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「アンジー兄さん」
つんつん、と。
可愛らしい居候に、可愛く突付かれて。
アンジーが視線を落とすと、まだアンジーの身長の三分の二ほどまでしか伸長のない子供がいて。
「兄さん、トリック・オア・トリート!」
にーっと悪戯っ子の笑みを浮かべて、小さな手を差し出しながら言う。
この子供がハロウィーンと言う行事を知ったのは、去年の事。
師から稽古をつけて貰った帰り道で、お盆は過ぎてクリスマスにはまだ早過ぎるこの時期の、華やかと言うには少々不思議な飾り付けを見つけた日。
『女優』に帰った子供は、同じく飾り付けをしていた店の様子に、今日は何かあるのかと問い掛けた。
それで帰ってきたのがハロウィーンと言う単語であった。
夏祭り程華やかではない様子に最初は興味を持たなかった子供だったが、お菓子が貰える日と聞いて目色を変えた。
普段どんなに背伸びしてみせる年頃でも、食い意地はやはり子供らしかった。
それから一年。
この子はしっかり今日と言う日を覚えていた。
「なんかあるだろ?」
「うふふ。抜け目ないわねェ、京ちゃん」
貰えないなんて露ほども思っていない顔で言う京一。
そして、その言葉通り、アンジーは用意していたお菓子を小さな手のひらに乗せてやった。
「サンキュー!」
「どう致しまして」
京一は、貰った飴玉や小さな袋に入ったスナック菓子を、纏めてズボンのポケットに突っ込んだ。
それから店内で寛いでいたサユリとキャメロンの下にも走る。
「サユリ兄さん、キャメロン兄さん!」
「あら、京ちゃん」
「なァに?」
駆け寄ってきた京一に何用かと尋ねながら、本当はサユリもキャメロンも今日と言う日を知っている。
でも此処は敢えて聞いてあげなければ。
先駆けてお菓子を渡すのも喜んでくれるかも知れないけれど、「イタズラが出来るかも知れない」と言う子供らしい楽しみを奪っては可哀想だ。
うきうきした表情で、京一はサユリとキャメロンの前で立ち止まる。
その浮き足立った表情は、とても可愛らしくて堪らない。
「トリック・オア・トリート!」
「はァい、待ってたわヨ」
「どうぞ、京ちゃん。お腹一杯食べてね♪」
京一が差し出した両手に、沢山のお菓子が乗せられた。
多すぎて手の平から零れ出してしまう位に。
落ちた飴を拾おうとしながらも、京一は両手が一杯で動けない。
手の中の飴をポケットに入れようと思っても、その為に動く事すら出来なかった。
両手の山盛りの飴と、床に零れた飴を、おろおろ見比べる姿が可愛い。
アンジーはそんな京一の頭を撫でて、落ちた飴を拾うと傍にあったソファに置いた。
それを見て、取り敢えずは自分もそうして置こうと、京一も手の中の飴をソファに転がす。
両手が自由になって、京一は最後にカウンターの向こうにいるビッグママの下に駆けて行った。
「ビッグママ!」
「なんだい?」
「トリック・オア・トリート!」
先と変わらず、うきうきと。
何が出て来るんだろうと、待ちきれない様子でカウンターに乗り出しながら京一は言った。
すっかり此処の面々に気を赦してくれた子供に、ビッグママは小さく微笑み、冷蔵庫へと向かった。
―――――――が。
ふと思い立って、ビッグママはわくわくと冷蔵庫を見ている京一に声をかけた。
「京ちゃん、例えばだけど―――」
「あ?」
「お菓子が貰えなかったら、どんなイタズラをしてくれるんだい?」
それは、ちょっとしたイジワル心から来た質問だった。
貰えないなんて思っていない様子の京一の事、貰えなかった時のイタズラは考えていないような気がした。
でも考えているのなら、どんな可愛いイタズラをしてくれるのだろうと。
―――果たして、京一は少しの間きょとんとして、
「ないのか? お菓子」
「さてねェ。どうだったかしら。そうだとしたら、京ちゃんはどうする?」
質問を質問で返される形になったが、京一は其処については何も言わず、うんうん考え出した。
乗り出していたカウンターから降りて、子供が座るには高い椅子にちょこんと座って。
頭を右にこっとん、左にこっとん傾けながら、うーだのあーだの唸ってプランを考える。
真面目に考え出した京一の後姿を見て、アンジー達は口元が緩む。
いつでも真っ直ぐに突き進む子だから、揶揄われている事に中々気付く事が出来ない。
ちょっとした冗談で言った事も、こんな風に本気で悩んでくれるのだ。
でも考え事をするのは余り得意ではないから、あまり考え込むようだったら、途中で冗談よと言って上げないと。
ビッグママもそうするつもりで、手は既に冷蔵庫の蓋にかかっていた。
それから数十秒、たっぷり京一は考えて。
「兄さん達の化粧、全部落とすとか」
「キャ~!」
「いや~ん京ちゃんたらエッチィ~!」
無邪気で、且つ残酷な子供の台詞に、サユリとキャメロンが悲鳴を上げた。
響いた野太い悲鳴に、京一はケラケラ笑い出す。
勿論、冗談なのだ。
「ウソウソ。ウソだって」
「ほんとォ~?」
「だって兄さん達の化粧取ったら、ホントに妖怪になっちまうもん」
「ひっどォ~い!」
ケラケラ笑う子供の告げた単語に、一年前ならサユリもキャメロンも激怒した所だろう。
けれども一年間も一緒に過ごしているのだから、今の京一が本気でそんな事を言わない事も知っている。
京一も一年前の邂逅の事件は忘れていないから、本気で言う事はない。
ケラケラ笑う京一を、サユリが抱き締める。
ぐりぐり頬を押し付けられて、添ったばかりの青髭がジョリジョリと京一のまろい頬をくすぐる。
痛ェ痛ェと逃れようとじたばたする京一を、サユリは逃がさなかった。
飛んだ冗談へのお返しの熱い熱い抱擁。
京一は最初の頃からずっとこれを嫌っていて、される度に悲鳴を上げるのだ。
続いてキャメロンが、まだまだ小さな京一の体を高い高いと抱き上げる。
京一は一瞬ひっくり返った声を上げたが、直ぐに楽しそうに笑い出した。
最初の頃はこれも、いつ落とされるかと言う心配からか嫌がっていたが、流石にもう慣れてくれた。
赤子があやされているようだと嫌がることもあるのだが、今日はお菓子を貰った事もあってか、機嫌が良い。
小さな居候がそうして遊んでいる間に、ビッグママは冷蔵庫を開け、目当てのものを取り出した。
「そんな事されちまったら、営業に支障が出ちまうからね。ほら、お目当てのモンだよ」
「やりィ!」
カウンターテーブルに出されたショートケーキに、京一が破顔する。
キャメロンの腕から、座っていた椅子に下ろして貰うと、直ぐにフォークを手に取った。
大きく口を開けてぱっくり一口含むと、丸い頬が幸せそうに紅くなる。
「へへッ、サイコーだよな、ハロウィーンって!」
フォークを咥えて、丸い頬に生クリームをつけて。
笑う子供に、従業員の黄色い声が上がるのだった。
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実は去年のハロウィーンで、この作中の「去年の話」を書こうとしてました。
時間があればそっちも書きたかった………(泣)!