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乾いた喉を潤す水分。
それがただの水であれ、甘いジュースであれ、炭酸であれ、美味い事に変わりはない。
ついでに腹が満たされれば文句なしなのだが、流石に其処まで言うのは高望みだ。
精々、水っ腹にならない程度が良い所だろう。
開けたばかりの缶ジュースを一気に煽れば、あっという間に半分まで減った。
学校に置いてある自販機は安くて学生に優しいのだが、量で言うと物足りない。
250mlなんて瞬く間になくなってしまうのだ。
値段は今のままで量だけ増えねェかな――――なんて都合の良いことを考える。
後半分はちびりちびり飲みながら、京一は季節の移ろう空を見上げる。
「……あー……喉痛ェ」
呟いたのは誰に対してでもなく、ただの愚痴。
けれども意外とお喋りが好きな――本人は聞いているだけだが――親友が、ひょいっと視界に入ってきて、
「あれだけ大声出したんだから、当たり前だよ」
「……仕方ねェだろ、ムカついたんだから」
龍麻が言うのは、先ほどの休憩時間での出来事。
醍醐と京一が珍しく互いに声を荒げるほどのケンカをしたのだ。
発端が何であったか、京一も龍麻も覚えてはいないが、お互い譲れない事でぶつかったのは確かだ。
最初は単なる意見の食い違いであっただけなのに、何処でどう発展したのやら。
気付いた時にはあと少しで殴り合いになるところだった。
チャイムが鳴って、京一の腕を龍麻が掴んで問答無用に教室を出たから、未遂に済んだ。
そのまま龍麻は京一を引き摺って屋上に出て、醍醐は教室に残った――――今頃は真面目に授業を受けているに違いない。
醍醐とケンカをしたのなんて、どれ位振りだろうかと京一は考える。
出会いこそ温和なものではなかったが、それなりに長い付き合いで、それなりの距離があった。
それが急激に縮まったのが今年の春からで、以来、時折考えの相違でぶつかる事も見られるようになった。
……それでも、あそこまで派手に言い合いをしたのは、随分久しぶりだったと思う。
それでも、少しは落ち着いた。
散々怒鳴り散らしたお陰だろうか。
声を荒げている最中は腹が立つばかりだったのに、時間を置いたら頭が冷えた。
一度沸点に達して上がりきってしまえば、後は下りていくばかりだ。
飲んでいる冷たいジュースも要因の一端かと思いつつ、空を眺めていたら、龍麻がしみじみと呟いた。
「京一って、よく怒るねぇ」
その呟きにそうか? と言えば、そうだよ、と返された。
「怒るって言うか、叫ぶって言うか……大きい声出すよね」
「……そんなに出してたか?」
「だと思うよ。僕はね」
龍麻の言葉に、ふーん、と京一はさほど興味なく漏らす。
――――確かに、よく怒鳴るかも知れない。
最初の頃は葵に対してもよく声を荒げたし、小薪にも悪辣な言葉で詰った事がある。
醍醐に対しては付き合いも長いから遠慮をする事がない。
龍麻に対してだって、気に入らないことがあれば京一は真正面から声を荒げる事があった。
言われて見れば、思い当たる節がかなりの数になっている。
それじゃあ喉も枯れる筈だと、京一は熱の引いた喉を擦りながら思った。
それから、そんなに怒鳴る友人と一緒にいながら、いつも静かな親友に気付き。
「お前は静かだよな」
「そう?」
「だろ。ンなので疲れねェのか?」
「怒鳴る方が疲れると思うけど…」
「そういう事じゃなくてだな」
龍麻の呟きは最もと言えば最もだ。
怒っているのに怒鳴れば尚更腹が立つし、怒鳴られてもやっぱり腹は立つ。
深呼吸一つすれば落ち着くものも、ささくれ立って棘だらけになってしまう。
退くに退けない状態になって、心身共に疲れてしまうのは当然。
だが京一が言いたいのは、そういう事ではなくて。
「お前だって、ムカつく事はあるだろ。喚きたい時だってあんだろ。そんな時でも、お前はへらへら笑って受け流すのか?」
発露する事で正常値に戻る、という事だってある。
京一はそういうタイプで、自覚もあるし、ずっとそうして来た。
腹が立てば怒鳴り、悔しければ喚き―――みっともない事もあるけれど―――、そうして、自分を本来の軸に戻す。
追い付かなくて荒れに荒れた時期もあるけれど、あの時散々荒れたから、今はそれなりに落ち着いている。
ならば、この親友はどうだろう、と時々思う事があるのだ。
誰に何を言われても、笑顔で受け流すのが常であるのは、何故なのか。
京一の問いに、龍麻は首を傾けて、困ったように笑う。
返事に詰まると、龍麻は大抵この顔だ。
なんだかそれが腹立たしくて、京一は龍麻の頬を抓ってやった。
「きょーいち、いたい……」
「当たり前だ、痛くしてんだから」
これで痛くないとか抜かしたら、殴る。
直接的な制裁を口にした京一に、龍麻は勘弁してよ、と笑った。
やっぱりそれが腹が立って、結局――加減はしたけど――握った拳で龍麻の頭を殴ってやった。
怒鳴って、
喚いて、
泣いて、
喉が枯れて。
――――――その後笑うことが出来たら、きっと。
黙って飲み込んでたら、いつか壊れてしまうかも知れない。
だから偶には、泣いて喚いて、吐き出して。
第二幕《宿星編》に繋がったりとかね。したりして。