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怖いものなんてない。
ずっとそう思っていた。
失うものなんてない。
ずっとそう思っていた。
……離れる事なんて、ない。
ずっとずっと、そう信じていた。
なのに。
一人で、鬱蒼とした森を走る。
逃げろと父が言ったから。
足がもつれそうになる位、必死になって走った。
前だけを見て、死に物狂いで走り続けた。
父が振り返るなと、立ち止まるなと言ったから。
―――――その意味が判らない位、どうして自分は子供じゃないんだろう。
泣きそうになって、視界がじわりと歪んで、歯を食いしばってそれを拭う。
走る速度が落ちるような真似はしちゃ行けない、そんな事をしたらたちまち追い付かれてしまうから。
背後に迫る、凶暴な爪と牙に。
息が上がる。
膝が震える。
酸素が足りない。
何処まで走れば良いのか、判らない。
強い強い匂いと気配が追い駆けて来るのが、無性に怖かった。
こんなものがこの世に存在している事なんて、ちっとも知らなかった。
どうして知らなかったのかなんて―――――簡単な問いだ、だって父がいつも守ってくれたから。
怖いものからいつも守ってくれたから、自分は怖いものを知らないで生きていられた。
何があっても、どんな奴が現れても、父が前に立って、その怖いものを追い払ってくれたから。
その父がどうなったのか。
考えたくないのに、判ってしまって、涙が出て来る。
逃げて。
逃げて。
走って。
走って。
何処まで走れば良いのだろう。
何処へ走れば良いのだろう。
怖いものは、まだずっと追い駆けて来ている。
家族の所へは戻れない。
怖いものに皆捕まる。
自分の所為で、皆が。
だから家とは反対へと走った。
走って走って、でも、だったら何処へ向かえば良いのか判らない。
だってこっちに、自分が戻る場所はない。
……逃げるしかない自分が酷く惨めだった。
父はあんなに強くて、一度だって逃げたりしなかったのに。
立ち止まって振り返って、迎え撃ったって、勝てっこない。
死んだら駄目だと父が言ったから、そんな莫迦な真似も出来ない。
生きる為に、今は走り続けるしか、ない。
この小さな爪が。
この小さな牙が。
この小さな体が。
父のように、その半分だっていい、大きかったら戦えるのに。
逃げろと言った父の声を振り切ってでも、一緒に戦えるのに。
一番小さいから、いつも守ってもらうしかなくて。
それがいつも歯痒かったけれど、こんなに苦しいと思うことはなかった筈だ。
だって大きくなったら、きっと一緒に戦えると信じていたから。
なのに。
なのに。
なのに!
判ってしまった、そんな願いはもう叶わないんだと。
追い駆けてくる匂いが怖いものだけって、その理由を判ってしまった。
判りたくないのに!
息が続かない。
もう走れない。
でも立ち止まったら追いつかれる。
暗く、深く、鬱蒼とした森の中。
小さな小さな子狐は、ただ前だけを見て、進み続けた。
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以前、ネタ粒にてちょちょいと落書きした子狐京一のお話です。
なんかいきなりシリアスから始まってしまった……
父ちゃんと京一の絆が好きなので、どうしても切り離して考えられないのですが、だからってなんでいつも父ちゃん絡むと京一を可哀想にしてしまうんだろう(滝汗)。
父ちゃんが出演してシリアスになっていないのは、「summer memory]位のような気がする…