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「ほらよ」
差し出された小さな箱に、龍麻は目を丸くした。
赤と緑のストライプの包装紙に綺麗にラッピングされ、ハートマークのリボンまでつけられている箱。
その正体を数瞬考えてから、リボンに『Happy Valentine』の文字を見つけて、ああそうかと納得する。
納得した後で、それはそれで可笑しい事に気付いた。
箱を差し出しているのは、親友で相棒の蓬莱寺京一だ。
……何故彼がこんなものを差し出しているのか、全く理由が判らない。
箱を受け取らない龍麻に、京一の方が焦れた。
それから、彼が何故受け取らないかと言う事も、表情から読み取ったらしく、
「勘違いすんじゃねーぞ。兄さん達からだ」
「………あ」
ようやく全ての疑問が解決されて、龍麻は箱を受け取った。
バレンタインデーのチョコレート。
女性が男性にチョコレートを渡して、愛を告白する日────と言うのが日本の認識だった。
けれども、最近は世話チョコとか友チョコとか、そう言う理由で色々な人から色々な人へチョコが渡されるようになった。
京一と龍麻は共にれっきとした男なので、基本的には貰う側となる。
実際、バレンタインが日曜と重なった為に、先取りして行われた学校でのバレンタインの光景では、龍麻も京一もそこそこ貰っていたものである。
だと言うのに、当日になって何故京一が自分にチョコレートを贈ろうと言うのか。
だが差し出されたチョコレートが“京一から”でないとなれば、納得できる。
京一が差し出したチョコは、京一が世話になっている『女優』の人々から贈られたものだった。
冬の初め頃に初めて顔を合わせた彼女達には、龍麻も可愛がって貰っている。
彼女達が昔から可愛がっていると言う京一の親友となれば、当人達にしてみれば、贈らない理由はなかった。
「苺チョコだってよ」
「うん。ありがとう」
「礼なら兄さん達に言え」
「うん。だから京一、言っておいてくれる?」
「気が向いたらな」
ぶっきらぼうに言いながら、京一は鞄からもう一つ箱を取り出す。
包装紙もリボンの色も同じだけれど、龍麻に渡したものに比べて少しだけ大きい。
恐らく、女優の人々が京一宛てに渡したものだろう。
京一は乱暴に包装紙を破くと、ぐしゃぐしゃになった紙は鞄にまた乱暴に突っ込む。
箱を開ければ手作りらしいトリュフチョコレートが並んでいた。
一つを摘まんで、京一はポイと口の中に放り込む。
「甘い?」
「いいや」
京一は甘いものが得意ではない。
長い付き合いの『女優』の人々はちゃんとそれを考えていて、甘さ控えめに作ってくれたようだ。
龍麻も包装紙を(綺麗に)取り去り、箱を開けた。
ピンク色のチョコレートの甘い香りが鼻孔をくすぐる。
一つ摘まんで、口の中に放り込む。
「美味しい」
「良かったな」
もごもごと口の中で甘いチョコを転がす。
溶け終わる頃にとろりとしたジャムのようなものが舌に乗った。
甘酸っぱくて、これも美味しい。
とろとろになったチョコレートが更に溶けてなくなって。
龍麻は、隣で三個目のトリュフを食べようとしている京一を見る。
「京一からは?」
ぴたり、京一の動きが止まる。
それから数瞬の間の後で、京一はじろりと龍麻を睨んだ。
「馬鹿かお前」
「違うよ」
「馬鹿だろ。野郎から貰ってどうすんだよ。しかもなんで俺がお前に渡さなきゃなんねェんだ」
それはそうかも知れないけれど。
バレンタインは女性が男性にチョコレートを贈る日であって。
二人はれっきとした男であるから、貰う側であり、渡す側ではないし。
でも。
女の子同士の友チョコもあるし、男性から女性へ贈る逆チョコと言うのもあるらしいから、京一からあっても可笑しくないと思う。
(駄目なのかなあ)
京一からのチョコレートが欲しい。
貰えたら嬉しいのに。
しかし京一の方はまるでそんな気はないらしく、四個目のトリュフを口へと放り込んでいる。
指先についたココアパウダーを舐めて、口端のチョコも舐め取る。
なんとなく、龍麻はそれをじっと見ていた。
欲しいけど、京一にそんなつもりはないようだし(当たり前だけど)。
ねだったら何が貰えるかも知れないけど、京一にそんな余裕はないだろうし。
無理やり貰うのは違う気がするし。
でも欲しいな。
そう思う自分は、案外ワガママな人間らしい。
「これで最後ッ、と」
京一は最後のトリュフを摘まんで、ぽいっと咥内へ。
甘いものは好まない京一だが、世話になっている『女優』の人達から贈られたものなら話は別だ。
ちゃんと自分の好みに合わせて作ってくれるし、何より、京一自身が彼女達に気を許している。
『女優』からの好意であれば、照れ臭そうでも、素直に受け取ることが多かった。
トリュフが納められていた箱は、綺麗に空っぽ。
『女優』の人々もきっと喜ぶに違いない。
もごもごと京一の口元が動いている。
龍麻は苺チョコを食べながら、じっとそれを見つめていて。
「きょーいち」
間延びした呼び方に、京一が振り返る。
その口端にチョコレートがついている。
「ちょっとちょうだい」
言って、返事を待たずに口端のチョコレートを舐め取る。
甘さの中に、ほんのりとした苦味。
龍麻には余り馴染みがない────けれど、嫌いじゃない。
京一が食べたチョコだし。
──────固まった親友に笑いかければ、目一杯力を込めて木刀を落とされた。
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付き合ってるような、そうでもないような。
やっぱりうちの二人は、ぐだぐだやってナチュラルラブが基本だな……