例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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【相楽少年記】 神谷道場編 弐






しげしげと眺める不躾な程強い二対の視線。
そろそろ止めて貰えないものかと思うが、無理もないと思う気持ちがないでもない。
自分だって見知った知人が急に縮んだりすれば、同じ行動を取るだろうから。








剣心は縮んだ左之助と、それを眺める(観察すると言った方が正しい)薫と弥彦に、眉尻を下げる。


左之助は長身であったから、いつも皆、見上げていた。
座しても自分が座っていればやはり頭は高い位置にあって、いつも見上げる一方だった。

それが今だけは、見下ろさなければその顔が見えない。
周りが大人ばかりで、見上げる姿勢が段々と癖になっていた弥彦などは、尚更不思議な感覚だろう。
また、左之助も同じく、弥彦に見下ろされるという不慣れな状況に違和感を覚えているに違いない。




すっかり左之助の観察に夢中になっている二人に、剣心は声をかける。







「二人とも、朝餉の用意が出来たでござるよ。左之も」
「おう……」
「うん…」






返事はするものの、二人の視線は左之助に釘付けになったまま。
左之助の方は、促す剣心の声に素直に従い、立ち上がる。
あまりにじろじろと見られるのが嫌になったのだろう、現状打破できるのならなんでも良かったのだ。


用意された朝餉の席に座ろうと移動する後姿を、また二人は目で追い駆ける。

しっくり来るのに、“着ている”と言うより“着せられている”感の強い悪一文字が、いつも以上に目を引いた。
子供の小柄な背中にその悪一文字は大きく見えて仕方がない。
いつからこれを背負っていたのか、本人以外は誰も知らないが、こんな幼い時期ではないだろう。
この年頃はまだ家族の下にいたに違いない。

額の鉢巻がゆらゆらと揺れて、其処に並ぶ悪一文字に、ああ左之助だと感じる事はあるものの。
見遣る小さな身体はいつもの大きな背中とは並べるべくもなく小さくて、薫と弥彦は顔を見合わせ、首を傾げた。



二人の疑問は左之助も判っているのだろう。
少し居心地悪そうに顔を顰めると、剣心の隣に腰を下ろした。

頂きますの挨拶も言わず、左之助は食事にありついた。
ガツガツとやけ食いにも見える勢いに、内心複雑な様がありありと予想できる。


やや時間を置いてから薫と弥彦も席に着き、遅れて朝食となった。




弥彦も勢いよく食べるが、今の左之助ほどではない。
寧ろ時々左之助をちらちらと見遣るので、いつもより食事のペースが遅いほど。


聞きたい事は色々あるのだろうが、何から聞いて良いものやら。
時折視線を彷徨わせる薫の心境は、そんな所だろう。

左之助は完全に食事に意識を持っていっているようで、周りの視線は黙殺している。
代わって剣心が――先に自分から話すとも言ったし――説明する。








「見ての通り、この童は正真正銘、左之助でござる」
「はぁ………」
「……って言われてもよ…なんだってそんなになってんだ?」
「原因は今の所判らぬが、こんな状態では色々と困るだろうし、今日は此処にいさせても良いでござろう?」
「それは別に良いけど。でも……本当に左之助なのね……」
「だから、そう言っただろうが」







むすっとした表情で言う左之助に、薫はうん、と頷く。
が、やっぱりしげしげと左之助を観察してしまう。








「妙なものでも食べたの?」
「道端に生えてる変な草とか」
「……テメェら……」
「あー、昨日はそういった事はないと」








よく草っ葉を口に含んでいる左之助だが、別に食べている訳ではないだろう。
野草などアク抜きしなければ食べれたものではない。

弥彦の言葉に怒りを滲ませる左之助の変わりに、剣心が否定する。







「午後には小国診療所で診て貰うつもりでござる」
「医者に見せてどうにかなるもんか?」
「何もせぬよりは遥かに良いでござるよ。左之助も行く気になったし」







女狐には見られたくないけどな――……とブツブツ呟く声を聞いたのは、剣心だけだった。









































食後、剣心が食器を洗っていると、俄かに屋内が騒がしくなった。
薫と弥彦がど突き合いでも始めたか、と思ったが、どうもそうではなさそうだ。
薫の声と一緒に聞こえてくるのは、確かに少年のものであったが、弥彦ではない。
まだ変声期さえも迎えていない、幼い子供の声。


布巾で濡れた手を拭い、ひょいと廊下に顔を出す。

丁度その時、突き当りの角を曲がって子供が飛び出してきた。
続いて、薫も。






「剣心、左之助を捕まえて!」
「おろ?」






どちらも必死の形相で走ってくるが、薫の方は鬼気迫るものがあった。

左之助は剣心がいる事すら頭にないのか(逃げるのに必死)、一直線にこちらに向かって来る。
それに手を伸ばすと、後ろの気配のみに気を取られていた左之助は、あっさり剣心の手に捕まえられた。






「てめェ剣心! 離しやがれ!」
「絶対離しちゃダメよ、剣心!」
「…一体なんの騒ぎでござるか?」






散々逃げ回ったのだろう、そして散々追い駆けたのだろう。
左之助の方はまだ逃げる気満々であったが、薫の方は肩で息をして随分と疲労している。

いつもは弥彦と稽古をしている時間だというのに、薫が左之助にかかずらわるなど珍しい。
逃げようとする左之助を片腕でひょいと持ち上げ(これには剣心も少し驚いた。軽過ぎる)、宙ぶらりんにする。
それでも諦めず暴れる左之助だったが、猫のように持ち上げられていてはどうにもならない。



ようやく追いつけた薫は、きつと強い目線で左之助にずいっと顔を近づけた。







「こんな格好でウロウロされたら、埃が立って大変なのよ! だからお風呂に入れようと思ったの」
「朝から風呂とは、贅沢でござるなぁ、左之」
「暢気な事言ってんじゃねえ!」
「良いではござらんか。風呂嫌いではないでござろう?」






宙ぶらりんの左之助を目線の高さまで持ち上げて問うと、左之助は真っ赤になり、











「オレぁ一人で入れるってのに、嬢ちゃんが聞かねぇんだよ!!」











……左之助のその言葉は、確かに年頃の男であったら嫌がるであろうと剣心も思った。







「だって溺れちゃうじゃない!」
「そんな間抜けするか!」
「背中だって届かないでしょ」
「届く届かないの問題じゃねェ! 一人でいい!」
「足滑らせたりしたらどうするの!」
「しねェっつってんだろー!!」






見た目は五つ六つの子供だが、中身はつい最近まで一緒に行動を共にしていた十九歳の左之助のままだ。
子供好きの薫は世話心を擽られ、親切心で言っているのだろうが、左之助にしては大きなお世話。

薫はどうやら、左之助を完全に小さな子供として見ているらしい。
確かに、見た目がこれ位幼いと、粗暴さはやんちゃとして取られ、可愛く見えるものである。
弥彦とは違う生意気盛りに、母性本能を擽られたのかも知れない。


でも、やっぱり左之助は左之助だ。
自分達がよく知る、一人前の男なのだ。

……見た目はこんな状態だけど。






「薫殿、何も其処までせずとも……」
「ほら見ろ、剣心だってこう言ってんだろが」
「だって危ないじゃない」
「薫殿が気にかけるほど、左之は子供ではござらんよ。中身はそのままなのだから、心配無用でござる」
「でも………」






じっと薫に見つめられ、左之助は居心地悪そうに目を逸らす。
もう逃げないだろうと床に下ろしてやると、腕を組んで大人しく其処に立っていた。






「薫殿の好意を嫌と言っているのではないが、何せ左之も男だから……」
「でも子供だし……」
「それは見た目だけでござるよ」






また手を出されてはたまらないと、左之助はちゃっかり剣心の影に隠れている。
それを見た薫は、これ以上嫌われてしまうのが嫌だったのだろう。
小さく溜め息を吐くと、判った……と少しガッカリした様子で呟いた。

落ち着いて風呂に入れるとあってか、左之助がホッと肩を撫で下ろす。






「今、弥彦にお湯沸かして貰ってるから」
「別に水で構わねェぜ、オレは」
「だーめ。子供って免疫力ないんだから、冷えたら風邪引いちゃうわよ」
「……薫殿……」






子供を叱る母親のように、腰に両手を当てて言う薫に、左之助は思いっきり顔を顰めていた。
これには剣心も最早苦笑するしかなく、助けを求めるように睨む左之助にも応えられない。
気の済む程度に合わせておくしかなさそうだ。


短気に見えて気の知れた人物に対しては、左之助は大抵寛容である。
風呂にのんびり入れるのは嬉しい事だし、と薫の言葉に鷹揚に頷いた。
それに薫は満足したようで、にっこりと笑う。

それから、左之助の半纏に手をかける。






「これも随分埃だらけよね」
「ん? ああ、まぁな」
「泥もついてるし……」
「長屋から来る間に、ちょいと引き摺ったしな…」






背中の悪一文字も心なしか薄汚れてしまっているように見える。







「うん。お風呂に入ってる間に洗ってあげるわ」
「はぁ?」
「折角の一張羅でしょ。洗えるうちに洗わなきゃ。綻びのあるし、繕っておくわよ。あ、鉢巻も洗った方が良いかしら」
「い、いい! そんなの自分でやる!」
「好意はちゃんと受け取る!!」






ずいっとまたしても顔を近づけて言われ、左之助は後ずさる。


悪一文字の半纏は、赤い鉢巻と同じく、左之助のトレードマーク。
白地に黒で染め抜いたその一文字には、左之助の沢山の想いが詰まっている。

左之助は、大抵この半纏の着たきり雀だ。
何処に行くにも悪一文字の半纏と細袴、初めて逢った時も、京都に行った時も同じ。
折を見て洗濯してはいるのだろうが、長屋で水洗いをして着れる程度まで干しているのが精々だろう。
糊付けなんてしていないだろう、と薫は踏んでいた。



だが、やはり左之助もそう簡単に一張羅を人の手に委ねたくないらしい。
額の赤い鉢巻に至っては尚の事。




剣心の影に隠れる左之助を捕まえようと、再び追いかけっこが始まる。
今度は屋内全体ではなく、剣心の周りをぐるぐると。






「か、薫殿」
「こら、待ちなさい!」
「だからいらねぇっつってんだろ!」
「薫殿、其処までせずとも」
「剣心、どうにかしてくれよ!」
「どうにかと拙者に言われても…」
「剣心、退いてよ!」
「いや、拙者も退きたいのだが……」






いたちごっこの如くぐるぐると回る子供と少女に、剣心は目が回る気がした。


左之助を捕まえれば、左之助が怒るだろうし。
薫を止めれば、薫が怒る。

誰か助けてくれないものかと思った所に、風呂を沸かし終えた弥彦が戻って来た。







「………何やってんだよ、お前ら………」







剣心を真ん中に置いてぐるぐると回りを廻る左之助と薫に、弥彦は呆れた顔。
遊んでいる訳ではないのは彼等の表情を見れば判るだろうが、間の抜けた光景である事には変わりあるまい。







「薫殿、弥彦が」
「あ、うん。ほら左之助、お風呂!」







腕を伸ばして、すらりとした手が遂に左之助を捕まえる。
襟首を捕まれて猫のように宙ぶらりんになって、左之助も遂に諦めた。







「入るけどよ……嬢ちゃん、オレ着替え持ってねぇぜ」
「弥彦の寝巻き、左之助に貸しても良いわよね」
「いいけど、今の左之助だと、それもデカイんじゃねえの?」






今の左之助の身長は、弥彦の胸の高さが精々。
弥彦も小柄だが、それはかなりの身長差がある。

薫は特に気にした様子はなく、乾くまでだから、と言う。






「剣心、左之助の半纏、洗ってあげてね」
「……拙者は構わぬが…左之、良いか?」
「……じゃねェと嬢ちゃんが納得しねえんだろ……もう好きにしろよ」






抗う気力をなくした左之助は、がっくりと頭を垂れてしまった。
弥彦にぽんぽんと慰めるように肩を叩かれるが、それも今の左之助には酷だったのか。
盛大に溜め息を吐くと、過去にも何度か入らせて貰った風呂へと向かう。



その背中を見送りつつ、剣心は隣で楽しそうにしている薫を見遣る。


実に楽しそうなその顔は、左之助をすっかり小さな子供として扱っている。
当人に悪気はないのは判るが、十九歳の男にとって、それは結構痛手だ。
おまけに見た目が幼くなっている今、左之助が何を言っても、薫にとっては子供の意地っ張りでしかない。

思ったよりも早く薫が今の左之助に慣れてくれたのは有り難いが、これは想定の範囲外。
しばらく左之助は大変な思いをしそうだと、剣心は他人事のようにぼんやりと考えていた。







うきうきと楽しそうな薫に、早く元に戻る手立てを探さねばと思う剣心だった。



















逃げ回る左之助を書いてみたかったのです。
女の子書くのは苦手です……
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