例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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迷い路











ああ、またそんなに傷付いて










性根は真っ直ぐな子なのに
今でもそれは変わらないのに




お前をそんなにしたのは私
そんなに辛い目に合わせたのは私
一人ぼっちにしてしまったのは私

輝いていた未来を真っ黒に塗り潰して
泣いていたのに抱き締めてやれなかったのは私



ただ我武者羅に歩いて
ただ我武者羅に強さを求めて

指標を失ってゆらゆらと彷徨いながら
泣くことさえもいつしか忘れて押し込めて
















…………お前が傷を負う度に、笑顔を失くしていくのをただ見ていた














































【迷い路】








































「ちっ、つまんねぇケンカ買っちまったぜ」









苛々とした所作で土を蹴る。

歯を折られた体躯の良い男が、それを見てぎくりと身を竦ませた。
左之助はそんな事など既に興味の範囲外で、くるりと背中を向ける。


その背中で翻る悪一文字。








……それを見つめる、男が一人。








誰の目にも留まる事もない、気付かれることもない。
男は何故自分がそうであるのか重々承知していて、こうして此処に存在する事自体が今は可笑しいのだと。
判ってはいるのだけれど、どうしても気になる事があって、消えることが出来なかった。


無念のうちに命を絶たれ、心残りがなかったなどと言える者は早々いないだろう。
目指した未来にも、残した者にも、皆それぞれに未練が募る。
斬り捨てられた悲しさや、寂しさも当然あった。

けれども、此処から先に逝けなかったのはもっと別の理由。



いつも後ろをついて来た子供がいた。
預けた刀を大事そうに抱えて、隊長、隊長、と繰り返し呼んでいた子供。

肉眼で最後に見た顔は、泣き出す一歩手前の不安げなものだった。
いつも朗らかに、真冬の空の下、雪の中でも向日葵のように笑っていたのに。
追い駆けようとする子供を残して、自分は彼の目の前から消え去った。


まだ指針が必要であった筈の子供を残して、逝った。
それが何よりも心残りでならない。




その子供は今、成長し、背も伸びて。
嘗ては小さかった手のひらも大きくなり、今では自分と大差ないだろう。

だが、触れて比べることは出来ない。
自分は彼に触れる事は出来ず、彼は自分が此処にいる事さえ見えない。
あの日から曇ったままの瞳は、傍で見守る存在に気付けない。









「………どいつもこいつも、つまんねぇ」









ぎらぎらと、物足りないと鋭い眼光。
募る苛立ちの捌け口を求める拳。

そうして拳を振り上げる度に、次の苛立ちが募り。
延々と続く悪循環は、ずっと子供の中で渦巻いて。


昔から打たれ強い子供は、一発二発の拳を喰らってもなんでもないような顔をするけれど。
だからと言って受けた傷の手当てをしないのは、見守る側としてもいただけない。
出来る事なら、苛立つ子供の頭を撫でて、傷付いた拳を休ませてあげたいのに。

自分に赦されたのは見守ることだけ。
それがこんな時は、余計に歯痒くて仕方がない。



一発を喰らった時に唇の端を切った。
漏れた一筋の血を指の腹で拭い、子供は足を止めずに歩き続ける。
誰もいない、待つ者などいない破落戸長屋に戻る為に。















































子供が酒を嗜むようになったのは、いつからだっただろう。
幼い頃は舌先の苦味だけで顔を顰めていたのに。

……いや、嗜むという上品なものではない。
周りの音を、形を、気配を自身の感覚神経から遮断させるかのように煽る。
父親が酒飲みであったと言うから、その遺伝か、子供もそれなりに酒に強かった。
そうして余計に飲む量は増え、酔い潰れる頃には空の徳利が部屋に散乱している。



ケンカで吐き出しきれなかった苛立ちを、酒で晴らす。
けれども、これも悪循環ばかり引き起こす。


人懐こい笑顔を時折浮かべながら、その実、誰一人として真実に近寄らせようとはしない。
誰にも関わらないように、誰にも何も求めないように、子供は一人で生きていく。

それがどれほど、己の神経を磨耗させているかも気付かずに。






やがてカラリと音がして、子供の持っていた猪口が床に転がった。
万年床の敷きっぱなしの蒲団の上ではなく、板床に座ったまま、子供は眠る。
片膝を立て、其処に腕を乗せて、俯いて。

横になれば良いのに、といつも思う。
そのままでは疲れなど幾らも取れぬだろうに……

覗き込んでみた顔は、ぎらぎらとした眼が隠れた分、幼く見える。
背も伸びて、言葉遣いも幼さをなくしてきたのに、寝顔だけは昔のまま。





……心のうちは、あの瞬間に立ち止まったまま――――――……





手を伸ばしてみても、やはり触れる事は出来ない。
抱き締めてもういいんだと囁けたら。
あの時触れてやることが出来なかった代わりに。











―――――――……左之助…………











名を呼んでみるけれど、届くことはない。
あの日、子供を置いて逝った日から。
どれだけ傍にいても、どれだけ近くにいても……もう届くことはない。



触れる事の出来ない身体に手を伸ばし。
気付くことのない子供を、腕の中に閉じ込めた。

そうしてみても、もう子供の温もりは感じられない。
あんなに何度も抱き締めたのに、あんなに何度も手を繋いだのに。
触れた場所から、いつも温もりが伝わって来たのに……


せめて夢の中だけでも、守ってやりたい。
現実から切り離された世界でだけでも、せめて。

この子が笑っていられるように。





薄い肩が揺れて、子供が小さく身動ぎした。












「………隊…長……………」











零れた呼ぶ声に応えることが出来たなら。
誰も知らない筈の涙を、拭ってやることが出来たなら。

どれも、今となっては叶わぬ願い。



あの日から立ち止まったまま。
我武者羅に歩き続けているようで、心は置き去りにしたまま。
背が伸びて、骨格が出来上がっても、心だけはあの日のまま。

矛盾した魂は、いつも独り。
もう二度と失う痛みを感じたくないから。


人の輪の中で、陽だまりのように笑うのが似合う子なのに。
今、この子が浮かべる笑みは、憎しみと嘲りから来るものばかり。
誇りを悪と斬り捨てた維新政府に、何も出来なかった自分自身に。



拳を振るいながら、本当に悲鳴をあげているのはその心。
あの日から、溢れ出す血流は止まらない。












――――――………左之助………―――――












笑っていて欲しいのに。
笑っていて欲しかったのに。

例え自分の未来が絶たれようと、この子が笑っていてくれたならと。
だからあの日あの時、この子を残して逝ったのに。




強いたのは、痛み。
裏切られる痛みと、失う痛み。

置いて行かれる、恐怖。





あの日から。
あの日から、ずっと。

ずっと一人で、彷徨い続けて。


指針を失った小舟は、いつになったら対岸に辿り着く事が出来るだろう。
濃霧に飲まれ、櫂を失い、声を上げることさえ出来なくなって。


救い上げてやれないのが、悔しくて。
それなのに傍を離れる事は出来なかった。

だからきっと、これは罰なのだろうと思う。
彷徨う子供の道標になる事も出来ず、夢の中でさえ語り合うことも出来ない。
ただ此処にいて、気付かぬ子供を見つめているしか出来ない。
触れる事さえ出来ないこれは………置いて逝ったことへの、罰なのだと。









―――――もういい、左之助……もういいから…………









夢の中だけでも、せめて今だけは。
束の間の幻でも良い、笑ってくれたら。
















――――――もう、泣くな――――――――――――























けれど零れ落ちるのは、




子供さえ知らぬ、悲涙。




















































「――――――拙者も判らぬ」












すぅと目を細めた剣客に、左之助は相変わらず真正面から挑んでいる。





伝説の人斬り抜刀斎。
何十人、何百人と斬り捨てた筈のその男は、左之助よりもずっと小柄な優男。



人気の牛鍋屋で出逢ったのは、ほんの偶然。
其処での騒ぎに左之助が居合わせたのも、彼等の下に湯飲みが飛んだのも、全くの偶然。

買い専門と自負する左之助が珍しく売る側に回ったのも、やはり全くの偶然で。


諸外国に比べればずっと狭い島国だけれど、それでも出会う人より出逢わぬ人の方が多い国。
東京と言う人のごった返した中で、この出会いは本当に、本当に単なる偶然に過ぎなかった。



だけれど、その言葉を聞いた時。
これは何某かの運命だろうかと、思ってしまった。











「性根は真っ直ぐな筈なのに………今のお主は、酷く歪んでしまっている」











苛立ちと、嘲りと。
周りのものにも、自分自身にも拳を突き立てて。
吐き出しても吐き出しても蓄積されていくばかりの、心の傷。

一番荒れていた時期に比べれば幾らか収まりはしていた子供だったけれど。
それでも、一人で彷徨い続けていたのは変わらなくて。
そんな彷徨う心のうちに誰も気付く事はなく、いつしか己自身でさえも忘れていた頃。


出逢った伝説の人斬りは、不殺の流浪人として子供の前に現れた。




彷徨い続けた子供の心に、誰よりも早く気付いて。
















「―――――――……何がお主をそのように歪ませたでござるか……?」
















己の悲鳴の声を気付かぬ振りをして。
ただ我武者羅に、何も振り返らずに突き進み。

守りたいものも、傍にいたい人も、何一つ作らずに。
心一つを置き去りにして、行き着く先も見えない迷い路を走り続けて。
示すものなど何もなく。


ただまっすぐ歩いていけば、まっすぐに背筋を伸ばしていれば、見えるはずのものさえも見ずに。





いつだってこの子は悲鳴を上げていたのに、誰もそれに気付けなくて。
自分は、ただ傍で見守ることしか出来なくて。

歯痒くて、泣きたくて――――…でも一番泣きたいのは、この子の筈。
この子の未来は潰すまいと、不安げな子供を抱きしめることもせずに置いて逝った。
彷徨い続ける子供の指標となる事を、自分はあの日、放棄してしまったから。


あの時、この子が何を願っていたのか一番判っていた筈なのに………
















あれから、十年。




立ち止まったままのこの子に、今一度。

背中を押して、今でも出来ることはあるのだと。
まだやらなければならない事は沢山あるのだと。


迷い路から抜け出すのは、今なんだと。







理屈で判るような子ではないから。
言葉一つで納得するフリさえ出来ない子だから。

気に入らないことがあれば手を出すし。
放って置けなかったら手を出すし。
……そんな、危なっかしい子だけれど。



それでも意志を継いで欲しくて、生きていて欲しいと思う子だから。







もう一度、笑って欲しいと願っているから。

































身勝手だとは思うけれど。

触れる事の出来ない自分の代わりに。





この迷い路から抜け出す指針を。


































長い……!
お盆と言うことで、隊長(幽霊)。

成仏し切らんでずっと左之助を見守ってるとか。
PR

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