。
心配するな、お前だったら大丈夫だ、もう練習なんて必要ない。


が、龍麻は相変わらず真剣そのものの顔で、京一の躯を追い上げようとする。






「んっ、う、うぁッ! 龍麻ッ…龍、麻ッ!」
「気持ちいい?」
「い、いい訳ッ、ねェッ…!」






痛みがなくなって、後に残るのは違和感と異物感。
割り切ったつもりでも沸きあがってくる羞恥心。






「萎えたままだね、京一の」
「…たり、前……ッ…ふ、う…!」
「どうしたら気持ち良くなるの?」
「ん、ンなのッ…う、く…男なんだから、前弄ってりゃ――――んんッ!?」






雄を掴まれて、引き攣った声が上がる。
目を丸くする京一に構わず、龍麻は京一の其処を擦り始めた。






「こう?」
「っはッ、バカ、龍麻ッ…! よせッ」
「でも、こうした方が気も紛れるだろうし」
「な、ッあ!」






確かに、其処を直接刺激されれば、反応してしまう。
秘孔に埋められた指は相変わらずでも、それ所ではない。

胼胝の出来た、意外と固い手が京一の雄を上下に扱く。
熱が高まっていくのを感じ、京一の呼吸に艶が篭った。


雄と秘孔と、同時に刺激されるなんて経験がない。
背筋を駆け上ってくるものが快感である事は判るが、其処から先が訳が判らなかった。

体内に潜り込んだ指が二本に増え、圧迫感が振り出しに戻ったが、痛みはない。
一瞬顔を顰めた京一だったが、前部からの刺激に直ぐに意識を浚われた。
片方を気にすれば、片方からの刺激に無防備になって、忌々しいことにそれでも躯は反応する。






「んッ、はぁっ……! た、龍麻…ッうぅ……ッ!」
「ねぇ京一、やっぱり濡れないと痛い?」
「ふくっ…ん、っは、う……ぅ、んん…」
「京一ってば」






龍麻の声は聞こえてはいたが、返事をする余裕がない。
やはり男同士であるから、刺激するポイントを龍麻はよく把握していた。
下手な女に手淫されるよりも的確で、京一は身悶える。

返事をしない京一に、龍麻は焦れたように困り顔になった。
それさえ京一は気付くことが出来ない。



京一の思考回路は、益々投げ遣りになりつつあった。
もうさっさと終わらせて、寝てしまいたい。
これ以上の事をしなくたって、龍麻に問題がない事は想像がつく。
練習なんてしても、結局は本人の気構えの問題だ。


……待て、だったらオレのこの苦労はなんなんだ。


自分で考えて置いて、自分の苦労を全て無駄にして、京一は頭の隅でツッコミを入れる。




せり上がって来る絶頂感をどうにか堪えて、京一は龍麻の頭を叩いた。







「……何するの、京一」
「うるせェッ! っは、も、終わりだ終わりッ! ――っく、ぅうッ」
「終わりって、じゃあもういいの?」







自分の苦労を捨てる気分で少々腹も立つが、これ以上続けられるのも辛い。
男にケツ穴まで弄られてイかされるなんて、御免だった。

明らかに龍麻は眉尻を下げたが、もう構わなかった。
同じような表情で最初に絆されてしまったのだ。
二度もその手を食わされてたまるか。



秘孔の指が引き抜かれて、京一はがくっと脱力した。
異物感やら違和感やらは拭い切れなかったが、其処は時間の問題という事にしておこう。
その内消えてしまう筈だ。

堪えたばかりの熱が下火状態で燻っていたが、それも時間が経てば落ち着くだろう。
どうしても我慢出来なかったら、(癪だし羞恥もあるが)トイレに駆け込む事にする。


なんだか目眩に似たような感覚に襲われて、京一は額に手を当てた。
じっとりと汗ばんでいるのは、果たして額か、手のひらか。







「――――あーッ、くそ……」
「大丈夫?」
「じゃねえよ……って、あのな、龍麻……」







声をかけられて眼前――この場合は天井の方向だ――を見ると、見下ろす龍麻の視線とぶつかった。

………そして、龍麻が未だに自分の上に位置している事に気付く。







「もう退け! いつまで其処にいやがる!」
「だって、もういいんでしょ」
「だから――――――」







其処から退け、と言い掛けて、それは音にならなかった。
上半身を起こして言おうとした瞬間、目に付いたものによって。









「何勃ててんだお前ッ!!」









龍麻の雄は、刺激を与えられた訳でもないのに、勃ち上がっていた。
いつの間にそんな事になっていたのか、自分の事で一杯一杯だった京一には知る由もない。

とにかくこの状態では話を聞くに聞けない、と京一は起き上がろうとした。
が、突然腰を掴まれて引き寄せられ、反動で起こした体がまた蒲団に戻る。
薄い敷布の所為で、打ち付けた背中が痛くて、京一は無言で龍麻を睨み付けた。






「とにかく放せ、起こせ! 言い訳ぐらいは聞いてやる!」
「別に言い訳なんてしないよ。京一見てたらこうなっただけだから」
「気色悪ィ事言うな!! って、ちょ、龍麻、待て、まさかッ」






問答している間に、京一は秘孔に何かが宛がわれた感触に気付いた。
ドクドクと息づく生温かい固形物。

引き攣る京一に構わず、龍麻は腰を推し進めた。









「――――――――ッッッ!!!!」









悲鳴はなかったが、京一を襲った圧迫感や異物感、痛みは先ほど指を挿入された時の比ではない。
指とは比べ物にならない太さと長さを持ったソレに、京一は力一杯歯を噛み締めた。



確かに。
確かに、男同士のセックスは其処を使うけれど。

これは女相手の予行練習のようなもので、其処までしなくたって。



頭の中を巡った台詞が泣言染みていて、京一はもう情けないやら悔しいやら、頭の中はこごちゃごちゃだ。


見上げた先の龍麻の顔も、苦悶に歪んでいる。
女の膣なんかより、ずっと狭く出来ている場所である。
挿入される側の苦痛は当然、する側だって苦しいに決まっている。






「っつ……きょーいち、きつい…ッ」
「ッたり前だ、抜けこのバカ!!」






力の限りで叫べば、その余分な力が秘孔を締めてしまう。
爪先が張って、京一は蒲団のシーツをぐしゃぐしゃに握り締めた。






「ちょっと、待って……京一、」
「待て、るか……あッ!」






ズッ、と龍麻の腰が進められ、更に深く繋がる。
抜けと言っているのに何を逆の行動を取るのか。
京一は後で絶対ブン殴る、と心に決めた。


左の足首を掴まれて、肩に担がれる。






「ふ、う…ぐっ…い、痛ぅッ!」
「ごめん、もうちょっと……」
「ちょ、っと…って、おい、コラッ……!」






無茶を押し通す龍麻を、やっぱり後じゃなくて今直ぐ殴ってやりたい。
けれど拳は痛みをやり過ごすのにシーツを握り締めるのが精一杯で、縫い付けられたように離れない。

担がれた左足に続いて、右足も手で抑えられて固定される。
腰は僅かに蒲団から浮いていて、その隙間に龍麻の膝が滑り込んだ。
腰を突き出すような格好で、京一は龍麻に貫かれていた。


ずるり、内部で龍麻の雄が京一の内壁を擦った。
それすら痛い。

小さくではあったが、それが律動である事に京一は気付く。






「龍麻、待て、龍ッ…う、っんんッ! 痛、痛ェッ…!」
「やっぱり…濡れない、と…キツいんだね……ッ」
「わ、判ったら、もうッ、もう抜けッ」






痛みと圧迫感で、堪え切れなかった涙が目尻から落ちた。
だって仕方がない、ケンカなら散々して来たけれど、こんな場所にこんな痛みを強いられた事なんてない。


しかし、懇願虚しく龍麻は尚も腰を打ち付ける。






「うっ、う、んんッ! 龍麻…っく、う…!」
「きょーいち、」
「てめ、後で、覚えてろッ…ぁ!」
「ん、それは、いいから……京一ッ…」
「……ッふ……」






尚も文句を言おうとした京一だったが、それは龍麻の唇に飲み込まれた。
押し返そうとした舌を捕えられて、最初の時のように深く口付けられる。







「んっ、ふぅっ、…ん、っは…! は、んっ…!」







離れては交わるのを繰り返す唇と、体内を突く雄と。
痛みと圧迫感に強張っていた体が徐々に解されていく。

深い口付けだと言うのに、龍麻はまるで子供をあやしているようだった。
京一の髪をくしゃりと撫で、柔らかいその手付きに京一の涙も気付いた時には引っ込んでいた。
そういう触れ方に、京一自身、慣れていなかった所為もある。






「京一、可愛い」
「ば…ふッ……う、んぐ、んんっ…っは……あ!」
「―――――京一………」







耳元で囁かれた自分の名は、酷く甘い色を含んでいたように思う。


ズン、とまた奥を突かれた。
電流に似た衝撃が背筋を駆け上がって、京一は仰け反った。







「あ…………!」
「……京一? どうしたの?」







身体を痙攣させ、酸素を求める魚のように口を開閉させる京一に、龍麻が声をかける。

探るように、龍麻の腰が揺れて、京一の内部を擦る。
またびくりと跳ねた京一を見て、龍麻はああ、と。


前立腺だ。






「此処、気持ちいい?」
「んんッ…!」






その部分を狙って攻めるように、龍麻は京一の内部を突き上げる。
あらぬ声が漏れそうになって歯を食い縛るも、喉から呻きに似たものが漏れて出る。

次第に龍麻の動きが大きくなり、入り口から奥まで、何度も繰り返し突かれた。
顎に力が入らなくて、口が僅かずつ開き、其処から声が溢れ始める。






「あ、あ、いぁッ…た、たつま、あっ…!」
「京一……ッ」
「ひっぅ、んん! んぁ、っふぁッ」






内部で龍麻の雄が膨張していく。

そうなった先がどういう事なのか、このまま続けていれば遠からずどうなるのか。
それは生理現象で、行為を続けていれば避けられない事で。



―――――それを京一は、判っていた、筈だった。





けれど、突き上げられて押し寄せてくる快感の波は、今までに類を見ない激しさと強さで、京一の理性を浚う。







「っは、はぁッ! 龍麻、龍麻ぁッ! や、め、もうッ、もう抜けぇッ!」







遮二無二頭を振って、懇願するように叫んだ。
僅かに残っていた理性が、これ以上は危険だと警鐘を鳴らしている。


無情にも、龍麻はそれを、何度目か知れず己の唇で封じ込んでしまった。











そして程無く、龍麻は絶頂を迎える。










































京一が意識を飛ばしていたのは、ほんの数十秒の事だった。
それでも一度は強制終了させられた思考回路は、リセットされ、正常な運営を始める。


目覚めて数瞬、ぱちりと何度か瞬きをした後。
見下ろす龍麻を見て湧き上がったのは―――――それはそれは純粋な、怒りと言う名の衝動だった。









「――――――このッバカ龍麻ァァァッッッ!!!」









近所迷惑など省みず、京一は思いっきり龍麻の腹を蹴り上げた。

心配そうに京一を見下ろしていた龍麻は、無防備な腹に強烈な一発を食らい、見事に吹っ飛んだ。
ごんっと音がして、壁に頭部を打ち付けたのだろう、龍麻は壁の傍で頭を抱えて蹲った。


同じく京一も、あらぬ場所を襲った激痛に沈黙し、蒲団の上で蹲ることになる。






「いたた……」
「オレの方がよっぽど痛ェよ!」






じくじくとした痛みに、京一は涙目になって龍麻を睨み付けた。
相手が龍麻で、始まりが合意であっただけに、情けなさも倍増である。
これが見知らぬ人間相手に強姦で起きた事であったなら、相手を半殺しにしてしまえば多少の気が晴れるのに。

プライドから矜持から、なんだか男としての大事なものまで失ったような気がして、京一は実に泣きたい気分だった。
いや、既に涙が出ているので、泣いているも同然か。



頭を擦りながら、起き上がった龍麻が振り返る。
龍麻は、眉尻は下がっており、数十分前の(そう言えば、一時間も前の話ではなかったのだ。既に何時間も経過しているような気がするが)仔犬のような顔になっていた。





「だって京一、もういいって言ったから……」
「誰がツッコんでいいっつったよ!? 練習なんかもう必要ねェって言ったんだ!」
「そうなの? でも、まだ途中だったし…」
「力の加減だのなんだの言う前に、お前はマトモに意思の疎通が出来るようになる練習をしろ」





京一の“もういい”を“練習しなくて良い”ではなく、“慣らさなくて良い”と取った。
確かに京一の言葉も足りなかったかも知れないが、そんな事は棚に上げておく。

自分の都合の良いように解釈する、という訳ではないのだろうが、本来の意味からかなり逸脱していたのは間違いない。


あまつさえ挿入までしてしまうとは、京一には全くの想定外だ。







「しかもお前、結局オレで童貞捨ててどうすんだ!!」






龍麻が童貞を捨てる為に、不安なく女を抱けるようになる為に、自分は練習相手になってやった筈だ。
根本からの苦労を丸きり覆した親友に、怒鳴りたくなるのも当然の事であった。


しかし、龍麻は平静とした様子で、







「何かまずかった?」






――――――これだ。


龍麻らしいと言えば、龍麻らしい反応。

暖簾に腕押しとなっては、怒鳴っても疲れるだけ。
がっくりと肩を落として蒲団に撃沈した京一に、龍麻はきょとんと首を傾げる。



京一はぐしゃぐしゃになった蒲団を手繰り寄せると、包まって横になった。
汗でベタつくのは風呂に入った方が良いのだろうが、疲労し切った体はさっさと休めと悲鳴を上げている。
服を着るのも面倒臭いし、暖簾に腕押しで龍麻に怒鳴るのも面倒臭い。

悪い夢でも見たと思って、さっさと寝て忘れよう。







「京一?」







龍麻の声がすぐ近くから聞こえたが、京一は振り返らなかった。
今彼の顔を見たら、鎮火しかかった怒りが再燃してしまいそうだったのだ。

揺さぶる手を振り払って、京一は蒲団を引っ張り上げ、頭から被る。
すっぽり埋もれた京一を見て、龍麻がクスリと小さく笑った。
何が面白いんだこっちは痛ェんだぞ、と言いたかったが、やっぱりそれも飲み込む。
もうさっさと寝てしまいたかった。







「ねぇ、京一」







返事をせずとも、恐らく龍麻は喋り続けるだろう。
そう思っていたら案の定、龍麻は京一に構わず、放し続けた。







「ありがとう、京一」
「…………」
「ごめんね、痛い思いさせて。結局、京一はイってないし…」
「……………」
「でも、ありがとう」







布団の中で、京一は顔に血が上っていくのを感じていた。


散々な目に遭ったとは言え、こうして感謝をストレートに言葉にされると、やはり悪い気はしない。
やり過ぎな感は否めなくても、龍麻にとっては確かに練習で、京一はわざわざそれに付き合ってくれたのだ。
素直で真面目な龍麻が、そういった言葉を口にするのも、何も不自然ではない。

龍麻に悪気がなかった事は、彼の性格を十分判っているので、容易に想像がつく。
だから京一も憤慨はしても、彼をどうこうしようと言う気にはならなかった。



痛いし、辛いし、眠いし、とにかく散々なのだけど。

寝て起きたら、もういつも通りに接してやろう。










「だから、また練習付き合ってね」













――――――――前言撤回。



やっぱり、最初に甘やかすとロクな事にはならないらしい。
……悪気がないと言うなら、尚更性質が悪いものだ。
















おまけ

京一と龍麻の初Hというのが書きたかったのです。
やっぱり、うちの二人では色っぽい空気には程遠かった(笑)。

うちの京一は諦め悪いのですよ。

受の視点でHを書くという事が少なかったので、四苦八苦。
ましてうちの京一が容易く身を委ねる訳がない……そんな訳で、こいつらの初Hは案の定こんな事になりました……
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