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チリン、と音が鳴って、顔を上げると窓辺で風鈴が揺れていた。
なんとなくそれを見ていたら、ひょいっと突然視界が一人の男で埋まる。
相棒であり、この部屋の主の緋勇龍麻によって。
「風鈴、珍しい?」
その質問には答えず、ほぼゼロ距離にある相棒の顔を手のひらで押しやった。
間近でこの顔を見る事には随分慣れた京一であったが、それでも容易くこの距離を許す訳には行かない。
何せ、うっかり気を抜いていたら、その隙に呼吸が出来なくなってしまうのだから。
「あんなモン、この間来た時にあったか?」
京一が前にこの部屋に来たのは、四日前の事だ。
ごっくんクラブで泊まった翌日、吾妻橋達は連絡が取れなかった。
さて何処で一夜を明かそうかと思った時、偶然、このアパートの前を通りかかった。
そしてこれも偶然(恐らくではあるが)、コンビニから帰ってきた龍麻と会い、それなら泊まっていけばいいと。
断わる理由もなかったし、龍麻の部屋がどんなものだったのか気になったので、遠慮なく上がらせて貰った。
時間は既に夜の10時を越えていたが、やはり夏の夜は蒸し暑い。
設置されていた古びたクーラーは効きが弱く、京一は中々寝付けなかった。
それは龍麻も同じで、サウナの如く蒸した部屋の中、二人でゴロゴロしていたのはまだ記憶に新しい。
その時は、こんな代物はなかったと、京一は記憶している。
こざっぱりした部屋の窓辺に在ったのは、光を遮りプライバシーを守るカーテンのみだったと。
触れそうだった距離から離された龍麻は、少し不満そうに唇を尖らせてから、
「なかったよ。昨日買ったんだ」
「わざわざ買ったのか、あんなモン」
「綺麗だったから」
風鈴には、殆ど飾り気がない。
ガラスを作る時に生まれる色素が浮かんでいるだけで、金魚や波模様などの絵柄は描かれていなかった。
特に主だった特徴がないその風鈴は、こざっぱりとした部屋の中に上手く溶け込んでいる。
飾り気のない殆ど透明なガラスを綺麗と称するのが、なんだか龍麻らしかった。
其処にあるそのままを、素直に受け止めるのが。
「で、なんで買ったんだ」
「京一が暑いって言ってたから」
問い掛けに対して返った言葉に、自分の名があって京一は意味が判らず頭を捻った。
「この間、京一、この部屋暑いって言っただろ」
「……今も暑いぜ。クーラーの設定温度下げろよ」
「あんまり下げるとブレーカーが落ちるから」
「…取り替えた方がいっそ利口なんじゃねえか」
「一人暮らしの苦学生にそんなお金ある訳ないじゃん」
「苦学生って面かよ」
言って、それで? と京一は話を元に戻した。
うん、と龍麻も話の切り替えを受け止めて、
「それの所為で京一がもう家に来てくれないとかだったら、ヤだなと思って」
「……………」
「でも温度下げてブレーカーが落ちたら、他の人の迷惑になるし」
「………で?」
「だから、風鈴」
「………………」
京一の眼が胡乱なものになる。
風鈴は、日本人の夏の風物詩だ。
風鈴の音には「1/f ゆらぎ」という音が含まれており、これは脳内にα波が発生しリラックスすることが出来る。
これによって暑さと湿気から来る不快感を、幾らか和らげることが可能なのである。
しかし、だからと言って体感温度までは変えられない。
これについては周囲のものを青色にするとか、視覚情報への工夫が必要である。
―――――と、テレビで見た俄か知識を披露する相棒の声を聞きつつ、京一は部屋の中を見渡してみた。
……確かに、カーテンもベッドの布団も青になっていた。
「だから、これからも時々でいいから、泊まっていってね」
僕、京一の為に頑張るから。
その台詞に、何を頑張るんだ、と言おうとして。
やっぱ聞きたくないという結果に行き着いて、京一はゴロリと部屋の真ん中に寝転んだ。
風鈴の音が聞こえてくる。
龍麻は何処か嬉しそうだった。
でも。
やっぱり、暑いものは暑かった。
…………だから、顔が暑いのも部屋が暑いからだと、思う事にした。
キスはする仲らしいですよ、これ既に。
京一の為ならなんでもします、な龍麻。
京ちゃんは満更でもない。