例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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It is great, and it foolish father 前編












親父


父さん




父ちゃん









………心配すんな

















アンタの事は、ずっとずっと、大嫌いだから。





































【It is great, and it foolish father】































父親の事は、憧れだけれど、嫌いだった。








父親には、散々扱かれた記憶が殆どだ。
身体から青痣が消えた事は殆どなかった。

学校の先生が心配したぐらいだったから、相当だったのだろうと後になって思う。
家で辛いことはないの、と問われる度、当時の自分は首を傾げていた。
当時の京一にとって、剣術稽古は確かに辛いものではあったが、嫌いではなかった。
相手を負かした時の爽快感は心地良く、自分が負けても悔しさは残っても嫌な感情は残らなかった。
寧ろもっともっと強くなってやる、と思ったほどだから、上手い具合に剣術は京一の性に合っていた。
だから担任の言葉には、いつも「何もないです」と言った。
それは嘘ではなく、本心。



父親は厳格とは言わなかったが、剣術に関してだけは厳しかった。
また剣に関しても妙なこだわりがあり、剣士にとって剣は己の魂、手放してはならない、といつも言っていた。
そして言葉通り、父は常に、木刀を腰に下げていた。


幼いなりに、自分の父親が変わった人物であると、京一は思っていた。

それもそうだ。
常日頃から木刀を携帯している人間なんて、幾ら此処が東京でも、早々お目にかかる筈がない。
漫画やアニメの中ならともかく、現実にそんな人間がいたら危ない人にしか見えない。
父はどちらかと言えば強面な方だったから、余計にその道の人に見えた。


子供は、異なるものへの着眼が早い。
そして異なるものには総じて興味を示し、変だ変だと口にする。
自分にとって当たり前でないものを、子供は糾弾する。

だから京一は、父親の事が嫌いだった。








―――――父ちゃんなんか、きらい。





初めてそう言ったのは、父の風体の事がクラスで話題になった日の事。
小学校一年生の運動会が終わって数日経った頃、その話題は上った。

新宿の駅前で、木刀を腰に差した中年の男が目撃された。
流し着物姿で、アレはきっと――――なんて皆が喋っているのを、京一は教室の隅で聞いた。


むき出しで持ち歩いている訳ではないけれど、やはり目立つのだ。
おまけに流し着物なんて格好をしていたら、本当に漫画やアニメの世界から出てきたみたいで。
京一にはそれさえ見慣れたものだったけれど、それは家族であるから、という特権。
他の子供たちにとっては、まさに映画の中の人物だった。


話題に上っただけなら、京一だって素直に喜ぶ。
格好良いだろ、オレの父ちゃんだぜ――――そう言おうとした。
けれど。

話はどんどん妙な方向に進んでいって、それこそ漫画みたいな話に発展した。
その内に父親の風体は悪者扱いになっていて、誰もそれを否定しない。
もともと父の顔付きからして人が良いとは思えない。
それが余計な拍車をかけて、京一が黙っている間に、クラスメイト達の会話は入り込めない程に盛り上がっていた。




ヒーローとか、そういうものには、やっぱり憧れていた。
それまでの京一にとって、父親がそうだった。

大好き、と公言するほど、京一は素直な子供ではなかったけれど。
敬意の念は確かにあって、厳しいところは嫌いでも、強いところには憧れていた。
日中から木刀を持ち歩くのも、そんなフィルターもあって、特に気にしていなかった。






でも、他の子供たちにとってはそうじゃない。






自分の常識が周囲によって打ち崩された時、京一は父親の事が嫌いになった。
“皆と同じ普通の父親”ではなかった、父親を。







それでも、強い事は確かに憧れていたし。
強くなりたいと思っていたし。
父を越えたいと、幼いなりに、思っていたし。

父の事が好きでも、嫌いでも、剣術は肌身に合っていて、稽古を止めることはしなかった。



…………あの日は、そんな息子への、父のささやかなご褒美だったのだろう。


































8歳になった年の、夏祭りの日。

母と歳の離れた姉は、各々の友人達と一緒にめかしこんで祭りに出ていて、家にいたのは父子二人。



すっかり父に対して反抗的な態度が当たり前になっていた京一は、息苦しくて仕方がなかった。
気まずくなる程ではなかったが、もうその時、京一は二人きりで父と会話をする事は少なくなっていた。
大抵クッションに姉か母が傍にいて、二人きりになるのは稽古の時だけ。
その時も必要最低限の会話しかなくて、後は朝晩の挨拶を交わす程度。



二人が帰るのはまだかまだかと思いながら、京一は菓子を齧っていた。
それほど広くないリビングで、一番スペースを取っているソファの右端に座って。

反対の左端には父がいて、夏休みスペシャルだとか特番を見ていた。
時々テーブルに置いた京一の菓子袋に手を出して、京一はそれを咎めなかった。
菓子を取られたぐらいで怒るのが子供っぽく思えて嫌だったし、咎めるとなると父と会話をしなければならない。
ささやかであろうとも、その時の京一は、心底それを避けるのが染み付いていたのである。






――――――その内父親が好きそうな番組も終了して、テレビの電源が切られた。



母と姉は帰ってこない。
時刻はまだ8時、眠気もないから、寝る気にならない。
大体まだ風呂に入っていない、就寝の姿勢には程遠い。


でも、此処にいるのも息苦しい。



口の中一杯に菓子を詰め込んで、どうしよう、と内心溜め息を吐いた時だった。








「京一」








突然呼ばれて、肩が一瞬跳ね上がってしまった。

返事があるとは思っていなかったのだろう。
京一の反応を待たずに、父は続けた。











「祭り、行くか」










その言葉は思っても見なかったもので、京一は父親を仰いだ。
幼い丸い瞳に映り込んだ父親は、此方を見てもいなかったけれど、いつもとは少しだけ雰囲気が違っていた。


笑えば、顔を皺だらけにして、強面が愛嬌のあるものに変わる父だった。
だが京一が反発するようになってから、父はそれを息子に向けることはなくなった。
まるで息子の反発心を煽り立てるかのように、厳しい態度を取るようになった。

――――だから、この時の柔らかな雰囲気は、一体どれ程振りのものだったのか、判然としなかった。


数年前に戻ったかのような雰囲気を持つ父に、京一は一瞬、戸惑った。
なんだか反発する気にもならなくて、祭りに? と、無意識に問い返していた。




父親と二人で夏祭りなんて、本当に幼年の頃だけの思い出だった。
稽古の時は厳しい父だが、夏祭りの時はいつも優しかった。
あれこれと食べたがる息子に苦笑して、一緒に全部の出店を回った事もある。

いつも稽古で青痣だらけになっても頑張る息子への、きっとささやかなご褒美だったのだろう。


娘と違って、物欲のない息子だった。
周囲の子供達のように物をねだることは少なく、それよりも稽古ばかりに明け暮れていた。
けれども食べることは、やはり子供にとって大きな事項を占めていた。
稽古の最中は甘やかす事の出来ない父が、思う様甘やかしてやる為の、口実だったのかも知れない。
折角の祭りなんだから、と。


数年反抗期を続けていても、やはり優しい思い出は京一の奥底に残っていた。
肩車をして貰った時の目線の高さや、出来立ての飴菓子を食べた時の嬉しさ。
そのまま人ごみの中で見上げた花火の色や音――――何も忘れてなどいなかった。






眠気はなかったし。
母も姉も、帰って来ないし。

あの温もりも、忘れていないし。







無言をどう受け取ったのかは判らなかったが、嫌だと言わなかったからだろうか。
父は立ち上がると、リビングを出て行った。
京一は暫く迷ってから、その後ろをついて行った。



玄関で父に追い付いた時、京一は顔を顰めた。
着流し姿の父の腰に、見慣れた木刀があったからだ。

露骨に眉間に皺を作った息子に気付いて、父は眉尻を下げた。
それも、珍しい表情だったのではないだろうか。
少なくとも京一にとってはそうだった。








「なんだ。やっぱり行かねェか」







玄関口で立ち止まった息子に、父は問うた。


夏祭りは行きたい。
カキ氷とか、トウモロコシとか、食べたい。

でも、“普通の父親”ではない父と歩きたくなかった。



じっと木刀を睨んでいたら、父はそれに手を当てて、







「剣士にとってこれは魂だ。魂手放しちゃあ、なんにもならんだろう」







その台詞には、何度も聞いた、と返した。


夏祭りは行きたい。
出店も回りたいし、花火も見たい。

でも、並んで歩きたくない。



離れて歩く、と言ったら、父は何も言わなかった。
背中を向けて玄関を開けて、京一は靴を履いてそれを追った。




道中は祭りへ行く者、帰る者と様々で、中には仕事帰りでクタクタのサラリーマンもいた。
夏祭りの日にはそういうサラリーマンの方が浮いて見えて、着流し姿の父は然程目立たなかった。
腰の木刀の事は相変わらず気になったが、それさえ無視すれば、父は“普通の父親”に見えた。

それでも、京一は父から数歩、離れて歩いた。
父は時々立ち止まるが、振り返らず、京一が追いつく頃になるとまた歩き出した。
隣を手を繋いだ父子が擦れ違っていったが、羨ましいとは思わなかった。


道中、色んな人が父に声をかけていた。
仕事先の仲間だとか、昔馴染みだとか、とにかく色々。
時折、如何見ても堅気には見えそうにない人物もいて、それを見た京一は益々離れて歩いた。
父は誰とでも楽しそうに話をしていたけれど、取り巻く人達の顔立ちは普通じゃない。
顔中が傷だらけだったり、出来たばかりの青痣があったり、真新しい包帯を巻いていたり―――――、
それらと普通に会話をしている父は、確かにその筋に通じている人に見えた。







「おう、蓬莱寺さん。祭りに行くのかい?」
「ああ。バカ息子が行きたいってんでな」
「そうですか。良かったなぁ、坊主」






京一は答えなかった。
行きたいなんて言っていない、でも行きたくないとは言わなかった。
誘ってきたのは父の方だったけれど、断ることも出来たし、無視する事も出来た。
でも、そうしなかったから、京一は黙っていた。






「お前、また何処ぞで喧嘩してないだろうな?」
「勘弁して下さいよ。大人しくしてますって」
「次があったら足腰立たなくしてやるぞ」
「おっかねぇなあ」






“その筋”の人間に対して、そんな台詞を軽く吐ける。
やっぱり父は普通じゃなかった。
父にとっては、それが普通であったのだろうけど。


離れた場所を歩く息子を、父は、反抗期なんだ、困ったもんだ、と紹介した。
困ったのはアンタの木刀を持ち歩く癖だ、と言いたかったが閉口した。
お決まりの文句が帰ってくるに決まっている。

父と話をしていた男達は、京一を見て、生意気そうですねぇ、と笑った。
そうだろう、と笑った父に、京一は機嫌を悪くした。
バカにしていると思ったのだ。
素直でない父の、素直でない愛し方だなんて、幼い京一には判らなかった。



出店が立ち並ぶ通りに着くまで、その連中は着いてきた。
父はさっさと帰れと手を振ったが、ちょっとお話が、と言って付き纏った。
父は面倒臭そうな顔をして、その男達の話を聞いていた。

京一は益々遠くを歩くようになり、このまま人ごみに紛れて一人で行ってしまおうかとも考えた。
けれど折角きたのだから買い食いはしたいし、財布を持っているの父で、結局止めた。



遠目に見ていたその時の父親は、危ない連中と同等に見えた。
クラスメイト達が言っていた事を思い出して、余計に腹の虫が煮える。








「そいじゃ、お気を付けて」







そう言って連中が帰った時には、京一と父の距離は随分遠いものになっていた。


人でごった返した通りで、流石に十にもならぬ息子をそれ以上離す気にはならなかったのだろう。
父は男達を幾許も見送らずに、踵を返し、離れていた息子に歩み寄ってきた。






「どうした、京一」





立ったまま見下ろす父を、京一は見上げなかった。
ふいっと明後日の方向を向いた。

そうすると、焼き鳥屋が目の前にあった。






「ああ、腹減ったな。食うか」






父と目を合わせたくなかっただけの行為だった。
父も、それを薄ら感じていたのではないだろうか。

敢えての勘違いをして見せて、父は焼き鳥を買った。
タレが一杯についた焼き立てのそれを、父子で一本ずつ。






「火傷すんじゃねえぞ」






差し出された食べ物を無碍にする気はなかったから、大人しく受け取った。
焼き鳥を食べながら、また父が歩き出して、京一も少し遅れてから歩き出した。

出かける前に菓子を食べていたけれど、成長期の胃袋があれだけで満足する訳もなかった。
空いた腹に収まっていく充足感と、夏祭り特有の雰囲気で、いつもよりもその焼き鳥は美味しかった。
あっという間に一本を食べ終えると、なんとなく物足りなくて、次の店を探していた。


周りばかりを見て、前を見ていなかったから、気付かなかった。
立ち止まっていた父にぶつかって、京一は鼻頭を押さえて顔を上げた。

その時になってようやく、京一は父親の顔を見た。







「次は、あれにするか」






そう言って父が指差したのは、焼きもろこし。
一本丸々使った、大きなもの。

手渡されたそれからは香ばしい匂いがして、胃袋が刺激される。
齧り付くと熱くて小さい悲鳴を上げてしまい、横で父が笑い、出店の主人にも笑われた。
ムッとして意地になってまた齧り付いて、そのままの勢いで全部平らげてやった。








「次はあっちだ」







息子よりも楽しそうに笑って、父はあちこちの店を周った。
京一はその度に手渡される祭りの食べ物に齧り付いて、会話は殆どしなかったが、それなりに楽しんでいた。


父の腰で揺れる木刀のことは気になるけれど、祭りの場では誰もそんな所まで見ていなかった。
皆各々が祭りを楽しむことに夢中になっているから、周りの事なんて気にしない。
祭り独特の雰囲気の中にあって、間違い探しのように異なるものを見つけるなんて、野暮だ。



その内歩き回るのに疲れて、設置されたベンチに座ると、父が苦笑した。








「なんだ、疲れたか。もっと足腰鍛えろよ」







似たようなことを稽古の最中にも言われるが、雰囲気が違っていた。
祭りの空気に当てられたのかと、その時の京一は思った。



ベンチの傍で売っていたカキ氷を手渡されて、京一はそれにもすぐ口を付けた。
祭りの雰囲気と、人々の熱気で、京一は汗だくになっていた。
冷たい氷と甘いシロップは子供の舌によくあって、キーンとする米神に頭を抱えつつ、祭りの醍醐味を堪能する。

――――――そうしていたら、不意に大きな手が頭を撫でて。








「なぁ、京一」







くしゃくしゃと頭を撫でているから、顔を上げられなくて。
どうにか上目に父を見遣っても、祭りの灯りが逆行になって、父の顔は見えなかった。


ただ、その手の大きさを、京一は随分久しぶりに感じていた。








「俺もお前も、素直な性質じゃあ、ねえからなあ」







京一は、構わずカキ氷を食べた。
けれども、意識は父の声に傾けられていた。


視界の隅で、重力に従っていた手が持ち上がり、腰の木刀に触れる。








「俺がこんなだから、お前は俺が嫌いだろうが、」








嫌い。
そうだ、嫌いだ。

頭を撫でる大きな手は、憧れであったけれど。
“普通じゃない父親”が、京一は嫌いだった。
周りから変だ変だと囃し立てられるような父親は。


だけど、父はそんな事など気にもしない。
京一がそれを言っても、バカバカしい、と鼻で笑うだけ。








「こいつはな、俺の信念だ。これがなくちゃあ、始まらねェんだ」








何が始まるのかは、聞かなかった。
聞いても判らないような気がした、その時の京一には。

頭を押さえている手を感じながら、食いにくいなぁ、と、思ったのはそれぐらいの事。








「なぁ、京一」







手が離れて、顔を上げた。
押さえられて首が痛かったからだ。

結果、見上げる形になって、だけど父の顔はやっぱり判らなかった。
父の顔の横に眩しい明かりがあって、京一の網膜を射抜いていた。
眉間に皺を寄せて手で目元を覆ったけれど、父の顔は見えないまま。


父は、続けた。








「お前、なんの為に剣術やってる?」








――――――強くなりたいから、そう言った。

原点が何処にあるか、その時の京一にはよく判らなかったし、振り返るほど長い人生ではなかった。
性に合っていたとか、勝った時の爽快感だとか、そういうのも確かにあったけれど、
続ける理由はなんなのかと聞かれたら、強くなりたいから、いつもそれに行き着いた。


迷いなく答えた息子に、じゃあ、と父は続けて問う。









「なんの為に強くなりたい?」








それには、答えなかった。
答えられなかった。


強くなった先に何があるのかなんて、知らないし、考えることもなかった。
実生活では護身術以外に使う必要のない剣術を続けて、何か為になると思ったことはない。
強くなりたい、強くなった後の事は、その時に考えれば良かった。
まだ8歳の京一にとって、未来のことなんてずっとずっと遠い話だったから、無理もない。

どれぐらい強くなりたいのか、何処を目指しているのか、幼い京一は判然としなかった。
ただ、負ければ悔しい、負けたくないから強くなりたい、とその一心だった。
どうして負けて悔しいのか、どうして負けたくないと思うのか、どうして強さを望むのか―――――答えは出なかった。



沈黙した息子に、父は笑った。










「それが判ったら、俺がこれを持ってる意味も、少しは判るようになるだろうよ」










――――――つまりは、それまで父子の溝は埋まらないという事か。


未来の話なんて、京一にとっては途方もないものだった。
そんな話を平然として、頭をくしゃくしゃに掻き乱す父を、やっぱり嫌いだ、と思った。
判るように説明しやがれ、と。

判らない話を散々続けて、判らせないまま切り上げて。
正直学校の成績だって良くない事は自覚していた京一だ。
小難しい話は苦手で、だからと言ってこの話をこれでお終いにされるのは気持ちが悪かった。
どういう意味だよ、と問うてみたが、また頭をくしゃくしゃに掻き回されただけに終わった。




京一の食べていたカキ氷はその時には半分程になっていて、父はポップコーンを買い、京一に手渡した。
それから父は、ちょっくら知り合いに顔出して来る、と言ってその場を離れて行った。







変な父親。
よく判らない父親。
いつも木刀を持ち歩いている、危ない父親。

でも、強さは認めていた。


見た目で敬遠され勝ちであろう人間にも、普通に接する父親。
生意気だ生意気だと言いながら、頭を撫でる父親。



………大嫌いな、憧れの、父親。







難しい話はよく判らないし、これ以上は話してくれそうにない所はムカつく。
でも、よく判らない父親ではあるけれど、其処には確かに、一本筋が通っているのだろう。
周りから変だ変だと言われようと、息子に嫌いだと言われようと、変わらないのはその為で。
誰になんと言われても、自分の中に揺るぎがないから。


木刀を持ち歩いている理由とか。
剣術をしている理由とか。

何度考えても、幾ら考えても、幼い京一には判らない、けれど。




それでも。











大嫌い、だけど、憧れで―――――――
















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Palmar whereabouts 前編













――――――あの時、





伸ばされた手を、初めて掴んだ瞬間から

























【Palmar whereabouts】

























ガラリ、と足元が崩れ落ちる感覚がした。


咄嗟に瓦礫と化した床を蹴って、宙に飛ぶ。
同時に手を伸ばして、離れかけた鉄柵に掴まった。

――――――当然、相棒も同じように隣にいるもの、だと。





思って。












「龍、」













それは、助けを求める声ではなかったけれど。
置いていかれた子供が、親を求めるような。
……そんな音に似ているような、気が、して。



振り返って崩落する足場を見た。
一瞬前まで自分がいた空間は、既に虚空に飲まれて。
落ちていく瓦礫が、底の見えない闇に食われて行く。

その真ん中に、


君が、いて。










「――――――――きょーいち、」










咄嗟に伸ばした手は、君に届くことはなく、空を足掻き。
呼応するように伸ばされた君の手は、僕の場所まで遠過ぎて。




















「京一――――――――ッッ!!!」














































鬼との戦いを終えて、後方支援の葵と小薪が来た時には、酷い有様だった。
醍醐が止めるのも聞かずに、龍麻が常の様相の面影もなく、声を荒げて京一を呼び続けていたのだ。
闘いによって崩落したのだろう瓦礫を力任せに放り投げながら。




龍麻が声を荒げる場面なんて、誰も見た事がなかった。
そして、そうまで龍麻が心乱すという事も。

普段、龍麻の表情筋はあまり動かない。
ぼんやりした面持ちでいる事が多く、眉間に皺を寄せることもなく、笑うときでさえ微笑と言う風が正しい。
授業中に注意されてもやはりぼんやりとした表情で、誰に何を言われても、激昂する事はない。
故に“ミステリアス”だと言われているのである。


しかし、その時の龍麻には、そんな印象は一つもなかったのだ。


表情こそあまり変化はなかったように見受けられたけれど、纏う空気が違う。
焦燥感に掻き立てられ、ガラスの破片で手を切ることも厭わなかった。
瓦礫の山を邪魔な代物であるとだけ判断し、片っ端から壊して行った。

唯一無二の相棒の名を呼びながら。





闘いの最中の出来事は、不運な事故としか言いようがない。

古びた中層ビルの屋上だった。
止めを刺したのは、遠方から撃った小薪の矢だ。


鬼の柔らかな身体は、龍麻や醍醐の打撃は勿論、京一の斬撃も効果がなかった。
唯一効いたのが破壊力を一点に集中させた小薪の矢。
前衛の三人は鬼の体力消耗と、狙い易い場所まで誘導させる事に専念し、
結果、作戦は無事に功を奏し、鬼を消滅させる事が出来た。

鬼を消滅させるその直前―――時間にして、小薪が矢を放つ実に直前の話だった―――、
その場所での激しい戦闘に耐えかねた屋上の床が、前触れもなく崩落を始めた。
ビルが揺れるような予告もなく、老朽化と、戦闘の振動によるもの。
鬼の放った攻撃ではなかったし、各々の技によるものでもなかった。

だからあれは、不運な事故としか言いようがない。



―――――いや、そんな事は龍麻にとってどうでも良かったのだ。










「京一! 京一……!!」









転校した初日からずっと傍にいた、唯一無二の相棒。
誰よりも何よりも、背中を預け、信頼を寄せる、傍にあって心地良い気配が、今はない。

それが龍麻にとって、酷く恐ろしいことのように思えたのだ。


遮二無二京一の姿を探して瓦礫の山を崩す龍麻を、醍醐が後ろから羽交い絞めにして止める。







「落ち着け、緋勇! 下手に崩したら、京一が下敷きになるかも知れん!」
「だって……早く見つけないと、……京一ぃッ!!」
「緋勇君、僕等も探すから! だから、緋勇君は落ち着いて!」






見兼ねた小薪の言葉と、背中から抱える醍醐と。
泣きそうな顔で見つめる葵の視線に気付いて、ふっと龍麻の身体から力が抜けた。
そのまま崩折れそうになって、醍醐に支えられて辛うじて立っている。

こういう時、真っ先に手を伸ばして肩を支えてくれたのは、いつも京一だった。
バカだバカだと言って、付き合ってやるよと口端を上げて笑う、彼。
何も言わなくても判ってくれているようで、それが龍麻は無性に嬉しかった。
今までそんな風に接してくれる人なんていなかったから。

……だから緋勇龍麻にとって、蓬莱寺京一とは、とても特別な位置づけにあった。
その姿が見えないだけで、世界がモノクロームになってしまう程に。



瓦礫の上に座らされる。

醍醐が京一を探す為に、瓦礫を退かす。
小薪は身軽に瓦礫を上り、何か手掛かりはないかと辺りを見回した。


茫洋とした表情で佇む龍麻に、葵が駆け寄った。






「緋勇君、怪我をしてるわ……」





白磁のような手が頬に触れ、温かな光を放つ。
その場所に傷があったとは覚えがなかった。
痛みなど、殆どない。



それよりも。







(そうだ、京一、怪我してた―――――……)







脳裏を過ぎった親友は、右足に傷を負っていた。
鬼の放った一撃をかわし切れずに、右足を貫かれた。

咄嗟に名前を呼べば、その時は屁でもないと言って代わらずに木刀を構えていたけれど、
一撃を放つ瞬間、跳躍する時、一歩を強く踏み込む大切だった筈の右足だった。
右足で一歩踏み込む度に、僅かに表情が苦悶に歪んでいた事には気付いた。
出血はそれほど酷いものではなかったけれど、筋肉を動かす都度、確かな痛みが其処に在ったのは間違いない。



だからあの瞬間、跳ぶ事が出来なかった。



崩れゆく瓦礫の中で、伸ばされた手を思い出す。


どうして、気付かなかったのだろう。
あの頃にはもう京一の足は限界で、歩く事もままならなかったに違いない。
細かに震えていた右足を見ていた筈だったのに。





あの時、傍にいたのは自分だけだった。
だから、自分が気付かなければいけなかった筈なのに。

失いたくなければ、守りたければ、何があろうとあの手を掴まなければならなかったのに――――













『たつ、ま』












瓦礫と共に奈落に落ちていく瞬間。
確かに、彼は名前を呼んだ。

崩れ落ちて行く瓦礫の騒音の中で、不思議とその声だけがクリアだった。


いつも、いつでも、彼は名前を呼んでくれた。
不思議と、自然と、一番最初から、ずっと。
何処にいても、その名を呼んで、傍にいてくれた。

言葉らしい言葉を交わさなくても、彼はいつだって自分の事を理解してくれたのに。
どうして自分は、彼が無理をしていると、もっと早く気付くことが出来なかったんだろう。







「京一、」



『龍麻』







呼べば、振り返って名を呼んでくれたのに。
どうして今、それがないのだろう。












「京一―――――ッ!」
「何処なのさッ、京一―――ッ!」












彼を呼ぶ仲間達の声さえ、酷く遠い。



身体が動くことを止めたら、脳の回転が止まらなくなった。




探さなきゃ、探さなきゃ、探さなきゃ。
あの手を掴まなきゃ。
あの暖かい手をもう一度。

でも見付からなかったらどうする?
こんなに大きな瓦礫の下、もしも彼が彼の姿さえ留めていなかったら。
見付けたとして、あの暖かな手が冷たくなっていたらどうする?


もう二度と、笑ってくれなかったら、どうする………―――――?








だって、初めてだったんだ。


何もかも預けても良いと思ったその手を、同時に失くしたくないと思ったのは。










「京一、」


『おう、龍麻』


「――――…京一、」


『また居眠りか? よく寝るよな、ホント』











ふらり、立ち上がる。
幽鬼のように。



彼が落ちたのがどの当たりだったのか、もう判らない。

だけどきっと判る筈だ。
だって彼は、何処にいたって自分を見つけてくれたのだ。
それなら、自分だって彼の居場所が判る筈だ。


闇雲に瓦礫を崩していた時は、焦燥感ばかりが先に立っていたけれど。
今ならもう少し、彼の呼吸を追えるはずだから。





――――でももしも、その呼吸さえもうなかったら?










「きょう、い、ち、」



『ラーメン食いに行こうぜ、龍麻』











不吉なことなど頭の中から追い出して。
醍醐の横を過ぎて、小薪の横を過ぎて。
葵が心配そうに追いかけてきた。


大丈夫、大丈夫、大丈夫。
ちゃんと見つけられるから。

君のいる場所なら、きっと何処でも、絶対に見つけられるから。




だからお願い、もう一度。



















『ほら、行くぞ』





















――――――――その手でこの暗闇から、お願い、僕を引き上げて。





















後編


うっかり長くなって前後編。
うちの京一は龍麻の安定剤。

実際、九角の罠の時とか、よく居場所判ったよね…

Palmar whereabouts 後編









夜中の駆け込み患者というのは、然程珍しいことでもない。
特にこの桜ヶ丘病院に至っては。




すみません、という声がして表に出て、舞子は驚いた。
夜中の来訪者は今となっては見慣れた人物達となっていたけれど、中心に立った少年が抱えている人物に驚いたのだ。



京一の身体はあちこち打ち身だらけで、皮膚が切れて出血もあった。
特に酷かったのは、そんな中で既に出血が止まっていた右足の傷だ。
皮膚は壊死とまでは行かぬものの、色を失い、正常に血液が流動していたとは言い難い。
鬼にやられたのだと醍醐から告げられて、舞子は納得した。
攻撃を受けると同時に、恐らく精気を吸い取られたのだろうと。

すぐに手当てを施して、岩山に託した。
舞子が見た限りでは、見た目ほど酷い状態ではない。
右足も直に動くようになるだろう。


―――――――けれども、龍麻の表情は晴れない。







「緋勇君……」






葵が何事か声をかけようとして、結局それは形にならなかった。
診療室の前に真っ直ぐに佇んだまま、龍麻は虚空を眺めている。
それに声をかけられる程、強く踏み込むことは躊躇われた。




舞子が見たのだし、岩山が治療しているし―――――何より、京一の生命力は強い。
気を失っているのは崩落の際に瓦礫が頭部にぶつかった所為だと推測された。
脳震盪もなく、脳の一時的な血流低下のみで、特に後遺症も残らないそうだ。
右足の失われた精気も、程無く元通りになり、失われた色も元に戻るに違いない。

そして、そんな事になっても、彼の右手は木刀を握り締めていた。
龍麻が京一を運ぶ際に、邪魔になるだろうと醍醐がその手を解こうとしたのだが、頑として手放さなかった。
結局此処に来るまでの間、京一の右手は木刀を握ったまま、今も恐らく離れていないのだろう。
それを見た岩山は、これなら尚更問題はないと言った。
京一がこれを手放さない限りは、大丈夫だと。


岩山は、京一の過去を知っているらしい。
少なくとも、この場にいるメンバーよりは。

だから京一がその木刀にどんな思い入れを持っているか、龍麻達よりも詳しいだろう。



でも、龍麻はそれを知らない。
だからどんなに大丈夫だと言われたところで、揺らぐ心は安定しなかった。









「京一……―――――」








その姿を。
その顔を。

その温もりを。


この目で、この手で、この身体で、感じる事が出来なければ。





己の小さな震えさえ、止めることが出来ない。



























処置を施した岩山が診療室から出て来たのは、約十分後のこと。
京一を信じているとは言え、鬼の一撃を食らったこともあり、皆一様に心配していたが、
夜が明ける頃にはもう目覚めているだろう、と岩山に言われ、ようやっと安堵の息を吐くことが出来た。

そして、龍麻も。
ひっそりと握り締めていた拳を解いた。



待合に設置された時計を見れば、時刻は午前三時。
鬼と戦うようになってから、夜更かしなんてものとはすっかり良いお付き合いになっている。
葵や小薪もすっかりそんな生活に慣れたが、やはり世間的に見れば、年頃の女の子が街を歩き回っていい時間帯ではない。
鬼の出方を窺う為に街を見回る時も、五人一緒ないし醍醐が付き添うようになっていた。

そして鬼との闘いを終えたなら、如月骨董品店に戻って幾つか気になる事項等を告げあった後、解散。
女性二人が帰る時も、見回り中と同じく、必ず三人の内誰かが見送りをしている。


だが、今日は葵も小薪も、中々帰ろうとしなかった。
葵は勿論、普段ケンカばかりの小薪も、やはり仲間が心配なのだ。

また、常にない程に取り乱していた龍麻のことも気にかかるのだろう。



それ程までに自身が焦燥していたのだと改めて認識させられて、今更恥ずかしくなる。
同じく、心優しい仲間達に、龍麻は感謝して、







「皆、ありがとう。今日はもう遅いから、帰って休んだ方がいいよ」






いつもの笑みを浮かべて、言った。


約数十分ぶりに見たクラスメイトの穏やかな笑顔。
葵がそれに口元を綻ばせた。






「緋勇君は、どうするの?」
「僕はもうちょっと此処にいるよ」
「京一だったらもう大丈夫なんだよ?」





心配で此処を離れられないのか、と問うように小薪が言う。
それを否定は出来なかったから、龍麻は曖昧に微笑んだ。






「それは、判ってるよ。でも、此処に京一一人残したら、明日何言われるか判らないし」






何せ、此処は桜ヶ丘中央病院。
京一が何よりも苦手としているスポットである。

夜中の駆け込み、鬼との戦闘で負った傷を手当てしてくれる場所なんて、此処ぐらいしかない。
如月の元に行けば応急処置程度はしてくれるが、専門的な治療になると頼る場所は此処だけだ。
龍麻達にとっては有り難い場所で、葵も龍麻も、それぞれ世話になった。


しかし、京一にとっては何度来ても世話になりたくない場所らしい。



腕は全幅の信頼を寄せているけれど、それとこれとは別。


昔からの付き合いである所為で、岩山は京一の過去のことをよく知っている。
京一にとっては忘れてしまいたいであろう恥ずかしいことまで。
此処に来るたびに皆の前でそれを暴露されるのもあって、京一はつくづくこの場所を避けようとしていた。


だと言うのに、一人で置いて皆帰ってしまったら。
明日一番に彼から文句の嵐が降ってくるだろう事は容易に想像できる。




醍醐達もそれが想像できたらしく、苦笑を漏らす。







「そうかもな……じゃあ、龍麻は此処に残るのか」
「うん。僕、一人暮らしだし、怒られる心配もないから」






醍醐はともかく、葵や小薪はそうも行くまい。
こっそり家を抜け出している事がいつバレても可笑しくないのだ。
バレて詮索されて、誤魔化すのも限界がある。

それに、自分達は学生だ。
早く帰って寝ないと、明日の授業に支障を来してしまう。






「醍醐君、二人を頼むね」
「ああ。さ、行きましょう」
「うん。帰ろう、葵」
「おやすみなさい、緋勇君」
「おやすみ」






就寝と別れの挨拶をして、龍麻は小さく手を振る。
葵と小薪がそれに応えて、手を振った。


既に営業を終えた為に手動になっているドアを開け、三人は夜の闇の中に溶けて見えなくなって行く。
それを暫く見送ってから、龍麻は踵を返した。





向かうのは、診療室。





京一の明日の文句を気にしての行動ではない。
文句でもなんでもいい、京一の言葉なら龍麻は受け止めるつもりだった。
最後にはきっとラーメン奢りでようやく怒りは収まるのだろう、それが毎回のパターン。

心配していない訳ではないけれど、それでは岩山の腕を疑うようではないか。
大丈夫だと彼女が言うのなら、それは本当に大丈夫だ。
龍麻も、京一同様、彼女の腕に全幅の信頼を持っている。


だから、此処に残ったのは、何も京一のご機嫌取りだとか、心配だからだとか、そういう事じゃなく。












(―――――――京一、)











あの手を、握りたかったから。









































舞子はナースセンターに言ったのか、岩山の姿も見られない。
最低限の電気しか点いていない廊下を歩き、龍麻は京一の病室を探した。
見つけるのに然程の時間はかからず、程無くして“蓬莱寺 京一”とプレートのかかった部屋を見つける。

音を立てないように――最近の病院はそんな気遣いをせずとも、あまり音がしないものだけど――扉を開ける。
広い部屋には四つのベッドが用意されていたが、使われているのは一番奥の一つだけだった。



馴染んだ呼吸の気配が、其処から伝わる。

仕切りのカーテンを引くと、ベッドに横たわる親友の姿があった。



鬼との戦いと、崩落によって出来た小さな傷のある場所には、包帯やガーゼが当てられている。
以前九角の罠に落ちた時、京一に此処に連れて来られたのを思い出す。
あの時、自分もこんな姿だったのだろうか、と。

そして、京一もこんな気持ちだったのだろうか、と。






「………京一」





呼んでも返事はない。
判ってはいたけれど、顔を見たら呼ばずにはいられなかった。

そうして返事がない事に、また不安になる。







「……京一」






何度呼んでも、結果は同じことだ。
京一が目を覚まさない限り、言葉は帰ってこない。




判っている。
判っている。

京一はそんなに弱くない。


明日になったら、いつもと同じように学校で逢える。
小薪に今日の失態を揶揄されて、憤慨して、醍醐に止められて、葵と自分が宥めるのだ。
遠野が何処からかやって来て、話を聞きたがり、予鈴が鳴るまで賑やかな日常風景。
そして夜になったらまた街に出て、鬼を倒して、如月の所に行って。


日常と非日常を繰り返す日常。
其処に自分達はいて、京一もいて。

苺牛乳を飲んでいる自分の横で、京一は舎弟を相手に昼飯を賭けたささやかな賭け事。
買った分だけせしめた焼き蕎麦パンやら、菓子パンやらを龍麻と分ける。
食べ終わって舎弟達がいなくなったら、面倒臭い授業はサボって屋上で暇を持て余して。
そのうち龍麻が寝てしまって、放課後になった頃に目が覚めると、京一が顔を覗き込んでいる。
よく寝んなぁ、お前、と京一が言って。
その後ろのグラウンドの方で、皆が自分達を呼んでいる。


抜けきらない眠気にぼんやりしていたら、差し出される。




行くぞ、と。


促す手が、目の前に。












「―――――――……京一……」













あの手を、失いたくなかった。





……躊躇いもなく差し出される手に、戸惑ったのは最初だけだった。



美味いラーメン屋があるから一緒に行こうぜ、と気安く声をかけられた、それが最初の第一歩だ。
出逢いから印象からあまりに唐突過ぎて、またその誘いも龍麻にとっては唐突だった。
だから如何答えれば正解なのか判らず、固まっていたら、その手が動いた。

答えない龍麻に焦れた京一は、問答無用で龍麻の手を掴み、引っ張って行った。
“転校生”に興味を惹かれ、遠巻きに見ていた生徒達の事など、まるで見ていない。
自分のやりたいようにやる――――龍麻の手を引っ張って行ったその背中は、そんな風だった。
きっとあそこで龍麻が京一の誘いを断わったとしても、きっと引き摺って行ったのだろう。
そしてあのラーメン屋で「美味いだろ?」と聞いてきたに違いない。




龍麻の手を半ば強引に掴んだ手は、力強く、温かかった。




あの時、龍麻は魅入られたのだ。
力強く、不器用で優しい、京一の手に。

まだ居場所の定まらなかった龍麻に、此処にていいんだと、行ってくれた手に。








それから、ずっと。
龍麻は、伸ばされる京一の手を掴んでいた。

その手を掴む為に、己のこの手があるんだと思うほど。












だからあの時、他意もなければ、きっと無意識だったのかも知れないけれど。
それでも伸ばされた手を掴めなかった事に、愕然とした。

瓦礫に埋もれた温もりに、もう二度と、その手が掴めないんじゃないかと。











「違うよね、」










眠る京一の呼吸は、安定している。
包帯やガーゼは痛々しく映るけれど、見るに耐えない程じゃない。
埃は綺麗に拭き取られて、顔色も此処に運んで来た時に比べれば断然マシ。



龍麻が焦がれた手は、ちゃんと此処に在る。




だから、掴めないなんて、ことはなくて。











「また、」










力なく投げ出されている手に、己の手を重ねた。
ほんの数十分の間離れていただけなのに、随分久しぶりのように感じる。


両手で包んで、持ち上げて。
コツリ、額にそれを当てる。

触れた場所から、温もりが伝わる。













「また、伸ばしてくれるよね」













手の中の温もりを、掴まえるように握り締めた。





明日になったら、また。



いつものように、
屋上で。

いつものように、
皆で。



いつものように、
二人で。





いつものように、























『龍麻』





















その手を、伸ばして。
僕を連れ出してくれるよね。


君は、そんなつもりはないのかも知れないけど。







“僕”が“僕”で在れる場所へ。





















握り締めた手のひらの中で、

握り返す力に気付いた瞬間、





――――――泣きたくなって、嬉しかった。






















龍京なのに京一喋ってない(爆)。
京一が精神安定剤な龍麻が書きたかったんです。

出逢い初っ端に木刀振り回し、「気に入らねぇ」と言い切った京一が、
放課後になると一緒にラーメン食いに行こうとか、きっと誰より一番気安く声をかけてきたりしたら、
流石にどう対応していいか困るんじゃないかと。


受けが攻めに手を差し伸べるのが好きです。

混濁した意識 携帯




勢いでざっかざっか書いた八剣×京一。
……ってか、八剣が「お前誰だ!」状態です(汗)。
この人、右目は基本的に見えないんだよなぁ……

強気な京一が噛み付くのも良いですが、負けて茫然としたところを……とか。
歯が浮きそうな甘い台詞吐きながら襲えばいいよ、この人は。



下の方に京一血塗れバージョン。



















「綺麗だよ、京一」




血 や り す ぎ た … … !

でもアニメの京一、もっそい血吐いてたよね……

八剣はサドが良いとか思ってます。
攻撃が当たらなくてムキになる京一を揶揄ってたし(あんよは上手て…!)。
イジメて噛み付かれると嬉しいんじゃないかなー。
……サドでマゾ(おい?)。



つか血塗れ大好きなんですごめんなさい。

混濁した意識





勢いでざっかざっか書いた八剣×京一。
……ってか、八剣が「お前誰だ!」状態です(汗)。
この人、右目は基本的に見えないんだよなぁ……

強気な京一が噛み付くのも良いですが、負けて茫然としたところを……とか。
歯が浮きそうな甘い台詞吐きながら襲えばいいよ、この人は。



下の方に京一血塗れバージョン。