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唯一の同い年の準隊士の手に、相楽の手から僅かばかりの小銭が渡される。
しかし、僅かではあったが、それが頼まれた買い物の額をほんの少し上回ることは、左之助にも判った。
克浩はそれを落とさないようにとしっかり握り締め、頼まれた買い物の品を忘れないよう反芻する。
ほんの少し前までは左之助も一緒になっていたのだが、数日前にその日は終わりを告げた。
敬愛する相楽総三の刀持ちを任されてから、左之助は常に相楽の傍にいるようになった。
その事はとても嬉しく、誇らしかったのだけれど――――代わりに、克浩と以前のように買い物には行かなくなった。
隊長の刀持ちが傍についていなくてどうする――――……それは、判っているのだけれど。
隊長からちょっとした買出しを頼まれる時、お駄賃代わりにいつも多めに渡される金銭。
他の者ならされない事だから、これは子供扱いであるとは思うけれど、やっぱり嬉しい事に変わりはない。
行軍の途中に立ち寄った町の名産品やら、買い食いするのを楽しみにしていたのは確かだったし。
刀持ちになってからそんな日々がなくなり、それを不満に思っているとは言わない。
だから、左之助が寂しく思うのは、友人と一緒に町を回れなくなったこと…そればかりではなく。
金銭を預けられると、信頼してくれているような気がして嬉しかった。
ささやかなお駄賃は、隊長自らのご褒美。
そして何より、相楽隊長から“頼まれごとを任される”事が嬉しくて嬉しくて。
抱えた刀の重みは、厭ではない筈なのに。
傍にいるのに、誰より近い場所で隣にいるのに。
………これは―――――子供の我がままだ………
【幼心に、棘一つ】
克浩が頼まれた買い物に向かう背中を、左之助はじっと見ていた。
左之助と違い、中々感情を表に出さない克浩だったが、やはり隊長からの頼まれ事というのは嬉しいものらしく、
駆ける足がこころなしか浮ついて弾んでいることは、誰が見ても明らかだった。
赤報隊の証でもある赤い鉢巻を翻し、真っ直ぐの大路の向こう、遠ざかっていく背中。
その背中がとても誇らしそうで、左之助は羨ましいと思ってしまった。
……思ってしまった後で、後悔する。
左之助の手には、敬愛する恩師である相楽隊長の愛刀。
他の誰でもない自分に是を持たせてくれる意味を判らぬ程、子供ではないつもりだった。
数日前に預けられた時は、心臓が口から飛び出るんじゃないかと思うほどに驚いた。
準隊士でも大人は沢山いて―――左之助の年頃は、自身と後は克浩だけだ―――、腕に覚えのあるものだって多い。
それなのにまだ十歳を迎えて間もない自分に、刀持ちという役目を任せてくれるなんて。
誰が見たって、羨ましいに決まっている……少なくとも、左之助だったらそう思う。
なのに、克浩の方が羨ましいだなんて。
そんなのは図々しいにも程がある話だ。
じっと友達の後姿を見送る左之助を、相楽総三は見下ろした。
預けた刀を大事そうに抱えながら、いつも爛々と輝く瞳がほんの少し揺れている。
数日前から刀持ちを任せるようになってから、左之助はこんな表情をするようになった。
最初は役目の重要さから、幼い身には早かったかと思ったのだが、そういう訳でもないらしい。
刀持ちを任された事には左之助は酷く喜んで、大袈裟ではと言える程だった。
役目の重さもちゃんと受け止めているようにも見えた。
ちょっとした贔屓目もあるのは、自覚しているつもりだが。
任せてから数日の間は、本当に嬉しそうに、刀を見て相楽を見て、にーっと笑ったものだった。
その笑顔がまた愛しさを募らせて、任せて良かった……と相楽も思ったものである。
けれども、今度は翳りが垣間見えるようになった。
未だ友人の背中を見送り――――いや、見つめ続ける左之助に、相楽は声をかける。
「戻ろうか、左之助」
「あ………はい」
昨日到着したこの宿場町には、しばらく滞在する予定だ。
先日の行軍で、突然の土砂降りにあい、体調を崩すものが多く出た為である。
一番免疫力の弱そうな子供達はと言えば、あれだけズブ濡れになったにも関わらず、ケロリとした顔。
無理をしている訳でもなく、免疫力云々よりも子供特有の元気印が効いているらしい。
他の隊士達も見習って欲しいものだと、こっそり思った相楽であった。
だが今の左之助には、体調不良で動けなかった大人達よりも、重いものが圧し掛かっているように思う。
宿の部屋に戻ろうとする後ろを、左之助がついてくる。
これから成長期を迎える子供の足音は、軽い筈なのに、何処か浮かない様子で。
「どうした、左之助」
「…え……」
「何か考え事か?」
真っ直ぐ見つめてくるのが常だったのに、僅かに俯いている左之助。
刀持ちを任せて以来、子供の左之助に向かう僻みはちらほらと聞いている。
そんなものがなんだと胸を張る左之助だったが、やはり気になるのだろうか。
殊更気にしている事を言われたりしたのか――――……
意地っ張りで負けん気の強い左之助のこと。
気にしているとしても、自分からそれを誰かに訴えたりはしないだろう。
ならばこちらから聞き出してやるのも手の一つ。
そう思って保護者のような気持ちで問い掛けた相楽だったが、左之助は首を横に振った。
「いえ、なんでもないっス」
にっと笑って左之助は言った。
その笑顔がほんの少し曇っていた事は、きっと気付いていないのだろう。
「………そうか」
くしゃりと特徴的なツンツン頭を撫でる。
左之助は猫のように目を細めて、それに甘えた。
克浩が帰って来たのはそれから半刻程のこと。
隊長に頼まれた品は勿論揃え、余った金銭で団子を買って懐にこっそりと忍ばせていた。
左之助が一緒に買い物に行かなくなってから、克浩は買い食いではなく、持って帰るようになった。
唯一の同い年の友達と食べる楽しみは、どうしたって変えられない。
「ほら左之助、饅頭買って来たぞ」
他の隊士達には内緒のことだったが、隊長自ら駄賃を渡されているのである。
隠した所で意味はないし、おまけに多めに買えた時などは、三人で食べることもあった。
帰って来て隊長に買った物を渡した後、克浩はその横に控えていた左之助に歩み寄り、懐から饅頭を取り出す。
きちんと葉に包まれた茶饅頭に、昼餉から時間が経っていた左之助の腹は、見事に鳴った。
「そんなに腹減ってたのか、お前…」
「うううう煩ェ! そんなじゃねえや!」
燃費の悪さに呆れる克浩に、左之助は吼える。
その向こうで隊長にクツクツと笑われて、左之助の顔が真っ赤になった。
「ほら、食おうぜ。町で評判だったんだ、この饅頭」
「へぇ」
差し出された茶饅頭を受け取り、左之助がぱくついた。
口当たりの良いこし餡の味に、左之助の目が輝く。
左之助のそんな反応を克浩は嬉しく思い、笑みが零れる。
同じように饅頭を食んで、顔を見合わせて笑った。
「な、美味いだろ」
「おう!」
二つの饅頭は、食べ盛りの子供の腹にあっという間に収まった。
先程盛大に鳴ってくれた左之助の腹が、それだけで満たされよう筈もない。
しかし時間外のおやつはそれだけでも気持ちに嬉しいもので、左之助は満足そうに腹を擦る。
隊長の前であるにも関わらず、二人は崩した形で座している。
厳粛な場であれば合わせて正座するが、何分、まだ幼い子供であった。
それに、隊長からそういう事で注意を受けたこともない。
行軍で疲れた大人達にしてみれば、子供達のそんな生意気な場面も、癒しになるのだ。
だから相楽は彼等の立ち居振る舞いについて目くじらを立てる事はない。
空になった包み葉を片付けて、克浩が隊長へ顔を向ける。
「今度は、隊長の分も買ってきますね」
「ありがとう。でも、二人で食べていいぞ」
「そんな! オレ達だけなんて駄目っスよ! 美味いもんは食わなきゃ損っス!」
克浩の言葉に隊長がやんわりと辞退しようとすると、左之助が直ぐに言い募る。
嬉しかった事はなんでも共用したいもので、克浩もまたそれは同じだった。
それに、二人で食べるのも嬉しいのだが、隊長がいると左之助が一層喜ぶ。
克浩にとってはその方がよっぽど嬉しかった。
「それじゃあ、今度は私が買ってやろう」
「え!? 隊長が!?」
「なんだ左之助、いけないか?」
「い、いや、そんなじゃないっスけど……」
恐れ多い、なんて。
こんな時ばかり殊勝な態度になる左之助に、克浩は笑い、
「そんなのだったらオレが買いますよ。左之助と違って、ちゃんと考えて使ってるから」
「どーいう意味だ、克!」
「すぐ使い切るか落とすかするお前と違うってこと」
「何を!」
克浩の言葉にカチンときた左之助が飛び掛る。
もみ合いになれば大抵勝つのは左之助の方だったが、克浩とて大人しく負ける筈もない。
どたばたと取っ組み合いを始めた二人に、隊長は微笑ましそうに目を窄め、
「あまり騒がしくするなよ。中居さんに怒られるぞ」
他の部屋には体調を崩した赤報隊の隊士は勿論、一般客もいるのだ。
だが言った所で頭に血が上った左之助と、応戦している克浩には聞こえていない。
派手に発展する前に納まればいいが、とのんびり構える相楽であった。
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