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優しい言葉とか、温もりとか――――多分、慣れていないのだろう。
触れる度に小さく肩を跳ねさせるから。
腹が減ったとか、喉が渇いたとか、退屈だとか、課題が終わらないとか。
拳武館の寮を訪れて、八剣の部屋まで来て京一が言い出すのは大体そんな事だ。
最悪の出逢いとも言える最初の邂逅から、随分経つ。
その頃の京一の警戒振りを思うと、本当によく此処まで心を赦してくれたものだ。
その上、恋仲になるなど――――正に、八剣の粉骨砕身の賜物である。
しかし、それでもまだまだ、前途は多難のようで。
唸り声をあげながら、それでも嫌いな勉強を続ける京一。
今仕上げているのはとっくに提出機嫌を過ぎた生物の課題だ。
担当教諭からお情けで延ばして貰った提出は、明日が本当に限界の提出日となっていたのだが、ついさっきまで全く手をつけていなかった。
なんでも科目の担当教師が嫌いなのでやりたくなかったそうだが、それでも高校はちゃんと卒業したいので、ブツブツ文句を言いつつも問題の解答欄を埋めていっている。
……のだけども、その答えを解いているのは殆どが八剣だったりする。
宿題って自分でやらないと意味ないんじゃない、とは八剣は言わない。
思わないでもないが、卒業できなくなるのは御免だと縋って来られたら、拒否など出来ず。
いや、最初からそういう選択肢は八剣の中に存在していないのだが。
ついでに、京一のこういう事態は珍しくない事らしい。
補習で出された大量のプリントも、学友達の助けあってのクリアが毎度の事だと言う。
そして今日も相変わらず、殆どを八剣に解いて貰って、京一の課題は片付いた。
「ッぐあ~~~~~~~~ッ」
終わったぁあああああ! と言う台詞の代わりのように、吐き出された音。
解答欄の埋まったプリントを下敷きにして、京一はばったりと卓袱台に伏す。
「お疲れ様」
「……あ~~~~~~……」
課題が間に合って、今回の件での留年は免れて。
ようやくほっとした京一の緊張の糸は完全に切れており、まともな返事をする元気もないらしい。
そんな京一の頭を撫でると、ぴくりと細身の肩が跳ねる。
が、頭が持ち上がることはなく、振り払われる事もなかったので、八剣はそのまま京一の頭を撫で続けた。
「美味い茶菓子があるんだけどね。食べる?」
頭が縦に小さく揺れた。
撫でる手を離して、立ち上がる。
京一ものろのろと起き上がった。
全く。
普段からもう少し気をつけていれば、此処まで追い込まれる事もないだろうに。
でもこうしてギリギリになって追い込まれると、京一は大抵自分を頼って来てくれる。
学友達も教えてはくれるけれど、その度に揶揄されたり、莫迦にされたりするのが嫌なのだと言う。
それも彼らとはコミュニケーションの一つではあるのだが、京一にとっては卒業がかかっている為、笑い事に出来ないのだ。
終わればやっぱり、笑い事にするけれど。
八剣ならば教えろと言えば教えてくれるし、学友達のように揶揄ったりしない。
ついでに、終わればこうして食べ物にもありつけるし、そのまま泊まっても良いしで、彼にとっては実に好条件なのである。
八剣にとっても、京一が自分の元へ自ら来てくれる、その上頼ってくれるとなれば、悪い気はしなかった。
でも、どうやら京一の方はまだまだ、そう開き直れないらしい。
盆に茶菓子と茶を乗せて部屋に戻ると、京一はさっきと同じ姿勢のままで待っていた。
お待たせ、と声をかけると、切れ長の目が此方を向く。
その瞳は何かを言いたそうで―――――、彼の手の中には、先ほど片付けたばかりのプリントがあって。
「美味いよ」
「…ん」
片付けた勉強道具に代わって卓袱台に置かれた饅頭に、京一は早速手を伸ばす。
むぐむぐと粗食するのを横目に、「ね?」と笑いかける。
一口目に食んだそれをよく噛んで、飲み込んで、また食んで。
京一は持ったままだったプリントを見ている。
「…………おい」
「うん?」
京一の声は、少し強張っていた。
視線はやはりプリントに向けられたままで、八剣を見ようとしない。
「……悪ィな、毎回」
小さな声で呟かれた言葉に、八剣は一瞬瞠目した。
京一はまだ此方を見ない。
京一は八剣を見なかったが、八剣からは京一の横顔が少しだけ見えた。
首から耳から赤くなって、頬も薄らと紅潮しているように見える。
正面から顔が見たかったけれど、絶対に嫌がるだろうと予想できるから、覗き込もうとは思わなかった。
突然だった侘びの言葉の真意を、八剣は測りかねる。
謝られるような事など、八剣はした覚えはないし、京一にされた覚えもない。
多分――――毎回付き合せていることと、自分では解けない問題(ほぼ七割近く)を八剣に解いて貰う事と。
それについて八剣が文句も何も言わずに引き受けるから、返って居心地が悪くなるのだろう。
学友達のように、冗談でも貶すような態度を取るなら、言い返してスッキリ出来るのだろうけど。
打算も計算も何もなく、ただの好意であるというのに、この少年はいつもそうだ。
いや、だからこそ慣れないのだろうか。
だからきっと、此処で優しい言葉をかけても、この子はまた気まずい顔をするのだろうけど、
「構わないよ。それで京ちゃんが助かるなら、幾らでも」
……言ってから。
ああやっぱり俯いちゃった、と下を向いてしまった京一を見て思う。
でも慣れてないと言うのなら、自分はずっとこうして彼と接するだろう。
いつか、自分の言葉で笑ってくれる日が来るように。
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10月10日現在の拍手、“正直になれないあなたに5のお題(01 慣れない優しい言葉)”で書いていたものでした。
此処に放置するネタ粒って、なんか八京が多いような……ってか、そればっかり?
なんでかしら。書き易いのかしら。ちょいとした話は確かに書き易いかも。
龍京も書きたいんですけどねぇ……改めて考えると、中々思いつくものがないです。ほら、ナチュラルラブだから、うちの二人。