例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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03 お気に入りに乱暴








座布団の上に鎮座ましますは、ぼろぼろで綿の零れた小さな人形。
その人形は、(自分ではどうなのだろうとは思うものの)八剣によく似せて作られていた。

……この八剣人形は、壬生が八剣の仔猫にと手作りされたものであるのだが。






「気に入らないのかな」






ぼろぼろの人形を手に取り、見下ろして溜息交じりに呟いた。



仔猫がこれで遊んでいる所を、八剣は見た事がない。
ないが、仕事から帰って来た時は大抵此処に鎮座していて、一日経つ毎に凄惨な…いや、無残な……いや、哀れな………――――――とにかく、そんな姿になって行くのである。

ちなみに、人形が鎮座している座布団は、普段八剣が使用しているものである。


八剣が部屋にいない以上、人形をこんな姿にしているのは、当然仔猫以外にいる訳がない。
拳武館の人間も、あまりこの部屋には出入りしないし、仔猫を拾ってきてからは尚更だ。
仔猫が警戒して仕方がないので、刺激を与えない為に、余程火急の用事でもない限り此処に来る事はなかった。

そう、そんな訳だから、人形がぼろぼろになって行くのは、やはり仔猫が突いているからであって。
中の綿が食み出て、時には腕が――たまに首が――もげてしまったりもする訳で。
あまりに酷い有様になる度、壬生に修復して貰うのだが、それもかなりの頻度になっていて。






(取り替えようか)






寂しがり屋で意地っ張りで、甘えるのが下手な仔猫。
腹が減っても飯の催促は滅多にしないし、暇だから構えと正面から言って来る事もない。
だから若しかしたら、この人形も気に入らなくて、遠巻きにこんなメッセージを伝えようとしているのかも知れない。

実際、これで遊んでいるのを見た事がない。
八剣の目の前で突かないのは、同じ姿形をした本人の前では流石に惨いと思っての事だろうか。




もう修復を頼む必要はないだろうと、人形をゴミ箱に捨てた。
小さくなった自分がゴミ箱にいると言うのは中々見ていて気持ちの良いものではない。
だから直ぐに目を逸らした。

気に入らない玩具で遊ばせるのも良くないだろうから、仕方がない。
毎回壬生に修復を頼むのも悪いし。


捨てた人形の代わりに、黒い猫の人形を座布団に置く。



カチャリと音がして、奥の寝室から仔猫――――京一が顔を覗かせた。






「ただいま、京ちゃん」
「………」






返事はなかったが、耳がぴくっと動いた。


とことこ此方に歩いて来たが、京一は八剣に届く一歩手前で立ち止まった。
いい子にしてたねと頭を撫でると、いやいやするように頭を振ったが、本気で嫌がる様子ではなかった。
手を離すと、京一は撫でられていた場所をかしかし掻いた。

それから、京一の視線が座布団へと向けられて、






「なんだ、それ」






見慣れぬ猫の人形に、京一が眉根を寄せた。






「新しい子だよ。前のは、あんまり好きじゃなかったみたいだからね」
「………ふーん」






ぷいっと京一はそっぽを向いて、猫の人形をもう見なかった。
八剣の前ではよくやる仕種だったので、八剣も特に気にしなかった。

ただ尻尾が垂れ下がって、耳がぺったり寝てしまっていたのは、少し気になっていたけれど。



























仕事を終えて部屋に戻る途中、壬生に呼び止められた。






「八剣」
「うん?」






普段無表情の感が強い同僚は、この時、ほんの少しであるが、楽しそうに見えた。
珍しいこともあるものだと、嬉しい事でもあったのかなァと考えていると。







「これを返しておく」







そう言って差し出されたのは、数日前、ゴミ箱に捨てた筈の人形。
あの日のぼろぼろの姿ではなく、綿もきちんと元通りになった姿で、其処に存在していた。



八剣は、これを壬生に渡した覚えがない。
ついでに言うなら、ゴミ箱に捨ててから見た覚えがなかった。

ゴミ箱に入れて、仔猫に新しい人形を見せた後、この人形の事はすっかり忘れていたと言って良い。
仔猫が新しい人形で遊ぶところは見ていないが、新しい人形の形は綺麗なままで、ああやっぱり前の人形は気に入らなかったのだなと思って、それきりだ。
ゴミ箱以降の人形の行き先など知らないが、それでも、捨てたものだとばかり思っていた。


それが何故、こうして今また手元に戻っているのか。






「……お前の飼い猫が持って来たよ」






受け取らない八剣の心情を推し量って、壬生が告げた。

京一は、人形を作ったのが壬生だと言う事も、直してくれるのも壬生であると言う事も知っている。
それでも、京一が人形を自分で壬生の下に持っていく事は今までなかった。


それを、八剣が捨てようとした今回に限って、八剣に黙って壬生に直して貰おうとするなんて。







「新しい人形はどうしたんだと聞いたら、こっちが良いと言っていた」







毎回ぼろぼろになるのは、八剣がいない間、ずっと持っているからで。
新しい人形が綺麗なままなのは、大事に使っているからじゃなくて、触っていないから。

でも素直じゃない子は、捨てちゃイヤだとも言えなくて。



………漏れた笑みは、ああ失敗だったかと言う意味もあって、嬉しい気持ちもあって。











そうだ、そうだ。
あの子は素直じゃないんだった。

素直じゃないけど、寂しがり屋の甘えん坊だ。





―――――危ない、危ない。

もう少しで、あの子の大事な宝物を取り上げてしまう所だった。













----------------------------------------
人形遊び……とか可愛いもんじゃないと思いますよ、猫だから(笑)。獣人設定だけど猫だから。
頭とか腕とか口に咥えて、ブチィッ!! とかね。多分そんな。

うちの壬生は結構世話好きなんだろーか。
ってかゲーム壬生の[手芸部]設定をこんな所で発揮させてますね、自分。
どんな顔して八剣似の人形作ってるんだろう……

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02 かまってほしいけど放っといて








ぺしぺし。
ぺしぺし。



足を叩くものがある。
それはかれこれ十分程続いていて。

なのに八剣がその正体へと目を向けると、途端、ぱたりと叩くのを止める。
そして再び自分のすべき事柄へ意識を向けると、またぺしぺしと叩き始める。

この繰り返しが延々続いているのである。




八剣の傍らには、座布団を抱えている仔猫―――――京一。

赤色の首輪につけられた鈴が、ちりんちりんと音を立てている。
先程ちらりと見た顔は、暇を持て余している状態で、且つそれを不服に思っているのがありありと現れていた。
頭の上の耳はぴくぴくと動いており、あちこち方向を変えつつも、基本的にそれも八剣の方向に向けられている。



猫とは気紛れな生き物だ。
この仔猫も同じである。

自分から触れるのは構わないが、相手から触られるのはお気に召さないらしい。
拾ってから二ヶ月以上が経った今も、仔猫は八剣に触られるのを良しとしない。
しかし、懐かれないなァと思っていたらそういう訳でもないようで、気侭に擦り寄ってきたり、布団の中に潜り込んできたり、実に気紛れな仔猫だ。


だが擦り寄ったりしてくる様子をじっと見つめていて、気づいた事が一つある。
この仔猫は、甘えてくるのが下手だと言う事だ。






ぺしぺし。
ぺしぺし。



また尻尾が八剣の足を叩いている。

何を言わんとしているのか、言いたいけど言えないのか、八剣は判っている。
判っているが、今は少々手が放せない状態にある。
だから、心を鬼にして―――大袈裟と言われようと、そんな心境なのである―――仔猫の要求から目を逸らす。


八剣のその態度は、当然のように京一のお気に召すものではなく、それ所か不機嫌を悪化させる。
足を叩く尻尾の勢いが強くなって来た。






「テレビ、見ていていいよ」






意地悪ではなく、気を紛らわせる為の好意の言葉だ。

が、仔猫はそうは受け取れなかったようで、ぺしん、と一度強く八剣の足を叩く。
続き様、ぼすっと八剣の後頭部にクッションがぶつけられた。


可愛いねェ。
そんな事を考えて、思わず笑みが漏れる八剣である。




手放す予定のなかった手元を空ける。






「京ちゃん」






振り返って呼びかけても、京一は返事をしなかった。
八剣に背中を向けて、テレビの電源を点けて、呼ばれたことも気付いていない風だ。

けれども、八剣が呼んだその一瞬、耳がピンッと直立して。






「疲れちゃった」
「あーそーかぃ」
「つれないね」
「けッ」






お前の都合なんか知ったことかと、京一は八剣を一瞥した。
さっきまで八剣の足を叩いていた尻尾は、もう同じ行動を繰り返そうとしなかった。

だけれど、真っ直ぐ伸びた尻尾の先は、ぴくぴく、ぴくぴく動いている。
瞬きがゆっくりになって、その奥の瞳は緩やかで。



小さな体をひょいと持ち上げてみると、珍しく京一は暴れなかった。
そのまま膝上に降ろしても逃げることなく、後ろから抱き込む腕も甘受した。

抱き締めたその体から、陽だまりの匂いがする。
耳がぴくぴく動いて、其処にキスをすると京一はそれも受け入れた。
大抵いやいやするように頭を振るのに、今日は随分機嫌がいい。



―――――いや、機嫌が良いのは少し違うか。








「癒してくれる?」
「……知らね。勝手にしてろよ」









素っ気無い台詞を言いながら、尻尾が甘えるように八剣の腕に擦りついた。













仕事なんて後回し。

だって、寂しがり屋の意地っ張りを宥める方が、何倍も大変なのだから。














----------------------------------------
多分、この後仕事なんて完全にほったらかしにして、後日拳武館のメンバーに怒られるんだと。
でも反省しないんじゃないかな、この人は(うちの八剣はマイペースの極み(爆))。


「遊べ」とか「構え」とか、仕事邪魔してまで言えない京一。
仕事してなくても、多分面と向かっては言わないです。
八剣が暇してる時に、今だったら……って感じで擦り寄って行くんだと思います。

でも八剣の方から手を出されると、びっくりして引っ掻いちゃう。
扱い困る子!

01 食べたいけど食べたくない









食事だよと、器に盛り付けて目の前に置かれた夕飯。
じっとそれを見つめながら、一向に食べる様子を見せない仔猫が一匹。







「いらないのかい? 京ちゃん」







食事を用意した男――――八剣が問うと、猫はぷいっとそっぽを向いた。





毛並みの綺麗なこの猫は、二ヶ月前に路地で蹲っているのを八剣が見つけて連れ帰った仔猫だ。
野良犬かカラスにでも襲われたのか、あちこち怪我をしていて、直ぐに医者に見せた。
幸い感染症などの心配はなく、治療も順調に進み、今ではすっかり回復した。

首には赤色の首輪と鈴がついていて、飼い猫であった事は判ったが、首輪につけられていただろう鑑札は、剥げてしまったのか、何処にも見当たらず、飼い主が誰かは判らなかった。
辛うじて首輪に消えかけた“京一”の文字が確認できたのが精々だった。


医者の見たところによると、八剣が見付けた時、仔猫はまだ生後二ヶ月頃で、捨て猫か迷い猫だろうと判断された。



最初に医者の下へ連れて行き、診断が終わった後。
医者が元の、若しくは新しい飼い主が見付かるまで預かろうかと言ったが、その時には八剣の情は既に仔猫に移っていた。
らしくないような気もしたが、それに気付いてしまえば、もう放っておく事は出来ない。

治療用のケージの中でじっと蹲り、辺りを警戒していた仔猫。
本来ならばまだ親元にいるであろう仔猫を、八剣は引き取ることにした。



―――――そして、今に至る。






「お腹空いてないのかな?」






問いかけてみるが、猫――――京一は返事をしない。
そっぽを向いたままで、此方をちらりとも見ない。

けれども尻尾はぴんと直立し、耳も此方を向いていて、八剣の様子を伺っているのが判る。




このまま八剣が此処にいると、京一は夕飯を食べない。
なんの維持を張っているのか知らないが、京一は毎日こんな調子だ。

八剣としては、二人一緒に食事が出来るようになりたいのだが、それが叶う日はまだ遠そうだ。


仕方なく、八剣は京一に背を向け、その場から離れる。
隣室への扉を開けて敷居を跨ぎ、扉が閉まる直前で止めて、向こう側の様子を見る。







京一は暫くじっとしていた。
が、くぅ、と腹が鳴る音がした後、夕飯に飛びつく。

そんなに腹が減っていたなら、我慢しないで食べれば良いのに。
毎回思う八剣だが、それを京一に言う事はしない。








育ち盛りに見合って、京一は食べるペースも速いし、仔猫にしては量も多い。
最初の頃は怪我の痛みもあってゆっくり食べていたが、それでも量は少なくなかったし、おかわりを催促したりもした。

今日もあっと言う間に皿は空になって行く。



その途中、








「……うめェ」








もごもごと粗食しながら京一が呟いた。
それは、ごくごく小さな声で。




皿が空っぽになると、京一は皿をテーブルに置いて、自分はもといた位置に戻る。



八剣がドアを開けても、京一は振り返らないし、耳も此方を向いていない。
完全に背中を向けた状態で、八剣など知らないとでも言うような様子だった。

だけれど、尻尾はぴんと立っていて。






「ああ、良かった。食べてくれたんだね」






八剣がそう言うと、おお、食べてやったぜ、と言うように京一が振り返り、






「いっつもマズイな、お前ェの飯」






その言葉に、そう、と呟けば、京一ははっきりと頷いてみせる。














でも、やっぱり尻尾はピンと直立したままだ。















----------------------------------------
獣人モノです。猫耳京ちゃん。チビっこ希望。
八剣×京一と行きたい所ですが、小さいので今は“&”で(いつか手出すのか!?)。


美味しいご飯が食べられるから嬉しいし、本当は早く食べたいんだけど、ガッつくのを見られるのが恥ずかしい。
でも気持ちは早く食べたくて、尻尾と耳が正直(笑)。

尻尾が直立している時(毛が逆立っていなければ)は、好意的な時です。

05 キスをする








繰り返される口付けは、最初はいつも、仔猫か仔犬が甘えてくるようなものから始まって。
段々と深くなって行って、気付いた時にはすっかり翻弄されている。


大人しい顔した奴程、キレた時には手がつけられない。
怖い顔した奴程、結構ビビリだったりする。

そんな話は幾らでも聞いてきたが、コイツのこれは本当にずるいだろうといつも思う。






「ん、ん……」






人がいなくなった教室の真ん中。
窓際に追いやられて交わされた口付けに、逃れる術などある訳もない。

何故って、相手が龍麻だから。


触れては離れて、離れては触れて。
次第に触れている時間の方が長くなって来て、侵入する深さも奥へ奥へと進んでくる。

逃れようとしたって此処は教室の端っこで、暴れようにも腕はきっちり押さえ込まれているものだから、にっちもさっちも行かないとはこんな時に思うんだろうなと、返って冷静になっている頭が関係ない事を考える。
けれども、そうして別の事をぼんやり考えていると、拗ねたか怒るかするように、咥内を嬲られるのだ。
……一秒の現実逃避ぐらいさせろと、よく思う。






「……っふ…はぁ…ん……」
「ん………」






大人しい顔して。
何も知らない顔して。
ウブそうな顔して。

コイツほど凶悪な奴は、絶対にいない。
何と比べた訳でもないが、京一はそう思わずにはいられない。



薄ら瞼を開いてみれば、真っ直ぐ見つめる強い瞳のその奥に、獰猛な色があって。
京一がそれに気付いた時には既に絡め取られてしまっていたから、もう逃げられない。




クラスメイトの何人が、龍麻のこんな顔を知っているだろう。
遠野だって絶対に知らない、京一はそう思う。
何故なら、自分以外の殆どの人間は、完全にフィルター越しに龍麻を見ているからだ。


ミステリアスな転校生、何を考えているのかよく判らない転校生。
女の子に優しくて、男にも分け隔てなくて、苺が好きで。
古武術が得意な、変わり者の男子高校生。

……それらは間違っていない、確かに間違っていないけれど。
もっと特筆されるべき事がある事を、皆知らない。






「…んはッ…も、苦し………ッ」
「だーめ」






離れた一瞬に、龍麻の肩を押して顔を遠くに押しやった。
けれども龍麻はけろりとした顔で、そんな事を言ってくる。






「まだするの」
「…あの、な……酸素…ッ…、マジ、死ぬッ…」
「それも駄目」






じゃあ息させろ。

言えなかった。
……塞がれたから。






「んんッ」






殴るか。
いっそ本当に殴るか。

生命の危険を察知した頭が、本気で物騒なことを考える。
太刀袋の中の木刀を握る右手に、力が篭る。
仕方がない、だって自分の命は大切だから。


けれど、頬に龍麻の手が添えられると、篭った力がまた緩んで。







「う……ん……」







なぁ、つくづく思うんだけど。
なんでそんなにキスしてェの。
何がそんなに面白いんだよ。

つーか男相手にベロチューとかよ。
未だに信じらんねェよ。


……うん、まぁ。
一番信じられねェのは、許しちまってるオレなんだけど。







「っは……はぁッ……」






京一の胸中の叫びなど、龍麻に聞こえる訳もなく。
けれども瞳の奥の光がなんだか楽しそうに明滅するから、実は判っててやってるんじゃないかとも思えて。

ああ、やっぱりこの親友の考えていることは判らない。



…だけど、もっと判らないのは、










「ね、もっとしよ」










…………悪い気がしない自分の頭の方だった。















----------------------------------------
押せ押せ龍麻は若干黒い(笑)。
京一たじたじです。

04 抱き締める









見つけた背中に、駆け寄った。
おはようと言って抱きつくと、京一は少し前のめりになって、それでも確り受け止めて振り返る。






「おめーなァ……」
「おはよう」
「……ああ」






呆れたように見てくる瞳を真っ直ぐ見返して、もう一度朝の挨拶をする。
すると京一は、言いたかっただろう言葉を飲み込んで、挨拶の返事をした。


赤信号に引っ掛かっていた京一は、其処から動かない。

勿論、行き先が同じ――――登校中である龍麻も、其処から動かなかった。
……京一の背中に抱きついたままで。






「離れろよ」
「いや」
「嫌じゃねーよ。いいから離れろ」
「いや」






ぴったりと密着している龍麻に、京一の眉間に皺が寄る。

この皺は直ぐに寄る。
半分は癖になっているのじゃないかと、龍麻は時々思う。
何かあれば直ぐに寄せられるのだ、此処の皺は。


今年の春に逢ったばかりなのに、どうしてだろうか。
龍麻は京一のその不機嫌な顔をすっかり見慣れたようになってしまった。






「暑苦しいだろ」
「平気だよ」
「オレが平気じゃねェんだよ」






うん。
本当は僕も平気じゃない。

龍麻はそう思ったが、口には出さなかった。



季節は夏。


空は所謂ピーカンと言う奴で、雲一つない空から降り注ぐ熱線は、地面に反射して更に空気中の熱を上げる。
ビルの乱立する都会の真ん中に吹き込む風は殆ど皆無に等しく、昼間ともなれば影もない。
コンビニに入ったら出たくない、そんな日々が続く今。

自分一人の熱だけでも持て余して、熱くて熱くて仕方がないのに、誰が好き好んで他者の熱に飛びつくものか。
人混みなんてもっての外、冷房の効いた電車に乗ったって満員だったら意味がない。


………熱線の所為で常温よりも熱くなった人肌なんて、極力遠慮願いたい。




でも。






「なんだってお前はオレに抱き付いて来やがんだよ」
「なんでかな」
「お前のことだろ! いや、ンなこたァどうでもいいから、とにかく離れろッ」
「いや」
「なんでだよ!? コラ、力入れんな、痛ェ!」
「京一、丈夫だから平気だよ」






離せ。
離れろ。

いや。
やだ。


信号待ちの横断歩道手前で、くっついてじゃれあう男子高校生が二人。
傍目に見てもむさ苦しい光景は、当人達にとってはもっとむさ苦しくて熱くて。

離れろ離れろと言う京一に、いやだと言いながら。
本当は僕も離れたいんだけどなァと、密着した箇所から熱くなる体温を感じて。
シャツの下は、もう汗でびっしょりだ。




こうなると判っていながら、何故こんな事をしているかなんて、










(だって体が動くんだ)

(京一、見つけたって思ったら)










それはどうしてかと言われたら、



大好きなんだから仕方がない。



………多分、それしか言えないんだ。














----------------------------------------
好き好き全開の龍麻と、なんだかんだで赦してる京一。
本気で嫌なら、多分殴ってでも離させると思う。