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「コーヒー牛乳でどうだ?」
「苺牛乳」
【Give-and-take】
自販機で苺牛乳が売られている事は少ない。
コーヒーやコーラは幾らでもあるのに。
だから買おうとするといつも決まった自販機の場所に行かなければならない。
それも時々品代わりで見かけなくなってしまうことがあるから、一番確実なのは最寄のコンビニ。
しかしコンビニで買うと大体大きめのパックになってしまうので、授業までに飲みきろうとすると少し辛い。
――――――そんな訳で、今日もいつもの自販機の前。
ガコン、と音がして、求めた品が落ちてくる。
京一がそれを取り上げると、ホラよ、と龍麻にそれを差し出した。
小さな苺牛乳のパックジュース。
「しっかし、お前も単純な奴だな」
「何が?」
ストローを紙パックジュースに突き刺しながら、京一の言葉に龍麻は顔を上げた。
京一は次は自分の分を、とポケットから小銭を漁り、投入口に落としていく。
チャリンチャリンとテンポ良い音がした。
「それ一個で納得するんだからよ」
「ケンカのこと?」
疑問系で言ってみれば、京一は反応しなかった。
出てきたコーラを手にとって蓋を開けている。
否定の言葉がなかったので、正解という事だろう。
あちこちで顔の広い親友が、信頼と同時に恨みを買っているのを、龍麻は最近になって知った。
最近も何も、付き合い始めてまだ一ヶ月とちょっとであるが。
歌舞伎町の用心棒と呼びなわされる京一は、伊達ではなく、強かった。
だからお礼参りだの、仕返しだの、決着をつけろだの――――…そんなものは屁でもない。
にも関わらず、龍麻はよく彼のケンカに付き合う。
それこそ、授業を途中で抜け出してでも。
龍麻が京一とつるむようになったのは、なんとなく、としか言いようがない。
最初に遠慮なく木刀を振われて、同じく此方も拳を突き出して、という出逢いからして強烈であったのだが、
その後一緒にいるのは、声をかけられて拒む理由がない事と、なんとなく居心地が良いから。
理屈ではない。
ただ本当に、一緒にいるのが楽しかった。
しかし、だからと言ってケンカに付き合うような義理はないのである、本来ならば。
いつからこうして、京一のケンカに首を突っ込むようになったのかは判らない。
気付いた時には当たり前のようになっていて、京一もそれを受け入れた。
時には、「面倒だからあっち連中片付けておいてくれねぇ?」と京一に任せられる。
そして龍麻は「いいよ、後で何かおごってね」という程度でさらりと受け止めた。
二人のこの間柄について、他によく会話をする友人達は、あまり良い顔をしなかった。
大抵責められるのは京一一人なのが、龍麻にとっては不思議だ。
何も知らない転校生を不良の道に引きずり込んだ、なんて言う者もいた程。
とんだ誤解だ。
好きで一緒にいるのだから。
京一も、それを赦してくれているから。
授業をサボタージュするのも、ケンカをするのも。
龍麻自身が、京一と一緒にいて楽しいから。
ちゅーっとストローから甘い液体が吸い上げられ、馴染んだ甘味が口内に広がる。
大好きなその味が嬉しくて、へにゃりと自分が笑っていることは自覚していた。
「そんなに美味いかァ? それ……」
「うん。京一も飲んでみる?」
「いらね」
にべもない一言で片付けて、京一は自分のコーラを煽った。
「甘いんだろ、それ」
「うん。京一は、甘いもの嫌い?」
「あんま好きじゃねェな」
京一の言葉に、そんな感じだよね、と龍麻は笑う。
顔で味覚が決まるなら、京一はどう見ても辛党だ。
更に言うなら、言葉も辛辣。
美里や桜井に対して、厳しい態度を隠しもしない。
ただし、ただの辛党ではない。
その奥にちゃんと深みがあって、意味がある。
それを理解するには一口目の辛味が強すぎるので、誤解されがちになってしまうのだけど。
おまけに京一自身が素直ではないので、龍麻はいつも苦笑を漏らすのだ。
コーラの中身が半分になった所で、京一はペットボトルの蓋を締めた。
それを見た龍麻は、いいなぁ、とぼんやり考える。
苺牛乳も、パックばかりじゃなくて、ペットボトルで売り出してくれたら良いのに。
そうしたらパックよりも沢山飲めるし、持ち歩きだって便利になる。
どうして苺牛乳はパックばっかりなのかなぁ、と、其処まで考えていた。
龍麻の脳内を見透かしていた訳ではないだろうが、丁度区切りがついた所で、タイミング良く京一が口を開く。
「で? 次の授業どうするよ」
「うーん……次ってなんだったっけ」
「数学。眠ィな」
「僕も眠い」
「お前、さっき寝てただろ」
「寝てなかったよ、ちゃんと起きてた」
「寝る一歩手前だったじゃねえか」
「だって眠いもん」
「そりゃオレだそうだがよ」
最近立て続けに起きている事件の調査と見回りで、二人だけでなく、美里達も寝不足だ。
ケンカ勃発前の授業中、龍麻が居眠りしていたのもそれが原因。
京一は起きてはいたが、ケンカ前に言ったとおり、フラストレーションが溜まっていたのは確かである。
「サボるか」
「何処で?」
一も二もない京一の言葉に、龍麻はごく自然に質問する。
いつもならば屋上が定位置になっているのだが、今日は雨が降っていた。
ケンカ前に止んではいたし、空も晴れているが、東の方角に薄い暗雲。
もう一雨来そうな予感だ。
空を仰いだ京一も同じ事を考えたらしい。
かと言って、やっぱり大人しく授業に出るか、とは言わない彼だ。
「校舎裏でも行くか」
あそこなら気持ち程度であるが、庇もある。
木々が植えられているので、それも大いに大歓迎。
強い日差しからでも、雨粒からでも、あれらは守ってくれる。
「じゃあ、ちょっと待って」
「あ?」
向かう先が決定して、すぐに足を向けた京一を、龍麻は少しだけ押し留めた。
律儀に振り返って待ってくれる親友に笑みをこぼし、龍麻はズボンのポケットを漁る。
小銭が指に当たって、取り出すと、チャリチャリと投入口に落とした。
その小銭を落とす反対の手には、報酬に貰った苺牛乳がある。
中身は既にほとんど残っていない。
ガタンと音がした。
取り出されたピンク色の紙パックに、京一は呆れた顔を浮かべ、
「まだソレ飲むのか」
「美味しいから」
「っトに好きだな……」
「京一だってラーメン一杯食べるじゃん」
行き付けのラーメン屋で替え玉をしていた京一を思い出して言う。
「そりゃ、美味いからな」
「一緒だよ」
美味いもの、好きな食べ物は幾ら食べたって飽きない。
笑んで言う龍麻に、京一はそれ以上言及しなかった。
じゃあ行くか、とコーラ片手に紫色の竹刀袋に入った木刀を肩に担いで歩き出す。
龍麻は空になった報酬の紙パックを備え付けのゴミ箱に落とした。
カタン、音がする。
隣に並んで、早速買ったばかりの紙パックのストローを包装から取り出す。
ぷつりと差込口にそれを差し、先ほどと同じように飲んだ。
甘い香りと味に、龍麻の顔が綻ぶ。
けれどその片隅で、龍麻は不思議な感覚を覚えていた。
「………?」
苺牛乳を飲みながら首を傾げた龍麻に、京一が眉を潜めた。
「どうした? 龍麻」
「……んー……」
「なんか変なモンでも入ってたか」
別に、何かが入っている訳ではない。
だったら、もっと大きなリアクションをしているだろう。
「……なんか」
「あ?」
「………味、違う……?」
「はァ??」
何を言い出すんだ、と京一が思いっきり顔を顰める。
なんでそんな事になるんだ、と言わんばかり。
いや、それについては龍麻の方が聞きたかった。
手の中に在るのは間違いなく、いつも飲んでいる紙パックの苺牛乳。
ついさっきだって同じものを飲んだばかりで、押したボタンは間違えていないし、パッケージだってそのまま。
何処からどう見ても、馴染んだ飲み物。
舌に馴染んだ味だって、間違いなくいつもの苺牛乳だ。
なのに、何故か。
「なんだァ? 業者の手違い……とかじゃねえよな」
「うーん……」
「傷んでるとかじゃねえか? ヤバいようなら止めとけよ」
「そうじゃないと思うんだけど」
見えないと判っていつつ、龍麻はストロー口から中を覗き込む。
京一は何やってんだ、という顔でそれを見ていた。
「そんなに考え込む位なら、キッパリ諦めて捨てろって」
「だって勿体無いよ」
「……ったく…ちょっと貸してみろ」
「あ」
ぱしっと京一の手が龍麻の手から紙パックを奪う。
京一がストローに口をつけて、少し飲む。
龍麻の手は彷徨ったまま、それを茫然とした風で眺めていた。
「うぇ、甘ったりィ。でも傷んでるとかじゃなさそうだな」
「………うん」
「つーか、いつも通りじゃねえか? 別に変な味なんてねェし」
まぁいつも飲んでる訳じゃないからよく知らねェけど、と。
呟いて、京一は彷徨っている龍麻の手に紙パックを押し付ける。
「あーあ、口ン中甘ェ……」
京一はもう興味を失ったらしく、くるりと背中を向けて歩き出す。
龍麻を置き去りにする形で。
龍麻は紙パックを持ったまましばらく棒立ちになっていたが、少し経ってから、自分の手の中の物を思い出す。
その時特に思うことがあった訳ではなく、ストローに口をつけてちゅーっと液体を吸い上げる。
口内に広がった甘い味は、先刻飲んだものとも、その前に飲んだものとも、何も変わりはなく。
また不思議に感じて、龍麻は僅かに瞠目した。
「おい龍麻、何やってんだ。行くぞ」
そうしている間に随分と距離が開いていた。
置いてけぼりにしている事に気付いた京一が、立ち止まって此方に振り返っていた。
その表情はいつもの仏頂面で、龍麻が毎日見ているもの。
手の中の紙パックも、自分を待っている親友も、いつもと何も変化はない。
空は蒼くはなく今日は曇っているけれど、日常風景の一つであるのは同じ。
佇む校舎も、教室から聞こえるささやかな喧騒も、グラウンドの賑やかな声も、いつもの事。
何も可笑しな所などなく、龍麻がこの学園に来てから、毎日見ている光景だった。
その光景の中に、自分がいて、京一がいる。
―――――毎日の風景。
京一が、其処にいる、風景。
(――――――ああ、そっか)
手の中の紙パックを落とさないように。
小走りで京一に追い着くと、京一は何をしてたんだか、という顔。
けれども言及はなく、くるり踵を返してまた歩き出した。
その隣を龍麻も歩く。
チャプンと音がして、重力に従った京一の手の中で、ペットボトルのコーラが揺れていた。
あれも、違う味がするのかな。
苺牛乳を飲みながら、龍麻はぼんやり考える。
答えはないし、きっと他人に問うた所で判らない。
自分の都合の良い味覚と、能認識の所為で感じたことなのだから。
大嫌いだった、牛乳。
大好きな、苺牛乳。
最初にこの味を教えてくれたのは、優しい義母(はは)。
そして、今、もう一度。
大好きだった甘い味が、もっともっと、好きになった。
一話のあの後、ちゃんと奢ってもらったのかなって。
“苺牛乳が好き”で“京一に貰った苺牛乳が好き”とか……妄想妄想。
京一にはなんのこっちゃです(笑)。