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その目が他の誰も見ないように
その口が他の誰も呼ばないように
切り取ってあげようか
………偶像だけを、追い駆けていられるように
【夢-虚像-幻-偶像】
うとうと。
舟を漕ぎ始めた子供に気付いて、相楽は読んでいた本を閉じる。
左之助は、宵の口に敷いた蒲団の上ではなく、畳の上で座った姿勢のまま寝入りかけていた。
前日までの山越えに子供は何も言わず、弱音も吐かなかったが、やはり疲れたのだろうか。
あどけない横顔が行灯の揺らめく光に照らし出されている。
閉じた本を文机の上に置き、相楽は左之助に近寄った。
いつも爛々と輝く瞳は瞼の裏側に隠されて、今は相楽を映すこともしない。
「左之助」
呼びかけると、いつもきらきらとした透明な瞳が此方を向く。
けれど今日は意識も殆ど手放しているのだろう。
僅かに反応を返すことはしたものの、瞼が持ち上げられる事はなかった。
「左之助、眠るなら蒲団に入りなさい」
「……うー……」
愚図る子供のように唸る左之助に、相楽は笑みが零れる。
普段はあれだけ生意気にしてみせる癖に、こういう時は甘えたがりの左之助に。
揺すったところで目覚めるとは思えなかったので、相楽は小さな身体をそっと抱き上げる。
振動にまた左之助は身動ぎしたが、結局目を開けることはなく。
少しの間小さな手が彷徨い、相楽の胸元を掴むと、そのまますぅと寝息を立ててしまった。
意識があれば、飛び起きて謝り出すのだろう。
後ろをついて来るのは躊躇わないのに、こうして触れると途端に緊張するのだ。
それを見るのが面白くて、時折、無性に揶揄いたくなる時がある。
今も、ともすれば目を覚まし、跳ね起きて慌て出すのではないかと容易に想像が出来てしまう。
柔らかな蒲団の上に横たえた小さな身体から、腕を離す。
すると左之助は、暖を求めるかのように丸く蹲った。
「たい…ちょ……」
甘えたような声で呼ばれて、相楽は口角を上げる。
夢の世界にまで、この子供は自分を追い駆けているらしい。
そんなにも子供の世界は、相楽総三という人間の存在で染め上げられている。
そう思うと、無性に沸き上がってくる衝動がある。
「可愛いな、左之助」
手袋を嵌めたままで、柔らかな頬をそっと撫でる。
左之助は仔猫のように小さくむにゃむにゃと呟くと、その手に擦り寄った。
手を離そうとすれば、眠っている癖に判るのか、不満そうにむぅと言う声が漏れた。
だからその声を無碍にする事無く、もう一度触れてみると、また甘えてくる。
眠っている時でなければ、素直に甘えることが出来ないのだ、この子供は。
準隊士という立場もあって、相楽が命令だと言えば、左之助はぱたりと大人しくなり、
触れる手に動揺することこそあれど、遠慮するような行動を取る事はないだろう。
“命令”は左之助にとって素直になる為の口実の一つであり、相楽にとって左之助に好きに触れる為の口実。
そうでなければ左之助は恐れ多いだの、示しがつかないだの、そんな事ばかり言うから。
勿論、左之助がその“命令”に従う理由は、それだけではないのだろうけれど。
だから時々、相楽は、沸き上がる衝動を誤魔化せない瞬間がある。
「左之助……」
眠る子供の顔に、己の顔を近付ける。
幼い寝顔は安心しきって、傍らの存在を信頼しているのが感じられた。
勿論、それを裏切るつもりは、ないのだけれど。
「お前は、私を信じ過ぎだよ」
――――裏切るつもりはないし。
――――泣き顔が見たい訳でもない。
――――――けれど、どうしようもない程に壊してしまいたい瞬間が、ある。
此処にいるのが、聖人君子だとでも思っているのかい?
お前の傍にいる男が、お前が夢見た通りの男だと、そう思っているのかい?
追い駆けているのが、本当にお前の望む“隊長”であると、信じて疑ったことはないのかい?
眠る子供に問い掛けたとて―――増して音にしてもいない問い掛けに―――返事がある筈もない。
返事があったとして。
想像出来る答えは、たった一つしかなかった。
「………お前は本当に、可愛いよ」
真っ直ぐに背中を追い駆けてくる存在を、いつもそう思う。
あまりに愚直過ぎる子供を愛でるなと言われても、土台無理な話だ。
理想と現実の境界線を持たない子供は、本当に可愛い。
己が見ているのが真実であろうとなかろうと、この子供は、ただ真っ直ぐに後ろを追い駆けてくるだろう。
正面から見た時、相楽がどんな顔をしていたとしても、左之助はきつと目を逸らさない。
偶像を追い駆けていると、気付かない限り。
「た…いちょぉ……」
夢で追い駆けているのは、間違いなく左之助が無意識の内に作り上げた偶像の“隊長”。
現実の隊長は傍らで、昏い笑みを浮かべてその幼い肢体を見つめている。
寝惚けて伸ばされた手が、相楽の洋装を掴む。
けれども夢の中で左之助が掴んだものは、現実此処にいる相楽ではない。
左之助の頭の中だけに存在する、信じて止まない“隊長”。
――――――どうしたら、それを打ち壊せるだろう。
いや、きっとそんな事は永遠に不可能に違いない。
例えば、その唇を貪ったとて。
例えば、その耳に舌を這わしたとて。
例えば、その幼い四肢を組み敷き、全てを奪い尽くしたとて。
愚かにも理想と現実の境界を持たぬが故に、子供は偶像を崇め続ける事だろう。
そうして、誰かがこの異常性に気付いた時には既に遅く、侵食した色は最早元には戻るまい。
子供は、望んでその闇色に堕ちたに等しいのだから。
それでも、もし。
この子供を光の下に連れ戻そうとする者がいると言うのなら。
その前に。
「なぁ、左之助」
頬を撫でると、丁度眠りが浅くなっていたのだろうか。
うぅと小さく呻いた後で手が持ち上がり、柔らかな手が瞼を擦る。
その手を掴んで引き寄せると、寝起きで回らぬ頭で、左之助はぼんやりと相楽を見上げてきた。
「たい…ちょう……?」
水気を含んだ黒々とした眼。
其処に映り込んだのは、胡散臭い笑顔を浮かべた一人の男。
左之助が盲目的に慕う“隊長”の姿が其処にある。
「その目、抉り取ってしまおうか」
綺麗な綺麗な、穢れを知らないその目玉。
抉り取って、大事に大事に保管して。
穢れなど知らぬまま、永遠に。
光を其処に宿したままで。
永遠に望む世界だけを追い駆けていられるように。
ダークな隊長、怖ッ! でもこういうのも結構好きです。
普段ほのぼの書いてる事が多いので、その反動かな?
危険な香りの隊さの、如何です?