例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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幸せのかたち











出逢った時から、お前の一番は決まってた。









どう頑張ったって、オレはお前の一番にはなれなくて。
オレはそんなお前を好きになって。

お前はあの人ばかり追いかけて。
オレはそんなお前の隣にいて。
最初からずっとそうだったから、これから先もきっと。
ずっと変わらないまま、お前はあの人を追い駆けて、オレはお前の隣にいて。



オレはずっと、お前を隣で見ているだけで。








それは、時々酷く虚しくもなるけれど―――――――……



























【幸せのかたち】

























釣り糸を垂らして、四半刻。
案の定欠伸を漏らし始めた左之助に、克浩は苦笑を漏らす。






「なんだ左之助、もう飽きたのか?」
「……だってよぉ…じっとしてると退屈なんでェ」






動き回っている方が性に合っている左之助にとって、釣りは退屈なだけ。
魚が食いつけばそうも言ってられないが、この四半刻、釣り糸は川の流れに従順。
所々で魚が跳ねる水音はするのに、糸には一向に当たりが来ない。

このゆったりとした時間を克浩は意外と気に入っているのだが、
釣れない釣りになんの楽しみを見出せというのか、というのが左之助の言い分。





「仕方ないだろう、釣りなんだから」
「……そう言われてもよぉ……」
「だからお前は隊長と一緒に待っていれば良かったんだ」





左之助の性格が釣りに向いていないことなど、克浩も相楽隊長も、百も承知。
当たりが来るまで暇を持て余す釣りよりも、森の中で木の実でも食用の草木でも探している方が良い。
野兎を捕まえるのだって左之助は得意だから、釣りよりよっぽど彼にあっている。

しかし、季節は冬。
飛び回る野兎を見つけるのは容易な話ではなく、草木も眠る時期。
何より土地勘などない山の中を子供達だけで歩き回らせる訳には行かない、というのが隊長の言葉。
おまけに左之助は一つの事に夢中になってしまう為、兎を追い駆けて行方不明になり兼ねない。
其処まで言葉にすれば左之助は怒るので、誰も口には出さないが。


退屈そうに釣竿代わりの木の枝を揺らす左之助に、克浩はやっぱりこうなったか、と息を吐く。





「左之助、あまり竿を揺らすなよ。魚が逃げるだろ」
「……だから暇なんだって……」
「…もうオレ一人で釣るから、隊長のところに戻ってろよ」





左之助は克浩と同じ準隊士だが、隊長の刀持ちの役目を持っている。
それを左之助は随分と喜んでいて、その日以来、隊長にくっついて中々離れようとしない。
今日は何の気紛れか、食料調達を任された克浩に付き合っているが、いつもなら隊長の横にいる筈だ。

じっとしているのが苦手な癖に、隊長の傍にいる時はどんな瞬間よりも嬉しそうに笑う。
隊長と一緒なら、どんな事も苦にはならない、左之助はいつもそう言っている。

今もこの場に隊長が一緒にいて、同じように釣り糸を垂らしていたら、
会話がなくても、当たりがなくても、左之助はずっと嬉しそうにしているに違いない。






「うー………」





それが今日に限って、左之助は隊長の下に戻ろうとしなかった。
片手で揺らしていた釣竿を両手に持ち直し、石の上で膝を抱える。

左之助らしからぬ表情に、克浩は眉根を寄せた。






「なんだよ、隊長に怒られでもしたのか?」
「……んな事してねェよ」






いつだって左之助は隊長一番で、隊長が喜んでくれるならなんでもする。
それこそ多少の無茶は当然の事で、時折それは度を越してしまうことがある。
無謀な真似を仕出かした左之助が隊長にお叱りを受ける事は、克浩も時々一緒になっていたし、よく知っている。
だから、この左之助らしからぬ表情は、それによるものかと思ったのだが―――――返ってきたのは否定の言葉。

その返事を聞いてから、克浩も左之助の表情の微妙な違いに気付いた。
叱られた時はそれこそ地の底に沈むんじゃないかと思う勢いで凹むのだが、今日はそうではない。
落ち込んでいるとか、凹んでいるとか言うよりも、何か考え込んでいるような。




…………左之がこんなになるまで考え事なんて、珍しいな。




克浩がそう思ったのを知ったら、左之助は怒り出すこと間違いない。
オレだって考えごとぐらいすらぁ! と言って、同時に拳が飛んでくるのが容易に想像できてしまった。


想像するだけで頭を殴られたような気分になって、克浩は後頭部を擦る。
昨日も隊長の後ろをついて行くのがヒヨコみたいだと言って、思いっきり殴られたばかりだ。
隊長に止められていなかったら、後二、三発はやられていた気がする。
またああして隊長の一言に鶴の一声宜しく大人しくなるから、余計にヒヨコに見えるのだ。

……しかし、言葉より先に手が出るのはなんとかならないものか。
隊長にもよく注意されているだろうに、あればかりは生来の気質なのか。




ぴちょんと魚の跳ねる水音。
跳ねる暇があるなら、食いつけ。
そんな事を思いつつ、克浩は気紛れに釣り糸を手繰り寄せる。






「だったら、いつも通り、隊長と一緒にいればいいだろ?」
「……最近、鈴木さんとか、油川さんとなんか難しい話してっから」
「…………鈴木…油川…」
「お前な……二番隊と三番隊の隊長だよ、それぐらい覚えとけよ」






思い出せないという顔をする克浩に、左之助は呆れた顔で教えた。






「他の隊なんか、殆ど会わないじゃないか。別に覚えなくても困らない」
「じゃあ今覚えとけ。そう言えばお前、一番隊の人達の名前も半分も覚えてねェだろ」
「一番隊だけで100人近くいるんだぞ。お前は全員覚えてるのか?」
「……少なくとも、お前よりゃ覚えてる」





赤報隊に入ったのは、克浩よりも左之助の方が先だ。
ならば克浩よりも覚えていて当然。
だが、それを差し引いても、克浩が覚えている赤報隊の隊士の数は少ない。


克浩がよく話をする相手と言ったら、唯一同じ年頃の左之助と、相楽隊長ぐらいのもの。
左之助と違って人懐こい訳でもない克浩である。
隊士達も克浩のそんな気質をなんとなく感じるのか、可愛がるのは専ら左之助ばかりであった。
克浩は手先の器用さや、子供の割りに落ち着いている事は評価されているが、性格は暗い方だと自身でも自覚しているし、
大人達だって揶揄ったり可愛がったりするなら、打てば響く左之助の方がよっぽど良いだろう。

自然と克浩は決まった人物達以外と会話をする事は少なくなり、比例して人の顔を覚えることも減った。
もともと友達が少なかった克浩は、それを大して気にした事はない。



克浩は、左之助だけでも自分を知っていれば十分だった。
そして、敬愛する師である隊長が覚えていれば、それで良い。




克浩のそんな心中など知らない左之助は、また釣竿を揺らして溜め息を吐く。
それを見た克浩は、会話を元の路線に戻すことにした。







「それで、その人達と隊長が話をしているから如何なんだ? そんなの、お前はいつも見てたじゃないか」







隊長の刀持ちとなる以前から、以後は前よりも隊長の後ろをついて行く左之助の事。
自分の目の前で、隊長が隊士達と難しい話をしているのは何度も見てきただろう。
今更、左之助が気にするほどの事でもないと思うのだが。

克浩の視線に、言葉にならなかった部分を大方察したのだろう。
左之助は釣り糸を手繰り寄せると、ひょいっとまた川原に向かって投げた。






「……難しい話は、オレにはまだ判んねェ」
「オレだって判らないのに、お前に判るもんでもないだろ」
「一々ムカつく事言うな」
「判った判った」






睨み付ける瞳の光が、見慣れたぎらつきを帯びていて、克浩は少し安堵する。

克浩は釣り糸に餌のミミズを付け直し、また川に投げた。
それを一通りぼんやりと見送ってから、左之助は話を続ける。



維新政府の方針の事、これからの道程の事。
隣で控えている左之助に聞こえる話は、どれも難しくて、まだよく理解できない。
理解できた所で準隊士の自分は口を挟めないだろうから、それそのものは別段、気にした事はないのだ。

左之助がらしくない表情をするのは、そういう事ではなくて。
その時に感じる、溝のような、隙間のような。











「――――――隊長が他の大人達と難しい話してる時、なんか、すげェ遠い感じがする」












………あの人は。
改革の話や、作戦の話をする時以外、左之助や克浩と話をする時、しゃがんで目線を合わせてくれる。
他の隊士達の前では控えているが、自分達だけになった時、いつも子供達に合わせてくれた。
そして優しい笑みを浮かべて、頭を撫でてくれて、子供扱いだと判っていても、克浩も嬉しかった。
克浩が嬉しかったのだから、心酔し切っている左之助などは尚更だ。

いつも見上げてばかりの隊長を、その時だけは自分の目線で顔を合わせることが出来る。
隊長相手に恐れ多いとか、思わなくもないのだけれど、やはり子供心にそれは嬉しかったのだ。



けれども、あの人は“隊長”だ。

そして、自分達は準隊士。
二人合わせて、半人前にもならない。



あの人が“隊長”として立っている時、自分達はいつも見上げてばかり。
作戦の話をしている時は、割って入れる雰囲気ではなく、厳格な“一番隊隊長”の姿が其処にあった。

それは当たり前の話で、左之助だって、克浩よりも長くその姿を見てきた。
どんなに背伸びしても届かない、彼の人のいる高さ。




左之助は、ずっと彼の人を見上げていて。








「……別によォ、今に始まった事じゃねェし」
「そうだな」
「隊長は隊長だし、オレはただの準隊士だし」
「ああ」
「まだ、ガキだし」







釣竿を手元で弄る左之助の意識は、恐らく、殆ど此処には残っていまい。
頭の中にあるのは、いつも追い駆けている隊長の事で一杯。


そんな左之助を、克浩は誰よりも近くで見てきた。









「三木さんや、油川さん達みたいな役にゃ、立てねェ」









追い駆けても追い駆けても、隊長はいつも前を向いて進んでいく。
まだ子供でしかない自分達は、それを一所懸命追い駆けていくのが精一杯。
隣に並んでも、見上げないと彼の人の顔を見る事すら出来ない。

そんな子供が他の隊士達同様に、隊長の役に立てる事など滅多にない。
剣術は指南してもらっているけれど、敵襲となると大抵は奥に控えていろと言われてしまう。
左之助も克浩も、言われた通りに退いたことは少なく、隊長の傍らで必死に剣を振るうけれど、
それでも何度周りの大人達に救われたか判らない。

子供の自分達に出来ることなど、幾らもない。


隊長はそれについて、左之助や克浩に何事か言う事はない。
他の大人達も、それは同じ。




けれど、子供であっても男だ。
敬愛する人の役に立ちたい気持ちは当然あって、それが出来ない自分が歯痒くて仕方がない。






「最近は特に難しい話してる事多くなって、でかい声出してる事も増えてよ」
「……隊長が?」
「お前ェは知らねェだろうけどな。なんか最近、苛々してる感じもしてさ」






隊長が声を荒げる場面を、克浩は中々想像することが出来なかった。
無茶をする左之助や克浩を叱る時でさえ、何処か優しいのだ。

刀持ちとして常に隊長の傍にいる左之助は、そんなに珍しいことでもない、と続ける。
ただ最近は本当に苛立ちを隠しきれない様子で、左之助にはその理由も言わないし、隠そうとしているようだけれど、
常に隊長の後ろをついて行く左之助は、その微細な変化さえも敏感に感じ取れるほどになっていた。







「オレにはいつも笑ってくれるけど……それもぎこちねェ感じするし」
「……全然気付かなかったな、そんな事……」







独り言のように呟くと、そうか? と左之助は首を傾げる。


その微細な変化を感じ取る程、左之助は隊長を見ているのだ。
他の何より、他の誰より、一番近くで。

それが少しだけ、克浩は悔しかった。






「会議の後は疲れた顔しててよ。あんまり飯も食わないし……あ、食われてやがる…」






手繰り寄せた釣り糸の先に、餌のミミズは存在していなかった。
話に夢中になっていた間にか、それとも単に左之助が気付けなかったのか。
逃げられた事に溜め息を吐いて、左之助は新しいミミズを括りつける。

ひゅっと風を切る音がして、ぽちゃり、それは水の中へ。






「だからよォ、オレになんか出来る事ねェかなって思ってよ」
「……それで、釣りか?」
「釣りっつーか、食料調達。隊長が元気出るような、でかくて美味い魚釣ってやろうと思ってさ」






当たりが来ない限り、ただ只管待ち続けている、左之助にとって苦手な作業。
それさえもやはり、隊長の為なら持て余す事はあれど、苦ではないのだ。






「………相変わらずか」
「? なんか言ったか、克?」
「いいや」






漏れた呟きに首を傾げた左之助に、克浩はなんでもないと返す。
左之助はそんな幼馴染にまた首を傾げるが、追求はしなかった。







「隊長の為、か」
「ああ。隊長にゃ元気出して欲しいからな!」






少し照れ臭そうに頬を染めて笑う左之助に、克浩も笑みが零れる。









「オレはガキだし、隊長の手助けなんて殆ど出来ねェし。会議の中にいても、なんの話か判らねェし。
でもよ、やっぱりなんかしてェんだ。横で見てるだけなんて嫌でさ。
食料調達なんかオレじゃなくたって出来るけど……やっぱり、オレがなんかしたいんだ。

それで隊長が笑ってくれたら、やっぱオレ、嬉しいからよ」









笑うその横顔が、克浩にはとても眩しくて。
此処でそれを見ているのは自分だけなのに、その笑顔は自分には決して向けられる事はない。
それでも、すぐ隣で見る事が出来るのは、克浩にとって何よりも嬉しい事。

一途に隊長だけを追い駆ける左之助は、克浩のそんな視線に気付く事はない。
そして克浩も、それを左之助に気付かせるつもりはなかった。



克浩を赤報隊に入隊させる切っ掛けを作ったのは、左之助だ。
その頃から左之助の存在は、克浩にとって何よりも特別なものだった。
隊長の事は勿論尊敬しているけれど、それと比べるものではない。

けれど左之助にとって、克浩は友達で。
克浩にとって左之助は“特別”であるけれど、左之助の“特別”は隊長で。
それは、これからもずっと変わらないに違いない。


克浩がそれにいち早く気付けたのは、この場合、幸いだったのだろうか。
結果の見えた勝負をしたがる程、克浩は左之助のように負けず嫌いではなかったし、挑むような相手でもない。
時々それが虚しく思えたりもするけれど、左之助とのこの距離は克浩にはとても居心地が良い。
無作為に打ち壊したいとは、望まなかった。





気の持ちようだ。
考え方次第。




左之助は、克浩の想いに気付かない。
ならば拒絶されることもない。

打ち明けたりなどすれば、真っ直ぐな左之助の事、ぎくしゃくしてしまうだろう。
そうして今の距離が遠退いてしまうのは、克浩も嫌だった。


届かぬ想いを抱え続けることは容易な事ではないし、吐き出せない辛さも時には感じる。




だけど、やっぱり。










「左之、ひいてるぞ」
「え!? よっしゃ、絶対ェ釣り上げてやる!」
「バカ、無理したら糸が切れる!」








数分前までの沈んだ表情は何処へやら。
静かだった川のせせらぎの中、静寂を破る魚の跳ねる水音が響き始める。

力任せに吊り上げようとする左之助だったが、当たった魚は大物なのか、左之助の方が川面へ引っ張られている。
克浩は自分の釣竿を川原に固定すると、急いで左之助に駆け寄り、横合いから釣竿を掴んだ。






「っく……重てェッ!」
「踏ん張れ左之!」






釣竿の枝が大きく撓り、左之助の身体が前のめりになる。
克浩は、釣竿を左之助に任せ、左之助が川面に落ちないように背中に周って抱え込む。

絶対に吊り上げてやると意気込む左之助だが、魚も勢いを失わない。
右へ行き、左へ行き、どうにか逃れてやろうと足掻く。
二人も諦めようとせず、必死に竿を握り締めた。



しかし、力の拮抗は長くは続かなかった。



ぷつり、と糸が切れ、後ろに比重をかけていた二人は、揃って川原に転がった。







「つ〜……」
「いって……克、悪ィ。大丈夫か?」






後ろにいた所為で下敷きになってしまった克浩に、左之助が謝る。
左之助ほど打たれ強くない克浩は、じんじんとする背中の痛みを笑って誤魔化した。


起き上がって釣り糸を手繰り寄せれば、半分程の長さになっていた。






「ちぇっ、逃げられちまった」
「無理矢理釣ろうとするからだ。先ず相手を弱らせないと」
「んなまどろっこしい事してられっかよ」
「……本当に左之は釣りに向いてないな……」





結構大物っぽかったのに、と左之助が呟いた直後。
ばしゃんと音がして川面を見遣ると、二人の身長の半分はあろうかという大きな魚が跳ねていた。

ざまあみろとでも言われたような気がして、左之助がカチンとし、






「あンの野郎、絶対ェ釣って食ってやる!!」
「……寄せよ、デカ過ぎるだろ。幾らお前でもありゃ無理だ」
「いーや、絶対釣る! そんで隊長に見せるんだ。あんだけデカけりゃ、精も付くぞ!」






止める克浩にお構いなしで、左之助は益々やる気になっている。
半纏の袖を捲り上げ、まるで戦闘でも始まるかのような顔で川面を睨む。
新しい糸と餌をつけた竿を思い切り振って、左之助は一つ大きな石の上にどっかりと腰を落とした。


克浩の呆れたという視線は、左之助には全く届いていない。
頭の中はあの大きな魚を釣り上げることと、隊長の事で一杯。






「克、お前ェは好きにしていいぜ。釣るモン釣ったら、隊長に報告に行けよ」
「……で、お前はあの魚釣るまで動かないつもりか?」
「出発するなら行くけどな。それまでに絶対釣る!」
「…つまり、動かない訳だ」






こうなったら、隊長が収集をかけない限り、左之助は梃子でも動かない。
克浩が何を言った所で馬の耳に念仏。

克浩は放置したままになっていた自分の釣竿を取ると、左之助の座る石の傍に腰を下ろす。
ひょいっと投げた釣り糸は、左之助よりも此方に近い位置で水に落ちた。






「全く、お前は……」
「なんだよ」
「別に。付き合ってやるよ、あの魚釣るの。さすがのお前でも、あれを一人で釣るんじゃ骨が折れるだろ」






目線を合わせずに言えば、左之助の視線がこちらに向くのが感じられた。
しばしじっと克浩を見つめた後、ありがとよ、と言う左之助の声。



少しの沈黙を感じてから、克浩は何気なく、左之助を見遣った。
左之助の視線は真っ直ぐと川面に向けられていて、やはり克浩に気付く事はない。


克浩は左之助の視線にいつだって気付くけれど、左之助はその逆。
どれだけ長い時間こうして見つめても、偶然に左之助がこちらを振り返らない限り、気付かれる事はない。
……もうこの時点で、この想いの行く先なんて見えたようなものだった。

それでも構わない、こうして誰よりも何よりも近い場所にいられるのだから。
きっと他の人には――――隊長にすら言えない事を話せるのは、きっと自分だけだから。





ぴんっと左之助の釣竿にまた当たりが来た。








「よし来たァ!!」
「だから、無理矢理引っ張るなって!」







喜色満面の左之助の背中を抱えて、また引き込まれないように。
力一杯竿を引き上げようとする左之助を、克浩は持てる力で支える。







「う、わっ、ヤベ……!」
「く……!」






引きずり込まんと暴れる魚に負けまいと、左之助が口を噤む。
竿を掴む手がぶるぶると震えているのが克浩にも見えた。

それでもお互い、離すもんかと。










――――――結局、その魚にも逃げられて。



左之助が満足するような大きな魚を釣り上げるのは、それから半刻もしてからの事だった。















































川辺の縁の岩に腰掛けている人物を見つけ、左之助が走り出した。
その腕には、身長の半分程もある大きさの魚。








「隊長ー、相楽隊長――――!」







呼ばれて振り返ったその人は、左之助を見て少し驚いた顔をした。






「ほら、見て下さいよ! これオレ達が釣ったんですよ!」
「これは……凄いな、よく釣れたものだ」






隊長の言葉に、左之助の頬がほんのりと染まる。
白い手袋をはめた手が、ツンツンに立った髪をくしゃくしゃと掻き撫ぜた。
他に人にされると子供扱いするなと烈火の如く怒るのに、隊長にされるのは嬉しくて堪らないのだ。

それから隊長は、左之助に少し遅れて辿り着いた克浩の頭も撫でる。
なんだか気恥ずかしくなって、克浩は撫でられた箇所に手を当てた。


休息していた一番隊の隊士達が子供達の帰還に気付いて声をかける。
どうだ、いいもん釣れたか、という大人に、左之助はにーっと笑って腕に抱えた魚を見せた。





「へへっ、どーでィ! オレと克で釣ったんだ!」
「ほぉ、こりゃ大したもんじゃねえか。隊長、早速こいつ食いましょう」
「そうだな。折角左之助と克浩が釣ってくれたんだ、新鮮なうちに食べないと」





隊士達からも褒められて、左之助は一層嬉しそうに笑う。

隣に立つ克浩を見遣ると視線があって、またにーっと笑った。
それを見た克浩の表情も、俄かに緩む。


左之助は魚を料理が得意な隊士に預け、いつものように、隊長の元に駆けて行く。
克浩はそれを見送っていた。



と、その途中で左之助が振り返り、












「ありがとよ、克!」











照れ臭そうに笑う左之助の言葉に、克浩は別に、とだけ返す。

他人が聞けば素っ気無い台詞にも、左之助は十分だったらしく、すぐに踵を返して背中を向けた。
小さな背中は隊長の下に駆けて行き、あっという間に克浩の入る隙間はなくなった。


魚を抱えていた所為で濡れた半纏の袂を、隊長が手拭で拭いている。
自分でやれますから、と慌てている左之助に構わず、隊長は左之助と目線を合わせ、いいから、と微笑んだ。
近くで見る隊長の笑顔に、左之助の顔が真っ赤になって、それ以降は大人しくなる。

隊長の手がまた左之助の頭を撫でる。
俯き気味だった左之助だったが、その後、隊長の言葉に顔を上げて笑う。
何を言ったのか、離れていた克浩には聞こえなかったが、左之助にとって嬉しい言葉だったのならそれで良い。
照れ隠しでもなんでも、左之助が笑っていられるのなら、克浩にはそれだけで十分だ。






そう、それだけでいい。
見ているだけでいい。

左之助が幸せなら、それで十分。


あの笑顔が見られるのなら、何があっても、きっと自分も幸せだから。



















オレは、どうしたってお前の一番にはなれないから。



だからせめて、お前の一番近くで、幸せな顔を見ていたいんだ。






……それぐらい、赦されたっていいだろ?

























報われなくてごめん、克……!
見守る幸せ(恋)があってもいいと思うんだ、うん。

段々話が長くなってきたよー! 前後編にしようかとも思ったけど、いい区切りが見付からなかった…
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