例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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09 水溜りに隠した涙









ぽつぽつ。
ぽつぽつ。


雨が降っている。
風はなく、ただ真っ直ぐに天から大地へと降ってくる。

その柔らかな雫の向こう側、立ち尽くす親友を、龍麻はただ見つめていた。



少し後ろから、嗚咽を飲み込めなかった小蒔の泣く声がする。
葵は何も言わず、ただ涙する小蒔の肩を慰めるように抱き締めた。

京一と龍麻の間には、醍醐がいた。
醍醐は龍麻と同じように、雨の中に佇む京一を見つめている。
時折何か告げようとするように肩を震わせるが、結局それは音にならなかった。




佇む京一の表情は、判らなかった。
背中を向けている所為もある。

でも、それよりも何よりも、その背中は、拒否しているように見えた。


―――――去来する筈の、全ての感情を。






迷いもなく、躊躇いもなく、京一は貫いた。
己が何よりも誇るその刃で、何よりも信じるその剣で。






斬ってくれ。
殺してくれ。

“彼”はそう言った。
京一はそれに頷かなかった、醍醐は苦しげに唸っていた。
それでも一つの躊躇いもなく、京一は“彼”を貫いた。


“彼”の名を、龍麻は知らない。
京一と醍醐だけが知る人物だった。
偶然の再会だった、最悪の再会だった。

…もしかしたら幸いだったのかもしれない―――唯一“彼”にとっては。
ヒトとして理性の残る内に、誰をその手で傷つける事もなく逝けたのならば。



でも、それはあまりにも身勝手で自分本位な喜び。




迷いもなく、躊躇いもなく、真っ直ぐにその躯を貫いた人物が泣かないなんて、そんなのは違う。







ぱしゃりと音がして、京一が踵を返し、振り返った。
雨に濡れた前髪が目元を隠し、真一文字に閉じられた口は綻ぶことはなかった。

ぎ、と言葉が見付からぬもどかしさに歯を噛む醍醐の隣に並ぶと、京一の腕が上がる。
とんっと殴る訳でもなく、けれど押すと言う程優しいものでもなく。
京一の拳が醍醐を突いて、また京一は歩を進め、醍醐から離れていく。



何も言わずに、京一は龍麻の傍を通り過ぎた。



追いかけるように振り返れば、京一は葵と小蒔に近付いていた。

小蒔が怒りのような、悲しみのような、色々な感情がごちゃ混ぜになった瞳で京一を睨む。
葵は戸惑うように視線を泳がせ、また伏せてしまった。

京一は何も言わなかった。
葵が例えば慰めても、小蒔が例えば怒鳴っても、きっと何も言わなかっただろう。


……結局京一は、何も言わずに彼女達から離れて行った。
降る雨の存在すら忘れたかのように、常と変わらぬ所作で平静とした足取りで。
まるで何も感じないかのように、まるで何事もなかったかのように。



―――――何一つ其処に感情など存在しないかのように。








「―――――――京一」








呼びかけると、京一の足が止まった。


振り返る仕種が、スローモーションに見えた。
京一の周囲だけが、色が褪せているように思える。

色を、失って。










「行こうぜ、龍麻」










なんでもないと、無表情を装った、その頬。
















伝い落ちていく雫は、きっと、ただの雨の雫。


















あれ、ほのぼのじゃないよ……?
でもお題見た瞬間に思い浮かんだのが、泣きたいのを雨で誤魔化す京ちゃんだったんです。
……インスピレーション優先ですいません……

鬼と闘い続けてる間に、身近な人とか、嘗て友人だった人に会ったりする事もあったんじゃないかと。小蒔みたいに。
そんな人を自ら手にかけることになって、一番苦しくて一番吐き出したい時に、一番堪えてしまったりとか。


京ちゃん可哀想なことにしてごめんなさい…!(これもうお礼じゃねえよ…)
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