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既に何度か泊まった事のある、緋勇龍麻の家。
一人暮らしの苦学生によく似合う、少し古い、なんだか懐古感さえ感じてしまうアパートの二階。
畳張りで、壁紙一枚剥いでみれば土壁がモロに見えて、小さなベランダは寄りかかればほんの少し軋む音。
築何年なのか、電話線も引いていない部屋の隅で、京一はどうすりゃいいんだと考え込んでいた。
龍麻の家には過去に何度か来た事があるし、泊まった事だってある。
この部屋で(高校生の分際であるが)酒を飲み交わした事もあるし、雑談をすれば、猥談だってした。
が、親友から恋人になってから、此処に来たのはこれが始めてであった。
だからと言って何が変った訳でもない。
ないが、やはり何か違うのだろうと、感覚的には思っているつもりだ。
その辺りの感情を、京一は一切態度に見せたことは無いけれど。
普通の男女の恋仲なら、此処で何某かの進展なりトラブルなり起きるものだろうか。
生憎、京一は自身に恋愛の経験もなければ、興味も無いのでよく判らない。
しかし、しかしだ。
恋人の家に泊まって置きながら、何もありませんでしたなんて事も流石にないだろうと思う。
俗な話、彼氏の家にお泊りした娘が一晩の内にオトナになると言うのが一般的な見解ではなかろうか。
勿論、プラトニックなお付き合いというのもあるのだろうけれども。
そして此処でまた、しかし、である。
一応自分と龍麻は恋人同士であるが、男男のカップルであり、この時点で既に世間一般の恋人同士の付き合い方とは多いに違いが生じている。
プラトニックなお付き合いと言う柄でもないが、かと言って男同士でナニすんの? どうやって? と言う気分であった。
(……あいつもそんな感じしねェしな)
人一人が立つのが一杯と言う、一人暮らしの苦学生によく似合うキッチン。
其処に立って、夕飯になるのだろうコンビニ弁当を温めている人物を見遣って思う。
最初の告白の時にキスをして以来、龍麻は何もして来ない。
して来られても正直困るのだが、何もないと言うのも、不気味と言うか奇妙と言うか、とにかく変な気分だ。
スキンシップは多少増えたような気もするが、それも男同士のじゃれ合いのようなもの。
京一が龍麻に対して行っていたように、肩を叩いたり組んだり、そんな程度。
何某かの気配がするかと言ったら、全く、否であった。
此方の様子を窺っているのだろうか、そうとも取れる。
現状で満足しているのだろうか、そうとも取れる。
ひょっとしてどうして良いのか判らないのだろうか、そうとも取れる。
どれも可能性があると思ってしまうのは、龍麻の考えを未だ掴みあぐねているからだ。
複雑であり、あちこちにショートカットを持つ龍麻の脳内は、把握するのに非常に時間を要するのである。
相手が考えている事は、やっぱりよく判らない。
それなら、自分はどうだろう。
(……オレが龍麻とどうなりてェって?)
……それこそ、判る訳がなかった。
第一、まだ若干ではあるが、混乱は残っていたのだ。
告白された時から続く混乱が。
好きだといわれて拒否はしなかったし、キスは驚いたが嫌だとは思わなかった。
けれども、例えばもう一度して欲しいだとか、二度とするなとか、そのどちらも考えた事はない。
して来ない事を不思議には思ったが、してくれと思う訳でなし。
でも、恋人の家に招かれると言うことは、やっぱり俗な展開を期待されているのだろうか。
背中から視線を感じながら、どうしたものかと考える。
温め終わったコンビニ弁当のラップを剥がして、箸を取り出すまでの作業を、殊更ゆっくりと行いながら。
恋仲になってから、京一がこの部屋に泊まりに来るのは始めての事だ。
もともと大した頻度ではなかったが、なんだか改まった気分になってしまうのは何故だろうか。
親友であった頃から、想いを寄せる前から何度も京一は此処に来ていたのに。
繋ぐ名が変わっても、日常では何も変わる所などないのに、どうしてこんな時にだけ意識してしまうのだろう。
別に、何をしている訳でもないのに。
家に誘った時にも、京一はいつもの態度で、寝床が見付かったと言う雰囲気だった。
別に此処で、何某か変わったリアクションを期待したつもりはない。
ただ、あれから一晩一緒にいた事はなかったなと思い、折角だからと誘ってみただけの事だ。
そして家に並んで帰って、京一が鞄と木刀を畳に転がしてから、そう言えば二人切りなんだと今更のように思った。
二人だけで時間を過ごす事は、それこそ今更のように多かったのだが、自覚すると妙な気分になった。
恋仲の相手が、一人暮らしの男の家に泊まりに来る―――――男女のカップルなら何かが起こりそうな予感はする。
(でも、京一だし)
何かが起こるんじゃないか、なんて、逆に何が起きるのだと問い返したい。
例えば、顔を合わせて照れ臭そうにしたり。
目があったら紅くなって逸らしたり。
抱き締めて愛を囁いたり。
そのまま、褥を共にしたり――――
(……出来るんなら、したい、かも知れない、けど)
箸を持ってくるりと踵を返すと、丸テーブルに頬杖をした京一がいた。
今日の夕飯となったコンビニ弁当を箸と一緒に手渡すと、無言で受け取られた。
こうしているだけで幸せだと思う事も確かで。
でも、これで満足かと言われると、正直、曖昧でよく判らなかった。
だって幸せだと思うのは事実であって、ならばそれで良いじゃないかと思わないでもないのだ。
こうして顔を突き合わせたら、下らない話をして、時に命を張って、背中を合わせて。
自分の想いを、あの時京一が受け止めてくれたのだと言う事実があって、これが幸せなんだと。
……だったら、わざわざその先にある事を臨まなくたって良いんじゃないかと。
―――――思う一方で、もっともっと、と欲張っている自分もいる。
彼が嫌がる事はしたくない。
このままでも幸せだと思う。
だけど、もっともっと欲しがっている。
彼は自分を、何処まで赦してくれるのか、まだ少しだけ不安だった。
「おい、龍麻」
「何?」
「………お前、オレになんもする気ねェの?」
「え? していいの?」
「……………え?」
長くなったぁああ!!(いつもの事だろが(爆))
この京一は、ひょっとしたら墓穴掘ったかも知れません。
いえ、ラブラブなんで良い事ですけどね。