例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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STATUS : Enchanting 5













――――――別に、断わる理由もなければ、嫌だと思う理由もなかった
























【STATUS : Enchanting 5】



























朝一番に見た親友が、笑っているのに怒っているから思わず退いた。





基本的に温和で通るこの親友が、何故にこうまで怒っているのか、京一には判らなかった。
ぶっちゃけた話、思い当たる節は山ほどあったりするのだけれど。

昨日散々酒を飲んだ事なら龍麻も同じだから同罪である筈で、京一が一人先に潰れてしまうのも珍しい話ではなく、
散らかった部屋の掃除を龍麻が全てこなしてしまったりだとか(その時には大抵京一は寝落ちている)、
寝ている間に蹴飛ばしたとか(寝相が悪いのは自覚がある)、寝言で何か言ってしまったとか………―――――、
上げていけばキリがないのだが、だがそれを今更怒るなんてのもナシだろう、と京一は思うのだ。
色々と勝手で無礼ではあるとは、思わないでもないけれど。


かと言ってオレが一体何をした、と逆に問い詰めるのも憚られる。
親友の顔に張り付いた、薄らとした笑みは、正直言って恐ろし過ぎた。
普段、日常の中で中々怒る姿を見ないだけに、余計に。

声を荒げて怒りを露にされるのなら、京一とてまだ対処の仕様がある。
しかしこうして笑っているのに目が笑っていないとなると、募るは恐怖心ばかりであった。



この顔は、以前も見た事がある。


鬼との激しい戦いの中、合間の時間に揃って修行をしていた時、龍麻と京一で打ち合った。
勿論特訓のつもりではあったのだが、段々と血が上って本気になり、最終的に京一が龍麻の顔に一発を当てた。
直前になって我に返り、慌てて寸止めを試みたものの、間に合わずに龍麻の顔には痣が残った。

帰り道で散々謝っていた間、龍麻から帰ってきたのは、無言の笑み。
たまに口を開くと「気にしてないよ」と言っていたが、目が笑っていなかった。

素直に思ったものだ―――――コイツを怒らせるのは怖い、と。




龍麻を怒らせるスイッチは、ある意味、判り易い。


一つは、大好物の苺を貶される事。
好きなものを貶されれば、誰でも怒るだろうとは思うので、判らないでもない。

もう一つは、仲間を傷付けられる事。
理由が何であれ、相手が何であれ、龍麻は友人知人が傷付くのを嫌う。
鬼との戦いで、どんな形であっても誰かが傷付く度、龍麻は心を痛めていた。
……泣かない事が不思議なくらいに。


それから、他者は知らないかも知れないが……案外、負けず嫌いだという事。
京一の一撃が龍麻に当たり、龍麻の拳は京一に当たらなかった。
勿論、双方わざとの事ではなかったが、半ば本気になっていた訓練の打ち合い。
京一だって反対の立場なら、悔しいと思う。






ならば。
ならば、今日はなんだ。

何が龍麻のスイッチを入れたというのだ。











「た、つ…ま……?」










いつもは兎か何か、そんな大人しい小動物を思わせる瞳が、今はまるで捕食者を思わせる。

直感的に危険を感じて、後ずさったのは殆ど無意識だった。
壁に背中が当たって初めて、京一は自分が目の前の親友から逃げていた事に気付く。







「きょーいち」






名を呼ぶ親友の声はいつも通りで、穏やかな表情もいつも通り。
ただにじり寄るその、自分とそう変わらぬ体躯に、異常な威圧を感じるのは何故だ。



壁に背をぶつけ、何を逃げることがあるんだ相手は龍麻だ何もない―――と思いつつ。
近付いてくるその存在から逃げようと、手が何かを探していた。
何をなどと、考える間も要らない、愛用の木刀だ。
しかしそれは紫色の太刀袋に収められたまま、龍麻の向こう側に放置されている。


大切なものをなんでこんな時に限って手放したんだ。
いや違う、此処だから手放したんだ。
此処なら他の何処よりも安全だから、他の何処よりも神経が研ぎ澄まされるから。

――――だったらなんで、こんな状況になっている!?







「龍麻、」
「きょーいち、一昨日さ」







顔を覗き込んできた龍麻の距離が、異様なまでに近くて驚いた。
目を逸らした瞬間にバクリと喰われそうで、京一は瞠目したまま龍麻を見つめていた。

それをじっと、近過ぎる距離で見つめながら、龍麻は笑んで。







「ごっくんクラブにいたんだよね?」
「あ…あぁ……おう」






そんな事を聞く為だけに、こんな顔をしたとは到底思えず。
京一は相手の出方を窺う猫のように、じっと目の前の相手を見て、固まっていた。







「何か、されたの?」
「……あ?」







何か。
何かってなんだ。

前振りの無い、唐突な龍麻の言葉に、京一は目を剥いて、ぽかんと口を開けて龍麻を見上げた。


これと言って定型もない問いかけに、京一は何を答えて良いのか判らない。
間近に迫る親友の笑顔に、相変わらず威圧感を覚えつつも、質問の意味さえ見出せない。

龍麻は、一体何を持ってしてこんな事を聞いてくるのか。






「………オレ、なんか言ったか?」






ようやく口に出たのは、質問を質問で返すというものだった。


昨日の晩、散々酒を飲んだ事は覚えている。
しかし途中からの記憶はブッツリと途絶え、それは何も珍しいことではない。
悔しいことにそれ程酒に強くはない事を、京一は自覚していた。

そして酔いが回った後の事は、綺麗さっぱり記憶から消えている。
龍麻もそれを知っているだろうから、せめて何か取っ掛かりになる材料はないかと思っての問いかけだった。



すぅ、と龍麻の目が細められて、ギクリと京一の顔が引き攣る。







「い、いや、ほら、昨日はかなり飲んだだろ? オレまた覚えてなくてよ…その、なんか誤解させるような事言ったのかと……」
「…………覚えてないの……?」







低いトーンで呟かれた言葉に、京一は気まずさを感じたが、頷く。


酔っ払いの言動に意味不明なものが混じるのは重々知っているし、それにより誤解が生じることだってある。
その所為で龍麻を怒らせてしまったのなら、早々に謝って解消して貰いたい。




しばらくの沈黙の後、龍麻は、ゆっくりと京一から離れた。
ほぼゼロ距離にあった顔が遠退いて、ようやく威圧感から解放される。
相変わらず、この男を怒らせる程怖いものはない…と京一は思う。

しかし、この後の動向がどうなるか判らない。


親友の家に泊まっただけで、なんでこんなに緊張しなくてはいけないのか――――……
どうも災難続きで、疫病神でもついているのかと思う京一だ。



だから、安心した。
此処でようやく見る事の出来た、見慣れた親友の笑顔に。













「そ。良かった」












にっこりと、今度はちゃんと目も笑っていた。
何処かぼんやりとした、ふわふわとした笑顔。

京一の見慣れた、親友の笑顔。



ホッと肩の力が抜けて、ずるずると壁際で京一は畳に落ちてしまった。








「びっくりしたんだよ。京一が変な事言い出したから」
「……変な事ってなんだよ…あー、頭痛ェ……」
「寝言だったんだね、あれ。うん、もう気にしない」
「そうしてくれると助かるぜ……」








襲ってきた二日酔いの頭痛に苛まれつつ、すっきりした表情の龍麻を見遣る。


龍麻は数秒前の威圧感は何処へやら、うきうきとした足取りでキッチンに向かった。

一体自分は何を言ったのか、と疑問は残った京一だが、聞こうとは思わない。
折角龍麻の気がそれたのだから、わざわざ蒸し返すこともないだろう。







「お味噌汁、食べれる?」
「あー……喰う……」







昨日の夕飯の残り物を温めつつ、聞いてくる親友に、京一は覇気のない声で答えたのだった。












































通学路。
欠伸を噛み殺す京一の隣を、龍麻はかけられる挨拶の声に律儀に答えながら、並んで歩いていた。


転校して来てから既に半年近くが経つというのに、未だに《転校生》は真神学園でも人気者だ。
大体こういうものは、物珍しさで最初こそ注目されるものの、殆どは次第に沈静化するものだ。
事実、最初の頃に比べれば、多少落ち着いてきてはいる。
しかし遠野が取り上げる新聞が起因しているのか(“ミステリアス”だなんて呼ばれれば無理もない)。
それとも龍麻自身の人柄か、京一とよく問題行動を起こしていると知られても、龍麻は色々な人に好かれている。

京一は、特にこれといって、それを気にした事はない。
龍麻と一緒にいる事によって、互いの評価が他者から見てどのように作用するかなど、京一にとってはどうでも良いのだ。
校内でケンカをするのも、サボタージュするのも、龍麻をそれに誘うのも、自分がそうしたいから、しているだけ。
そして龍麻も拒まないから、自然、二人並んでいることが多くなった。



龍麻が誰と話をしようと、誰とどう付き合おうと、京一は構わない。
ただ一点、龍麻と肩を並べるのが自分であれば、それだけで。




一通りの挨拶の波が収まって、龍麻は京一に目を向け、笑う。






「二日酔い、少しは収まった?」
「…そうだな。朝よりゃマシだ」
「京一、昨日は結構飲んだもんね」






まだ微妙に鈍痛を発する米神を抑えながら答えれば、龍麻はあははと笑いながら言う。


確かに、昨日はかなり飲んだ。
ヤケクソ気味に飲んだ。
次の日が平日だったなんて、すっかり忘れて。

これは今日は昨日とは別の意味で授業がダルくなりそうだ。
いつも通りフケるか、と今日もサボり決定。






「京一、あんまり飲めないのに」
「バカ言え。飲むのは問題ねェよ、飛ぶだけで――――」
「だから、それも気をつけた方が良いから。昨日は僕だけだったから良かったけど」
「……ああ、判った判った。気ィ付ける」






奇妙な事を口走ったのを思い出し(何を言ったかは相変わらず思い出せないが)、京一は龍麻の言う事を享受する事にした。
また今朝一番の怒りを見せられるのは御免だ。



何度目か、漏れた欠伸を噛み殺していると、ふわりと柔らかな香り。
振り返れば、綺麗な黒髪の女生徒――――美里葵が立っていた。






「緋勇君、京一君、おはよう」
「おはよう、美里さん」
「おう」






律儀に返す龍麻と、おざなりに挨拶して片手を上げる京一。
見慣れた並びに、葵はことりと首を傾けて微笑んだ。







「京一君、今日はもう大丈夫なの?」
「ああ。昨日のはただの寝不足だからよ」






ひらひらと手を振って、もう気にしてくれるな、と。
葵は少し心配そうな顔をしたが、程無くすると龍麻を見遣る。
龍麻が無言で頷けば、ようやく納得したらしい。






「でも、気分が悪くなったら早く言ってね。保健室で休まなきゃ」
「へいへい。ありがとよ」






それからも、昨日からの心配が募りに募っていたのだろう。
あれこれと世話を焼くように注意をして、葵は何某かの準備があるとかで先に校門へと走って行った。

相変わらず優等生だねェと皮肉気味に呟いた京一だったが、その声に以前ほどの棘はない。


それからは小薪と醍醐も来て、遠野も来て。
昨日の京一の様子についてあれこれ問い掛けてきたが、京一はそれを適当に流しただけだった。
その内、三人も、まぁ鬼の霍乱だろう、という一言で片付け、葵同様、校舎へ入って行った。

龍麻と京一は校門で立ち止まってそれを見送り、






「さってと……オレはサボるが、お前はどうする?」






悪びれも何もなく、昼飯にでも行くように言った京一に、龍麻は小さく笑い、







「屋上? 校庭?」
「校庭」
「ジュース買って行こうよ」







こちらも悪びれもなく、共犯に乗る。

これで編入試験の成績はトップクラスだったと言う。
マリアからその話を聞いた時は少し驚いた、何せその話を聞いたのは夏休みの補習授業中だったのだ。
けれども、京一は、それが自分の所為だったとは思っていない。
サボり仲間が出来た事は、京一にとっては面白い奴が出来た、という程度の事だったから。
それ以上の事も、それ以下の事も、考えなかった。


ついでに、悪戯事というのは、やはり共犯者がいて尚更楽しくなるもので。






「今日の昼飯、ラーメン頼むけど、お前は?」
「あ、じゃあ一緒に頼んでおいて」
「おう」






それじゃあ、と龍麻はいつもの自販機へ、京一は公衆電話のある事務室の方へ。
後で校庭の木の下で落ち合うのは、言わなくても決まり事になっている。









「――――――そうだ。ねぇ、京一」








そのまま行こうとした京一の足を、龍麻の声が止めた。
何を言い忘れたことがあったのだろうかと振り向けば、龍麻は真っ直ぐこちらを見つめていて。








「今日も、うちに泊まりなよ」
「…………あ?」







昨日の屋上での会話と違って、今度のその言葉は唐突だった。

突然なんだと、声にせずとも顔に出たのだろう。
龍麻はふんわりと目を細め、いつものように笑い、






「っていうか、明日も、明後日も。うちにおいでよ」
「……いきなりだな。どうした?」
「別に。ただ、毎日あちこち泊まる場所探すの大変だろ?」






龍麻の言葉に、そうでもないがな……と呟いて京一は頭を掻く。


しかし、毎日同じ場所に帰っていいと言うなら、わざわざ街を歩き回らなくて済む。

気の知れた場所は幾つかあると言っても、毎回それらの都合がつくとは限らないのだ。
ごっくんクラブなどは店もある訳だし、毎日入り浸るのは邪魔になるだろうと、気が退ける。
吾妻橋達は「いつでもどうぞ!」という勢いだったが、あれらと一緒にいると、三度に一度はケンカが起きて巻き込まれ、平日等に徹夜をすると学校が辛い。

平穏無事に毎晩が過ごせるというのなら、根無し草状態の京一にとっては、願ったり叶ったり。
付き合い程度に他の所に顔を出すのも、龍麻ならば何も言わないだろうし。
更に言うなら、課題に一人で頭を抱えなくても済む、というオプションもあり。







「―――――オレとしちゃ、そりゃ嬉しいけどよ」






京一としては、それを拒む手はない。

しかし、幾ら龍麻が一人暮らしで融通が利くといっても、心配なのは金銭面。
龍麻も京一も学生で、使える金銭面は大人に比べると、ずっとずっと限界値が低い。
京一とて何もかも龍麻に頼る訳ではないが、人一人抱えると、諸々の事情とは露呈してくるものである。


一時の勢いで承諾したら、後々大変な事になった―――――とか。
相手が親友といえど、流石にそんな状態になったら、京一とて後ろめたい。



しかし龍麻は、やはり笑顔。









「いいよ。京一だしね」








一点の曇りもない顔で言われては、なんだか断わるのも気が退けて。











じゃあ取り合えず、今晩も世話になろうか、と言うと。

これまた見事な笑顔が京一を迎えたのだった。
















親友でもラブラブな二人。
でも恋愛感情は龍→京。
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STATUS : Enchanting 4













――――――この想いの、行き着く先は
























【STATUS : Enchanting 4】



























場所は、龍麻が一人暮らしをしているアパート。
其処で参加者二名限りの、ささやかな酒盛りが催されていた。






最初はビールに始まり、途中から日本酒や焼酎に切り替えて、最終的には酔い潰れて落ちる。
それが毎回のパターンだ。
その隣で、龍麻はマイペースに飲んでいた。

今日もいい具合に酔いが回ってハイになっている京一の、纏まりのない話を、ちびりちびりとビールを飲みながら聞いていた。







「っはー……」






一通り好きに喋って、好きに飲んで。
そこそこスッキリしたのだろう、京一はばたっと畳の上に大の字に寝転がった。
周りには空の缶ビールが散乱し、京一は足元にあったそれを蹴飛ばした。
文句も注意もせず、龍麻はそれを集め、邪魔にならない場所に押しやる。


のびのびと四肢を伸ばした京一の顔は、ほんのりと朱色に染まっている。
アルコールの助けにあって夢見心地になっているのだろう。

それが、例え酒気を帯びてあるものだとしても、ようやく見慣れた相棒の表情になった事に、龍麻は安堵した。







「気分良さそうだね、京一」
「おーよ。おめーも飲んでっかァ?」
「うん」
「そーか。へへっ」






此処に小薪か醍醐がいたら、締りの無い顔だと言うのだろう。
だがそれは今の龍麻も同じ事。
へらりと笑う京一に釣られたように、龍麻からも笑みが零れた。



――――――結局、学校にいる間中、京一は疲れた顔をしていた。

帰宅中の足取りも何処か覚束無いもので、途中擦れ違った吾妻橋達からは怒涛の心配ラッシュを食らった。
特に吾妻橋は、数日前の拳武館の一件もあって、京一の傷の具合を心配し、桜ヶ丘中央病院に引っ張っていこうとした程だ。
それを見た同じ帰路にいた葵、小薪、終いには遠野も加わって、後少しで本当に連れて行かれる所だった。
京一が頑としてあそこだけは嫌だと抵抗したので、未遂に終わったが。


龍麻の家に来てからも、しばらくはぐったりと座り込んで動かなかった。
適当に作った炒め物と白米と味噌汁、簡素な夕食を終えた頃、ようやく京一の気力は復帰し、
最後にアルコールで発破をかけて、現在に至る。







「あー……暑ィなあ」
「アルコールだからね」
「んー……」







火照った京一の頬に、手を当てる。






「お前、手ェ冷てえな」
「そうかな」
「んー…」






自分の体温が高いか低いかなんて、龍麻は考えたことがない。
両親の手はとても温かかったけれど、自分の温度とそれを比べたことは無かった。

京一に言われて、今初めて、そうか自分は冷たいのか――――と思った。






「なーに残念そうな顔してやがんだ、お前」
「え?」






触れる龍麻の頬に、猫のように京一が擦り寄って、呟く。
その言葉に、龍麻はきょとんとして京一を見下ろした。








「知らねェか? 手が冷たい奴ってのは、心があったけェんだとよ」








言って、京一は気持ち良さそうに目を細める。
アルコールの熱と、触れる龍麻の手のひらの冷たさと、相反する二つに酔いながら。






「……なんか、京一らしくない台詞だね」
「そうか? ま、そうかもなァ。酔ってんのかもなァ」
「酔ってるよ」






顔が赤いし、語尾が伸びてるし、奇妙なことを言い出すし。
常ならば、そんなものは思い込みだとか屁理屈だとか、厳しく言い捨てるだろうに。
何かと、人に嫌われることばかりしてみせる天邪鬼な性格だから。

それでも、根本はやっぱり、優しいのだろう。
恥も外聞もアルコールの所為にしてかなぐり捨てて、こんな言葉を口にする事もあるように。




だから、好きなんだ。




自分の言った事に後になって可笑しさを感じたのか、笑い出した京一の頬を突く。
くすぐったいから止めろ、と言いながら、京一は決して龍麻の手を振り払わなかった。







「酔ってねーよ」
「酔ってるよ」
「酔ってねぇって」







否定する京一の言葉に、同じ数だけ酔ってる、と返す。


それほどアルコールに強くもない癖に。
缶を開けるなり一気に飲み干したりなんかするから、こんな風に早くに酔いが回るのだ。
その後も自分のペースを無視してヤケクソのように飲んでいた。

それで酔わない訳がない。

龍麻だって今日の京一のペースに合わしていたら、程無く潰れてしまうだろう。
今もまだ素面を保っているのは、認識している自分の許容範囲とペースで飲んでいるからに過ぎない。







「もう。酔ってるって」
「お前の方が酔ってんだろ」
「僕は酔ってないよ」







そんなに飲んでないし――――という言葉は飲み込んだ。
言ったら最後、無理矢理飲まされるに決まっている。
……前科アリだ。


いつもならばそろそろ潰れる頃合なのだが、今日の京一はまだ眠りそうにない。
先程の自分の台詞も完全にツボに入ったようで、声を上げて笑い出した。

あまり遅くまで騒いでいると、隣家の住人に怒られてしまう。







「まぁ、どっちにしてもさ。そろそろお開きね」
「あぁ? ケチぃ事言うなよ」
「ケチで言ってるんじゃないよ」







京一の枕元にあった瓶を退かせると、京一の手がそれを追い駆ける。
起き上がる気はないようで、龍麻が瓶を遠退かせると、拗ねた顔をしてその手は床に落ちた。






「僕、布団敷いておくから、京一はシャワー浴びてきなよ」
「あー……? 面倒くせェ……」
「もう……ほら、シャツ脱いで。ばんざーい」
「…………自分で脱ぐ…………」






シャツに手をかけた時、京一はようやく起き上がる。

一人暮らしの龍麻の安アパートの部屋に、脱衣スペースなんて設けられていない。
のろのろと緩慢に、京一は赤いシャツを脱ぎ捨てる――――龍麻の目の前で。






(…………信用してくれてる、って言うか)






その様子を横目に、京一のシャツと学校指定のズボン、意外に可愛いパンダ柄のパンツを回収して、
シャツとパンツは自分のアンダーシャツも含めて、洗濯機に放り入れる。
学ランは二人とも酒の匂いが染み付いているので、後で消臭剤をかけておく事にする。


酒が回った覚束無い足取りで、京一は風呂へと向かう。
時々壁にでもぶつかったか、穏やかでない音がしたが、最終的には風呂のドアが開く音が聞こえた。







(うーん)







これは、日頃考えていることだけれど。
幾らなんでも、信用しすぎと言うか。

正直言って、逆に龍麻にとっては辛い状況だったりする。


龍麻が京一に想いを寄せるようになったのは、それ程昔の話ではない。
かと言って、昨日や今日なのかと言われると、もっとずっと前の話になる。
いつから――――と言われると、龍麻自身、明確にはっきりとした事は判らなかった。

気付いた時には好きになっていて、気付いた時にはそれを受け入れていて。
いつも隣で太陽のように輝いている彼に、すっかり骨抜きにされていたのが現実。



だから、泊まりに来てくれるのは嬉しいし、無防備な姿を見せてくれるのは信頼の証なのだとは思う。





―――――けれど。









(それってつまり……僕の事、ちっとも意識してないって事なんだなぁ…)









京一にとって、龍麻が傍にいるのは当たり前のこと。
龍麻が自分の傍にいるのも、ごくごく不思議な事ではなく、普遍的なもの。
出会ってから半年が経ち、今更気にするような事ではないのだ。

京一から龍麻に向かう感情のベクトルは、何処までも“親友”に向けるものであって、それ以上にはならない。


言葉なくても分かり合える関係と言うのは、龍麻にとってとても大切なものではあるけれど。




嫌われることはない。
このまま、ずっと“親友”でいれば。

何があっても、京一は龍麻を追い駆けて来てくれるだろう。





でも、それでは物足りない。










(どうすれば―――――――)











――――――ゴッ!!










………穏やかではない、硬い音がして、龍麻の思考は現実に返った。

まさか、と思って振り返るが、その先には誰もいない。
自分のと京一の学ランをハンガーにかけて、風呂に急ぐ。






「京一ッ」





中にいるであろう人物に、予告をする間も惜しんでドアを開ける。


京一は、一人分がようやくという風呂場の中でタイルの上に座り込んでいた。
ぶつけたのだろう、赤くなった額を抑えながら。






「………っつー………」
「京一、大丈夫?」






服が濡れるのも構わず、風呂場に入って京一に手を貸す。
温まって余計に酔いが回ったのか、京一の目はぼんやりとしていた。

濡れた髪の毛先から、透明な雫がぽたぽたと流れ落ちる。








(う゛)







いつも鋭い眼光が、今だけは虚ろ。
気持ち寄りかかっている体はアルコールと湯で火照り、ほんのりと色付いて。



じっと見つめる龍麻の視線に気付いて、京一が顔を上げる。







「あ……? …どした、龍麻……」
「えッ…あ、いや別に」






脳裏を過ぎった不埒な考えを振り払って、龍麻は京一の腕を取って立ち上がらせる。






「そんなに酔ってたんなら、シャワーもしない方が良かったかな。足滑ったんだろ」
「違ぇよ……眠かっただけだ………」
「昼間もあんなに寝たのに」
「……仕方ねェだろ、昨日寝れなかったんだから……」






そう言う京一の意識は、もう殆ど途切れ気味になっているらしい。
ぼんやりしているのは逆上せかけているのもあるだろうが、それよりも睡眠不足。
学校で寝てばかりいたのも、疲弊していた表情も、全てはそれが原因。

昨日は気の知れた人達の所に泊まったのではなかったのか。


うとうとと目を細める京一の身体を簡単に拭いてやり、寝巻きにシャツと下着を着せる。
自分とそう変わらない体躯を軽々と抱え上げると、龍麻は先に強いていた布団の上に京一を下ろした。







「寝れなかったって、昨日はごっくんクラブに行ったんじゃなかったの?」







吾妻橋の所ならば、寝不足になるのも判らないでもない。
舎弟を連れて一晩あちこち練り歩いて、時にはケンカ、時には博打に興じる事は多いようで、翌日寝不足―――なんて事も珍しくない。


しかし、昨日はごっくんクラブに行くと言って、帰り道は歌舞伎町の方へ向かうのを、龍麻は見送った。
その後京一が何処に行くかは京一の好きにされるから、本当に行ったのかどうかは、龍麻には判らない。

けれども、あそこは京一が随分長い間世話になっている場所だ。
割合、頻繁に利用している。
其処を拠り所にしている人達に、京一はとても愛されていて、過剰な愛の表現も、京一は嫌っていない。




他の所に行ったのかと問うと、京一はいいや、と小さく返した。







「行ったぜェ……飯も其処で喰ったし……」
「それで、なんで寝不足? お兄さん達と一晩話してたとか?」
「……寝れる状況じゃなかったんだよ……」







うとうと眠そうに目を擦り、京一は欠伸を漏らす。
龍麻が話しかけなければ、程無く眠りの淵に落ちるだろう。

寝落ちかけている京一の頬を突くと、うーと愚図るように京一は龍麻の手を払おうとする。
猫のような仕種に、龍麻は小さく笑っていた。



が、次の瞬間、爆弾を落とされる。
















「あの野郎が……寝込み襲って来やがるから…………」
















―――――――――なんだって?



思わず問い返した龍麻だったが、その言葉が出るまで、約30秒。
その間に、京一はすっかり夢の世界の住人になっていた。















黒龍麻で書こうと思ってたのに、意外に純情になってしまいました。
次回からガッツリ黒くして行きます(爆)。

STATUS : Enchanting 3













――――――僕が、傍にいるから
























【STATUS : Enchanting 3】



























ぐったりと。
朝一番のHRに珍しく出席した生徒は、自分の席で力なく突っ伏していた。

HRに出席したと言う時点で、「ひょっとして調子が悪いんじゃ…」と囁かれている京一である。
同クラスで今年に入ってから付き合いの深くなった葵、小薪、醍醐の面々も同じ感想を抱く。
龍麻も京一が教室に入ってきた時は、おや? と首を傾げていた。
ついでにマリアからも保健室に行かなくていいの、と藪から棒に言われ、日頃の自分の評価を、京一は再確認した気分だった。


ヒソヒソと京一の様子を窺う声が聞こえるが、京一はそれをどうこうしようとは思わなかった。

………否。
どうこうしようと思う気力すら、なかった。




今日、この3-Bの教室に一番乗りをしたのが誰なのか。
それを知ったら、この場にいる誰もが驚き、そして天変地異が起きるのでは、と騒ぎ出すだろう。

遅刻、無断欠席、サボタージュは当たり前の素行不良の蓬莱寺京一が、なんと本日教室一番乗りの登校であった。


剣道部の朝練習に顔を出した訳でもなく(何せ彼は万年幽霊部員である)。
何かとよくつるむ転校生と気紛れに一緒に登校してきた訳でもなく。
優等生と言われる生徒会長・美里葵に進言された訳でもなく(大体、そんな事で更正する男ではない)。
周囲にとっては全く原因不明に、京一は朝早くに真神学園に登校した。



そして、HR前からずっと、自分の席から動かずに突っ伏したままになっている。








(あ―――――………)







ぼそぼそと鼓膜を僅かに震わせている、クラスメイト達の囁く声。
いつもなら煩わしいからとさっさと教室から出て行き、出来ることなら今日もそうしたかった。

しかし悲しいかな、彼は疲労困憊で動く気力は残されていなかった。








(なんだって……こんな目に…………)








朝から―――いや、昨日からの災難を思い出し、既に何度目か知れない溜め息が漏れる。


そして、頭痛の原因の筆頭である――いや、全ての現況か――の顔を思い出し、ぐしゃぐしゃと頭を掻き回した。









(なんでオレだ、なんでアイツなんだ、なんでよりにもよって!)

(オレが何したってんだ、いや戦ったけど、負けてでも勝って、それから)

(あの場の状況っつーか成り行きっつーか、とにかくそんなんで)

(――――――それで終わりの筈だろう!)


(でもってなんでオレはいつまでンな事ばっか考えてんだ!!)










朝から京一はこの調子だ。
ぐるぐる回る思考回路は無限ループにハマり、いつまで経っても終わらない。

――――もう、一種の逃避行動だ。


時折意味不明な唸り声を上げているとは、全く自覚していなかった。




常とかなり様子の違う校内一有名な不良生徒を、クラスメイト達が遠巻きに眺めている中。
気心が知れているからか、いつものように、京一の無二の親友―――緋勇龍麻が動き始めた。







「京一」







呼ぶと、京一が緩慢な動作で顔を上げた。







「………よう、龍麻」
「うん」






顔を見て挨拶をしてから、ああ今日はまだコイツの顔を見てなかったか、と気付く。
一番に教室に来れば当然此処は藻抜けの殻で、以後誰が入ってこようと京一は机に突っ伏していた。
マリアが出席を取った時も、返事こそしたし、心配の言葉になんでもねェとは言ったが、顔は見なかった。

―――――だってそんな気力は根こそぎ尽きているのだから、仕方がない。


そんな訳で今更に挨拶をした京一に、龍麻はいつもと変わりなく頷いて、







「なんかお疲れだね、京一」
「…………おう」






一言目からそれを言われるほど、自分は疲弊しきっているのか。
いや、でなければマリアに心配される事も、恐らくないだろう。


足音がしてそちらに首を捻ると、葵、小薪、醍醐がいた。







「………よう、お前ら」
「お…おはよう、京一君……」
「……どうしたのさ、京一…」







力ない挨拶をした京一に、葵が挨拶を返し、小薪がストレートに問う。







「お前がそんな顔をしているのは、俺も初めて見るぞ」
「あー…そうだっけかァ…?」







中学時代からの付き合いの醍醐に言われ、そんなに酷いのか…と京一は他人事のように思った。


実際、京一の顔色は酷いもので、体調が悪いのでは―――とマリアが思ったのも無理はなかった。

そういう姿を見れば葵は直ぐにでも心配の声をかけそうなものだったが、それも憚られる程。
小薪も常ならば茶化して発奮させてやろうとするのだが、覇気の無さに出来ないまま時間が過ぎた。
醍醐に至っては今まで本当に見た事の無い姿だったから、心配し過ぎて声をかけられなかった。

だから龍麻が声をかけた時、やっとタイミングが掴めたと思ったものだ。



…今の京一には、周囲のそんな事情なんて、どうでも良かったけれど。




京一の疲労度を慮っての行動なのか。
ぽんぽんと頭を撫でる龍麻の手を、京一はこの時ばかりは振り払わなかった。
寧ろ癒されている自分を自覚してしまう辺り、相当参っていると再認識する。







「龍麻ァー……」
「なに?」
「…いや、なんでもねェんだけどよ…」
「ふーん」







何があったのかと問い出さない相棒。
駄々捏ねの子供を宥めすかすように、いつものぼんやりとした表情で頭を撫でて来る相棒。

間近にある相棒の、少し幼さを残す面立ちが、本当に今に限っては癒しだ。







「龍麻ァ、今日お前ンとこ泊めろよ…」
「命令形じゃないか。緋勇君の都合も考えなよ」
「じゃあオレの状態も考慮しろ。ンで、泊めろ」
「………本当に何があったの?」






自分本位な発言をする京一を、葵が心配そうに覗き込む。
どんなに言い方がキツいものであっても、京一は決して自分勝手な人間ではない。
相手の都合も考えずに行動する、という事は考えられなかった。

それが、親友相手であるとは言え、こんな発言をする位に参っている。
葵が心配しない訳がない。


黙っていても葵の心配を煽るだけになるのは、京一も判っている。
下手にあれこれと探りを入れられるよりは、さっさと自分で話してしまった方が良い。

の、だけど。








(あ―――――………)








また脳裏を過ぎった顔に、京一は机に突っ伏した。







「京一君、私達で良かったら力になるから」
「………そりゃありがとよ……」






無駄だと思うけどな、とは言わない。
言っても葵は引き下がらないだろうし、小薪と醍醐も突っ込んでくるに違いない。

仲間の気遣いは、正直言って照れ臭いし恥ずかしいが、素直に嬉しい。
ただ問題は……その気遣いによって引き起こされる記憶が、京一を再び撃沈させてしまうという事であった。



再び沈黙した京一に、葵、小薪、醍醐がどうしたものか、と顔を見合わせる。




京一の頭をなでていた龍麻が、口を開いた。








「京一」
「…………あ?」
「保健室行く?」
「……………屋上……」
「うん」








休む為の場所でなく、サボタージュの場所を示す京一に、龍麻は頷いて。
行くよ、と腕を掴んで引っ張る力に、京一は逆らわなかった。



……ついて歩く足取りは、嘗てない程に重かった。











































場所を変えても、京一の無気力は変わらない。
心身共に疲弊した状態なのだから、無理もない話だ。




給水塔の日陰に寝転がっている間に、京一は眠っていた。
そういうつもりはなかったのだが、疲れた心身は無意識に休息を欲していたらしい。
目覚めた時には陽が高く昇り切り、時刻は昼前という有様。

陽が高くなれば影も狭まり、強い日差しに目が覚めそうだったのに、京一は起きなかった。
それもその筈で、龍麻が自分の学ランを使って簡素な日除けを作っていた。
いつも制服の下に着ているパーカー姿で、龍麻は、京一が眠っている間に買って来たのだろう苺牛乳を飲んでいる。
それから京一はひんやりしたものが額に当たるのを感じ、其処に袋に入った缶ジュースがあるのに気付いた。







「―――――起きた?」
「………おう」






起き上がった相棒に問い掛ける龍麻に、京一は缶ジュースを取り出しながら頷く。

プルタブを開けると、ひんやりとした冷気が立ち上る。
季節は既に秋に入っていたが、衣替えを終えて間もない今日、まだまだ日差しは夏の濃さを残している。
缶ジュースに張り付いた水滴が手に付着した。







「今、何時間目だ?」
「四時間目に入ったとこ」
「そうか。ああ、これ、ありがとよ」






日除けに使用されていた龍麻の学ランを回収し、差し出す。
龍麻はそれを受け取ったが、着る事はなかった。
日差しが強い分だけ屋上は暑くなっている、上着は必要ないだろう。
京一も熱の篭った学ランを脱ぎ、給水塔横に僅かに落ちている影に突っ込む。






「二時間目が終わった後、遠野さんが来たよ」
「……へー…」
「京一が体調が悪いって、凄い大騒ぎになってるみたいで」
「……オレをなんだと思ってやがんだ、アイツは……」






人間なんだから体調悪くもなるっつーの、と呟く京一に、龍麻は何が面白いのか笑うだけだ。






「あと、さっき美里さんも来てた」
「葵が?」
「保健室に行かなくて大丈夫? って」
「…行ってもやる事は一緒だ」






行く先が保健室だろうが、この屋上だろうが、授業をサボっていた事には変わりあるまい。

大きな違いとしては、保健室なら珍しかろうとなんだろうと、体調が悪いのであれば正当な理由で授業を休める。
ただし、しばらく眠って目が覚めたら、授業に戻らなければならない。
どんなに気分が乗らなくても。

屋上ならば見付かった時に大目玉を食らうのは当然だが、気が向くまで好きなだけサボれる。
他人の気配を伺うような必要もなく、誰の目を気にする事も無い。
見付からない限りは、という限定条件ではあるけれど。
ついでに、こうしてジュースを飲んでも怒られない訳だし。







「午後の授業は?」
「………サボる」






今日はもう、授業なんて出る気にならない。
マリアの英語の授業があったように思うが、無理だ。




ああ、しかし。
今日は何処で一晩過ごそうか。

授業に出ないなら出ないで、浮かんできた問題に、京一は大いに顔を顰める。


龍麻はそれを視界の隅でひそりと認め、








「京一」
「ぁん?」







がしがしと、ほぼ無意識に頭を掻いていた京一に、龍麻は笑んで、









「今日、僕ん家来る?」








龍麻のその言葉は、何も突然とは思わなかった。
屋上に上がる前、HR後、京一は泊めろと龍麻に言った。
あの時は小薪が割り込んできたので、返答はお流れになったが。



ともかく、龍麻のその言葉は、今の京一にとって何よりもありがたいものだった。










「帰りにビール買って行こうぜ、龍麻」
「冷えたのが家にあるよ」









そりゃ好都合だ、と。
京一は手の中にあった缶ジュースの中身を、一気に飲み干した。

















お疲れ京一、ヒーリング龍麻(笑)。
お酒は二十歳になってからー(でもゲームでも飲んでたね、京一)。

STATUS : Enchanting 2













――――――もっと見たいと、思ったんだよ
























【STATUS : Enchanting 2】



























開いた口が塞がらない――――とは、この事か。



振って湧いた目の前の男に、京一は呆然とした。
目を剥いて口をぽかんと開け、カウンター向こうから此方へ近付いてくる男を凝視する。

艶やかな着物姿のその男は、不躾とも言える京一の態度を、薄らと笑みをすいて甘受していた。
近付く足取りは軽やかなもので、見ようによっては、踊るようにと表記されるかも知れない。
流れるような無駄の少ない足取りである。
嘗て京一を翻弄させた、フラフラとした流れの掴めない動きだった。




そしてその男、八剣右近はフフッとまるで嬉しそうに笑みを浮かべ、








「やっと逢えたね、京ちゃん」
「――――――ッ京ちゃん言うなッ!!」








京一のその反応は、殆ど条件反射の行動だった。
日頃色々な人から京ちゃん京ちゃんと可愛らしいあだ名をつけられて、京一はそのあだ名が嫌いだった。
ごっくんクラブの人達には言うだけ無駄なので諦めたが、やはりそう呼ばれるのは恥ずかしい。
高校三年生の男子が、“歌舞伎町の用心棒”の異名を持つ男が、よりにもよって“ちゃん”付けである。
……京一にとっては、プライドが許さぬ呼び名だった。

行きつけのラーメン屋の店主にも、毎回その名で呼ばれ、その度「言うな」と返している。
散々呼ばれ、その都度繰り返す台詞だったから、もう京一にとっては一つのスイッチとなっていた。


初めてこの男にその呼び名で呼ばれた時も同じ。
病み上がりで心底ダルい状態だったので、噛み付きはしなかったが、それでもこの台詞は返したと覚えている。




立ち上がって当人とってお決まりの台詞を返した京一に、八剣は満足そうな表情を浮かべる。








「元気そうだね。結構バッサリいってたから、心配だったんだけど」
「そりゃどうもありがとう頼んでねぇよってか誰の所為だ! ――――ビッグママ! なんでこの野郎がいるんだよ!?」







捲くし立てて心にも無い感謝の言葉と、拒絶の言葉と。
並べ立てた後、京一はカウンターで成り行きを眺めているビッグママに声を荒げた。







「京ちゃんの知り合いって言うからねェ。話がしたいってサ」
「じゃなくて! なんで普通にコイツを受け入れてんだって話だ! コイツは―――――」







拳武館の、と言い掛けて、京一は口を噤んだ。



あの出来事は、吾妻橋が此処に駆け込んだ事によって知られている。
彼は律儀にも太刀袋を持って此処に来て、京一が帰ってくるまで預けて行った。
その時の此処の面子の様子は、太刀袋を取りに来た時、号泣する吾妻橋からしこたま聞かされた。

だが彼は、京一を負かした男の詳しい容貌までは伝えていなかったらしい。

京一が負けた相手が目の前の男であると気付いていたら、アンジ達は黙っていなかっただろう。
彼女達のお気に入りの少年が、生死の境を彷徨う羽目になったのは、この男の所為なのだから。


だが、それを言うのは京一のプライドが邪魔をした。
中学時代からケンカで負けなし、“歌舞伎町の用心棒”と呼びなわされ、この界隈ではそれなりに有名だと自覚がある。
それが幾らプロの暗殺集団の一人であったとは言え、負けた事実は、京一にとって苦い過去であった。
二度目の邂逅こそ戦わずして京一の勝利であったが、それも八剣の潔さと粋があってこそ。

……敗北の話を自分の口から他者に告げるには、京一はまだまだ若く、自尊心が強かった。



コイツは? と問い掛ける面々と、口元に笑みをすく男をギリギリ睨み、京一は唇を噛む。



大体、拳武館は暗殺集団。
下手に他者に素性を知られる訳にはいかない。
此処で京一が下手に口走ったら、クラブの人々がどうなるか――――








「ああ、あっちの事なら心配要らないよ」
「――――あぁ!?」








突如、思考の中に割って入った八剣の声に、京一は威嚇の声を上げた。
八剣は警戒心剥き出しの京一に構わず、続ける。







「色々あって、閉鎖になってねえ。館長直々にお暇貰ったトコさ」
「………閉鎖だぁ?」
「あの一件の後片付けもあるし。館長も思うところあるようだし」







長テーブルを挟んで、八剣は京一の眼前に立つ。







「で、お暇貰ったのは良いけど、特に宛もなくてね」







八掛の袖口に腕を入れ、腕組しながら八剣はしんみりと呟く。
それから憂いを帯びた眼が、京一へと向けられて、



―――――――嫌な、予感、が。









「って訳で、しばらく此処のご厄介になろうかなと」
「なんでそうなるッッ!!」








バンッと長テーブルを叩く。
手のひらが思った以上に痛かったが、気にしなかった、そんな余裕はなかった。







「というか、三日前からもうご厄介にはなってるんだけど」
「なんで此処なんだよ!?」
「此処なら京ちゃんに逢える確率も高いだろうと思って」







声を荒げる京一に対し、八剣はあくまでも滔々とした姿勢を崩さない。
初めて見えた時と似た位置関係――環境はまるで違うけども――に、京一の苛立ちは更に募る。
隣のアンジがまぁまぁ、と宥めて来たが、全く効果はない。

毛を逆立てた猫宜しく威嚇を続ける京一に、八剣は笑みを浮かべるのを止めない。
面白がっているのが癪に障り、京一の苛立ちは更に更に募り――――悪循環。








「オレに逢ってどうするってんだ。戦り合おうってんなら、受けて立つぜ……」







手の中の愛用の獲物を強く握り締め、京一は鋭い目付きで八剣を睨む。



一度目は京一の完全な敗北、二度目は戦わずして八剣が負けを認めた。
純粋な力のぶつかり合いは、まだ一度しかしていない。
もう一度戦えばどちらが勝つのか、京一はそれには興味があった。

中学生の頃からケンカに明け暮れ、真神の三年生になってからは鬼との戦闘。
師に散々扱かれた剣技と、場数を踏んだ身のこなし、そして今は自分自身への自信がある。
だが八剣は暗殺集団・拳武館の中でも相当に強い人物。
研ぎ澄まされた剣技や身のこなしは、ケンカ闘法と比べて、無駄が無い。

剣技を扱う者同士、強さを求める者として、強者と戦いたいという欲求は半ば本能によるものだ。




だが八剣は首を横に振る。








「そのつもりはない。言っただろう? 勝てない戦いをするほど、愚かではない」
「ケッ……どうだか」







じゃあなんだよ、と続けて京一は問うと。















「京ちゃんの事が知りたかったんだよ」













――――――と、のたまった。


だから京ちゃん言うな、と呟いた後、待て今なんて言ったどういう意味だ? と京一は首を傾げた。








「オレの事も何も、お前色々知ってたじゃねえか」







最初の邂逅で、八剣は京一の容姿こそ知らなかったが、異名や噂は知っていた。
またそれだけなら歌舞伎町界隈で幾らでも聞けるだろうが、八剣は京一を呼び出すのに吾妻橋達を利用した。
ご丁寧にふざけた形で果たし状まで突きつけて―――――其処まで手を凝らせて。
此処しばらくの間、何かと構いつけてやる事の多い舎弟達が何処の誰か、それも八剣は知っていたのだ。







「まぁ、噂程度は。でもそれは、人から聞いた話だけだ」
「此処にいる間にもどーせアレコレ聞き出したんじゃねえか」
「ああ、快く教えてくれたよ」
「………にーさん………」
「だって京ちゃんの事知りたいって言うからァ」
「嬉しかったのよォ、京ちゃんの事知ってくれる人が増えて!」
「……だからってなんで寄りによってコイツ……」







弁解するアンジ、キャメロン、サユリを一瞥し、京一は頭を抱えてソファに沈む。
一体何をどういう形で(真偽の程はまず置いておくとしても)伝えられているのか。
甚だ良い予感はしなくて、京一は頭痛に見舞われる。

その様子を八剣は楽しそうに見ている。
京一のそんな姿も、彼はこの時、初めて見たのだ。







「やっぱりねえ。百聞は一見にしかず。京ちゃんのそういう所は、あの時限りじゃ見られなかったな」







ほら、知らない事だらけだろう、と。
言う八剣の顔面に、無性に木刀を振り下ろしたくて堪らない京一だ。

オレで遊ぶのも大概にしろ。

頭を抱えた京一の思いはその一点。
周囲からは気分が悪いの? という、微妙にズレた心配の声が降って来た。
なんでもないとも、放っといてくれとも言う気力がなく、京一は長い長い溜め息を吐いた。








「じゃあもう気が済んだだろ……」
「いいや、全く」








間髪入れずに返された答えに、京一は胡乱な目で顔を上げる。



と、顔を上げて間近にあった八剣の顔に、思わず驚いて退いた。
ソファに座っているままなので、すぐに逃げ道はなくなったが。


テーブルの向こう側にいた筈なのに、一体いつの間に。
自分が頭痛と疲労感に苛まれて俯いていた時に違いない、いやそれは判る。
問題なのは、足音も気配も一切感じさせなかったという事だ。

そんな事では、いつ首を取られるか判ったものではないというのに、京一は全く気付かなかった。
それとも、八剣が気付かせなかったのか―――――どちらにしても失態であった。


ギリギリ歯を噛んで威嚇する京一に、八剣はフフ、とほくそ笑み、







「俺は、もっと京ちゃんの事が知りたいんだよ。そして、京ちゃんに俺の事を知ってもらいたい」
「………何薄ら寒い事言ってやがんだ、お前」
「判らないか? ま、京ちゃんはそういうトコ鈍そうだしね」







じゃあ言い方を変えようか。
そう言った八剣の顔が、更に近いものになる。

手の中の木刀を強く握ったのは、殆ど無意識。
危機的状況、予測不可能な事態へ防衛本能。
















「お前を、俺のものにしたくなった」


















――――――その言葉の意味を、すぐには理解できず。
ぽかんと京一が間の抜けた顔をすると、八剣は可愛いねぇその顔、と呟いて。
更に近付いた顔との距離がほぼなくなりつつある頃、アンジ達が騒ぐ甲高い(しかし野太い)声が聞こえ。

ようやく我に返り。










「――――――ッッッざけんじゃねぇええええッッ!!!!!」










力の限りを持って振った木刀は、空を切っただけだった。
















八剣さん告白編(爆)。

髪型変わってから落ち着いた京一ですけど、やっぱり噛み付いて欲しい…

STATUS : Enchanting 1









――――――それきりの関係だと、思っていたのに















【STATUS : Enchanting 1】















さようなら、という葵の声に、おう、とだけ京一は返す。
道が分かれる小薪と醍醐も手短な別れの挨拶を述べ、龍麻はそれらに手を振って応えた。








「さてと………」







ぐっと伸びをして、京一はどうするかな、と呟いた。
それはしっかりと傍らの相棒に聞こえていて、







「帰るんじゃないの?」
「まぁ、そうなんだけどよ」
「―――――ああ、」






濁した返事をした京一に、龍麻はすぐに思い出す。
京一が自分の家に帰らず、歌舞伎町の馴染み人達の所で寝泊りしていることを。


どうするかな、とは、今日は何処に泊まらせて貰うかな、ということだ。
大抵はオカマバーのごっくんクラブに入り浸っているようで、従業員達も京一のことはよくよく歓迎してくれる。
他にもすっかり舎弟(パシリ)になった墨田の四天王の所にも、転がり込む事は多いらしい。
顔が広そうなので、寄る辺にする場所はまだまだあるのだろう。

最近は、一人暮らしの龍麻の所にも泊まりに来るようになった。
それが実はとても嬉しいとは、龍麻は京一には言っていない。



夕暮れ時になって空いた腹を撫でつつ、うーんと京一は考える。






「やっぱクラブに行くか……あそこならタダ飯だし」






京一がいつからあそこに出入りするようになったのか、龍麻は知らない。
それなりに長い付き合いらしいのは気安い雰囲気で感じられるが、過去についての詮索は誰もしない。
だから郷に入りては郷に従え、龍麻も京一の過去を詮索するような事は望まなかった。

居心地が良いのだろうとバーのママは言っていた。
従業員達にもみくちゃにされていた京一は、過度のスキンシップを拒否しつつも、それを嫌いではなかったようで、
ママの言葉は確かに当たっているのだろうな――――と、熱烈な愛に捕まった相棒を眺めながら思ったりもした。


実際、京一が一番よく泊まりに頻度としては、あのクラブが一番確率が高いらしい。
寂れた路地の向こう側にある、小さなオカマバーが京一にとっては今一番の安息の地であった。




――――川横に位置する店を思い出しつつ、感慨耽っていた龍麻を、京一の声が現実に戻す。








「お前もどうだ、龍麻」








耽っていた所為で、その台詞が一体何を示したのか、一瞬理解が遅れた。

が、すぐに立ち直る。
ごっくんクラブに行かないか、と聞いているのだ。








「お前なら、ビッグママも兄さん達も歓迎するだろうしよ」
「うーん…気持ちは嬉しいけど、あの人達に抱き締められると、窒息しそうだよね」
「……まぁな……」







三日ぶりに尋ねただけで、彼―――いや、本人達の希望もあるので、彼女と言おうか。
彼女達は京一の来訪を“久しぶり”“寂しかった”と言い、もう離さないと言わんばかりに熱烈な愛を送った。
見慣れぬ情景に、免疫の無い仲間達一同が若干退いていたのは、まだ記憶に新しい。

ちなみに龍麻は、それらの光景を、いつもと変わりない表情で眺めていた。



龍麻もあまりああいった場所や人々に馴染みはないが、あのクラブの人々が良い人達だというのは判る。
少々アクは強いが―――あの周辺では致し方ないか―――彼女等は本当に京一の事を好いている。


だから龍麻も、彼女達の事はとても気に入っているのだけれど、








「行きたいけど、今日はちょっと……母さんが荷物送ってくれたのが届くから」
「――――そうか。じゃあ仕方ねェな」







ならそちらを優先すべきだと、京一は言った。







「そういや、この間の苺、美味かったな」
「うん。皆も喜んでたね。手紙に書いたら、母さん喜んでたよ」
「そりゃ良かったな」
「うん」










―――――それからは他愛ない、いつも通りの帰路だった。














































龍麻と別れてから、京一の足は真っ直ぐに馴染みのクラブへと向けられた。
道中、好物の中華の匂いがしてちょっと寄るかとも思ったが、結局足の方向は変わらなかった。

自分でも珍しいこともあるもんだなと思う。



原色が明々光る華やかな繁華街を抜け、細い路地に入り、川沿いに出る。
少し辿れば行き着けのクラブの看板が見え、どうやら今日は閑古鳥らしいと遠目に知った。

もともとそれ程客の多い店ではないけれど、常連というのは京一以外にも幾らでもいるのだ。
客の中には京一の顔見知りも多い。
が、今日はそれらの客の気配も無ければ、近頃溜まり場化にしている吾妻橋達の姿も見られない。
一時見掛けていた奇妙な外国人もいなくなって、店にとってはうら寂しい夕刻風景であった。




京一が前に此処に来たのは、四日前のこと。
頼むから今日は(今日“も”か。叶った事はなかったが)あの熱烈な歓迎は止めてくれ、と思いつつ、ドアノブに手をかける。









「うーっす」









ギィ、と錆て軋んだ音を立てて、扉は開かれる。

外観よりもこざっぱりと纏まった内装。
綺麗に整えられたカウンターの向こうにいたビッグママが、京一を認め、








「あぁ、京ちゃん。お帰りなさい」








随分長い付き合いになって、いつから“お帰りなさい”と言われるようになっただろうか。
その言葉に“ただいま”と返すのはまだ気後れして、返事は今日も「おう」だった。


店の中央に鎮座しているソファに座っていた人々も、京一を見つけて喜色満面になった。







「京ちゃん、お久しぶりィ!」
「だから四日ぶりだっつーの」
「寂しかったのよォ〜!」
「ちょっ、キャメロン兄さん! 離せって!!」






体躯の良いキャメロンに抱きつかれ、息苦しさに京一はもがく。
何より、馴染みの人達ではあるが、男―――と口にすると怒るので、言わないが―――に抱き締められる趣味はないのだ。
続け様サヨリにまで抱きつかれて、京一の悲鳴が店内に響く。







「いでででッ! 死ぬ死ぬ! マジで!!」
「アンタ達その辺にしときな。加減も知らないんだから」







助け舟を出したのは、ビッグママである。

はァい、とキャメロンとサヨリはあからさまに残念そうに京一を解放した。
胸板の暑苦しさと圧迫感から解放され、京一はホッとする。


付き合いは長いけれど、この熱烈な歓迎だけはいつまで経っても慣れない。
慣れたくない、という気持ちも本音、十分にある。



京一がソファに眼を移すと、傍観していたアンジがクスリと笑い、






「今日は泊まって行ってくれるのね?」
「ああ」
「じゃ、アタシと一緒に寝ましょうねェ、京ちゃん」
「……謹んで遠慮させて頂くぜ……」







ウィンク付きで投げかけられた台詞に、京一はげんなりとして辞退する。
戯れの言葉である事は互いに判っている、誰も怒りはしない。







「寂しくなったらいつでも言ってよ。アタシ達は京ちゃんなら大歓迎よン」
「……そりゃどうも……」







頼まねェと思うけどな、と呟くと、しっかりそれは聞こえたようで、つれないわァ、とサヨリが身体をくねらせた。

――――――京一が来た日には、毎回始まる遣り取りだ。



一通りの戯れを終えた京一が、アンジの横に腰を下ろした。
横柄に幅を取って座る京一を咎める者は誰もいない。

今日の晩飯は何を食おうか―――とぼんやり天井を煽った丁度その時、カウンター奥の従業員用の扉が開く音がした。
見慣れた面々は皆目の前に揃っているので、誰か新人でも来たのだろうか。
特に気になった訳でもなく、そう思っていると、ビッグママがそうそう、と声をかけた。







「京ちゃん、アナタにお客様よ」
「あ? 客?」






此処に来てまで、今更自分に客がいるのか。
吾妻橋なら一々ビッグママを介す必要はないから、他の誰かだろうか。

一定に定まらない“客”の予想を続けつつ、カウンターへと目を向ける。




――――――と、其処にいたのは、
















「お帰り、京ちゃん」

















控えめな紅梅色の着物に、艶やかな緋色の八掛。
八掛の肩には花か何か(京一にはよく判らなかった)をあしらった模様が一つ。
少し褪せた色の髪に、少し気だるげな垂れ目。

腰には、刀。






拳武十二神将の一人にして、嘗て京一が一度完敗した相手、












――――――八剣右近であった。

















はっはっは。書いちゃった!

八剣→京一でーす。
京一が散々振り回される話になります。


ごっくんクラブの人達の名前は一応チェックしましたが、合ってるのかは微妙(汗)。画質が荒くて……
文字であの人達の口調を表現するのって難しいっスね。