例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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迷い路











ああ、またそんなに傷付いて










性根は真っ直ぐな子なのに
今でもそれは変わらないのに




お前をそんなにしたのは私
そんなに辛い目に合わせたのは私
一人ぼっちにしてしまったのは私

輝いていた未来を真っ黒に塗り潰して
泣いていたのに抱き締めてやれなかったのは私



ただ我武者羅に歩いて
ただ我武者羅に強さを求めて

指標を失ってゆらゆらと彷徨いながら
泣くことさえもいつしか忘れて押し込めて
















…………お前が傷を負う度に、笑顔を失くしていくのをただ見ていた














































【迷い路】








































「ちっ、つまんねぇケンカ買っちまったぜ」









苛々とした所作で土を蹴る。

歯を折られた体躯の良い男が、それを見てぎくりと身を竦ませた。
左之助はそんな事など既に興味の範囲外で、くるりと背中を向ける。


その背中で翻る悪一文字。








……それを見つめる、男が一人。








誰の目にも留まる事もない、気付かれることもない。
男は何故自分がそうであるのか重々承知していて、こうして此処に存在する事自体が今は可笑しいのだと。
判ってはいるのだけれど、どうしても気になる事があって、消えることが出来なかった。


無念のうちに命を絶たれ、心残りがなかったなどと言える者は早々いないだろう。
目指した未来にも、残した者にも、皆それぞれに未練が募る。
斬り捨てられた悲しさや、寂しさも当然あった。

けれども、此処から先に逝けなかったのはもっと別の理由。



いつも後ろをついて来た子供がいた。
預けた刀を大事そうに抱えて、隊長、隊長、と繰り返し呼んでいた子供。

肉眼で最後に見た顔は、泣き出す一歩手前の不安げなものだった。
いつも朗らかに、真冬の空の下、雪の中でも向日葵のように笑っていたのに。
追い駆けようとする子供を残して、自分は彼の目の前から消え去った。


まだ指針が必要であった筈の子供を残して、逝った。
それが何よりも心残りでならない。




その子供は今、成長し、背も伸びて。
嘗ては小さかった手のひらも大きくなり、今では自分と大差ないだろう。

だが、触れて比べることは出来ない。
自分は彼に触れる事は出来ず、彼は自分が此処にいる事さえ見えない。
あの日から曇ったままの瞳は、傍で見守る存在に気付けない。









「………どいつもこいつも、つまんねぇ」









ぎらぎらと、物足りないと鋭い眼光。
募る苛立ちの捌け口を求める拳。

そうして拳を振り上げる度に、次の苛立ちが募り。
延々と続く悪循環は、ずっと子供の中で渦巻いて。


昔から打たれ強い子供は、一発二発の拳を喰らってもなんでもないような顔をするけれど。
だからと言って受けた傷の手当てをしないのは、見守る側としてもいただけない。
出来る事なら、苛立つ子供の頭を撫でて、傷付いた拳を休ませてあげたいのに。

自分に赦されたのは見守ることだけ。
それがこんな時は、余計に歯痒くて仕方がない。



一発を喰らった時に唇の端を切った。
漏れた一筋の血を指の腹で拭い、子供は足を止めずに歩き続ける。
誰もいない、待つ者などいない破落戸長屋に戻る為に。















































子供が酒を嗜むようになったのは、いつからだっただろう。
幼い頃は舌先の苦味だけで顔を顰めていたのに。

……いや、嗜むという上品なものではない。
周りの音を、形を、気配を自身の感覚神経から遮断させるかのように煽る。
父親が酒飲みであったと言うから、その遺伝か、子供もそれなりに酒に強かった。
そうして余計に飲む量は増え、酔い潰れる頃には空の徳利が部屋に散乱している。



ケンカで吐き出しきれなかった苛立ちを、酒で晴らす。
けれども、これも悪循環ばかり引き起こす。


人懐こい笑顔を時折浮かべながら、その実、誰一人として真実に近寄らせようとはしない。
誰にも関わらないように、誰にも何も求めないように、子供は一人で生きていく。

それがどれほど、己の神経を磨耗させているかも気付かずに。






やがてカラリと音がして、子供の持っていた猪口が床に転がった。
万年床の敷きっぱなしの蒲団の上ではなく、板床に座ったまま、子供は眠る。
片膝を立て、其処に腕を乗せて、俯いて。

横になれば良いのに、といつも思う。
そのままでは疲れなど幾らも取れぬだろうに……

覗き込んでみた顔は、ぎらぎらとした眼が隠れた分、幼く見える。
背も伸びて、言葉遣いも幼さをなくしてきたのに、寝顔だけは昔のまま。





……心のうちは、あの瞬間に立ち止まったまま――――――……





手を伸ばしてみても、やはり触れる事は出来ない。
抱き締めてもういいんだと囁けたら。
あの時触れてやることが出来なかった代わりに。











―――――――……左之助…………











名を呼んでみるけれど、届くことはない。
あの日、子供を置いて逝った日から。
どれだけ傍にいても、どれだけ近くにいても……もう届くことはない。



触れる事の出来ない身体に手を伸ばし。
気付くことのない子供を、腕の中に閉じ込めた。

そうしてみても、もう子供の温もりは感じられない。
あんなに何度も抱き締めたのに、あんなに何度も手を繋いだのに。
触れた場所から、いつも温もりが伝わって来たのに……


せめて夢の中だけでも、守ってやりたい。
現実から切り離された世界でだけでも、せめて。

この子が笑っていられるように。





薄い肩が揺れて、子供が小さく身動ぎした。












「………隊…長……………」











零れた呼ぶ声に応えることが出来たなら。
誰も知らない筈の涙を、拭ってやることが出来たなら。

どれも、今となっては叶わぬ願い。



あの日から立ち止まったまま。
我武者羅に歩き続けているようで、心は置き去りにしたまま。
背が伸びて、骨格が出来上がっても、心だけはあの日のまま。

矛盾した魂は、いつも独り。
もう二度と失う痛みを感じたくないから。


人の輪の中で、陽だまりのように笑うのが似合う子なのに。
今、この子が浮かべる笑みは、憎しみと嘲りから来るものばかり。
誇りを悪と斬り捨てた維新政府に、何も出来なかった自分自身に。



拳を振るいながら、本当に悲鳴をあげているのはその心。
あの日から、溢れ出す血流は止まらない。












――――――………左之助………―――――












笑っていて欲しいのに。
笑っていて欲しかったのに。

例え自分の未来が絶たれようと、この子が笑っていてくれたならと。
だからあの日あの時、この子を残して逝ったのに。




強いたのは、痛み。
裏切られる痛みと、失う痛み。

置いて行かれる、恐怖。





あの日から。
あの日から、ずっと。

ずっと一人で、彷徨い続けて。


指針を失った小舟は、いつになったら対岸に辿り着く事が出来るだろう。
濃霧に飲まれ、櫂を失い、声を上げることさえ出来なくなって。


救い上げてやれないのが、悔しくて。
それなのに傍を離れる事は出来なかった。

だからきっと、これは罰なのだろうと思う。
彷徨う子供の道標になる事も出来ず、夢の中でさえ語り合うことも出来ない。
ただ此処にいて、気付かぬ子供を見つめているしか出来ない。
触れる事さえ出来ないこれは………置いて逝ったことへの、罰なのだと。









―――――もういい、左之助……もういいから…………









夢の中だけでも、せめて今だけは。
束の間の幻でも良い、笑ってくれたら。
















――――――もう、泣くな――――――――――――























けれど零れ落ちるのは、




子供さえ知らぬ、悲涙。




















































「――――――拙者も判らぬ」












すぅと目を細めた剣客に、左之助は相変わらず真正面から挑んでいる。





伝説の人斬り抜刀斎。
何十人、何百人と斬り捨てた筈のその男は、左之助よりもずっと小柄な優男。



人気の牛鍋屋で出逢ったのは、ほんの偶然。
其処での騒ぎに左之助が居合わせたのも、彼等の下に湯飲みが飛んだのも、全くの偶然。

買い専門と自負する左之助が珍しく売る側に回ったのも、やはり全くの偶然で。


諸外国に比べればずっと狭い島国だけれど、それでも出会う人より出逢わぬ人の方が多い国。
東京と言う人のごった返した中で、この出会いは本当に、本当に単なる偶然に過ぎなかった。



だけれど、その言葉を聞いた時。
これは何某かの運命だろうかと、思ってしまった。











「性根は真っ直ぐな筈なのに………今のお主は、酷く歪んでしまっている」











苛立ちと、嘲りと。
周りのものにも、自分自身にも拳を突き立てて。
吐き出しても吐き出しても蓄積されていくばかりの、心の傷。

一番荒れていた時期に比べれば幾らか収まりはしていた子供だったけれど。
それでも、一人で彷徨い続けていたのは変わらなくて。
そんな彷徨う心のうちに誰も気付く事はなく、いつしか己自身でさえも忘れていた頃。


出逢った伝説の人斬りは、不殺の流浪人として子供の前に現れた。




彷徨い続けた子供の心に、誰よりも早く気付いて。
















「―――――――……何がお主をそのように歪ませたでござるか……?」
















己の悲鳴の声を気付かぬ振りをして。
ただ我武者羅に、何も振り返らずに突き進み。

守りたいものも、傍にいたい人も、何一つ作らずに。
心一つを置き去りにして、行き着く先も見えない迷い路を走り続けて。
示すものなど何もなく。


ただまっすぐ歩いていけば、まっすぐに背筋を伸ばしていれば、見えるはずのものさえも見ずに。





いつだってこの子は悲鳴を上げていたのに、誰もそれに気付けなくて。
自分は、ただ傍で見守ることしか出来なくて。

歯痒くて、泣きたくて――――…でも一番泣きたいのは、この子の筈。
この子の未来は潰すまいと、不安げな子供を抱きしめることもせずに置いて逝った。
彷徨い続ける子供の指標となる事を、自分はあの日、放棄してしまったから。


あの時、この子が何を願っていたのか一番判っていた筈なのに………
















あれから、十年。




立ち止まったままのこの子に、今一度。

背中を押して、今でも出来ることはあるのだと。
まだやらなければならない事は沢山あるのだと。


迷い路から抜け出すのは、今なんだと。







理屈で判るような子ではないから。
言葉一つで納得するフリさえ出来ない子だから。

気に入らないことがあれば手を出すし。
放って置けなかったら手を出すし。
……そんな、危なっかしい子だけれど。



それでも意志を継いで欲しくて、生きていて欲しいと思う子だから。







もう一度、笑って欲しいと願っているから。

































身勝手だとは思うけれど。

触れる事の出来ない自分の代わりに。





この迷い路から抜け出す指針を。


































長い……!
お盆と言うことで、隊長(幽霊)。

成仏し切らんでずっと左之助を見守ってるとか。
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Give-and-take









「コーヒー牛乳でどうだ?」



「苺牛乳」


















【Give-and-take】


























自販機で苺牛乳が売られている事は少ない。
コーヒーやコーラは幾らでもあるのに。

だから買おうとするといつも決まった自販機の場所に行かなければならない。
それも時々品代わりで見かけなくなってしまうことがあるから、一番確実なのは最寄のコンビニ。
しかしコンビニで買うと大体大きめのパックになってしまうので、授業までに飲みきろうとすると少し辛い。


――――――そんな訳で、今日もいつもの自販機の前。





ガコン、と音がして、求めた品が落ちてくる。
京一がそれを取り上げると、ホラよ、と龍麻にそれを差し出した。

小さな苺牛乳のパックジュース。








「しっかし、お前も単純な奴だな」
「何が?」








ストローを紙パックジュースに突き刺しながら、京一の言葉に龍麻は顔を上げた。

京一は次は自分の分を、とポケットから小銭を漁り、投入口に落としていく。
チャリンチャリンとテンポ良い音がした。








「それ一個で納得するんだからよ」
「ケンカのこと?」







疑問系で言ってみれば、京一は反応しなかった。
出てきたコーラを手にとって蓋を開けている。
否定の言葉がなかったので、正解という事だろう。



あちこちで顔の広い親友が、信頼と同時に恨みを買っているのを、龍麻は最近になって知った。
最近も何も、付き合い始めてまだ一ヶ月とちょっとであるが。

歌舞伎町の用心棒と呼びなわされる京一は、伊達ではなく、強かった。
だからお礼参りだの、仕返しだの、決着をつけろだの――――…そんなものは屁でもない。
にも関わらず、龍麻はよく彼のケンカに付き合う。
それこそ、授業を途中で抜け出してでも。


龍麻が京一とつるむようになったのは、なんとなく、としか言いようがない。
最初に遠慮なく木刀を振われて、同じく此方も拳を突き出して、という出逢いからして強烈であったのだが、
その後一緒にいるのは、声をかけられて拒む理由がない事と、なんとなく居心地が良いから。

理屈ではない。
ただ本当に、一緒にいるのが楽しかった。


しかし、だからと言ってケンカに付き合うような義理はないのである、本来ならば。
いつからこうして、京一のケンカに首を突っ込むようになったのかは判らない。
気付いた時には当たり前のようになっていて、京一もそれを受け入れた。
時には、「面倒だからあっち連中片付けておいてくれねぇ?」と京一に任せられる。
そして龍麻は「いいよ、後で何かおごってね」という程度でさらりと受け止めた。

二人のこの間柄について、他によく会話をする友人達は、あまり良い顔をしなかった。
大抵責められるのは京一一人なのが、龍麻にとっては不思議だ。
何も知らない転校生を不良の道に引きずり込んだ、なんて言う者もいた程。



とんだ誤解だ。
好きで一緒にいるのだから。
京一も、それを赦してくれているから。

授業をサボタージュするのも、ケンカをするのも。
龍麻自身が、京一と一緒にいて楽しいから。






ちゅーっとストローから甘い液体が吸い上げられ、馴染んだ甘味が口内に広がる。
大好きなその味が嬉しくて、へにゃりと自分が笑っていることは自覚していた。







「そんなに美味いかァ? それ……」
「うん。京一も飲んでみる?」
「いらね」







にべもない一言で片付けて、京一は自分のコーラを煽った。







「甘いんだろ、それ」
「うん。京一は、甘いもの嫌い?」
「あんま好きじゃねェな」







京一の言葉に、そんな感じだよね、と龍麻は笑う。


顔で味覚が決まるなら、京一はどう見ても辛党だ。
更に言うなら、言葉も辛辣。
美里や桜井に対して、厳しい態度を隠しもしない。

ただし、ただの辛党ではない。
その奥にちゃんと深みがあって、意味がある。
それを理解するには一口目の辛味が強すぎるので、誤解されがちになってしまうのだけど。
おまけに京一自身が素直ではないので、龍麻はいつも苦笑を漏らすのだ。



コーラの中身が半分になった所で、京一はペットボトルの蓋を締めた。
それを見た龍麻は、いいなぁ、とぼんやり考える。

苺牛乳も、パックばかりじゃなくて、ペットボトルで売り出してくれたら良いのに。
そうしたらパックよりも沢山飲めるし、持ち歩きだって便利になる。
どうして苺牛乳はパックばっかりなのかなぁ、と、其処まで考えていた。


龍麻の脳内を見透かしていた訳ではないだろうが、丁度区切りがついた所で、タイミング良く京一が口を開く。







「で? 次の授業どうするよ」
「うーん……次ってなんだったっけ」
「数学。眠ィな」
「僕も眠い」
「お前、さっき寝てただろ」
「寝てなかったよ、ちゃんと起きてた」
「寝る一歩手前だったじゃねえか」
「だって眠いもん」
「そりゃオレだそうだがよ」







最近立て続けに起きている事件の調査と見回りで、二人だけでなく、美里達も寝不足だ。
ケンカ勃発前の授業中、龍麻が居眠りしていたのもそれが原因。
京一は起きてはいたが、ケンカ前に言ったとおり、フラストレーションが溜まっていたのは確かである。







「サボるか」
「何処で?」







一も二もない京一の言葉に、龍麻はごく自然に質問する。
いつもならば屋上が定位置になっているのだが、今日は雨が降っていた。
ケンカ前に止んではいたし、空も晴れているが、東の方角に薄い暗雲。
もう一雨来そうな予感だ。

空を仰いだ京一も同じ事を考えたらしい。
かと言って、やっぱり大人しく授業に出るか、とは言わない彼だ。







「校舎裏でも行くか」







あそこなら気持ち程度であるが、庇もある。
木々が植えられているので、それも大いに大歓迎。
強い日差しからでも、雨粒からでも、あれらは守ってくれる。








「じゃあ、ちょっと待って」
「あ?」








向かう先が決定して、すぐに足を向けた京一を、龍麻は少しだけ押し留めた。
律儀に振り返って待ってくれる親友に笑みをこぼし、龍麻はズボンのポケットを漁る。
小銭が指に当たって、取り出すと、チャリチャリと投入口に落とした。

その小銭を落とす反対の手には、報酬に貰った苺牛乳がある。
中身は既にほとんど残っていない。


ガタンと音がした。
取り出されたピンク色の紙パックに、京一は呆れた顔を浮かべ、







「まだソレ飲むのか」
「美味しいから」
「っトに好きだな……」
「京一だってラーメン一杯食べるじゃん」






行き付けのラーメン屋で替え玉をしていた京一を思い出して言う。







「そりゃ、美味いからな」
「一緒だよ」







美味いもの、好きな食べ物は幾ら食べたって飽きない。

笑んで言う龍麻に、京一はそれ以上言及しなかった。
じゃあ行くか、とコーラ片手に紫色の竹刀袋に入った木刀を肩に担いで歩き出す。
龍麻は空になった報酬の紙パックを備え付けのゴミ箱に落とした。
カタン、音がする。



隣に並んで、早速買ったばかりの紙パックのストローを包装から取り出す。
ぷつりと差込口にそれを差し、先ほどと同じように飲んだ。
甘い香りと味に、龍麻の顔が綻ぶ。

けれどその片隅で、龍麻は不思議な感覚を覚えていた。








「………?」








苺牛乳を飲みながら首を傾げた龍麻に、京一が眉を潜めた。








「どうした? 龍麻」
「……んー……」
「なんか変なモンでも入ってたか」







別に、何かが入っている訳ではない。
だったら、もっと大きなリアクションをしているだろう。







「……なんか」
「あ?」
「………味、違う……?」
「はァ??」







何を言い出すんだ、と京一が思いっきり顔を顰める。
なんでそんな事になるんだ、と言わんばかり。

いや、それについては龍麻の方が聞きたかった。
手の中に在るのは間違いなく、いつも飲んでいる紙パックの苺牛乳。
ついさっきだって同じものを飲んだばかりで、押したボタンは間違えていないし、パッケージだってそのまま。
何処からどう見ても、馴染んだ飲み物。

舌に馴染んだ味だって、間違いなくいつもの苺牛乳だ。



なのに、何故か。








「なんだァ? 業者の手違い……とかじゃねえよな」
「うーん……」
「傷んでるとかじゃねえか? ヤバいようなら止めとけよ」
「そうじゃないと思うんだけど」








見えないと判っていつつ、龍麻はストロー口から中を覗き込む。
京一は何やってんだ、という顔でそれを見ていた。







「そんなに考え込む位なら、キッパリ諦めて捨てろって」
「だって勿体無いよ」
「……ったく…ちょっと貸してみろ」
「あ」







ぱしっと京一の手が龍麻の手から紙パックを奪う。

京一がストローに口をつけて、少し飲む。
龍麻の手は彷徨ったまま、それを茫然とした風で眺めていた。






「うぇ、甘ったりィ。でも傷んでるとかじゃなさそうだな」
「………うん」
「つーか、いつも通りじゃねえか? 別に変な味なんてねェし」






まぁいつも飲んでる訳じゃないからよく知らねェけど、と。
呟いて、京一は彷徨っている龍麻の手に紙パックを押し付ける。







「あーあ、口ン中甘ェ……」







京一はもう興味を失ったらしく、くるりと背中を向けて歩き出す。
龍麻を置き去りにする形で。



龍麻は紙パックを持ったまましばらく棒立ちになっていたが、少し経ってから、自分の手の中の物を思い出す。
その時特に思うことがあった訳ではなく、ストローに口をつけてちゅーっと液体を吸い上げる。
口内に広がった甘い味は、先刻飲んだものとも、その前に飲んだものとも、何も変わりはなく。

また不思議に感じて、龍麻は僅かに瞠目した。











「おい龍麻、何やってんだ。行くぞ」











そうしている間に随分と距離が開いていた。

置いてけぼりにしている事に気付いた京一が、立ち止まって此方に振り返っていた。
その表情はいつもの仏頂面で、龍麻が毎日見ているもの。


手の中の紙パックも、自分を待っている親友も、いつもと何も変化はない。
空は蒼くはなく今日は曇っているけれど、日常風景の一つであるのは同じ。
佇む校舎も、教室から聞こえるささやかな喧騒も、グラウンドの賑やかな声も、いつもの事。
何も可笑しな所などなく、龍麻がこの学園に来てから、毎日見ている光景だった。

その光景の中に、自分がいて、京一がいる。
―――――毎日の風景。




京一が、其処にいる、風景。










(――――――ああ、そっか)











手の中の紙パックを落とさないように。
小走りで京一に追い着くと、京一は何をしてたんだか、という顔。
けれども言及はなく、くるり踵を返してまた歩き出した。
その隣を龍麻も歩く。

チャプンと音がして、重力に従った京一の手の中で、ペットボトルのコーラが揺れていた。



あれも、違う味がするのかな。



苺牛乳を飲みながら、龍麻はぼんやり考える。

答えはないし、きっと他人に問うた所で判らない。
自分の都合の良い味覚と、能認識の所為で感じたことなのだから。
















大嫌いだった、牛乳。
大好きな、苺牛乳。

最初にこの味を教えてくれたのは、優しい義母(はは)。





そして、今、もう一度。








大好きだった甘い味が、もっともっと、好きになった。





















一話のあの後、ちゃんと奢ってもらったのかなって。
“苺牛乳が好き”で“京一に貰った苺牛乳が好き”とか……妄想妄想。
京一にはなんのこっちゃです(笑)。

【Is the nickname necessary?】












………自分だって、嫌がってるくせに


























【Is the nickname necessary?】

























……両親が東京に来た。
義理、だけど。

でも、大好きな人たち。




ちょっと柄でもない気はしたけど、そわそわしてた自覚はあった。
色んなところ案内してあげたかったし、田舎にないものも沢山あるし……
何より、あの人達に逢えるって事が、何より嬉しかったんだ。

食べさせてあげたいものとか、沢山あって。
その中には、真神学園で出来た友達から教えてもらったものも沢山あった。
皆の事は手紙に一杯書いたけど、やっぱり言葉でも伝えたかった。
僕は今、こんなに素敵な人達と一緒にいるんだよって、言いたくて。


その為にあちこち歩き回って、面白いものとか、両親が喜びそうなものを探し回った。
遠野さんに聞いたら手っ取り早いだろうとは思ったけど、自分で探して、自分で見て、自分で決めたかった。

でもそうすると、皆と一緒にいる時間が少し減ってた。
特に、転入した初日から不思議に思う暇もないくらい一緒にいた京一とは、すっかり会話が少なくなっていた。
帰りにラーメン食べに行こうって誘われて、それは凄く嬉しかったんだけど、僕は結局断わった。
両親が来るまでそんなに時間が無かったから、なるべく沢山の場所を見回って起きたかった。
あと、両親が喜びそうな土産物とかも、少し見繕っておきたくて。




しばらくは東京巡りに夢中になっていたけど、何日かして、ふと気付いた。
ラーメン食べに行こうって言うのを断わった時の、京一の表情に。



怒っている、とまでは行かなかったと思う。
唇とんがらせて、子供が拗ねたみたいな顔だった。
自覚してなかったんだろうなぁ、多分。

他にも、醍醐君や桜井さんや美里さんにも声をかけられたけど、それも断わった。
遠野さんからは来週の新聞に、ってインタビューをお願いされたけど、それも今度にしてもらった。


―――-―これはもう、そわそわしてたなんてレベルじゃなかったかな。
もうすっかり浮かれちゃってた訳だ。

友達を放ったらかしにしちゃって。







だからこれは、その仕返しなんじゃないかなと思う。













「ひーちゃん」












陶芸家の父に遠野さんがインタビューをしていて、醍醐君が感心したように父の話を聞いていて。
美里さんと桜井さんは母と話をしていて、内容はあまり聞こえないけど、盛り上がってるみたいだった。

そんな風にいつものメンバーが集まっている中、これもまたいつものように、僕の隣にいるのが、京一で。







「いいじゃねーの、ひーちゃんって。親しみ易い感じするぜ」
「……京一……」







母が僕を呼ぶ時の、あだ名。
真っ先に反応を示したのが京一だった。







「可愛いなー、ひーちゃん!」
「……やめてよ…」







肩を寄せながら連呼する京一に、僕はフードを頭に被って、俯いて呟いた。


別に、本気で嫌な訳じゃない。
母にそう呼ばれるのも、父がそれを見て微笑んでいるのも。

ただ、その………恥ずかしいのだ、早い話が。

一応、これでも高校三年生なんだから。
両親が来るって事ではしゃいでいた事も今考えればちょっと恥ずかしい。
その上、あだ名が“ちゃん”付け………
両親に呼ばれることに抵抗はないけど、周りに知られるのはやっぱり……ね。



………こういう事も、多分に予想出来てた訳で……








「オレ、これからお前の事、ひーちゃんって呼ぼうかねぇ?」








京一は、フードで隠した僕の顔を覗き込んでは来なかった。
代わりに肩に回された腕がぐいぐい引っ張ってて、ちょっと窮屈で、ちょっとくすぐったい。



…このまま黙ってたら、これからそう呼ばれるようになるんだろうか。
ちょっと考えて、悪くは無いかも―――と思ってから、やっぱりなんだか恥ずかしい。

何が一番恥ずかしいって、繰り返すけど“ちゃん”付けだ。
その上、京一からの僕の呼び名は、なんとなく最初から“龍麻”だった。
あれから三ヶ月あまりが経つけれど、急に呼び名が変わると奇妙な感覚になる。
突然だったら、尚の事。







「……龍麻でいいよ」
「あ? 何水臭ェ事言ってんだよ、ひーちゃん」
「……京一、ひょっとして遊んでる…?」







口を開くたびに呼ばれるものだから、そんな気がして問い掛けてみた。

フードを少し捲って京一の顔を見てみると、にやにや楽しそうな顔。
……やっぱり遊んでる。



フードを取った所為だろう。
両親と美里さん達の会話が、クリアになって聞こえてきた。

母が僕の手紙の内容を、美里さんに話して聞かせている。
…彼女の事は確かに書いたし、嘘は言ってないけど…やっぱりそれも恥ずかしい。
どの事を母が言ったのか僕には判らなかったが、美里さんは頬を染めて笑っていた。
その横で桜井さんが自分を指差している。
彼女の事も勿論書いた、醍醐君や遠野さんの事だって書いたし、マリア先生の事も書いた。

……此処で僕で遊んでる京一の事も、書いた。


皆、大切な人達ですって。


………お願いだから、皆の前でそれだけは言わないでほしい。
だってすっごく恥ずかしいじゃないか、そんなの……




って言っても、今の僕には、連呼されるあだ名の方が恥ずかしいんだけど……








「おーい、ひーちゃん」
「………」
「返事しろって、ひーちゃん」







いつも持っている木刀の先でツンツンと頭を突かれた。


だから…恥ずかしいんだってば。
京一だって――――――――………












「何? 京ちゃん」













ピタリ、京一が固まった。
不意を突かれたみたいな顔して。



京一は、結構強面だと思う。

素面では醍醐君の方が強面かも知れないけれど、彼の場合、雰囲気がそうじゃない。
なんだかおっきな森のクマさんみたいな感じで、桜井さんと一緒にいると特にそう。
眉尻が下がっている事が多いから、あまり怖いとは印象が付かない。

反対に京一の方は、目尻も眉も吊り上がってて、顰め面みたいな顔をしている事が多い。
結構キツい事も言うし、ピリピリした感じもあって……うん、強面なんだろうね。
眉間に皺寄ってたり、にぃーって笑うと八重歯が牙みたいだし。



でも、あだ名は“京ちゃん”なんだ。
でもって、呼ばれると絶対に、









「京ちゃん言うな」









…半分は反射反応だと思う。
ラーメン屋のコニーさんとかに呼ばれる度に、すぐ言ってるのを僕は何度も見た。

初めて聞いた時は、案外可愛い呼び方されてるんだなぁと思った。
顔を見たら拗ねた感じで、言うなって言う割には、そんなに怒った感じじゃない。
多分恥ずかしかったんだ、“ちゃん”付けで呼ばれるのが。






「いいじゃん、京ちゃん。親しみ易い」
「言うなっつーの」
「京ちゃんが先に言い出しただろ」
「ちょっとノっただけだろが」
「じゃあ、僕もちょっとノっただけ」






中身のない言い合いだ。






「なんか可愛いね、京ちゃんって」
「はぁ?」
「うん、確かに親しみ易い感じする」
「呼ぶなよ」
「なんで? いいじゃん、京ちゃん」
「やめろって」






さっきとは丸っきり立場が逆転した。
特に意味はないが、悔しく思う比率は違う。







「京ちゃん」
「やめろっつの」
「どうして? 京ちゃん」
「……ンなろ……」






京一の尖った八重歯が覗く。
そうすると、見た目強暴さ三割り増し。
僕は、すっかり見慣れたけど。

多分、今、どうやって僕に更なる仕返しをするかで頭を高速回転させている。
僕はどうやってそれを回避しようか、一所懸命考えている。


……行き着く先は、結局一緒のような気がする。





結果。










「京ちゃん」


「ひーちゃん」











殆ど同時、綺麗にハモって聞こえた二つのあだ名。








「似合ってんじゃねーか、ひーちゃん」
「京ちゃんはちょっとイメージ違うね」
「じゃ呼ぶの止めろよ」
「それはヤだな」







だって。
今僕だけ止めたら、負けになっちゃうし。
京一が僕を一方的に“ひーちゃん”なんて、なんだかズルい。


いつだって隣に、同じ位置にいるんだから。
こういうのも一緒がいい。







「ねぇ、これからも京ちゃんって呼んでいい?」
「呼ぶな。呼んだら殴るぞ」
「京ちゃん怖いよ」
「呼ぶなっつーの!」







宣言どおり、拳が飛んできた。
木刀じゃなくて良かった、あれは完全に凶器だ。
特に京一が持っていると。



どうやら、京一はこのあだ名がよっぽど恥ずかしいらしい。
僕は両親からずっとそう呼ばれていたから、諦めがついたのもあるだろう、それほど抵抗はなかった。

知られた直後は、高校三年生の男が“ちゃん”付け……という事に少し恥ずかしかったけれど、
よく考えたら京一も同じなんだと思うと、気付いた時には開き直った感じになった。
そもそも、あだ名というのは、特に親しみを込めて相手を呼ぶ時に使うもの。
京一に呼ばれる事を思ったら、いつの間にか、嬉しい気持ちの方が勝っていた。


でもやっぱり、恥ずかしいものは恥ずかしい。
…特に、連呼されると。

……だって、“ちゃん”付けだし。







「いい加減にしろよな、ひーちゃん?」
「京ちゃん、笑った顔が怖い」
「おめー程じゃねえよ」
「普通に笑ったら、京ちゃん結構可愛いのに」
「誰がだぁっ!!」







二重の意味で逆鱗に触れたらしい。
今度は思いっきり木刀が振られた。
避けられると判っての一撃だったけど(だって距離が足りなかったし、踏み込みも甘かったし)。



それにしても。
両親の前でこんなアクロバットなスキンシップはどうだろう、と少し思った。
逢って即決闘みたいな事になったなんて、まさか手紙には書いてない。
木刀持って息子が追い回されたりしたら、やっぱり慌てるものだろうか。

と、思ったのだけど、両親はどちらも楽しそうに笑っていた。


ああ、判ってくれてるんだと思った。
京一の事も、皆の事も、僕が今楽しいんだって事も。
判ってくれてるんだと。








「ひーちゃん、ちょっと其処に直りやがれッ!」
「やだよ、京ちゃん怖いもん」
「京ちゃん言うな!!」








怒った所為か、何度も言われたからか。
京一の顔は赤くなっていた。

















可愛いなぁ、京ちゃん。



















オチなんてある筈もなく………つらつらと書いてみました。
初の魔人小説、しかもアニメで気持ちは龍京。

皆にあだ名が知れた時、やたらと龍麻が恥ずかしがってて、京一が面白がってたので妄想してみました。
あれぐらいの歳の男の子は、“ちゃん”付けに抵抗あるんじゃないかと……。
でもゲームではデフォルト“ひーちゃん”ですよね。私は替えた記憶があるけど。


途中まで京一優勢だったのに、気付けば最強黄龍の器。
いつの間にか京ちゃんイジメになってしまった……
そして他の面々の存在を完全無視(笑)

夢-虚像-幻-偶像










その目が他の誰も見ないように



その口が他の誰も呼ばないように











切り取ってあげようか

















………偶像だけを、追い駆けていられるように


































【夢-虚像-幻-偶像】
































うとうと。
舟を漕ぎ始めた子供に気付いて、相楽は読んでいた本を閉じる。


左之助は、宵の口に敷いた蒲団の上ではなく、畳の上で座った姿勢のまま寝入りかけていた。
前日までの山越えに子供は何も言わず、弱音も吐かなかったが、やはり疲れたのだろうか。
あどけない横顔が行灯の揺らめく光に照らし出されている。

閉じた本を文机の上に置き、相楽は左之助に近寄った。
いつも爛々と輝く瞳は瞼の裏側に隠されて、今は相楽を映すこともしない。






「左之助」






呼びかけると、いつもきらきらとした透明な瞳が此方を向く。
けれど今日は意識も殆ど手放しているのだろう。
僅かに反応を返すことはしたものの、瞼が持ち上げられる事はなかった。






「左之助、眠るなら蒲団に入りなさい」
「……うー……」





愚図る子供のように唸る左之助に、相楽は笑みが零れる。
普段はあれだけ生意気にしてみせる癖に、こういう時は甘えたがりの左之助に。


揺すったところで目覚めるとは思えなかったので、相楽は小さな身体をそっと抱き上げる。
振動にまた左之助は身動ぎしたが、結局目を開けることはなく。
少しの間小さな手が彷徨い、相楽の胸元を掴むと、そのまますぅと寝息を立ててしまった。

意識があれば、飛び起きて謝り出すのだろう。
後ろをついて来るのは躊躇わないのに、こうして触れると途端に緊張するのだ。
それを見るのが面白くて、時折、無性に揶揄いたくなる時がある。
今も、ともすれば目を覚まし、跳ね起きて慌て出すのではないかと容易に想像が出来てしまう。



柔らかな蒲団の上に横たえた小さな身体から、腕を離す。
すると左之助は、暖を求めるかのように丸く蹲った。






「たい…ちょ……」






甘えたような声で呼ばれて、相楽は口角を上げる。


夢の世界にまで、この子供は自分を追い駆けているらしい。
そんなにも子供の世界は、相楽総三という人間の存在で染め上げられている。

そう思うと、無性に沸き上がってくる衝動がある。






「可愛いな、左之助」






手袋を嵌めたままで、柔らかな頬をそっと撫でる。
左之助は仔猫のように小さくむにゃむにゃと呟くと、その手に擦り寄った。

手を離そうとすれば、眠っている癖に判るのか、不満そうにむぅと言う声が漏れた。
だからその声を無碍にする事無く、もう一度触れてみると、また甘えてくる。
眠っている時でなければ、素直に甘えることが出来ないのだ、この子供は。


準隊士という立場もあって、相楽が命令だと言えば、左之助はぱたりと大人しくなり、
触れる手に動揺することこそあれど、遠慮するような行動を取る事はないだろう。
“命令”は左之助にとって素直になる為の口実の一つであり、相楽にとって左之助に好きに触れる為の口実。
そうでなければ左之助は恐れ多いだの、示しがつかないだの、そんな事ばかり言うから。

勿論、左之助がその“命令”に従う理由は、それだけではないのだろうけれど。




だから時々、相楽は、沸き上がる衝動を誤魔化せない瞬間がある。







「左之助……」







眠る子供の顔に、己の顔を近付ける。
幼い寝顔は安心しきって、傍らの存在を信頼しているのが感じられた。

勿論、それを裏切るつもりは、ないのだけれど。


















「お前は、私を信じ過ぎだよ」


















――――裏切るつもりはないし。
――――泣き顔が見たい訳でもない。

――――――けれど、どうしようもない程に壊してしまいたい瞬間が、ある。












此処にいるのが、聖人君子だとでも思っているのかい?
お前の傍にいる男が、お前が夢見た通りの男だと、そう思っているのかい?

追い駆けているのが、本当にお前の望む“隊長”であると、信じて疑ったことはないのかい?




眠る子供に問い掛けたとて―――増して音にしてもいない問い掛けに―――返事がある筈もない。




返事があったとして。
想像出来る答えは、たった一つしかなかった。








「………お前は本当に、可愛いよ」








真っ直ぐに背中を追い駆けてくる存在を、いつもそう思う。
あまりに愚直過ぎる子供を愛でるなと言われても、土台無理な話だ。
理想と現実の境界線を持たない子供は、本当に可愛い。


己が見ているのが真実であろうとなかろうと、この子供は、ただ真っ直ぐに後ろを追い駆けてくるだろう。
正面から見た時、相楽がどんな顔をしていたとしても、左之助はきつと目を逸らさない。




偶像を追い駆けていると、気付かない限り。







「た…いちょぉ……」






夢で追い駆けているのは、間違いなく左之助が無意識の内に作り上げた偶像の“隊長”。
現実の隊長は傍らで、昏い笑みを浮かべてその幼い肢体を見つめている。


寝惚けて伸ばされた手が、相楽の洋装を掴む。
けれども夢の中で左之助が掴んだものは、現実此処にいる相楽ではない。
左之助の頭の中だけに存在する、信じて止まない“隊長”。

――――――どうしたら、それを打ち壊せるだろう。
いや、きっとそんな事は永遠に不可能に違いない。




例えば、その唇を貪ったとて。
例えば、その耳に舌を這わしたとて。

例えば、その幼い四肢を組み敷き、全てを奪い尽くしたとて。


愚かにも理想と現実の境界を持たぬが故に、子供は偶像を崇め続ける事だろう。



そうして、誰かがこの異常性に気付いた時には既に遅く、侵食した色は最早元には戻るまい。
子供は、望んでその闇色に堕ちたに等しいのだから。






それでも、もし。
この子供を光の下に連れ戻そうとする者がいると言うのなら。


その前に。










「なぁ、左之助」









頬を撫でると、丁度眠りが浅くなっていたのだろうか。
うぅと小さく呻いた後で手が持ち上がり、柔らかな手が瞼を擦る。
その手を掴んで引き寄せると、寝起きで回らぬ頭で、左之助はぼんやりと相楽を見上げてきた。







「たい…ちょう……?」






水気を含んだ黒々とした眼。
其処に映り込んだのは、胡散臭い笑顔を浮かべた一人の男。

左之助が盲目的に慕う“隊長”の姿が其処にある。


















「その目、抉り取ってしまおうか」




















綺麗な綺麗な、穢れを知らないその目玉。
抉り取って、大事に大事に保管して。
穢れなど知らぬまま、永遠に。

光を其処に宿したままで。








永遠に望む世界だけを追い駆けていられるように。
























ダークな隊長、怖ッ! でもこういうのも結構好きです。
普段ほのぼの書いてる事が多いので、その反動かな?

危険な香りの隊さの、如何です?

夏のある日の風景




「寝っ転がって話をしているうちに仔さのが寝ちゃって、しばらく子克は仔さのの寝顔を眺めてて、
段々自分も眠くなって、手繋いだまんまで寝ちゃった」という設定。長!

多分、横で隊長が「かわいいなー…」とか思いながら見てる。


子克の資料がアニメるろ剣の再会話しかないので、半分以上は捏造同然(汗)。
おかっぱ頭って書きにくいですね……ざんばらになっちゃったι
左之助の顔の湿布は、すっ転んだとかそんなんじゃないでしょうか。

仔さのは大口開けて寝てて、見てて気持ちいいくらい豪快に寝てんじゃないかなーと思います。
克浩は反対に大人しくて、静かに寝てるイメージ。



子供コンビの手繋ぎというのは大好きです。
この子達はあんまりやりそうにないけど(妄想妄想!)。
仲良し。

“夏だけど涼しそう”を目指してみました。



赤報隊があったのは冬だけとか言っちゃダメッ!