例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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【草笛】 七








空の蒼を反射させたその瞳は、酷く透明で、酷く儚かった。
それが目の前の男の内側に眠る、子供のような寂しさから来るものだと、直ぐ判った。



すぅと目を細めてその横顔を見つめる剣心に、意外に目敏い左之助は気付かなかった。

顔を上げて空を仰ぐのは、溢れそうな感情を流すまいと耐えているから。
それが耐えているだけだというのなら、まだ良いのだけれど。
耐える事に慣れてしまえば、いつしか流し方まで忘れてしまう事になる。
目の前の男がどちらであるのか、剣心は掴み兼ねた。


京都の激しい戦いの後、右手は白い包帯に覆われるようになった。
既に大人の骨格を完成させつつある体である。
その手も骨格と同様に節が目立つようになり、無骨な無頼者の形を成そうとしていた。

だが不思議と大人になり切れずにいるように見えるのは、彼がまだもう一つ、成長することを拒んでいるからか。

人の成長は肉体の変化と年月によるものだけではない。
限界を自らが超えようとした時、自身の手で一歩前に進むように、その体も成長を刻む。
心身共にあってこそ、人は“成長”していくのだと、剣心は何処かで聞いた話を思い出した。




もともと、左之助の性格は、どちらかと言えば子供染みた部分が目立つ。
理屈っぽいことは嫌いだし、善悪云々よりも自分がやりたいようにやる。

時折、辛辣な言葉を投げることもあるが、性根はいつまでも子供のように真っ直ぐで正直だった。






その子供染みた部分は、きっと生涯変わらない。
左之助が“左之助”である由縁なのだから。












だから、その手を幼くさせているのは、きっともっと別の部分。













空を仰ぐ剣心に、左之助は気付かない。
やはり心は何処か遠くに在るようで、つい先程まで話をしていた相手が今も隣にいるという事すら、忘れたように見える。



思い出の中に余所者は不要―――――……
それが温かな思い出であるというのなら、剣心もこうまで気に留めなかっただろう。
以前、左之助と幼馴染の月岡津南が再会を果たした時のように。

だが今左之助が思い出しているのは、もっと別の思い出。
同じ引き出しの中にありながら、取り出す時、その色は酷く儚い色を持つ。




無粋であろうと思いながら、剣心は左之助の隣に腰を下ろした。
刀の唾鳴りが僅かに聞こえて、その音に左之助の瞳が現実に還る。







「やっぱオレぁ、こういうもんは駄目だわ」
「さようでござるか?」
「どうもガキん時から不器用だからな。こういうもんは向いてねぇ」







手の中の小さな葉をひらひらと振りながら、左之助は笑う。






「拙者は吹いたこともござらんなぁ……」
「やってみっか? お前なら楽勝だろ」
「いや、拙者は口笛も吹けぬから……」
「だったっけか? そいや、お前が口笛吹くトコなんざ見ねぇな」






顎に手を当て、思い出す風な仕種を取る左之助に、剣心は頷いた。
吹けても、左之助ほど器用に吹く事は出来ないだろう。






「お主が教えてくれるなら、多少はやってみても良いか」
「おいおい、オレが教えんのかよ。オレぁ下手くそだっつったろ?」
「良いではござらんか、下手くそ同士で練習と言うのも」
「ぜってーお前直ぐに吹けるようになんだろ」






幾ら吹いてもオレは駄目なんだから、と。
呟く左之助は、見つめる剣心から逃げるように目を逸らす。

おろ? と剣心は一瞬瞠目する。
いつでも真っ直ぐ受け止めて、勝気に睨み返してくる彼にしては本当に珍しい。
これは重症か……と剣心は気付かれぬ程に浅く溜め息を漏らしていた。


そんな時、左之助は剣心の足元に置かれている野菜の存在に気付く。






「なんでぇ、買出し中だったのか?」
「ん? ああ」
「今日は嬢ちゃんと弥彦はどうしたんでェ」
「二人は出稽古でござるよ」





現在の神谷道場の唯一と言って良い収入源だ。
ふーん、とそれで左之助は納得し、勝手に買出しした品をチェックしている。






「で、今日の晩飯はなんだ?」







思いっきりタダ飯目当てなのが明け透けで、剣心は怒る気にもならない。
もとより、左之助が道場に飯目当てにやってくるのを、形だけでも拒んでいるのは薫ぐらいのものであったが。
その薫もなんだかんだ言って本気で嫌がってはいない。

昨日のスキヤキも良かったが、やはり三人で食べるより四人で食べた方が楽しいものだ。



カラカラと笑う左之助に、剣心は眉尻を下げるしかない。

チェックした品から夕飯の想像がついたのか、左之助は「今日はショボいな」と呟く。
昨日が豪勢だったのだから、これで丁度良いくらいだと剣心は言った。






「ついでに酒とか買ってかねえのか?」
「其処までの余裕はないでござるよ」





いけしゃあしゃあと追加注文をする左之助。

これ以上は無理と剣心に言われると、そうか、と特に表情を変えずに引き下がった。

薫が聞いたら血管が切れてしまいそうな台詞だった。
今日はいなくて正解だったかも知れない、と剣心は一人ごちる。



買出しの品を見下ろしながら、左之助が小さく呟いた。
















「酒もあんなら、行こうかと思ったんだけどな―――――………」
















左之助の言葉に引っ掛かりを感じて、剣心は左之助の顔を見る。

今度ばかりはその視線に気付いて、左之助が顔を上げる。
覗き込む剣心の瞳と、光の揺れた左之助の瞳とがぶつかった。







「…………お主、今日も来るつもりでござったのか?」







剣心の口から出た言葉は、呆れの混じったものだった。


……真に問い掛けたいことは、また音にならずに。







「おうよ。ショボいっつったって、長屋で食う飯よりゃ良いしな。嬢ちゃんが出稽古って事ぁ、今日はお前が作るんだろ」
「一応そのつもりではござるが………」
「お前の飯も結構美味いからな。そんで酒がありゃ言う事なしだったんだが」






残念だ、とばかりに息を吐く左之助だったが、その溜め息が果たして酒の有無によるものか。
判然としかねて、剣心は黙したまま、左之助の言葉を聞いていた。








「安酒でもいいから、無性に飲みたくなってよ。此処んトコ乾いてしょうがねェ」







むしゃくしゃしている――――という様子ではなかった。
何かを持て余した風ではあるけれど、苛立ちの感情は其処にはない。

遣り切れない感情の吐き出し口を彷徨って、結局一人で飲み込もうとしているような……――――――





その為の、酒。

束の間の夢を見、そして忘れる為の。









「それは……間が悪かったでござるかな」
「いんや、別に」








呟いた剣心の言葉に、左之助は頭を掻きながら素っ気無く応えた。



有るなら有るで、来なかったのではないだろうか。
剣心はそう思った。

人と騒ぐ酒を好む左之助だ。
一人で飲むより、宴会でも何にでも乗じて飲む方が美味い事を知っている。
静かに飲む酒の美味さも知っているけれど、左之助は専らそちらを好いていた。


気心の知れた者と一緒だからこそ、来なかったのではないかと……――――剣心は、思う。






「しからば、今日の夕餉はどうするのでござる?」
「さぁな。修辺りにでも集るか……」





此方も気の良い舎弟の一人の名があがる。
けれども、その瞳は何処か遠くを彷徨っていた。














“いつも通り”を振る舞いながら、


“いつも通り”でいられない。
















見えない壁を張っていたようだと、左之助は剣心に言ったことがある。
流浪人としていつ此処を離れても良いように、出来るだけ誰の心にも己の軌跡を残さぬように。
薫に対しても、弥彦に対しても、恵に対しても……一番背中を預けられる、左之助に対しても。

それが京都から東京に帰ってから、少しずつ緩和している。
京都での死闘を経て、東京に戻り、いつであったか。
薫と話をしていた時か、それとも弥彦の稽古に付き合っていた時だっただろうか。
判然としないのは、そのどちらにも言われた覚えがあるからだろう。







だが、その薄い薄い、透明な壁が、今。

変化に最も早く気付いた己が張っている事を、左之助は果たして気付いているのだろうか。







人との関わりを拒絶している訳ではない。
こうして話をするのだから。
此処から去って行こうとしないのだから。


だけれど、踏み込まれることを拒んでいる。

























―――――――その日、



草笛の音は、二度と響くことはなかった。





























キャラ違いすぎて怒られそう……
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【草笛】 六





薫が弥彦を連れて出稽古に赴くと、剣心も道場を後にした。
人気のなくなった道場の門の鍵をしっかりとかけて、街へと繰り出す。




流浪人をしていた時には想像もしていなかった程に、すっかり馴染んだ八百屋に顔を出す。
昨日はスキヤキと豪勢だったから、今日は反対に質素になってしまった。
食べ盛りの弥彦は物足りないと言い出しそうだが、家計については仕方のない話。
白飯で我慢してもらおうか。

道すがら、酒屋の主人に声をかけられた。
昨日は友人等と酒盛りをしていたらしく、今でもまだ二日酔いが抜けないのだと言う。
主人は奥方に耳を引っ張られ、剣心は苦笑した。


風車を持った子供達が街道を駆け抜ける。
夏が近付き、湿度が上がって随分暑くなったと言うのに、子供達は変わらず元気だ。





子供の無邪気さだけは、いつの時代も変わらない。





汗で張り付いた前髪を掻き上げる。


駆ける子供達の一番後ろを走っていた子供が転ぶ。
二番目に後ろにいた子供がそれに気付いて、すぐに戻って転んだ子の手を取った。
転んだ子供は泣きそうな顔をしていたが、ぐっと堪えて口を噤む。
手を差し伸べた子はそれに笑い、取った手をそのまま引っ張って走り出す。
他の子供達は随分遠くに走って行ったが、二人はそれでも楽しそうに駆けて行った。

転んだ子が、置いて行かれまいと一所懸命足を動かして走っている。
何処か痛めたのかぎこちない走り方ではあったが、それを他の子供に言った様子はなかった。


強い子だ。






沢山の元気な小さな背中は、人波の中にすぐに埋もれて見えなくなった。

見送って気が済んだ剣心は、くるりと踵を返して前へと向き直る。
その時、周りから一つ飛び出た長身を見つけた。



白半纏と翻る鉢巻。
何処にいても目立つ出で立ちだと剣心は思う。

その目立つ彼に言わせれば、「お前の方がよっぽど目立つ」となるのだろうが。










「左――――――………」









奇遇な出会いに顔が綻び名を呼ぼうとした剣心だったが、それは最後まで音にならなかった。


剣心から真横に真っ直ぐに歩く背中は、しゃんと伸びて天に向かっている。
袖珍に手を突っ込んで、左之助は空を見上げながら足を進めている。
人にぶつかる事はなかったが、その瞳は何処かぼんやりとして見えた。




昨日の彼の様子を、勿論剣心ははっきりと記憶している。




一瞬足を止めた間に遠退いた背中を、我に返ると直ぐに追った。








































草笛の音がする。
それは、昨日と同じ川原の傍だった。




街中で珍しくも彼を見失ってしまい、もしやと思って来てみた所だった。
買出しした野菜も手に持ったまま、剣心は左之助を追って来ていた。


そして見つけた背中は、昨日と寸分違わぬ形で其処に存在していた。







…………何があった? 左之…………







聞こえる草笛の音は、やはりこれも昨日と同じく途切れがちで、時折風に浚われる。


川辺の岩に浅く腰掛けて、鳴らす草笛。
温もりと寂しさが入り混じるのは、奏者の心が其処にあるからだろうか。





土手を降りて砂利を踏むと、草の音が止んだ。
柔らかな風に遊ばれる鉢巻が翻り、勝気な瞳が剣心を捉えた。








「なんでぇ、お前か」
「誰だと思ったのでござるか?」
「いんや、別に」







勝気な瞳が一瞬瞠目していたのを、剣心は見逃さない――――否、見逃せなかった。
右手が何かを隠すように、それでも中のものを潰さぬように丸められている。
いつも強く握られる拳が今は猫のように柔らかくて、剣心は気付かれぬ程度の笑みを零す。


岩に腰掛けている左之助の横に立つと、いつも見上げる顔が今だけはほんの少し下にある。







「先程の音、あれは草笛でござるな」
「……ああ、聞かれちまったか。へったくそだろ」






右手を解いて、左之助は其処に隠していたものを見せる。
左之助の手の平の半分もない、小さな葉が其処にはあった。

咄嗟に隠そうとしたのは恥ずかしさからか。
他者の知る自分らしくないと思ったのだろうか。
何れにしても、剣心には通用しなかったと思うけれど。



笑って下手だと自己申告する左之助に、剣心は小さく笑う。


確かに、お世辞でも上手いとは言えない音色だった。
流れる音は途切れがちだし、その音も随分と掠れて聞こえてきた。

洗練された楽器と比べるでもなく、上手いか下手かと問われれば、下手だと言われてしまうだろう。







「何回吹いても、ちぃとも上手くなりゃしねぇ」
「それよりも拙者は、左之と草笛というのが意外でござったな」






昨日も聞いていた事は言わずに、初めて見た時の感想を告げる。
左之助はその言葉は予想できていたようで、はは、と笑ってから、











「だろうな。オレもそう思うぜ」










手の中で小さな葉を弄びながら、左之助は言った。







「しかし、何ゆえ左之が草笛を?」
「長屋のガキ共の間で最近流行ってんだよ。それで、ちょっとな」







興味が湧いたんだ、と続ける左之助に、そうか、と剣心は呟く。
それ以上の追求はしなかった。







「草笛は案外と難しいと聞いたが」
「おう。オレはまともに吹けた例(ためし)がねぇな」
「音が出るだけでも上等ではござらんか?」
「掠れてばっかの見苦しい音だぜ。上手い奴は上手く吹けるのになァ」







口笛だったら幾らでも出来るんだが、と言う左之助に、剣心は確かに、と頷いた。
左之助が口笛を吹く場面を何度か見たことがあるが、実に見事に吹き渡るものであった。
挑発であったり感歎であったり、様々なものを言葉なくして伝えてくれるのだ。
口笛一つに器用な男だと、いつしか思ったこともあった。

だが草笛の音は掠れがちなばかりで、其処にはただただ温もりと寂しさが入り混じる。
左之助自身はそれを判っているのか………












「克のヤロウは上手く吹けてたってのにな………」











零れた名前は、左之助の幼馴染のもの。
十年と言う歳月を経て、偶然か必然か、再会を果たした、もう一人の赤報隊の生き残り。

左之助と共通の思い出を持つ、今となっては唯一の人物。



指で摘んだ小さな木の葉を天に翳せば、丸く欠けた部分から光が差し込んでいた。
零れた陽光は左之助の瞳に反射し、ゆらゆらと揺らめく。


剣心は黙したまま、その揺らめく光を見つめていた。








「何回も何回も吹いたのに……まともに鳴った事なんざ一度もねぇ」







左之助の言葉は、独り言だった。
隣に剣心が在る事さえ、今は頭の中に残っているのか判らない。
自分の世界に浸ってしまう事の少ない彼が、本当に珍しい姿だった。










その瞳がまた、迷子になった子供のようで。




















「“あの人”みてぇに、吹けねぇんだ―――――――…………」


























置いて行かれた子供の影を、見た気がした。


























左之、鬱気味……(汗)?

【草笛】 五






健康的な生活を送る弥彦が寝入った頃、左之助は道場を後にした。
それを見送ったのは剣心一人であったが、薫もその気配が遠退くことには気付いていた。


門で挨拶程度の言葉を交わした後、左之助は振り返る事無く去っていった。
その背中が破落戸長屋に帰るとはそう思えず、剣心は小さく溜め息を吐く。
最後の最後まで結局、何があったのかと問いかけることは憚られてしまった。

また左之助も、最後の最後まで“いつも通り”だった。





角を曲がって背中が見えなくなると、剣心もくるりと踵を返す。

門の後ろに薫が立っていた。
お気に入りのリボンは既に解かれて、髪は下ろされて風に流れていた。



言葉を探るような表情をする薫に、剣心はすぐに合点が行った。
左之助の様子が常と違う事に、彼女も気付いていたのだろう。
昼間に見た風景と合わせて、気の知れた友人の事が気にかかったのか。
いつも勝気で噛み付いているけれど、優しい彼女に剣心は小さく微笑んだ。







「左之の事、でござるか?」







言いあぐねているらしい薫に代わり、剣心自らが投げかける。
薫は少しの間瞳を彷徨わせた後、頷く。








「左之助の事だから、賭博に負けたとか、そんな事かなとは思ったんだけど…」







その日その日暮らしの生活をしている左之助である。
豪放磊落な性格で、彼が本気で落ち込んだ場面を自分達は見た事がなかった。
どうあっても弱気な姿を見せたくない彼だから。

右手が使えなくなった時だって、左之助は一つも悔やんだ様子を見せなかった。
その壊れた右手に何が詰まっていたのか、彼自身が何よりもよく知っている。


そんな彼が束の間落ち込んだ風な溜め息を吐いた時、大概は日々の生活の愚痴零しが付属する。



だが、今日はそれとも様子が違った。







「どうでござろうな……少々、気掛かりと言えば気掛かりか……」







左之助は強い。
闘いに置いては勿論、その心も。

だがその根まで芯まで打たれ強いのかと言われれば、それは否。
人は誰でも脆い部分を持っていて、だからこそ強くなろうと生きて足掻く。
左之助は人一倍足掻いて足掻いて生き抜いているから、強く見えるけれど。


子供の頃に一番大切だったものを失ったから、二度とその悲しみを繰り返したくないから。



……其処が左之助の、一番強くて、脆い部分。








「とは言え、真っ向切って問う訳にもいかないでござるなぁ…。左之には左之の思うところもあるだろうし…」
「思い過ごしならいいんだけど………」







薫の言葉が真実となるか否か、それは明日になってもう一度顔を合わせた時に判るだろう。
だがその日暮の左之助が毎日道場に来るかと言えば、今ではそうではなくなっていた。
幼馴染との再会を果たしてからはそちらに行っている事も増え、舎弟達と街に繰り出している事も多い。
右手の為に定期的に小国診療所に赴いてはいるが、時間は判らなかった。

明日、左之助と逢えるか否かは、左之助の気分次第。








「明日、様子が変わらぬようなら、それとなく聞いてみるでござるよ」








薫や弥彦が問うたのでは、のらりくらりとかわすだろう。
剣心相手であれば、左之の気も応える方向へと向くかも知れない。


左之助の根性を叩き直したのは、他でもない剣心だ。
だから知らないが、左之助は剣心を他の者とは違う意味で信頼している。

剣心もまた、左之助に抱く思いは他の者ともまた違う。
巣立ったばかりで危なっかしい若鳥を遠目に見守るような、保護者のような気分。
無為に手を差し出すことはないし、信じているけれど、束の間その手が必要とあらば差し伸べる。
左之助がその手を拒む事があっても、剣心の彼への瞳は常に温かな色を持っていた。



剣心の言葉に安心したのか、薫は小さく頷いた。







「さ、もう寝なきゃ。明日は出稽古だから、留守番お願いね」
「あい、判った」
「門の戸締りしておいてね」






くるりと踵を返した薫は、少しばかり軽くなった足取りで寝所へ向かう。
その背を見送った後で、剣心は神谷道場の門を閉ざす為に向き直る。

が、扉を閉めようとした直前、手を止める。





門扉の小さな隙間から、道が見える。
見慣れた道風景だった。




この闇色の向こう側に、あの青年は消えて行った。
破落戸長屋に戻るのか、飲みに行くのか。
どちらにしても、きっとその背中は独りでいるのだろう。

夏の始まりの風が吹く中で、独り全てを拒絶して。
それが束の間の事であれば良いのだけれど。












あの強がりな背中が、本当は酷く淋しがり屋だと知る者は、少ない。


彼ならば大丈夫、彼ならば心配はいらない……それは信じられているからこそ向けられる安堵の言葉。
そして彼もその言葉通り、常に気丈に振る舞い、小さな不安程度は笑って吹き飛ばす。
凪の似合わぬ男らしく、豪快に笑って。

けれども大切なものを失い、道を彷徨い続けた時間は酷く長い。
誰に心を許すことも出来ず、自分自身を赦す事もなく、周りも自分自身も責め続けた、十年間という月日。
それが容易く薄れないことは、何よりも剣心自身がよく知り、感じていた。
消えない傷を抱き続けて生きていくのは、とても窮屈で、苦しいものだ。
例え新たに温かい場所を見つけても。



もう殆ど骨格の出来上がった体躯に、まだ成長し切らぬ心を抱く、その命。


















―――――――――相楽隊長


















時折、その名を口にする時、彼はとても幼く笑う。
一番大切な思い出を取り出す時、彼は小さな子供に戻ったようだった。











…………それでも、左之―――――……










彼がどんなに昔を懐かしみ、浮かぶ顔に思いを馳せても。
















………時代(とき)はさかしまには流れぬよ―――――………




























それでも人は、思い出さずにはいられない。



一番優しく、穏やかで、一番悲しかったその記憶を。



























愛され左之が好きなもんで……
剣心、微妙に保護者な心境。

【草笛】 四






賑やかな夕餉を終え、闇色の滲んだ空の下を、左之助は見上げていた。
それを見つけたのは薫で、つと首を傾げる。

食事時はあれだけ騒がしく弥彦と争っていた彼が、すとんと何か零れたように静かだったのだ。
次いで思い出したのが昼間の風景であったのだが、かと言って何があったと問えるような雰囲気でもない。
問うた所で「なんの話しでェ?」と問い返されそうな気もする。


夏間近になってすっかり陽が長くなった。
けれどもそろそろ夜と言って良い時分である。
遠くの東空には、既にちらりほらりと星の光が覗くようになっていた。




そんな時間に、この青年は何をしているのだろうか。




道場と門の丁度真ん中辺りで、左之助は一人、空を仰いでいる。
夕闇に染まっていく空を見上げる瞳は、いつもと変わらず釣りあがった勝気なもの。
しかし其処に薄らと滲んだ色が何処か寂しそうに見えた。

確か薫よりも一つ年上であった筈だが、何故かその時ばかりは、薫にはそうは思えなかった。
道端で迷子になって立ち尽くす小さな子供が不意に脳裏を掠め、薫はぶんぶんと頭を振る。
それからもう一度左之助を見ると、左之助は寸分違わぬ姿勢で其処に立ち尽くしていた。
白半纏に染め抜いた悪一文字が柔らかな風に揺れている。









(……何かしら)








感じた違和感は、なんだったのだろう。
昼間見た光景を薫は忘れていなかった。
その所為だろうか。

いつも真っ直ぐで、猪突猛進という言葉がよく似合う男だ。
何かと莫迦呼ばわりされている(薫も時々する)が、勝負事においてはかなり頭が切れる。
時に辛辣に物事を判断する彼は、確かに酸いも甘いも知っているのだろう。
それでも背筋を真っ直ぐ伸ばし、前を見据えて突き進んでいく。


左之助は生粋の兄貴肌だ。
破落戸の中に左之助を慕う者は多く、皆一様に左之助の男気に惚れている。
女子供から怖がられることも滅多にないようだった。
面倒見は、良い方だろう。

左之助を堂々と子供扱いするような節を見せるのは、薫が知る限り、ごく少数だ。
薫は左之助をそんな風に見たことはない―――筈、だ(何せ言動が言動なので)。





弱味を見せることを、左之助は極端に嫌う。
それは自身の持つプライドの所為もあるだろうし、生来の負けん気と聞かん気の所為もあるだろう。


それが今、何故か。









(………食事の時は、普通だった筈だけど……―――――)








弥彦と肉の取り合いをしていた時の様子を思い出しながら、薫は思った。
良い歳をして十歳の弥彦と同じレベルで張り合う左之助に、薫は何度怒鳴ったか判らない。

毎日のように集りに来る―――来なければ来ないで、他所で集っているらしい―――左之助に一時は迷惑したものだが、
今となっては賑やかしが増えたようで、気の良い仲間の来訪を、薫も快く思っていた。
食費の足しだけでも出してくれるのなら、それこそ本当に文句なしなのだが……
プータロー状態の左之助に言った所で無駄だろう。
力仕事を頼めば渋面になりながらも引き受けてくれるし。

薫とて賑やかな夕餉は嫌いではないし、事情も何もかも知って傍にいてくれる仲間がいるのは嬉しい事だ。


だからそれなりに、左之助のことは知っているつもりだった。
必要以上に自分の事を話そうとしない彼だが、それは教えたくないからではなく、話す必要がないから。
過去がどうあれ今を生きているから、無理に昔の詮索をしようとは思わず、また彼も言わないのだ。
彼の、きっと一番の要になっている部分は、会った頃に聞いたから。



けれど、この青年のこんな背中は、見た事がなかった。









(…やっぱり、何かあったのかしら)








そう考えると、鼓膜の奥で草笛の音が聞こえたような気がした。


ズボンのポケットに両手を突っ込んで、左之助はただ空を仰ぐ。
吹く風が赤い鉢巻を揺らしていた。






まるで何かを探すように、左之助は空を見上げている。
今日は新月の日だったか、夜闇を照らす金色は顔を出さなかった。

少し汚れの目立つ白半纏が、そのまま闇色に消えて行きそうに見えた。
真っ直ぐに伸びている筈の背は、今日だけは何かを耐えようとしているような気がして。
空を見上げているのは、零れ落ちそうな何かを誤魔化す為のもののようで。





















宵闇の中、翻る悪一文字は酷く頼りなく見えた。























薫視点。
女の子は苦手です。

脳内メーカー

うそこメーカー
加賀谷 竜徒の脳内イメージ

うっわぁ……
どうしてくれようか、コレ。



続いて能力メーカー


能力メーカー
加賀谷 竜徒の能力

ないない。そんなんない。
偏った数値出すなぁ、俺……