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どうしたって好きになれない物や事柄はある。
人それぞれに人格があって、相手によって合う合わないの相性があるのだから仕方がない。
けれども、此処ではそんな理屈はただの言い訳や我侭でしかない。
立場がそうさせていて、そして自分は面倒臭い言は全て飲み込み、伸ばされる腕は全て受け入れなければならない。
袖振り合うも多少の縁とは言うが、それも自分である程度選べられたらの話だと思うのは、こんな時だった。
座敷の襖を開けて、下げていた面を上げれば、案の定。
「やぁ、京ちゃん」
胡散臭い程ににこやかな笑みを浮かべて、男―――――八剣右近は言った。
京一は、この男が苦手だった。
嫌いでないのかと問われれば、出てくる答えは迷いなく“嫌い”だが、それよりも苦手の部類に入る。
見た所、年の頃は二十の半ば程で、城に仕える高官お抱えの侍であると言う。
元は浪人をやっていたと言うが、なんの因果か今の位置に納まり、七日に一度(多い時は日を開けずに)此処に来る。
腰に携えた刀は無銘であるらしいが本人は気に入っているようで、妙に綺麗な細工の入った刀に比べると酷く地味であった。
お陰で良い賃金を貰っているようには見えないのだが、太夫の京一の馴染みになる程だから、所得は高いのだろう。
顔立ちは整っている方で、普通に女の所に行けば引く手数多である筈だ。
京一は女がどんな顔を好きかなど興味もないし知らないが、こういう顔が好きなんじゃないかとは思う。
だれだって不細工より整った方が好きだろうし、京一も(選びたい訳でも、選べる訳でもなかったが)脂ぎった腹の肥えた狸親父よりも、こっちの方が随分マシに思えた。
廓に来る客の中では、珍しいほど身奇麗な男であった。
さて、京一が何故この男を苦手としているかと言うと。
「お酌、してくれる?」
「…………」
これだ。
先ずこれだ。
それが仕事なのだから、言われなくともする。
言う男もいて、それらは大抵命令口調で、あまりに態度が酷いと京一は躊躇わずに股間を蹴飛ばしてやる事もあった。
だが、こうして柔らかな物腰で―――裏もありそうにない―――頼まれることは、滅多にない。
言われた通り、京一は八剣の傍に寄って、徳利を手に取った。
差し出された猪口に注ぐと、八剣は一息に煽る。
この後、大抵の客は性急に事に及ぼうとする。
一般的にはどうだか知らないが、少なくとも、京一の客は殆どがそうだった。
だから最初にこの男と会って、あっと言う間に馴染みになった時も、床入れだけが目当てなのだろうと思っていたのだが、
「最近、夜になるとめっきり冷え込むね。北の方じゃ、もう雪が降ったってさ」
「…………」
「此処で雪は降らないな。雪見酒も良いんだが、降らないのじゃあどうしようもないか」
「…………」
空になる事に猪口に酒を注ぐも、その間、京一は無言だった。
相槌も打たないのは昔からで、この態度を崩してやろうと男達が躍起になったのが京一の人気の由縁だ。
だから馴染みになった男達は、高慢な顔を打ち壊そうと性急に床入れしようとするのである。
が、何故かこの男だけはそれをしない。
聞いているか否かも確認することなく、酒を飲んでいる間は好きに喋っているばかりだ。
京一が本当に聞いていなくても、この男は気を咎めた様子もない。
詰まらない話だったね、次はもう少し面白そうな話を仕入れておくよ。
そんな事まで言ってくるのだ。
「眠る時、寒くはないかな。うちの屋敷は見た目は良いが、隙間風が酷いんだ」
主殿が守銭奴でね、中々直して貰えない。
笑い混じりのその言葉は、深読みすれば、熱を欲しているという意味にも取れる。
徳利を置いて、杯を取り上げる。
八剣は何も言わず、京一の好きにさせていた。
腕を首に絡めて、触れ合いそうな程に顔を近付ける。
形の良い唇に舌を這わせ、八剣の首の後ろで指を滑らせた。
「寒いんだったら、温まりゃいいだろ」
「京ちゃんが温めてくれるのかい?」
「…………」
どうせそれが目当てだろう。
だから、此処に来るんだろう。
睨む京一の瞳は口ほどに物を言うもので、八剣もそれをしっかりと知っていた。
けれど、八剣は動かない。
だから苦手なのだ。
嫌いなのだ。
此処は“そういう”場所なのに、此処にいるから自分は“そういう”ものなのに。
どうしてかこの男はそうであれとは言わず、京一から誘いをかけないと床にも入らない。
ただ酒を飲むだけで店で一夜を明かし、酒代には吊り合わない揚代金を置いていく。
単純に客として相手をするなら、こんなに楽な客は早々いないが、京一には返ってそれが苦手意識に繋がった。
抱くことがない日もあれば、酌すら求めることがない日もあって、本当に京一が隣にいるだけの事もある。
それで何が楽しいのだか、コイツは此処に何しに来てんだと思うのだ。
京一が抱けと言えば、抱く。
激しくしろと言えば激しくするし、さっさと済ませろ言えば本当にさっさと済ませる。
京一が自分の好きに動けば受け入れて、主導しろと言えば主導した。
けれども、前の客のお陰で京一が疲れている事があると、自分の相手は良いから寝ろと言う。
本当に寝ていても寝込みを襲ってくる事はなく、そういう日はお陰で助かるが、やっぱり困惑した。
時々、どちらが客か判らなくなる程、八剣は京一の要望に答えてみせる。
こんな妙な客は他にいない。
「……お前は、オレをどうしてェんだよ」
「好きにしてくれていいよ」
問うてみれば、毎回そんな答えが返ってくる。
番頭や楼主は、良い客だ、上客だと言うが、京一は冗談じゃないと思う。
こんなに性質の悪い客はいない、と。
同じような事を言って置きながら、京一の主導を赦さない男もいる。
好きにしろと言って、好きにしてやれば、罵詈雑言をはき掛けてくる輩もいる。
……腹は立つが、そっちの方が判り易いので良いと京一は思う。
「じゃあ、お前はどんなオレがお望みだ?」
帯を解いて、着物を肌蹴させて。
さぁお前はどんな趣向が好きなんだと、意地の悪い質問を投げかける。
その薄ら笑いの裏側を見せてみろと、囁いてやる。
自分に何か幻想を見ているのなら、いっそ打ち砕いてやる。
甘美な夢を見せるのは、この穢れた躯なんだと教えてやる。
―――――――なのに。
「そのままでいいよ」
そう言って、背中に回った腕は、何をするでもなく閉じ込めるだけで。
少し大きな手のひらは、拗ねた子供を宥めるように頭を撫でる。
言葉も行為も、いつも意味が判らない。
結局お前は、オレの何が見たいんだ――――――?
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長い。
拍手なのに長い。
プレなのに長い。
ごめんなさいいいいい!!
京一が荒んでれば荒んでるほど、八剣が寛容になって行く気がします。
でもこのシリーズの八京は、終始こんな感じになりそうです。
あと、うちの八剣はいつも言葉が足りなすぎるんじゃないかと思います。
……だって言っても京ちゃんが信じないからさぁ……