例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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真実となりえた虚構、虚構に消えた真実










―――――――背負い続けていれば








いつか重みに膝を付く日もあるのだから





















【真実となりえた虚構、虚構に消えた真実】

























ぶらりと街を歩いていると、喧騒が聞こえてきた。
その騒がしさに人は様々に興味を惹かれたようで、皆そちらへと駆けて行く。

剣心は一度は通り過ぎようとしたが、不意に聞こえた言葉に足を止めた。







「おい喧嘩だ喧嘩! すげぇ事になってるぞ!」
「やくざ系のが十人に、若造一人だって?」
「ありゃあ喧嘩屋じゃねえのか!?」






“喧嘩屋”と聞いて剣心の脳裏に浮かぶのは、悪一文字に赤い鉢巻。
“喧嘩屋”はというの昔に廃業したと言っていたが、それでもよく名を知られている男である。
風貌からして特徴的なので、一度見たらそう感歎に忘れられるものではない。

その頃から負けなしでいた男は、京都での死闘を経て更に強くなった。
其処らの破落戸相手ならば、心配する事等何もない。


けれどもどうにも放って置けない気がして、剣心はその喧騒へと向かう。




道を数本曲がると、川に面した。
左右を見渡すと、左側に集まった人の塊。

小さな茶屋の前を扇状に囲った人々。
小さな闘技場が其処に出来上がっており、その中から蛙を踏み潰したような声。
時折吹っ飛ぶ男の姿が見えて、これはかなり荒れたものだなと思った。


失礼、と人ごみを潜り抜けると、案の定。








(………かなり、どころではなかったでござるなぁ…)







十人中半分を地に沈めて、青年――――相楽左之助は凛と背筋を伸ばして其処に立っていた。
やくざ系の男達は既に逃げ腰になっていて、左之助を囲んでいるものの、誰も挑みかかろうとはしなかった。
しかし逃げようにも周囲の人垣が壁を作り、数メートル程度しか離れる事が出来ない。



左之助は傷もなければ呼吸も乱れもない。
苛々とした所作で時折爪先で地面を蹴っている。

その横顔は、剣心の見慣れたものとは程遠かった。







「なんでェ、もう来ねえのか?」






恐れ戦く男達を睨み付け、左之助は拳を打ち鳴らす。
低く響くその音に、男達は更に及び腰になる。


相手が其処まで戦力がなくなったと知れば、左之助はそれ以上手を出すことはしない。
弱い者イジメをしているような気分になる、といつだったか言っていた。

左之助が好んでいるのは、あくまで“喧嘩”だ。
打てば響く、打ち返してくるのが好きなのであって、戦意をなくした者にそれを求めることはない。
逃げる者を無為に追い駆ける事もなく、自分の興が削がれた事だけ残念に思う。



それが、今日は。












「だったら、こっちから行かせて貰うぜ………」











鳴る骨音に、昏い瞳。
既に戦意を失った者にまで。


いつか見た、荒れに荒れたその瞳。
我慢ならないと、震えるその拳。

それは、純粋すぎる程に純粋な、憤り。
理屈も体裁も何もない、ただ純然たる透き通るほどの怒り。
赦せぬものをただ赦せぬと、理由はそれだけで十分だと。




やくざかぶれの男達は、この辺りで有名であったのだろうか。
殆ど一方的にやられていると言うのに、衆目達は誰一人同情した様子がない。
やれ、やれ、と煽り立てるような声が湧き上がっていた。

左之助はそんな周りの視線など一つも見えていない。
目の前にいる男達を殴り、投げ飛ばし、容赦しなかった。



決着が着くまでに経過らしい経過はなく、ものの数分足らずで、其処に立っているのは左之助のみとなる。
男達は死屍累々と地面に転がり横たわり、辛うじて意識の残るものは受けた痛みに呻いている。

そうまでしても、左之助の瞳は昏いまま、怒りを滲ませ、冷たくそれらを見下ろしていた。



ジャリ、と砂を踏む音がして、左之助は男達に背を向ける。
怒りはまだ収まらずとも、これ以上は無意味と感じたか。

しかし去ろうにも、群集は未だ壁を作っている。
日頃迷惑を被っていた男達が若い青年に一人残らず伸され、彼等は拍手喝采の大盛り上がり。
そんな中に剣心は黙したまま、ただ左之助を見つめ佇んでいたが、彼は終ぞ此方に気付かなかった。
それよりも、道を塞ぐ群集達にさえ、苛立ち。










「煩ェ、退きやがれ!! 見せモンじゃねぇんだよ!!!」









瞳孔の開いた眼が人々を射る。
響いた声に群集は一瞬ぎくりと体を強張らせ、左之助の前に道が開かれる。
袖珍に手を突っ込んだまま、左之助は周りをちらりとも見ず、其処を通り抜けていった。




剣心は、直ぐに追い駆けた。


未だ散ろうとしない群集を、入って来た時と同様に掻き分け、枠の外に出る。
通りすがりの人々は一様に足を止めていたから、追い駆けるのは容易であった。








「左之!!」







群集から十数メートル離れた場所で、その背中を呼んだ。
ぴたりと足が止まり、剣心は追いつく事が出来た。

剣心が直ぐ傍に来るまで、その背中は前に進むことはしなかった。
呼べば片手を上げて返事をするのが常であったのに、今日はそれがない。



左之助が振り返ったのは、剣心との距離が一歩分にまで縮んでから。








「………………おう、剣心。見てたのか」







いつも“陽”を思わせる眼差し。
今は、光が褪せていた。







「……随分、派手に立ち回っていたな」
「そうかい」







素っ気無い言葉は、まるで他人事のよう。
つい先程まで自分がしていた事さえも、既に記憶の彼方に追いやって。


荒れているどころではない。
これは局地的な嵐だと、剣心は思った。

影響だけを及ぼして、後はただ去り行くだけ。
大気の渦の中に散って行くまで。
握り締めた拳はせめて容易く振り下ろさないよう、重力に従えたままにして。
ただ、己の中で吹き荒れる嵐が通り過ぎていくのを待っている。







「少々、遣り過ぎだったのではござらんか?」
「……そうか」
「あの者達が何をしたのか、拙者は知らぬが……」







左之助の琴線に触れる事は、様々だ。
しかし、ああまで激昂するような事は滅多になかったように思う。

勝負事に置いて、左之助は切れ者である。
よく考えなしだなんだと言われるけれど(確かに未熟な部分は数あれど)、頭の回転は早い。
何を如何すれば相手を煽るのか、何処を狙えば相手の戦意が折れるのか、よく知っている。
相手の力量を量る目も、ちゃんと持ち合わせている。

格の違う相手に、理由もないのに殴り飛ばすほど、左之助は粗忽ではない。


その左之助の逆鱗に触れた男達は、実に運が悪かったとしか言いようがない。
彼等にとっては何気ない一言であったのだろうが、他者にとって大きく重みが異なる事はままある。

…………そして左之助には、何よりも譲れないものがあった。




また歩き始めた左之助の隣を、剣心は並んで歩いた。
今日は特別、是と言った用事もない。

今の左之助を放って置いては、また何処で嵐が勃発するやら。
その内手加減というものを完全に忘れてしまいそうで、剣心は彼を一人にする気になれなかった。







「右手、また痛めたのではござらんか」
「どってことねえよ。あんなの相手に、そんなヘマするか」






右手に巻かれた包帯は、少し解けかかっていた。
今此処に高荷恵が通りかかったら、烈火の如く怒り出すのは容易に想像できる。

痛めてはいないと口では言うが、その手がどうなっているのか、剣心はよく知っている。
医者である恵のように専門的な事ではないが、下手をすれば一生使い物にならなくなるという事。
嘗ては何でもないように打った拳打も、返る反動は以前のように軽いものではなくなっているだろう。


一応、恵に言われるからだろうか。
大した事のない相手との喧嘩なら、左之助は右手の使用を控えるようになっていた。



それを今日は、破ってまで。















「“そんなの”相手に、お主は何を赦せなかったのでござるか?」















昏い瞳を見せるほど。
その光が翳るほど。

純然たる怒りは、一体何が運んできたものか。




横顔を見つめて問えば、ちらりと左之助の眼がこちらを見た。
ほんの一瞬であったが、視線が交じり合う。

左之助の瞳はすぐに逸らされたが、その表情は一転した。
表情筋は動くことはなかったけれど、纏う空気が変わる。
バツが悪い、そんな。




がりがりと頭を掻いて、左之助は明後日の方向を向いた。









「…………“ニセ官軍”」








呟かれたのは、左之助にとって一番大切で、一番悲しくて、一番大事で嫌いな思い出を示すもの。



その一言だけでも、左之助にとっては鬼門だった。
他の誰よりも真実を知り、其処にあった出来事を具に見つめていた過去。
拭い去れない罪ならぬ罪に、一人怒りを抱えて生きた日々。

幼心に突き立てられた刃は、常に左之助の内側で傷を抉る。


突き立てられた刃の名が、その言葉。








「話の前後は…もうあんまり覚えてねェんだ。聞こえちゃいたけど」







興奮のあまりに記憶が飛んでしまったのだろう。
恐らく、その前後の会話も、左之助にとっては不快なものであったのだ。








「赤報隊がどうの――――……その親玉がどうのって―――……」







思い出そうとするだけで、怒りが蘇る。
握り締めた拳が震え、その内側ではきっと爪が皮膚を食い破っているだろう。


左之助は明後日の方向を向いたまま、剣心を見ようとはしなかった。













「聞くからに悪名みてェに言いやがって」


「本当の事なんざ何にも知らねェ癖に」


「隊長達に救われた人だっていたのに」


「あの人は、あの人達は、そんなのじゃねェのに―――――」












真実を知らぬ者の言う事に、真実はない。
人から聞き及んだ話の幾らが完全な真実と合致するだろう。



あった事は確かな事実、今になって消せる過去など何一つとして存在しない。
その過去の中に、確かに罪と呼ばれる行為はあっただろうし、全てが正義であった訳でもないだろう。
鳥羽・伏見の戦いに繋がる彼等の活動の中には、赦されざる行為はあったのだ。
左之助とて、当時幼い子供だったと言えど、何も知らずにいた訳ではないだろう。

だがそれを言うなら、時代の節目に起きた出来事の全ては同じこと。
時に悪に、時に正義と呼ばれる立場にくるくると代わり、評価されるのは全てが終わって後付同然となってから。


左之助が突きつけられたのは、一方的な切捨てだった。
優しかった眼差しも、温かかった手も、きらきらと輝いていた筈の理想と未来も、全てを否定された。





握り締めた拳の震えが、痛い。


慰めの言葉など欲してはいない。
無意味ものだから。

ただ我武者羅に振い続けた拳は、今もまだ解かれることはない。
そしてこれからも、解かれることはないだろう。











「こんな事したって……あの人が笑ってくれるなんざ思ってねェ……けど――――――」











左之助がどんなに声を張り上げても、聞く者はほんの一握り。
沢山の人が信じている嘘の前では、真実さえも嘘になる。
それが、無性に悔しくて堪らない。














「どうにもならねェ。どうしようもねェ。あの人は、あの人達は、偽者なんかじゃねェんだ……!」












まばらになった人の影。
その中に一つ、悲痛な叫び声。
ごく身近な者にしか届かない、叫び声。


声を上げても拳を振っても、何も変わらない現実。
決して覆らない、虚構の“真実”。




誰も知らない“真実”を、一人抱えて生きていくのは、息が詰まる―――――――…………






ともすれば崩折れてしまいそうな慟哭に、その持ち主は背筋を伸ばして立つ。


今此処に、自分以外がいなくて良かった。
剣心は思う。

そして、いないからこそ左之助は吐き出した。
飲み込み続ければいつか溢れる時は来る、その時独りでいれば掬い上げるものさえない。
飽和した感情の痛みは留まる事無く、いつか心は壊れてしまう。



手を伸ばすと、左之助の頬に触れる事が出来た。
左之助はそれを振り払うことはせず、けれども受け入れたというでもない。

不器用な甘え方だ。







「…………悪ィ」
「いや」







剣心にぶつけた所で、どうなる訳でもない……左之助の謝罪の言葉は、そんな意味を持っていた。









「――――――大丈夫」








零れたのは、酷く陳腐な言葉だった。
ただ示したのは、慰めなどではなくて。

これからの、未来への。















「誰も知らぬ真実ならば、二度と覆ることはない……けれど、お主はちゃんと覚えている」


「誰かが覚えているのなら、嘘はいつか嘘に還る」




「いつかは必ず、真実が真実として刻まれる」














それは、いつになるだろう。
あまりにも果てしない未来の話のようで、こんな言葉で実感など湧く筈もない。
その時、願い続けた真実が刻まれる瞬間、自分達が生きているかも判らない。

けれども誰かが覚えている限り、誰かが知っている限り。
真実が消えてしまうことはないから、誰かが希望を繋いでくれるのならば、いつかは。



叫び続けた真実の声は、人々の心に届く筈。





頬に触れる手に、左之助は何を思うだろう。


この手は沢山の命を奪い、沢山の未来を途絶えさせた、人斬りの手だ。
今は沢山の命を守り、沢山の人の未来を望む、元人斬りの。

左之助が一番嫌った、維新志士の。






一番最初に、凍った心を溶かしてくれた、唯一無二の男の、手。






無骨な手がその手に添えられる。
泣き出すのを堪えているように見えた。

泣いたら負けだ、泣いたら駄目だ。
まだ泣く時じゃない、泣くのはもう止めたんだから。
悔しさに泣くのなら、拳を振るうと決めたのだから。



子供の小さな意地張りのよう。
剣心はそれに小さく頭を振ると、ぽんっと背中の悪一文字を軽く叩く。







「飲むか、左之」
「……今からか?」
「拙者はいつでも構わぬよ」







今が嫌なら、今夜でも。
それが嫌なら、明日にでも。


一本気で意地っ張りな背中を、ほんの少し、崩す口実を作ろう。
逃げる為ではなく、前に進む為に。
いつか壊れてしまわぬように。

真実が“真実”となった時、その背が真っ直ぐ伸ばせるように。
記憶の中の人々が、今度は笑ってくれるように。







「…何処で飲むんだよ」
「それも何処でも構わぬよ。左之助の好きにすれば良いでござる」
「……言い出した割にゃ、適当だな」







そう、言い出したのは剣心の方。
左之助は、それに付き合わされただけ。

左之助の言葉に剣心は笑み、ちらりと久しぶりに、横顔が剣心を見た。


優しげな笑みに、ほんの少し、左之助の口元に笑顔が戻る。








「………そうだな」







勝てない男に誘われたんだから、断わるなんて出来やしない。
言い訳めいた理由付けも、今だけは赦されても良いだろう。

























だから今は、ほんの少しだけ。






この強がりな子供が、いつか壊れてしまわぬように――――――――……

























隊長が絡むと不安定になっちゃう左之。
いや、左之はもっと強い子だとは思うんですけど……爆発しちゃう事もあるってことで(滝汗)

剣心、すっかり保護者です。
克について書いてませんが、忘れてた訳ではないんです…ι
書き切れなかった己の未熟。
PR

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