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一月ぶりに見た顔に、京一の表情が思わず晴れる。
三週間前に京一付きの禿(かむろ)になったばかりの少年は、初めて見た太夫の笑顔に驚いた。
彼は自分と話をする時にも、何処か傷ましげな顔をして、笑った顔も見せた事がない。
そんな太夫に、心からの笑顔をさせる人物がいるなんて、とてもじゃないが想像できていなかった。
「龍麻じゃねェか。久しぶりだな」
「うん。これ、お土産」
店にやって来て京一を指名したのは、京一とまだ歳の変わらぬ青年――――いや、少年だろうか。
元服はしているだろうが、齢を重ねた大人達と並ぶと、まだ垢抜けぬ雰囲気を纏っている。
そんな人物がどうして太夫と親しく出来るのか、傍目には理解できないだろう。
龍麻と呼ばれた少年が差し出したのは、東の都で今流行の饅頭。
それを、京一は躊躇わずに受け取った。
後で食わせて貰うと言う京一に、少年は嬉しそうに頷いた。
禿の少年がその場にいられたのは其処までで、京一に言われて土産の饅頭を京一の寝所に持って行く事になった。
その時龍麻と目が合って、澄んだ瞳がこの店にはなんだか不似合いなような気がして、どうして彼のような人物が廓に―――それも陰間茶屋に―――来るのかが不思議でたまらなかった。
座敷を後にする間際、禿の少年は、少しだけ座敷の様子を伺っていた。
その間、二人は客と太夫と言うよりも、まるで長年の友人のような気安さで会話を交わしていた。
「今回は何処行ってたんでェ? 東の都だけか?」
「北にも行ったよ。東の都から、仕事でだけど」
「北はもう冬か」
「うん。僕が行った時は雪は降ってなかったけど、今はもう降ってる時期かな」
用意されていた酒を、龍麻は手酌で注いだ。
本来ならば京一の仕事であろうに、しかし京一は龍麻の手を止めず、自らの分も手酌で注ぐ。
乾杯の音頭もなく、二人は、まるで其処が町の安宿であるかのように酒を飲む。
太夫が珍しく、客を気に入っているようであると、少年にも判った。
誰に対しても気を赦さない人だと思っていたのに、こんな顔をする事もあるのか―――――そう思いながら、少年は座敷を後にした。
………禿の少年が座敷を離れて。
足音が遠退き、気配も消えたのを確認してから、京一は銚子と猪口を捨て、手を伸ばした。
親しい友の表情から、艶を宿した太夫の顔に変えて。
「雪ってェのは、冷てェんだろ?」
「京一は、雪を見た事ないの?」
「さァてね。忘れた」
首に腕を絡めて、顔を近付ける。
目を閉じた龍麻に、京一は躊躇わずに口付けた。
数度舌が触れ合って、離れる。
「オレと雪と、どっちが冷てェんだろうな」
龍麻の手を捕まえて、京一はその手を着物の袷の中へと誘う。
女と違う平らな胸―――――龍麻は直ぐに答えて、其処に掌を滑らせた。
左側に触れてみれば、心臓の鼓動が感じられて。
「京一は温かいよ」
「………ふぅん」
呟いた龍麻に、京一はなんとも気のない返事をする。
「どうかねェ。オレぁそうは思わねェな」
「大丈夫。本当だから」
「口じゃなんとでも言えらァな」
口端を吊り上げて漏れた言葉を、龍麻は確りと受け止めた。
受け止めたことに龍麻の表情が歪むことはなく、ただほんの一瞬、寂しそうに眉尻が下げられて。
―――――龍麻のそんな顔にさえ、京一は同じように笑んで見せただけで。
「好きだよ、京一」
廓で囁かれる愛の言葉こそ、薄っぺらいものはないだろう。
不確かな言葉を注ぐくらいなら、明確な証を寄越してみろと、切れ長の瞳が嗤う。
そら見ろ出来ないじゃねェかと、出来た所でなァんにも返すモンなんかねェけどな、と。
伸ばされた腕を捕まえて、褥に横たえる。
じっと見下ろす先にある表情は、笑っているようで、嘲笑っているようで。
見上げてくる瞳は、艶を灯しているのに、目の前にいる人間から素通りしているようで何も映す事はなく。
「好きだよ」
「ああ」
繰り返された言の葉に、京一の表情は変わらない。
囁かれる愛も受け入れて、何も拒むことはない。
そして、返事を望むのならば、臨む言葉を紡いでみせる。
「オレも好きだぜ、龍麻……―――――――」
囁かれた愛の言葉は、龍麻が呟いた言葉以上に中身がない。
それが当たり前だ。
京一にとっては、相手の言葉も、自分の言葉も、価値を持たない。
だって差し出すものは、単なる言の葉だけだから。
囁かれるだけ、囁いてやろう。
中身の要らない愛なら、幾らでも。
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龍麻に対してこんな態度の京一と言うのは、うちのサイトじゃ珍しいですね。
こうなっちゃうと相当荒んでる事になります。
このまま行ったら、雛○○症○群とかになるんじゃないですかね(えぇぇぇ)。
他の客よりは気に入ってるので友好的ですが、だからって受け入れてる訳でもない感じ。
お前の要望には応えてやるよ、みたいな。