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表と裏が激しい、と言うのか。
オンオフの差、と言うのか。
どっちにしても、ギャップがある。
“歌舞伎町の用心棒”として名の知られた人物は、その実、まだ高校三年生の歳なのである。
幾ら腕っ節を買われ、歌舞伎町のならず者から恐れ戦かれていようと、その本分は学生だ。
そんな訳で、夏休みや冬休みなど、長期休暇になると、遊んでばかりもいられない訳で。
「アニキ……大丈夫っスか?」
一向に埋まらない問題集を前に、今にも頭が沸騰しそうな京一。
その隣で、敬愛するアニキの様子に、今にも心配で頭が破裂しそうな吾妻橋。
京一の勉強成績は、ハッキリ言って宜しくない。
授業をサボっている事だけが原因ではないだろう、居残り補習に呼び出される回数も半端ではない。
その度に詰まれた補習プリントは尋常ではない量で、いつも学友達の手を借りて、漸う片付いているのが現状。
そんな京一が一人で課題を片付けようとしても、口に出せば確実にブッ飛ばされるが、手が進む筈もないのである。
普通に授業を受けていれば習った筈の内容や、漢字の読みさえ、時に滅茶苦茶になってしまう程なのだから。
「~~~~~~っがぁぁああッ! くそッ!!」
煮詰まった末の噴火は、これで何回目だったか。
その都度吾妻橋が宥め、もう一回頑張りましょう、の繰り返し。
吾妻橋が教えられるものなら、もう少し捗るのだろうが、生憎。
アニキがアニキなら、舎弟も舎弟で、此方もやはり頭が宜しくない事を自覚している。
よって出来る事と言ったら、教えることではなく、一緒に答えの解き方を模索する事だった。
シャーペンを放り投げて、京一はソファの背凭れにどさっと背を落とす。
「判んねェッ!!」
いっそ気持ち良い程に潔い宣言。
が、それで赦される訳もない。
「でも京ちゃん、今週中に片付けるんでしょ?」
「そーだけどよ!」
アンジーの言葉に、京一は拗ねたように声をあげた。
畜生と呟く京一にアンジーは苦笑して、宥めるように両肩を叩く。
課題は一向に進まないのに、片付けたつもりのスケジュールが京一の頭にはもう出来上がっているらしい。
なんでも、剣道部の大会が近いらしく、万年幽霊部員でも、肩書きは一応部長なので、顔出しぐらいはしなければならないと言う。
顔を出せば必然的に後輩の指導やら、大会への打ち合わせもあって、勉強に長々と費やす時間はない。
大会後には真神メンバーとも遊ぶ予定があって、そうなれば課題なんて頭から抜け落ちるに決まっている。
時間のある内に片付けておかなければ、大会後に更に地獄が待っている事になる。
宥められて、京一はギリギリ歯を噛みながら、放り投げたシャーペンを拾う。
喧嘩の時とは違う渋面で、京一は再び紙面に向かった。
その時だ。
「アニキィ!」
「アニキ、助けてくれ~!」
駆け込んできたのは、吾妻橋以外の墨田四天王。
突然の事に京一と吾妻橋は眼を丸くする。
「なんでェ、お前等」
「どうしたァ?」
京一と吾妻橋からの問いに、キノコが店の入り口を指差す。
半開きになっている其方へ目を向けると、どう考えても物騒な雰囲気が漂ってくる。
――――――それに気付いた京一の顔が、変わる。
「てめェら、奥に引っ込んでな」
例えるなら、獲物を見つけた肉食獣。
鋭利に光る眼差しに、誰も逆らえる者などいない。
突き刺さるほどに鋭い眼と。
拗ねた子供のような目と。
そのどちらもに、心底惹かれているから、どうしたって離れられない。
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喧嘩や戦闘の時は半端なく格好良いのに、勉強事になるとからっきしの京ちゃん(笑)。
補習のシーンや、犬神に「ザマーミロ!」とか言ってるシーンが可愛い……
あの人と逢ってからは、まるで怒濤のような日々。
訳の判らない化け物は出てくるし、其処でそいつと対峙するあの人を見た。
ありゃあなんスかと聞けば、最初ははぐらかされていたが、粘って粘ってようやく話して貰えた。
その話にまた引っ繰り返る羽目になった。
だって目の前の人には不思議な《力》があって、その《力》を駆使して東京中にはびこる化け物を退治しているなんて。
普通に聞いてああそうですか頑張ってくださいなんて言葉が出てくる方が、はっきり言って可笑しい。
でも、冗談でそんな話をする人じゃないとも判っていたから、出来る事があるなら協力したいと思った。
最初こそ敵対関係(あの人がどんなに相手にしていなかったとしても!)だったが、今ではすっかり舎弟が板についた。
足に使われることだって、パシリにパンを買いに走らされる事だって、吾妻橋にとっては立派な仕事となっていた。
しかし、しかしだ。
譲れぬものはあるのだ、どうしても。
自分の死活問題であるから、尚更。
真神学園の屋上で、今日も今日とて昼食を賭けての丁半勝負。
京一が籠を持ち、サイコロを振って床に押し付ける。
「丁!」
「じゃあオレぁ半だな」
四天王代表として吾妻橋が唱えれば、京一は逆に賭ける事になる。
籠が持ち上げられて、二つのサイコロは5と6の目。
五六の半、京一の勝ちだ。
「あーッ!!」
「ほれ、其処の焼き蕎麦パン寄越しな」
コンクリートに転がって地団駄する吾妻橋に、無情にも京一の手が伸ばされる。
それは賭けの対象となっている昼食のパンの接収である。
間違っても、吾妻橋を起き上がらせる為に差し伸べられたものではない。
内容が可愛らしいものであろうと、賭けは賭け、そして負けは負けだ。
勝負の世界は無情なもので、勝者には至福を、敗者には絶望を運んでくる。
こうして毎回、食事を巻き上げられる。
しかし、今回は吾妻橋も引き下がれない事情があった。
「こいつだけは勘弁して下さいッ!」
「ああ? 舐めた事言ってんじゃねーよ」
「だってアニキ、これまで巻き上げられたら、俺ら昼飯なくなっちまいますよ!」
そう。
吾妻橋達が残している昼食は、この焼き蕎麦パン一個だけ。
これを取られてしまったら、空きっ腹を抱えて街を彷徨う事になる。
毎回遠慮なく巻き上げられているとは言え、今回だけはキツい。
何せ今朝から少々物騒事に巻き込まれて、今の今まで飲まず食わずなのだ。
大の男四人で一個の焼き蕎麦パンを分け合うなんて惨めだが、ないよりはずっと良い。
お願いしますと土下座する吾妻橋に、他の三人も続く。
「この負け分は、後日必ず!」
「頼みます!」
「後生ですから!」
「アニキィ~ッ!!」
コンクリートに頭を擦り付ける舎弟四人。
その勢いに、京一は若干引いていたが、頭を下げたままの四人はそれに気付けない。
飢餓と言うのは恐ろしい。
吾妻橋達は、相当切羽詰っていた。
パン一個を守るのに必死だ。
あまりにその必死さが全身×4で滲み出て来るものだから、流石の京一も同情する。
ついでに、そんなに腹が減ってるのなら昼飯賭けたりなんかすんじゃねーよ、とも思った。
京一はそう思っていたが、吾妻橋達にとって、この一時は一日の楽しみなのだ。
敬愛するアニキに(例えイカサマされる事があろうとも)相手をして貰えるのだから。
その為なら、どんなに巻き上げられようと、こうして賭けを挑む。
「………あーッ! 判った判った、ついでにツナサンド返してやっから、早く食え」
がしがしと頭を掻いて、京一は催促していた手を引っ込める。
その上に、前の勝負で取り上げたサンドイッチを放り投げて返した。
ポトリ、吾妻橋の頭の上にツナサンドが落ちて。
「「「「アニキィイィィ~~~~ッ!!!」」」」
「ぎゃあああッ抱き着くな―――――ッッ!!!!」
―――――元気だね、と呟く龍麻の声は、喧騒に埋もれて聞こえなかった。
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ええ、賭博のシーンが好きなんです。
悲鳴にも似た声は、鳴いているようにも、泣いているようにも聞こえて。
シーツを握り締める手は、少し力加減を間違えれば、爪がその皮膚を食い破りそうで。
それらが心配ではない訳ではないけれど、ギリギリの場所で矜持を保つ少年の気持ちも判らないでもない。
無理やり暴かれた感情から、逃げる余裕も向かい合う時間を持たせなかったのは、八剣の方だ。
これ以上の屈辱は御免だと歯を食いしばる事さえ、封じてしまっては彼から全てを奪う事になる。
「…っい……あ……!」
細身の体躯を抱き寄せて、深くまで自身を沈ませる。
触れ合った熱に、京一の身体が震えた。
今まで見ない振りをしてきたそれに、八剣は目を窄めると、京一の肢体を溶け合うほどに強く抱き締めた。
「大丈夫だから」
「ん、う……っひ……!」
シーツに顔を埋める京一に髪を撫でるように手櫛で梳く。
その手を拒絶しようとしたのだろう、京一の右手が浮きかけて、またシーツに戻った。
嘔吐を堪えているようにも見える。
縋るのを戒めているようにも見える。
どちらもが恐らく正解であり、京一はそれらを表に出すまいと必死になっている。
先刻暴かれたばかりに、これ以上の弱味を見せまいとして。
……一番最初に互いに見っとも無い姿を晒しているのだから、八剣は今更のようにも思うけれど。
「う、う……ぐ……ッ」
背を丸めて苦痛をやり過ごそうとする京一の頭を、また撫でた。
目尻に浮かんだ涙を舐め取ると、親からの愛撫を嫌がるような子供みたいな顔をする。
けれども、もうシーツを握る手が拒絶を示そうとする様子はなかった。
「ふッ……ぅあ……」
繋がりが深くなると、京一の左手が浮いた。
数瞬の間彷徨ったそれは、そろそろと八剣の肩を掴む。
小さく震えるその腕を自分の首に回して、八剣は京一の顔に自分のそれを近付ける。
以前はアルコールによって強引に剥がした仮面は、今は既になく、子供が泣き出す一歩手前の顔が其処にある。
本人は、きっと気付いていないだろうけど。
口付けた。
京一の意識がはっきりとしている今、初めて、正面から。
京一が驚いたように瞠目し、舌が逃げを打った。
追って捕らえれば、たどたどしくも答えてくる。
そうしている間にも、細い躯はまた震えて。
「ん、ぅ…んん……」
「……いいよ、爪立てても」
「う……あ……」
囁いた瞬間、ガリ、と背中を尖ったものが引っ掻いた。
びり、としたものが背中を奔る。
今までにも何度か爪を立てられた事はあったけれど、今ほど痛くはなかった。
跡など残して、残されて堪るものかと、恐らく無意識に抑制が働いていたのだと思う。
それらから解放された今、其処にあるのは“独り”を恐れる子供の素直な感情で。
置いて行かれたくない。
独りになりたくない。
あの日の痛みを、もう二度と知りたくない。
だから置いて行かれる心配もしないように、独りでもいられるように、誰も此処には来させずに。
たった一人で歩いて行けば、誰かに置いて行かれる事もなくて、温もりに安寧する事もなくて。
守りたいものも、失いたくないものも持たなければ、失った瞬間は二度と来ない。
だけど、本当は、
「…………く、な………」
背中に精一杯爪を立てて、精一杯の跡を残して。
まるで鈎爪を打ち込むように。
「…………置いて……行く、な…………!!…」
遠い日の面影が消えなくて。
遠い日の痛みが消えなくて。
埋め合わせられるものを見つけるのが、また失うことへのカウントダウンのようで。
いつかの記憶を置き去りにして、気付かぬ内に自分の悲鳴に耳を塞いで。
ようやく引き摺り出された言葉は、本音と言うよりも、懇願に近い。
――――――言葉ではきっと信じられないだろうから、
君を縛る鎖ごと、抱き締める。
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………終わりました。
……救済できてる……?
お題が進むに連れて、どんどん京ちゃんが病んでしまってすみません……
此処までドシリアスになる予定じゃなかったんだけどなあι
父ちゃんや師匠の事まで引っ張り出しちゃった。
二人の事がトラウマになる位、父ちゃんと師匠が好きだったらいいなーとか思って…
一応、ラブENDです(殺風景ですけどッ!)。
幼年期の体験は、周囲や当人が思っている以上に心に残る。
物心つく以前のことでも、記憶になくとも感覚と感情は根付く。
「―――――そんなに怖い?」
八剣の言葉の意味が判らず、京一は眉根を寄せた。
主語のない突然の会話は、自分の相棒も時折して来るので、理解に時間を要するものの戸惑うことはない。
しかし、目の前の男がそれをしてくる理由が見当たらず、京一は首を捻った。
なんの話だと言外に問うように睨んでいると、八剣の眼が京一を捉えた。
「置いていかれるかも知れない事が、そんなに怖いかな」
京一の眼が見開かれる。
それを見て、ああ自覚はなかったんだと八剣は呟いた。
とっつき難い顔をして、他者の介入を自ら拒む。
反面、一度懐に入れた人間には、年相応の笑顔を見せる。
なのに、その奥底の一番柔らかい部分には、誰にも触れさせることはない。
自らでさえまるで忘却したかのように、仕舞い込んで蓋をする。
誰かにそれを見付かっても、取り出せないように何重にも鍵をして。
けれどもふとした瞬間に、その仕舞い込んだ感情の片鱗は顔を覗かせる。
会話と会話の僅かな隙間、伸ばした手が届く直前のほんの一瞬、またなと言って手を振った後の微かな静寂。
小さな小さな記憶と感情の欠片が、無自覚に表に表れる。
暴かないのが正解なのか、暴いて引きずり出して見せるのが正解なのか。
八剣には判らなかったが、今のままでいる事が正解であるとも思えない。
少なくとも、自分が見たいものを見る為には。
「調べたんだ」
「……何をだよ」
「色々。例えば、お父さんの事とか」
―――――――剣の師匠の事とかね。
瞬間、空気が凍った。
風を切る音がして、その直後には数センチ先に剣の切っ先。
道を示してくれる筈だった父。
力を得る為の指標を見せた師。
そのどちらもが、京一を置いていなくなった。
“置いて行かれた”過去に、京一は無自覚のまま心の一部を落としたままでいる。
其処は恐らく、京一にとって、絶対不可侵の領域だったのだろう。
過去の事を話したがらない京一の、一番奥に根強く残る記憶。
許可なくテリトリーに踏み込んだ人間は、須く京一にとって敵になる。
それでも、餓えて泣くのを見るよりも、落として来てしまった感情を、もう一度拾い集められるなら。
「防衛線を張ってるのかな」
「………」
「置いて行かれてもいいように」
「………るせェ」
覚悟があれば、想定していた出来事であれば。
起こりうる事態であったと思っていれば、喪失したと思う事はない。
手放した時の傷は浅くて済む。
気にしていないと思っていれば、気にされていないと思っても傷付かない。
愛していないと思っていれば、愛されていないと気付いても傷付かない。
失うものだと思っていれば、なくした時に、何も悲しむことなどない。
全ては傷付かない為の予防線。
過去の傷みと同じ傷み、それ以上の傷みを負わない為の、無自覚な予防線。
気にしてなんかいない。
気にしたら、気付きたくない事に気付いてしまうから。
愛してなんかいない。
愛したら、離れる時が怖いから。
どうせいずれば失うものだ。
失わないなんて、この世に一つもないんだから。
―――――――――置いて行かれたあの日のように。
「だから苦しいんだよ、京一」
子供が愛を望むのは当然で。
子供が失うことを恐れるのは必然で。
成長しても、それは同じ。
人は一人で生きることは出来るけれど、結局独りにはなれない。
誰かと一緒にいて、初めて“己”を知る事が出来る。
それを恐れて遠ざけていたら、いつか息が出来なくなる。
失って。
奪われて。
騙されて、傷付けられて。
キレイなくらいに透明な部分一つが、悲鳴を上げている事にすら気付けないほど傷付いて。
知らない部分を暴かれて、強気な瞳が僅かに揺れる。
自覚していない感情を、他人によって自覚させられる事は、酷く苦痛を伴うだろう。
覚悟をする暇を与えられていないから。
でも覚悟する日を待ち続けていたら、この子は一生気付かないかも知れない。
求めることも怯えることも、何も罪ではない事を。
「俺はお前を置いていかない」
その言葉に明確な保障なんてない。
言葉一つで何が変わる訳でもないだろう。
愛を囁いても、愛に怯える子供は、その愛を信じることが出来ない。
約束をしても、破られる恐怖を覚えた子供は、その約束を信じて良いのか判らない。
無数に絡まった重い鎖が、届けたい想いの邪魔をする。
それなら、その鎖ごと愛するから。
「だからおいで、京一」
俺ごとその鎖に絡め取ってしまっていいから、
どうか、この手を―――――――
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うちの八剣は、京ちゃんに対して何処までも寛容的ですね……
ひょっとすると龍麻よりも。
最初は八京でちょっとアヤシイ雰囲気の話にするつもりだったのになー。
何処から連作になって、挙句こんなドシリアスな展開になったんでしょう(滝汗)。
……この拍手、楽しんでる人いるんだろうか……
傷付けたい訳じゃなく。
出来るなら、真綿に包むように大事に大事にしてあげたい。
でも、あの子はそれを受け入れられる程に、温もりに慣れていないから。
声を上げずに泣いたりするから、抱き締める事も出来なくなる。
みっともない程、まるで赤子が親を求めるように泣くなら、大丈夫だよと囁いてあげる事も出来るかも知れないのに。
血の気を失うほどに強く強く掌を握り締めて、歯を食い縛る。
声を、悲鳴を、押し殺して、弱い自分を隠して押し込めて見ない振りをして。
気付かれたくないと望む彼のプライドを傷付けたくないから、自分も知らない振りをする。
そうして熱と痛みの所為にして漸く泣ける子供を、別の意味で傷付ける。
彼のプライドを踏み躙るような行為を繰り返しながら、傷付けたくないと願う。
矛盾しているそれはどちらも、彼の心中を尊重してのもの――――とは言い切っては、自分はただの偽善者だ。
彼の望むとおりに自分を演じて、自己満足に浸っている事になる。
違う。
そうじゃない。
けれど、こうする以外に今は判らない。
触れる度、まるで彼は吐き気を催しているようだった。
実際に吐いた事はなかったが、苦しげに喘ぐ様子は、艶よりも眉間の皺がよく目に付く。
でも、彼はそれも押し殺してしまう。
熱に浮かされて意識が飛びかける頃になって、彼は漸く、息をする。
生命が生きていく為に必要不可欠な呼吸を、その時になってやっと取り戻す。
悲鳴のような嬌声を上げて。
「あ、う……っは、……うぁ」
揺さぶられるままに声を上げて、瞳は宙を彷徨っている。
熱よりも、まるで痛みに酔っているように見えた。
快楽に笑むのではなく、痛みに安堵しているように。
「気持ち良い?」
「……あ、あ……ん、っは…」
問い掛けた言葉に、返事はない。
気持ち良いとも、常のように気持ち悪いとも言わず。
行為の前に、酒を飲んだ。
京一はアルコールに弱いとは言わないが、強くもない。
そのアルコールが、京一のストッパーの一つを外していた。
明日になれば何も覚えていないだろう。
酒に流されて行為に及んだ事以外は、恐らく、何も。
「…っふぁッ……や、熱……」
何か企みがあった訳ではない。
ただ、いつも苦しげに息をするから、ほんの少し助けになるものがあればと思った。
眉間の皺が少しぐらいは消えればいいと。
……ああ、やっぱりただの自己満足かも知れない。
だってそうしたのは、自分が彼のあの顔を見たくないからで。
この少年が真に何を望んでいるかなんて、結局、自分には判らない。
抱き寄せて、唇を己のそれで塞ぐ。
行為の最中に交わしたのは、これが初めてだった。
いつもは彼が寝入りかけた時にだけ、一方的に。
嫌がられるのも、無理に我慢して受け止められるのも、どちらも嫌で。
だから自分の気持ちも、京一の赦しも、誤魔化すように夢の縁に漂う彼に口付けた。
今なら同じだ。
明日になれば、京一はきっと覚えていない。
された事も、拒絶しなかった事も、苦しげな顔をしないままで受け入れたことも――――きっと覚えていない。
滑り込ませた舌に、たどたどしく絡みついて来るものがあった。
一瞬驚いて離れようとすると、いつの間にか肩を掴んでいた手がそれを阻む。
「ん……ん、ぅ……ふぁッ……」
どうしたの。
いつもはこんな事しないのに。
問い掛けても、返事はないだろう。
熱だけを追う京一に、八剣の声は届かない。
……現実に返してしまうのは虚しくて、届かなくて良いと思う。
思ったよりも長い時間口付けている事にようやく気付いて、解放する。
そして、見つけた雫に目を瞠る。
「………や、……る…、…ぎ…………」
それは、単なるアルコールの所為?
それとも、苦しかった所為?
………置いて行かれた子供のような泣き顔と、縋るように肩に立てられた爪と。
その理由を知る事が出来たら、君はもう、傷付かないようになれるのだろうか。
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この京ちゃんをどーやって泣かせようと思った結果、酒の力に頼りました。
さぁ八剣、此処からがお前の男の見せ所だぜ!(←雰囲気台無し)