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龍麻が酒に酔うのは珍しい。
クラスメイトの殆どは、彼が酒を飲む事そのものを余り知らないのではないだろうか。
彼が好む飲料物と言ったら専ら苺牛乳で、アルコールを摂取するとしても苺のカクテルとかそんな物ではないかと殆どの人間が想像するに違いない。
故に“龍麻が酔っ払う”と言う事さえも、想像がつかない人間が多いだろう。
それに該当しない数少ない人物の一人が、京一だ。
色んな意味で親友をよくよく理解している彼は、恐らく他人は見た事がないだろうという“緋勇龍麻”を度々目撃している。
龍麻が酔っ払うと言う珍事は、その中でも更に珍しい現象と言ってよい。
そもそもが、勧められれば飲むが自らは飲まない、と言うのが龍麻の飲酒スタイルの基本だ。
それを自分から喉を通し、おまけにハイペースで飲むなど、珍事件の中の珍事件だ。
(………ったく)
目の前でビールを煽る親友を眺めながら、京一は目を細める。
350mlのビールを一気に半分喉に通す龍麻。
いつもチビチビとしか飲まないのに、今日は何があったのだか。
(ま、何にしてもだ)
足元に転がっているビールの数は、いつも二人で酒盛りしている時と差はない。
しかし決定的に違うのは、それを転がした人間が京一ではなく龍麻であると言う点だ。
酒を飲んでいる龍麻の表情は、常のものと変わらない。
ふわふわとした笑みが、更に上機嫌なにこにことしたものになっている位か。
龍麻の場合、酔えば酔う程にこにこと笑うから、傍目には気持ちの良い酔いの周りだと思われる。
若しくは全く酔っていないと取るだろう。
だが、京一にはそれが必ずしも酔っ払いの本音ではない事を知っている。
「おい龍麻、そろそろ寝るぞ」
「ん~?」
手の中にあった空のビール瓶をテーブルに置いて、京一はお開きを匂わせる。
いつもはこれを言うのは龍麻の役目だ。
酒宴が長引いた頃か、若しくは京一が酔いが廻って服を脱ぎ始める頃に言われる。
京一は大抵駄々を捏ねるが、布団を敷かれればとっとと寝るので、それでお終い。
が、龍麻は意識があるのか、それとも朦朧としているのか―――――曖昧な声を漏らすだけ。
返事とも取れないその声に、京一は溜息を吐く。
「布団出しといてやるから、入ってろ」
「んー……」
「ゴミ適当に突っ込んどくからな」
散らかっていた空き缶を拾い集めて、キッチンから持ってきたゴミ袋に入れる。
分別して捨てるなんて面倒臭い、全部一纏めだ。
ゴミがなくなって広くなった部屋に布団を敷いてやり、其処に龍麻を転がらせる。
比喩ではなく、文字通り転がされた龍麻は、まだ冷たさのあるシーツに顔を埋めている。
酒で火照った頬には心地良いのだろう。
それを横目に見ながら、京一はキッチンの水に浸していた夕飯の残骸を片付ける。
水とスポンジだけで洗剤を使わないと言う、なんとも適当な洗い方だが、咎める者はいない。
(マジで面倒臭ェな)
食器洗いではなく。
布団の上でゴロゴロ、一向に夢に旅立つ気配のない親友に対して、そんな感想を抱く。
龍麻はよく笑う。
笑う代わりに、怒らないし、泣く事もない。
片鱗さえも他者に見せない。
酒に酔ってもそれは変わらず、一体何がそんなに彼の感情を押し留めているのかと思う程だ。
おまけに彼自身にそんな自覚がなさそうだから、京一は尚更面倒臭いと思ってしまう。
食器を洗い終えてリビングに戻れば、龍麻はやっぱりゴロゴロしている。
京一が戻って来たことに気付いてへらりと笑う彼は、まるで寝る気がないようだった。
布団の真ん中を陣取ってへらへら笑う龍麻の頭を、京一は踏み付ける。
ふぎゅ、と妙な声が漏れたが、気にしなかった。
「占領すんな。横ずれろ」
「ん」
ころり、素直に転がる龍麻。
抱き枕ではない枕を抱えて、表情はやっぱり上機嫌。
作られたスペースに京一が寝転がる。
一人用の布団に、そろそろ成長を終えるだろう少年が二人で寝転がれば、やはり寝苦しいものがある。
常なら京一が龍麻を蹴り出している所だ(家主は龍麻であるのだが、そんな事は京一には関係ない)。
だが龍麻がこうして酔っ払っている時は別だ。
「くっつくな」
「いや」
龍麻は、直ぐに身を寄せてきた。
ぴったりと、隙間なく。
酔っている時には必ずこんな調子で、どんなに引っぺがしても繰り返しくっついて来る。
あまりにしつこい上に改善される様子もないから、京一はもう好きにさせる事にした。
多少暑いと思う事はあるが、それ以外に厭う事もなかった。
猫か犬が甘えて来るかのように、龍麻は京一に擦り寄る。
暫くそのまま放って置いていると、更に龍麻は密着し、終いには京一に腕を回して抱きついて来る。
「うぜェぞ、お前」
「京一程じゃないよ」
「よし、朝殴ってやるから覚えとけ」
今ではない辺り、一応気を使っているのだ。
顔はにこにこと上機嫌だけれど、酔っ払うと言う滅多にない行為に浸る龍麻。
スイッチが何処にあるのか判らない親友の扱いは、最善の注意が必要だ。
――――とは言え、京一が主に気を付けているのは、“気を使わない”と言う点だ。
きっとこの場に葵か小蒔か、醍醐の誰か一人でもいたら、龍麻はこうはならない。
酒を飲むペースは多少早くなるかも知れないが、こうして人にくっついたり、甘えるような仕草をしたり。
ゴミや食器の片づけを人に任せて布団の上でゴロゴロしたり、絶対にしないだろう。
此処にいるのが自分と京一だけだから、龍麻はこうして“酔っ払い”になるのだ。
愚痴のようなものを零す訳でもないけれど、酒に任せて常にはしない行動を取ったり出来る。
気を使わないで良い相手だから。
京一はごろりと寝返り一つして、龍麻と向き合った。
目が合うと、龍麻はやはり、へらりと笑う。
その額を指先で弾いてやると、龍麻は「痛い」と呟く。
でも、此方を見る蒼の瞳は、にこにこと笑っているばかり。
……そんな親友に、溜息が漏れて。
「寝ろ、バカ」
くしゃり、頭を撫でてやって。
さっき指先で弾いてやった額に、京一は自分の額を当ててやる。
額と額を押し当てて目を閉じた京一を、龍麻は少しの間見つめていた。
視界を塞いだ京一にそれは見えないけれど、気配で判る。
これ以上自分に出来ることはないから、京一はそれ以上動かなかった。
だが、恐らく自分が先に眠ることはないだろう。
いつもの酒宴の後と違って頭ははっきりしているし、何より自分が眠る気がない。
頬に龍麻の手が触れた。
その形を――――いや、存在を確かめるように。
京一は無言だった。
龍麻のしたいようにさせる。
唇に柔らかい何かが触れても、何も言わなかった、目を開けることもしなかった。
しばらくすると、龍麻がぽすりと京一の胸に顔を埋めた。
腕が背中に回されて、子供が親に甘えるように抱き付いて来る。
京一は拒否しようとはしなかった。
―――――寝息が聞こえてくるまでは、まだ随分とかかりそうで。
その時まで、京一はずっと子供の頭を撫でていた。
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ちょっと仕事で凹んだので、京ちゃんに慰めて貰いたいなって(元気じゃねェか)。
……この京ちゃん、なんだかお母さん?
攻めが受けに甘えるのも好きですよ。唯一の人にしか甘えないとか大好きです。