例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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STATUS : Enchanting 8













――――――今一番欲しいもの? ……平穏って奴だな。




























【STATUS : Enchanting 8】































どういう事、と仲間達の視線が背中に―――若しくは頬に―――突き刺さる。
自分だって逆の立場ならば同じ事をしただろうから、その不躾な視線を振り払おうとは思わない。

けれども。



眼前をゆっくりと近付いてくる男について問われたとて、京一は返す言葉を持たなかった。






ゆらゆらと、掴み難い足取りで近付いてくるのは、最初の邂逅から変わらない。
変わらないが、何故それをそうと認識するほどに何度も見なければならないのか。
京一には、その事の方が理解不能であった。

何故この男が学校の校門にいるのかという事よりも、何故この男の顔をまた見なければならないのか。
己とこの男の間に何があるというのだ、何もないなら何故この男の顔を何度も目にしなければならないのか。


そして何故この男に、こんな台詞を言われなければならないのか。







「京ちゃんが来なくなって寂しくてねぇ。迎えに来ちゃったよ」
「ンな謂れはこれっぽっちもねェッ!!」







間合いに入った八剣に向かって、躊躇う事無く、太刀袋から引き抜いた木刀を振った。
予想していたのか見切られているのか、難無くかわされる。







「近寄んな! つーかなんでテメェが此処にいんだよ!?」
「言ったでしょ。迎えに来たんだよ」
「だからなんで……待てやっぱ言うなッ!」







問うた直後に八剣が浮かべた笑みに怖気を感じ、京一は質問を撤回した。
木刀を構えて戦闘態勢で睨み叫ぶ京一に、八剣は何故か残念そうな顔をして見せる。
嫌な予感しかしなかったのは絶対に気の所為ではない、と京一は確信する。

八剣が何をどう言おうとしたのか(それが真実であっても虚偽であっても)判らないが、良い予感はしなかったのは確か。
知人から散々野生の勘だとか言われている己の直感だが、この時ばかりは感謝する。


尻尾を膨らませた猫宜しく、威嚇する京一に、八剣はやはり平然として言った。






「俺に逢いたくないのは、まぁ仕方ないけどね。でも、彼女達にまで寂しい思いさせちゃ可哀想だろう」
「お前が消えりゃ即解決すんだよ!」






校門手前で物騒な遣り取りをしている面々を、生徒達は皆遠巻きにして見ている。
その視線に気付いて、ギラリと尖った京一の眼光が生徒達を射抜いた。








「見せモンじゃねェぞ、コラ!!」








校内一の不良と名高い京一の怒声である。
生徒達はぱっと身を翻して、思い思いに校門の外へ、グラウンドへと散って行く。

蜘蛛の子を散らすという言葉がよく似合う風景を一頻り睨んで、京一は苛々と木刀を振り下ろした。


触れば噛み付きそうな京一に、それでも平静と声をかけたのは龍麻である。






「京一、どうどう」
「オレは馬か!」
「取り合えず落ち付きなよ」






今はなんでも癪に障る様子の京一を、龍麻はいつもの笑顔で宥める。

目の前にある見慣れた親友の笑顔に、ささくれ立った感情は少しずつ沈下する。
それでも刺々しさは残るが、今にも木刀を振り回しそうな状態よりはずっとマシになった。
それを見た葵、小薪、醍醐も二人に近付く。



―――――それから、面白そうに京一を見ている八剣へと、視線が向けられた。



龍麻達と八剣との関係は、なんと言っても微妙なものである。
拳武館の人々と戦ったのはそれほど前の話ではなく、まだ記憶に鮮やかに残る。

八剣と京一が刃を交えた所は、誰一人として見ていない。
その現場にいたのは、京一の舎弟である吾妻橋一人だけだった。
だが、八剣が京一の木刀を真っ二つに断ち切った事、
戦いの場に一人遅い到着となった京一の体が包帯で覆われていた事を思えば、彼の実力は想像するに難くない。

あの場では八剣が自ら敗北を認め、一時休戦―――共闘となったが。




八剣を捉えた醍醐の目が、剣呑な色を帯びる。






「貴様……一体何をしに来たんだ?」
「…だから何度も言ってるだろう。京ちゃんを迎えに来たんだよ」
「京ちゃん言うな! いらねぇっての!!」






何度も同じ台詞を言わされてか、それとも相手が醍醐であるからか。
聊かうんざりしたように八剣が言うと、京一も何度目か知れず拒絶の台詞。

そのまま噛み付いて行きそうな京一を小薪が押し退けた。






「要するに、京一ともう一度闘おうってつもりなの?」






小薪の言葉に、八剣は判り易く溜め息を吐く。
それが癪に障った小薪は青筋を立てた。






「一体なんなんだよ。京一! なんなのさ、コイツ!?」
「ンなもんオレが一番聞きてェよ!」






矛先を向けられた京一が、小薪に怒鳴り返す。
何故自分がそんな風に責められなければならないのかと、泣きたい気分にもなってくる。

自分だって最初に八剣が再度目の前に現われた時には、それ目当てだと思った。
事情を知っている者が見れば、きっと誰もが思うであろう事だ。
だが八剣はそうではないのだと、ずっと否定している。


そして続く言葉は、京一にとって意味不明であるとしか思えないもので。








「俺は京ちゃんに逢いたかっただけだよ」








その整った面に笑みを浮かべて、京一を見つめながら八剣は言う。
向けられた眼差しに京一が怖気を覚えたのは、無理もないと言えるだろう。







「気色の悪い事言ってんじゃねェッ!」
「そうは言っても、本気だからね」
「尚更止めろッ!!」






狙い寸分違わずに振り下ろされた木刀は、八剣には当たらなかった。
敵意どころか、殺気を振りまきまくっている京一だ。
暗殺者として洗練されている八剣に、その剣撃が届く筈もない。
ないが、そうせずにはいられなかった。



葵がおろおろと止めるタイミングを探しているように見えるが、京一は止まらない。
小薪は最早意味の判らない八剣の言動に付き合うのに疲れたらしく、もう知ったことかと溜め息を吐いた。
割り込めるような状況ではないと、醍醐も早々に見抜いたらしく、京一が疲れるのを待つ事にする。

そんな調子だから、校門の前で続く物騒な遣り取りを、止められるものは誰もいない。


――――かのように見えたが、唐突にそれは終わりを告げた。







「京ちゃん、ちょっとストップ」
「するか!」
「仕方ないな……」







言葉でいなされて止まれる筈もなく、もう一度京一が木刀を振り被った時。
スッと目の前にいた八剣の姿が消えて、京一は瞠目する。


――――同じ感覚は前にもあった。
初めて八剣と相対し、一方的に攻撃を避けられ、莫迦にされているような気分だった、あの瞬間。
振り下ろした木刀の先に標的の姿はなく、その気配を再び感じた時には、背後にいて。

二度も同じ手を食わされて溜まるかと、転身、愛用の獲物を強く握り直した。




が、その木刀を振り切るよりも、先に。
項を這った細い感覚に、ぞわりと背筋が凍る。









「~~~~~~~~ッッ!!!!」









声にならない悲鳴が上がる。
喉が引き攣って、呼吸が詰まった。

お陰で校内一の不良生徒と謳われる、歌舞伎町の用心棒の矜持は(辛うじて)保たれた訳だが、
ぴたりとフリーズしてしまった京一に、葵達は顔を見合わせる。


数秒前の怒りの勢いは何処へやら、京一は完全に固まっていた。
そんな京一の顔を見た八剣は、可愛いねぇ、などとのたまい、楽しそうに笑う。







「もうちょっと可愛がってあげたいけど、ちょっと待っててね?」






言って、八剣はするりと京一の横を通り過ぎる。


京一の肩がわなわなと震える。
それに真っ先に危険を察知したのは醍醐で、慌てて京一に駆け寄った。









「――――――ブッ殺す!!!!」








予測に違わず、振り返って木刀を振り上げた京一を、醍醐が羽交い絞めに押さえつける。
京一とて細身であっても鍛えているし、剣に通じる武道家だ。
しかしレスリング部主将であり、体格差のある醍醐に抑えられては逃げようがない。
にも関わらず、京一はそれを振り払おうと暴れる。






「放せ醍醐! あの野郎、いっぺんシメてやる!!」
「止めとけ京一! 洒落にならん!」
「誰が洒落で済ましてやるか!」
「気持ちは判らんでもないが、とにかく落ち着け!」





身長差にものを言わせて持ち上げられて、足元が地面から離れる。
上半身の力だけで京一が醍醐に叶う訳もない。

それを肩越しに見遣って、八剣は後でね、とでも言うようにひらひらと手を振る。
益々それが京一の神経を煽り――確実に判ってやっているだけに、余計に――、ブチッと言う音が醍醐に聞こえた気がした。
言わずもがな、京一の血管である。
吼えるように声を上げて遮二無二暴れ出した京一に、醍醐だけでなく、小薪も止めにかかる。






「離しやがれぇえええ! あの野郎――――ッ!!」
「京一、待て! お前、殺しそうな勢いだぞ…!」
「ったりめーだろーが!!」
「幾らなんでも殺人はヤバいだろ! ああもう!」
「京一君、落ち着いて! 此処、学校だから!」
「構うか、そんなモン!!」
「いいねぇ、若い子達は元気で」
「アンタの所為だろッ!!」





散々煽っておいて、他人事のような八剣の台詞に、小薪が噛み付くように怒鳴る。

が、八剣は小薪の台詞など気に止めず。
この場にずっと存在していながら、静かに佇んでいた人物へと目を向けた。






―――――緋勇龍麻である。






龍麻の表情は、一見、常どおりの何処かぼんやりとしたもののように見えた。
十人が見れば九人がつも通りであり、何か変わったことがあるかと思うような表情。

しかし、八剣は確かに、それが表面上のものである事を見抜いていた。


京一が判り易い程に敵意を振り翳し、木刀を振り回し、派手に大立ち回りしていたからだろう。
ひっそりと目立たない場所にいた彼の目に、気付けた人間は一体どれだけいるだろうか。







「怖いねェ」
「なんのこと?」







呟いてみれば、不思議そうに首を傾げて返される言葉。

学校指定の学生鞄を持つ手が、必要以上に力が入っているだとか。
ふわりと口元に笑みのような形を浮かべながら、その目が酷く冷め切っているとか。


恐らく、見抜けたのは八剣だけだろう。








「龍麻ァ!」








醍醐に抑えられて身動きが取れない京一が叫ぶ。
その瞬間、龍麻の冷たい瞳が僅かに和らいだ。

それを見て、今度は八剣の目が冷えてゆく。









「ふぅん………」









八卦の袂に手を突っ込んで腕を組み、龍麻を眺める八剣と。
京一には一つ笑顔を見せて、次の瞬間には冷めた目をして八剣を見る龍麻と。

忌々しげに八剣を睨む京一と。













只ならぬ事態が起こっていると正確に把握できたのは、残念な事に、当事者達以外の人々であった。


















遂に(つーかようやく(汗))龍麻vs八剣です。
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注意 / 京一 01 携帯



モザイク使ってみたら返って卑猥になった……しかも携帯用に縮小したらあまり意味がない(爆)!

確実に痛がってる顔です。
痛がってる顔、可愛いと思います。


筋肉の描き方誰か教えてくれー……
専門行ってた時になんで真面目に教わらなかったかな(当時は其処に興味がなかったんだよ(爆))
剣術やってるんだから、筋肉は無駄なくついてるもんだと思います。
…ゲームの京一は見事な逆三角形だったなぁ…


Remember the result

















理由は、どうせ後付みたいなものなんだ。


























【Remember the result】



























「ちょ……っと、待て、コラ、龍麻ッ!」







少しばかり埃臭いマットの上、じたばたと動けば舞い上がるそれに呼吸を妨げられる。
かと言って大人しく出来る訳もなく、京一は自分の上に馬乗りになる龍麻を押し返そうと、躍起になって暴れた。







「次の授業! 遅刻すんだろ!」
「サボるって言ってたじゃないか」
「いや、出る。気が変わった。今決めた。次の授業出るッ! だから退けッ」
「いいから、いいから」
「良くねェ―――――ッ!」







間近に迫る親友の顔を押し退けつつ、京一はどうすればこの状況を脱せるのが必死で頭を巡らせる。




この親友相手に、うっかり隙を見せたのが運の尽きか。

二人きりになるのは珍しいことではないけれど、こんな場所でまで事に及ぼうとするとは思わなかった。
しかし考えてみれば、漫画や一昔前の青春ドラマでよく見るような、お誂え向きの場所とも言える。
龍麻がその手の代物に興味があるかは知らないが。


暗がりの体育倉庫、蒲団代わりの古ぼけた埃臭いマット、窓は天井近くの高さで外から内部の様子は覗けない。
授業はとっくに終わって、先ほどまで体育館に集まっていた生徒達は、既に教室に戻っている。
倉庫の鍵はかけられていないが、錆ているのか開きにくく、開けようとすれば耳障りな音がサイレン代わりに音を鳴らす。
その音を立てて仮に誰かが入ってきても、暗く用具で溢れる倉庫の奥に引っ込んでいれば、見付かることもなく。

見付かる心配がないと言う事は、助けを求めるだけ無駄とも同意義。
こんな状況は誰にも知られたくないけれど、プライドと身の危険を乗せた天秤はぐらぐら揺れている。

声を上げても、殆ど意味はない。
何故なら、過度の湿気や熱から用具を保護する為に、土壁で出来ている用具倉庫の壁は分厚い。
次の体育の授業が始まった所で、誰も京一の声に気付く者はいないだろう。



………実にお誂え向きの場所であった。




背けた顔の右半分を、龍麻の前髪がくすぐる。
触れるだけのバードキスが落ちて、ゆっくりとそれは下降して行った。

機動性重視の体操服、首の周りも無論開放的に出来ている。
龍麻は京一の首筋に唇を寄せると、一つ強く吸い上げた。
小さな痛みに躯が震え、肩を押し返そうとしていた手は無意識に龍麻の服を掴む。






「京一……」
「た…つ、ま……退け……ッ」






往生際悪く足掻いても、龍麻は一向に意に介さない。


龍麻の手が体操着の下へと滑り込む。
無駄なく筋肉のついた腹を撫でて、体操着を捲り上げる。

ひんやりとした空気に晒されて、京一はまた遮二無二暴れた。






「龍麻、放せッ! 退け!」
「いーや」
「嫌じゃねーよ、退けッ! 此処でスるなんざ、絶対ゴメンだからな!」
「大丈夫だよ、見付からないから」
「見付かる見付からないの問題じゃねェ! 嫌だっつってんだよ!」
「やだ」
「お前の“やだ”は却下だッ!」






じたばたと暴れる京一に、龍麻は表情一つ変えず、行為を進めようとする。


龍麻の下が、京一の首筋を這う。
体操着の下へと滑り込んだ手が、京一の胸の上を滑っていた。
指先が突起に触れて、京一の肩が跳ねた。

あろうことか親友によって開かれた躯は、その官能にいつの間にか染め上げられた。
触れられれば容易くスイッチが入り、力が抜けて筋肉が弛緩する。






「んっ……ふ、っは…バカ、龍麻ッ…!」
「逃がさないよ、京一」






睨み付ける京一を、龍麻は常と同じ笑顔で見下ろして、宣告した。
尚も抗議を上げようとした京一の唇を、龍麻は己のそれで塞ぐ。


何事か言おうとしていた所為で、無防備に開かれてしまっていた口。
呆気なく侵入を許してしまった舌が、他に音のない体育倉庫の中でぴちゃりぴちゃりと水音を立てる。






「ん……んぁ……ふ…」
「ぅん………」
「っは、ぁ…んぐ……」






繰り返される深い口付けに、思考回路が停止する。
そんな事になれば、龍麻の思う壺だと判っているのに、若い躯は与えられる官能に正直だ。







「…ぅう…んぅ……」






まるで生き物か何かのように、龍麻の舌は京一を犯す。

肩を押して突っ張っていた筈の右手は、縋りつくように首に回されていた。
左腕は、埃を嫌って中途半端に浮かした上半身を支えている。


口内を犯しながら、龍麻の指が京一の胸の果実を摘む。







「……っふ……ぁ……」






口付けの隙間、呼吸に伴って漏れる声。
しっかりと聞き止めた龍麻は、顔を離してにっこりと笑う。







「此処なら、声出しても平気だからね」
「……へーき、じゃ…ねー……」







休憩時間が終わるまで後どれ位だとか。
次の体育のクラスが来るかも知れないとか。
そうしたら、誰かが用具を取りに倉庫に入ってくるとか。

いや、そもそもこんな場所で情事に及ぶなとか。


言いたいことは主張と苦情と合わせて山ほどあるが、それよりも呼吸をするのが先。



しかし整うよりも先に、また塞がれる。







「んぐ…っふ、ぅうん……ッ…」







呼吸が出来ない苦しさと、与えられる愛撫の心地良さ。

未だ残った理性と男としての矜持が、それらに身を任せるのを必死で拒んでいる。
此処まで来て往生際が悪いと言われようと、京一が容易く委ねられる訳がない。


京一のそんな葛藤を、まるで一枚一枚剥いで行くように、龍麻の手は京一の熱を煽っていく。







「ふぁっ…は、た…つまァ……」







離れた唇の間、銀糸が名残のように光る。
プツリと切れた唾液が、京一の口端を濡らした。

光量の少ない倉庫の中、暗闇に慣れた視界に浮かび上がる親友の顔。
理性と本能の狭間に揺れる京一の瞳に、龍麻は確かに劣情を煽られた。


口端で光る唾液を舐め取ると、京一は嫌がる子供のように顔を背ける。
それを追い駆ける事はせずに、龍麻は京一の耳下に顔を寄せた。






「……あ……!」






カプリ、と甘噛みすれば、漏れる声。


柔らかな耳朶に歯を当てながら、胸の蕾を指先で転がす。







「感じてる? 京一」
「………ッ…」







耳元で喋れば、呼吸が当たる。
快楽を覚え込んだ若い躯は、その些細な刺激にすら敏感に反応してしまう。

京一の反応に充足感を覚えながら、龍麻は胸の果実を指で挟む。
捏ねるように刺激を与えると、京一の躯が小刻みに震えた。






「……っは…やめ…龍麻ッ……」
「駄目。やめない」
「んん……!」






尚も龍麻の行動を遮ろうとする京一だが、もう反抗の意味もない。


捲り上げた体操着が元に戻らないように、片手で抑えて、龍麻は今度は胸元に顔を近付ける。
刺激を与えられて硬くなった乳首に、ゆったりと舌を這わした。

熱を持ったぬめる感触に、京一はゾクリと背筋を何かが駆け抜けるのを感じた。
それが自覚したくもないが、快感である事は嫌と言う程知っている。
プライドがその感覚の拒否を願うも、最早思考と躯との回線は繋がっていない。



強く吸われ、京一の躯が仰け反る。
赤子が母乳を求めるかのように執拗に吸い上げる龍麻に、京一は頭を振った。






「や、やめ、龍麻ッ…! あ……!」






京一の制止など何処吹く風で、龍麻は京一を追い立てる。

口に含んだままのそれに、歯を立てられる。
シコリのように硬く張った果実は、微かな痛みも快楽に変えてしまう。






「…んッ…は、あ……」
「気持ちいい?」
「しゃべ、ん、な……ァ……」






高まっているのは、追い上げられる京一だけではない。
熱に翻弄される恋人の表情に、龍麻の興奮も昂って行く。


龍麻の手が、京一の一物をズボンの上から握る。






「京一、もう勃ってるよ」
「バッ…や、やめッ!」
「乳首弄られただけなのに」
「言うな……っや…!」






手早く、下着ごと脱がされて、京一の雄が晒された。

緩くではあるが勃ち上がりつつあるソレは、京一が確かに感じていた事を知らしめる。
急に理性が戻った京一は、現状と次第の原因から逃れようとまた暴れ出した。






「は、離せ、龍麻! 頼むから! 授業ッ」
「サボるんでしょ?」
「出るっつってんだろ!」
「大丈夫」
「じゃね……ぅんッ!」






龍麻の手が直接京一の雄を包み込み、上下に扱く。
上がりかけた嬌声を、京一は咄嗟に口を手で覆って隠す。







「…っ、ふっ…ん、んくっ……」
「それに、授業さっき始まっちゃったし」
「っは…ん、ぅ………!」
「チャイム鳴ったの、聞こえなかった?」






こんな状況で聞こえるか―――――言葉と共に、殴りつけてやりたい衝動に狩られる京一だ。


だがよくよく耳を済ませてみれば、体育館の方から人の気配がする。
途端に緊張が走って、京一は声を出すまいと唇を噛んだ。

直接的な刺激を与えられる雄は、既にほぼ完勃の状態。
この状態で行為を続けたくもない(そもそもしたくもないし、始める気もなかった)が、此処で放り出されるのはもっと辛い。
龍麻を押し退けて、何処か人気のないトイレにでも駆け込めるなら、そうする。
しかし龍麻は一行に行為を止める気はい(寧ろ楽しそうに見えるのは何故だ)上に、京一を逃がすつもりもない。


とにかく、耐えるしかない。
京一が出した結論は、その一つ。






「……っ、…ッ……!」
「あれ……京一、緊張してる?」






今までも時折思った事だったが、にこやかに笑う龍麻が正直恐ろしい。
次いで、龍麻の笑顔が常のふわふわとしたものとは少し違う事に気付いた。

……遅すぎる、と自分でも思う。


この笑顔は、何かに怒っている時の笑顔だ。
前にもこんな事があったじゃないか。
気にしてないよと顔で笑って、目が全く笑っていない事があったじゃないか。






「京一、一回イこうか」
「んッ……!」
「大丈夫だよ、声出しても。聞こえないから」






京一の雄を扱く手の動きが激しくなる。
下半身の熱が煽られて、京一の躯が震えた。


埃を嫌って浮かせていた上半身を支えていた腕が、力を失う。
マットに倒れ込むと薄らと埃が舞い上がった。

硬く噛んでいた口端が切れて、血が流れた。
目敏く見つけた龍麻の顔が近付いて、唇に当てていた手を外される。
舌が這い、針のような痛みに僅かに口を開けると、それはすかさず内部へと侵入を果たす。



勃起した雄からは既に先走りの蜜が溢れ、龍麻の手を汚していた。






「んはッ……は、う……んぐぅ……」
「……は…きょーいち……」
「龍、麻……っは、ん、くッ」






絶頂感が直ぐ其処にある。
侵食する熱に、逆らう術はない。









「ん、んんッッ………!!」









深く口付けられたまま、京一は龍麻の手の中に射精を果たす。




ねっとりと濃い蜜液をちらと見遣り、龍麻は薄らと笑みをすいて京一を見下ろした。
口端だけを僅かに浮かしたその表情が、暗い倉庫の中、京一の視界にぼんやりと浮かび上がる。



……やっぱ怒ってやがる。


射精直後の気だるさの中、一線を隔したように冷静な思考がぼんやりと呟く。

何が龍麻の怒りのスイッチを入れたのか、京一は判らない。
こういう関係になってそれなりに時間は経ったが、やはり彼の思考は不思議としか言いようがない。
やっぱり苺の事しか頭にねェだろ、と思う事も度々だ。







「京一、気持ち良かった?」






問い掛けつつも、確実に此方の返事を期待してはいないだろう。
京一はぼんやりと龍麻の顔を見上げながら、呼吸を落ち着けることだけに専念した。

此処で終わる訳がない、終わりにする訳がない――――京一はそう思っていた。
京一だけがイって、龍麻は衣服すら乱していない状態で、終わる訳がない。


壁の向こう、体育館の方からホイッスルの高い音が聞こえた。
何をするのだか知らないが、彼等に自分達の存在を知られてはならない。
増して、こんな事をしているなど。

だから、今後の声を殺す為に、京一は呼吸を整えようとする。







「京一」







だが、呼吸を塞がれてはそれもままならない。


一つ名前を呼んで、唇を奪われる。
気だるさに身を任せた躯は、素直にそれに応えた。
それが一番楽だから。






「ん…んん………」






絡まり合う舌から伝わる、相手の熱。


秘部に何かが宛がわれる。
入り口を解すように、それはゆっくりと潜り込んでいった。






「あ…ぅ……!」






縋るように、龍麻の首に腕を絡める。
慣れない圧迫感と異物感に、目尻に涙が浮かぶ。

龍麻はそれを愛しそうに見つめ、舌それを舐め取った。
眼球近くに迫る赤い舌に、そのまま眼球まで食われてしまいそうな錯覚に陥る。


体内に侵入した指が、入り口を広げようと動き出す。






「んッ…ぅぁ、…っは……」





痛みはない。
龍麻の指は、既に京一の一度目の射精によって濡れている。
それを潤滑油代わりにしていた。


ぬるぬるとした濃い液体が、内壁に塗られて行くのを京一は感じた。
なるべく痛みを与えまいとしてか、丹念に何度も擦られる肉壁は、指の形を何度となく確認させる。

古武術によって鍛えられた龍麻の指は、剣術を扱う京一と同じで、意外と節張っている。
それでも綺麗な手をしているのを京一は知っていた。
自分なんかよりも、ずっと綺麗な指をしている事を。
―――――それが今、自分の体内を犯しているという現実が、酷く罪であるような気がして。







「ん、う!」







きゅう、と締まった内壁。
無意識とは言え、京一は顔に血が昇った。


躯の奥をぐいぐいと押され、腰が逃げを打つ。
龍麻はそれを捉まえて固定すると、更に奥を目指して指を突き入れた。







「―――――っひ、ぃぁ……!」







半ば悲鳴のような声が上がる。


戯れるかのように、龍麻の舌が京一の鎖骨を舐めた。
それはゆったりと降りて行き、胸の果実に悪戯をする。

下肢からはくちゅくちゅと水音が聞こえ始め、射精して間もない雄も再び勃ち上がろうとしている。
若い躯は京一の羞恥心等とは裏腹に、行為の先を求め、目の前の男を煽っていた。



親友であり、何よりも愛する恋人の痴態に、龍麻の我慢は限界を超えた。







「京一、欲しい?」
「っは…あ、ぅ…んん…! ふぁッ」
「此処、挿れてもいい…?」







熱っぽい声で囁かれて、下肢の入り口部分を執拗に弄られて。
痙攣するように、京一の躯が跳ねる。








「た、つ、まァ……ッ」








腕を絡めた首をしっかりと捉まえて、顔を近付ける。
縋るように口付けて、京一の方から舌を入れた。
龍麻は一瞬驚いたような顔をして、けれども直ぐに呼応する。

聞こえる粘ついた音が口内からなのか、下肢からなのか、京一にはもう判らない。
鼓膜まで犯されているような気がする。



秘部から指が抜かれて、京一は物寂しさに襲われる。
男としてのプライドだとか、矜持だとか、理性だとかは、もう随分遠くに置き去りにしてしまった。

無意識に腰が揺れて、甘えるような声で龍麻を呼んだ。






「京一、可愛い。ちょっとトんでる?」
「っは……龍麻ァ……」






問答など不可能な状態の京一に、龍麻はにっこりと笑みを浮かべた。

手早く自身の雄を取り出せば、それも硬く張り詰めている。
秘孔に宛がうと、互いの呼吸が整うのも待たずに、龍麻は腰を推し進めた。







「あ、ぅ………!」







痛みと、圧迫感と、異物感と―――――それを上回る快感と、充足感。

このまま、それらに全てを持っていかれそうな気がした。
それも良い、と常識もモラルも放り出した頭がぼんやりと考える。












その時、倉庫の扉の開く音がし、暗い空間に光が差し込んだ。











瞠目した京一が、視線だけで、体育館と繋がる出入り口を見遣る。


目の前には、積み上げられた跳び箱と、ボールの入ったカーゴ、折り畳まれたテーブル。
向こうにも、バレー用のネットや、ロープなどが散らばっていた。

そのずっと先、沢山の障害物に遮られた方向から、明らかな人工灯が暗い倉庫内を照らしている。
がやがやと沢山の生徒の掛け声や話し声、体育教師の怒鳴る声、シューズが擦れる音。
倉庫と体育館とを繋ぐ扉が開け放たれている事は、考えなくても明らかな事だった。




そうだ。
今は授業中だ。
そして此処は体育倉庫だ。

いつ何時、誰かがボール等の用具を取りに入ってきても可笑しくない。


一気に血の気が引いて、京一は覆い被さる龍麻を押し退けようとした。
しかし腕を捕まれ、一纏めにされて片腕一つでマットに縫い付けられる。






「―――――ッ」






龍麻、と名を呼ぼうとした口は、龍麻のもう片方の手によって塞がれた。







(見付かるよ)






静かに、と龍麻の目が言う。



見付かりたくない。
こんな所、誰かに見られるなんて御免だった。

でも、だからと言ってこのまま此処でじっとなんてしていられない。


龍麻が行為を止めてくれればそれで済む(途中止めは確かに辛いが)。
見付かったとしても京一のサボリはよく知られているし、それに龍麻が一緒になるのも公然となっている。
だから、行為さえ終われば、体育の授業の後にそのまま此処で寝ていた、という事で片付くのだ。



――――――しかし、龍麻は未だ京一に侵入したまま。







(声、出しちゃ駄目だよ)







耳元で龍麻が囁いた。

言われなくても――――と思って、直後、京一は先刻以上に目を見開いた。




龍麻の雄が、京一の内部を突き上げたのである。







「―――ッ、……ぅッ……ん……!」
(ほら、聞こえるから我慢して)
「…ッ、ッ…! ―――ッ……!」







龍麻は、京一の躯を知り尽くしていた。
京一が何処を刺激されれば反応するのか、京一以上に。
この躯を開発したのは龍麻なのだから。


的確に弱い部分を突かれて、京一は喉の奥からあらぬ声が漏れそうになるのに気付いていた。
それを妨げているのは、まだ辛うじて残っていたらしい理性と、口を塞ぐ龍麻の手。
呼吸ごと邪魔をしているから息苦しさはあるけれど、見付かるよりはずっと良い。

しかし、気を抜けば声が大になって漏れてしまいそうだった。




用具を探す生徒の足音が、気配が近い。
頼むから覗くな、と京一は祈りか願いにも似た気持ちで硬く目を閉じる。


現実から逃れようとするかのように目を閉じた京一に、龍麻は満足感を得ていた。







(京一、あのね)
「………ッ……!?」






最奥を突かれて、京一の躯が一つ大きく跳ねた。

この状況で語りかける龍麻に、京一は眉根を顰めて目を開ける。
間近に迫った龍麻の顔が何処か空恐ろしくて、京一は知らぬ間に戦慄した。
それによって秘孔が締まり、埋め込まれた雄を締め付け、京一は唸る。






(さっきの授業の時に)
「んッ……ぅ…ん……ん……!」
(僕にボール当てたよね)
「ふっぅ……!!」






ある一点を突かれて、龍麻の指の隙間から京一の吐息が漏れる。
用具を探す生徒達の気配は、まだ変わらずに其処にある。

構わず、龍麻は京一の前立腺を突き続けた。






(あれ、結構痛かったんだ)
「ぅ、ふッ……! んぅ…!」
(なのに京一ってば、楽しそうにしてさ)






囁かれる龍麻の言葉に、当たり前だろう、と京一は思った。


体育の授業は後半から殆ど自習状態になって、龍麻と京一はドッジボールに参加した。
別チームになった事に残念と思いつつも、絶対に勝ってやろうと互いが思った。

お互いのチームメンバーが残り僅かになった時、京一の投げたボールが龍麻に当たった。
恐らく最難関であろう龍麻を外野に押しやった京一は、チームメイトからの賛辞もあり、得意げに笑って見せた。
―――――龍麻の不機嫌がその瞬間から始まっていたとは、露知らず。




つまり、アレか。
こんなとこでいきなり始めやがったのは、仕返しか。

…………ふざけんな!!




導き出された答えに怒りを覚えるも、躯は既に龍麻の意のまま。
貫かれた秘孔は物欲しげに伸縮し、助けを求めるように目の前の男に縋りつく。







「んッ、んんッ…! っふ、ぅん……!」
(京一、凄く締まってる)
「んーッ………!」
(見付かるかも知れないのに、興奮してる?)







緩く首を横に振るが、説得力はない。
見付かるかも知れない緊張は、いつしかスリルに変わり、若い躯を更に興奮させていた。




生徒達の足音と気配が遠退いて、扉の閉まる音がする。
再び暗くなった倉庫内は、シンと静まり返っていた。

その静寂の中、隙間から零れる京一の艶の篭った呼吸だけが、二人の鼓膜に届く。
思いの外響いて聞こえる自身の呼吸に、まさか聞こえてねェよな、と京一は思う。


だが、思案は長くは続かない。


京一の口を押さえていた龍麻の手が離れ、同時に深く穿たれる。








「ひっあ…!」







見付かる危険性が去った、僅かな安堵感と言う隙。
堪える事を忘れた嬌声が上がり、暗い倉庫内に反響した。


龍麻の腰が大きくグラインドし、京一の内部を更に突く。
入り口まで引き抜くかと思えば、最奥を突き、また退かれる。

散々呼吸ごと妨げられた声は、戒めから解かれ、反動を受けたかのようにひっきりなしに喉の奥から漏れた。






「あ、う、んんッ! 龍、麻ッ…! ふぁッ、あ…!」
「ドキドキした?」
「ば、かやろッ……んぁッ!」






悪戯っぽく訊ねる龍麻に、京一はせめてもの意趣返しに悪態を吐く。
体操服の上から、龍麻の背中に、目一杯爪を立てて。

背中を走った痛みに龍麻が一瞬顔を顰めたのを見て、京一はざまあみろとニィと笑って龍麻を見上げる。



それは体内を突き上げる熱によって、直ぐに失われてしまって。
散々揺さぶられて、前後不覚になるまで然程の時間はかからなかった。


だから、幸いだったのかも知れない。











「――――――結局、理由なんてなんでもいいんだけどね」











あられもない声を上げる自分を見下ろして呟いた、親友の台詞が聞こえなかった事は。


















ぶっ通しでエロ書いてみました。
前回のお初話が全く色っぽくなかったので、今回は色気重視で。

……京一が結構鳴いてる上に、龍麻は初っ端から黒仕様になりました。


ぶっちゃけ、体操服と体育倉庫に萌えただけです(爆)。
動き回っていい汗かいてる京一を想像して、私がムラッと来ただけです(滅)。

STATUS : Enchanting 7













――――――だって君がいないと、始まらないだろう
























【STATUS : Enchanting 7】



























ふゥ……と異口同音に判り易い溜め息を吐いたのは、オカマバー“ごっくんクラブ”の従業員達である。



営業時間にはまだまだ余裕のある午後4時半、開店準備も終えた従業員達は、只管暇を持て余していた。
大抵この時間は各々お喋りなり、ちょっとキャッチをしてみるなりと、それぞれ行動しているものらしいが、
此処二日間ほど、ごっくんクラブではこのような光景が見られるようになっていた。

その大きな要因としては、彼女達のお気に入りの少年が、今週未だ一度も顔を見せていないからだ。



少年が最も長く付き合いがあるらしい此処に、彼は頻繁に訪れていた。
理由は誰も聞かないが、家に帰る事を良しとしていない彼は、食事をしたり寝泊りしたりと、此処の世話になっていた。
“歌舞伎町の用心棒”として顔の広い彼の事、此処意外にも行く場所は幾らでもあるのだが、
やはり長年の付き合いであるこのクラブが最も居心地が良いらしく、三日に一度は顔を見せてくれていた。

それが今日で一週間、彼は未だ此処にやって来る気配がない。


少年が何処で何をしようと、それは少年の自由。
誰も過去のことなど詮索しないのが暗黙の了解であるこの空間で、何処で何をしているか、聞くのは野暮な話だ。
増して彼は一介の高校生であり、日中は学生生活、それ以外は至ってフリーの身。

だがやはり顔を出してくれないとなると、彼が来るのを楽しみにしている従業員一同は、溜め息も出ようというものであった。





それを眺めているのは、十日程前からこのクラブに住み込ませて貰っている、八剣右近。







(―――――ふぅん………)







窓の外を見ては、少年の来訪を待ち侘びる従業員達。
なんともいじらしい面々を眺めつつ、八剣は口角を上げる。







(随分、好かれてるんだねぇ)







少年の噂は幾らでも聞いた八剣だったが、此処までとは思っていなかった。

性根は曲がっていないのだろうが、一見して彼の良さを理解できるものは少ないだろう。
世辞も何も言うまでもなく、彼は口は悪いし、あの年頃特有の生意気さがある。


だが、此処にいた時の彼を、八剣はほんの僅かしか見ていないけれど――――確かに、彼は愛されていた。







(しかし………)






一週間前に見た時の、あの時の店の華やかさを思い出す。
店の内装は何も変わっていないのだが、あの時に比べ、今は随分寂れてしまった雰囲気だ。
三日前はまだ幾らか遜色なかったように思うのだが、たった二日でこうまで変わってしまうとは、八剣も意外だった。

それほどまでに、あの少年の来訪は、此処に居場所を持つ人々にとって渇望して止まないものだったのだ。
頻度としては三日に一度の割合でやって来るのを、彼女達は今日か明日かといつも待ち侘びていた。


それが今日になって一週間、彼の足は遠退いたまま、やって来る気配はない。
流石に仕事にその影響は見せないが、ふとした瞬間に持て余す時間が、今は無性に寂しく堪えるようだ。









(これは、俺の所為なのかな?)








また溜め息を漏らす従業員の面々を眺めながら、八剣は思う。


彼の足を此処から遠退かせた要因を探すとしたら、間違いなく、八剣自身だ。
ごっくんクラブの中で変わった事と言ったら、それ位の事。

そして、一週間前の己の言動を、八剣はきちんと覚えている。







(よっぽど嫌われたかな)







彼が八剣の言葉を何処まで本気で受け止めたか、八剣には判然としない。
世間一般で普通に育った若者であれば、それは普通の反応だろう。
彼はオカマバーと言う一種特異な場所へ現れる事は多くても、中身は至って普通の高校三年生なのだ。

…………男に告白なんてされて、真摯に対応する訳がない。


更に言えば、彼が最後に此処に泊まった日、散々構い倒したのが悪かったのだろう。
先の八剣の言動と相俟って、彼は一晩中警戒して、全く眠ることがなかった。
眠ったら何をされるか判らないと思っていたのだろう――――実際、それは彼にとって正解だった。
夜が明けても彼は警戒を解かず、学校に行く時は脇目も振らずに猛ダッシュして行った。
いつもなら見送りのアンジやビッグママには、照れ臭そうに手を振るらしいのだが、それさえもせずに。



健全な高校生男子には、少々刺激が強過ぎたか。
あれでも控えていた方だったんだけど、意外と純情なのかな、等と思う八剣である。





それならば。
彼女達が待ち侘びる少年を遠ざけてしまったのは、世話になっている以上、やはり多少は申し訳なくも思う。


第一、八剣が此処に来たのは―――――他でもない、彼に逢う為なのだから。














ならば、迎えに行くとしようか。













































放課後のチャイムが空に響く。
がやがやと、生徒達は皆帰宅の準備をしていた。

そんな中で、






「京一、今日も泊まるよね?」
「あ? ああ、そうだな」







先日、遠野から聞かされた噂について気にする事なく、京一は龍麻の問いに頷いた。
それに嬉しそうに笑う龍麻に、京一は気恥ずかしさを覚えて頭を掻く。

何をそれしきの事で、と思う気持ちはあるが、こんな事でも喜ばれるなら悪い気はしない。



会話を聞いた小蒔が、ひょいっと二人の間に割り込んできた。






「本当に仲が良いねェ、お二人さん」
「ンだよ、その含みのある言い方は……」
「別に。ただ、噂は知らないのかと思ってさ」
「それなら、この間遠野さんから聞いたよ」






龍麻の言葉に、小蒔がそうなの? と瞠目した。







「あんな事になってて、気にならないの? 緋勇君は」
「じゃあ桜井さんは美里さんと仲が良いけど、ああいう噂を気にする?」







逆に質問を返されて、小蒔はきょとんとして、後ろの葵を見遣る。
会話が聞こえていなかった葵は、こちらも不思議そうにして小蒔を見つめ返した。

しばし考えた後、小蒔は首を横に振る。







「噂なんて、ただの噂だしねェ……」
「ね?」







一緒にいるのは仲が良いから、ごく普通の事であって。
仲が良いのは一緒にいるのが居心地が良いから、別になんの不自然もある事ではなく。
念押しするように笑う龍麻に、小蒔も納得した。







「しかし、京一……お前の方は本当に気にしていないのか?」







中学生の頃から付き合いのある醍醐だ。
京一の性質は理解しているもので、普段の彼なら「ふざけんな!」と怒りそうなものだと思ったのだろう。

問い掛けられて、京一はがしがしと後頭部を掻く。







「…気にならねェって訳じゃないが…気にしたからって、どうなるもんでもなァ」







人の口に戸は立てられない。
既に学校中で噂になっているなら、京一一人が怒った所で、容易く沈静化する事はないだろう。
龍麻との付き合い方を変えるつもりはないし、そんな噂を一々気にするほど神経質でもない。
噂の中身には色々突っ込みどころはあるが、龍麻が気にしないと言うなら、それに倣う事にした京一であった。

家に泊まりに行くのも前々からあった事で、揃って授業をサボるのも買い食いも、龍麻が転校してきた当初からずっと同じ。
今更態度を変える方が可笑しいだろう。


噂を聞いて最初は泊まりに行くのも控えようかと思ったが、一晩立てばもう開き直った。
だからなんだ、別に何をしている訳でもないし、後ろめたい事なんて何一つ無いのだからと。
大体、学校中で広まった噂が、京一が龍麻への態度一つ変えた所で収まる訳でもないのだ。



京一が龍麻の家に泊まることで再燃したという、この噂。
どうせこのまま、何も変化がなければ、また消えて行くだけに決まっている。







「でも、そういう噂は仲が良いからなのよね。そう思えば、大した事でもないんじゃないかしら」
「そうだよねぇ……周りが勝手に肥大化させてるだけだもんね」







葵の言葉に、小蒔が頷いた。

そんなものかと呟く醍醐に、京一がニヤリと口角を上げ、







「お前もそんな噂が流れる位になってみろよ、醍醐」
「なッ…な、なんの話だッ!」
「なんのってそりゃーなァ?」







クツクツ笑いながら、京一が小蒔に目を向ける。
にやにやとした京一の笑い方が癪に障ったのだろう、小蒔の表情が険しくなった。






「なんだよ、なんの話?」
「い、いえ、なんでもないです桜井さんッ!」
「? なんで醍醐君が謝るの?」






睨んだのは京一に対してなのに、醍醐に謝られて、小蒔はきょとんとして首を傾げる。
京一はさっさと二人の会話から退散し、龍麻の方へと収まっていた。

醍醐と小蒔の上滑り気味の会話を耳にしつつ、龍麻と京一はグラウンドに出た。






「ったく、鈍いんだからよ、アイツも……」
「京一ほどじゃないと思うよ」
「あ? なんでオレだよ?」






龍麻の言葉の意味が判らず、京一は顔を顰めた。
意味を問おうとしても龍麻はいつもの笑顔で、なんだかタイミングを外された京一だ。
問い掛けたところで、「僕何か言った?」と返されそうな気がする。
コイツのこの笑顔はずるくないか、と思うのはこんな時だった。


結局その言葉の真意を問う事無く、京一は龍麻と伴って校門へと足を向けさせた。




―――――と、その校門の方が俄かに騒がしいことに気付き、龍麻と揃って足を止める。
追いついてきた葵、小蒔、醍醐もその後ろで立ち止まり、顔を見合わせている。





生徒達の流れは校門の向こうへと進んでいるが、その足取りは少々留まり気味だった。
女子が黄色い声を上げているから、何処か他校の男子でもいるのだろうか。







「なんだろう……」
「…さァな。野郎じゃ、俺達にゃ関係ねェよ」







言って、京一はまた歩き出す。


諸々の事情のお陰で他校の生徒に知り合いは多いけれど、彼等とは電話やメールで遣り取りしている。
いきなり学校に現れる、なんて事は早々ないだろう。



龍麻もそれに続いて歩き出し、そうなれば後ろの三人も並んでくる。

都内でも特に有名な真神学園。
何某かの用事で部外者が出入りする事も少なくないのだ。
校門周辺が騒がしいからと言って、今更気にする事でもない。





筈、だったのだけど。









「あら? あの人………」
「………あれ?」
「……ん……?」










校門に寄りかかる人物の陰影に見覚えがあって、一同はまた立ち止まった。





夕暮れが訪れるのが早くなってきたこの時期。
大きな校門が落とす影も色濃いもので、其処に立つ人物の横顔は、はっきりとは見えなかった。
けれども身にまとう紅梅色や緋色は遜色する事無く、何よりもその人物の場違いな格好が浮き出て見えて。


邂逅はただの一度きりで、それ程長い時間、その人物の成り立ちを確認した者は少ないだろう。
だがそれでも、印象を残すには十分過ぎた、そのパーツ。







「京一、あの人って」







見覚えのあるその人物について、傍らの相棒に声をかけようとして、龍麻は気付いた。
顔面蒼白になっている京一に。

どうしたの、と問う前に、校門に立つ人物が動いた。



校門の大きな影から、陽の当たる場所に出たその人の姿形が、今度ははっきりと映し出される。

紅梅色の着物に、緋色の八掛、足元は草履。
現代の高等学校には酷く不似合いな出で立ちを、その当人はまるで気にしていない。
いや、自分自身が今この瞬間、無駄に目立っている事さえどうでも良いのだ。


その人物―――――八剣右近の視線は、ただ一点に向けられていて。














「迎えに来たよ、京ちゃん」

















にこやかな、実にフレンドリーさを装っての言葉に、京一は一瞬気が遠くなった。



















逃げられるのなら、追い駆けます。そして逃げ道塞ぎます。