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「眠ィ」
言うなり、体重を預けられて、龍麻は固まった。
赤茶色の髪の毛先が首元に当たって、くすぐったい。
それを言おうと頭を動かそうとすると、連動する筋肉と骨も動いて、京一が不満げに唸った。
「……動くなよ、龍麻……」
声は既にまどろみの中に身体半分漬け込んだようなものになっていた。
「動くなって言われても……急になんなの、京一」
「何もクソも言ったろ、眠ィんだよ」
突然の行動の発端を尋ねてみれば、端的かつ何よりも判り易い答え。
眠い、彼は確かにそう言った。
それは限りなく、現在の京一の状態の真実に近しいのだろう。
屋上の陽射しは柔らかく暖かで、吹き抜ける風は心地良く、ぽかぽかとした陽気は学生達の眠気を誘う。
連日深夜の街に繰り出して、温和でない部活動(言うと京一は違うと反論するが)のお陰で、龍麻達は慢性的に寝不足気味で、そんな状態でこの気候に当てられたとなれば、寝るなと言うのが無理な話であった。
「…で、僕に寄りかかってどうするの?」
「どーもこーも……」
喋る事すら面倒臭くなってきているらしく、京一の声はいつもの覇気がない。
ちらりと顔を見遣ってみれば、丁度欠伸を噛み殺している所だった。
いつも強気で鋭い光を放つ眦に、うっすらと透明な水滴が滲んで浮かんでいる。
「寝るに決まってんだろォ……授業なんか出てられっかよ……」
腹も溜まったしな――――空っぽになったパンの袋をコンビニのビニール袋に突っ込む京一。
確かにこの陽気に加えて満腹ともなれば、もう眠気に逆らう気にはならない。
ついでに言うと昼前の授業は体育で、龍麻と京一もサッカーに興じていた。
適度な運動、その後の食事、そしてぽかぽかとした暖かな陽気―――――。
見事に揃ったこの好カードを敢えて捨てるなど、勿体無さ過ぎる。
「だからって僕を枕にする?」
「…おめーが其処にいるからだろ」
「いつもの所とか行かないの?」
「……面倒」
いつもの所、とは、京一がよく昼寝をしている校庭の木の上。
この屋上も心地良いが、あの木の上も悪くはない。
そして此処よりも邪魔が入ることは少ないので、授業をサボってゆっくり寝るなら、そちらの方が平和である。
が、京一はもう其処まで移動することさえ面倒臭かった。
にじり寄って来る睡魔は既に身体の力を皆無にさせ、瞼を上げているのも辛くなってくる。
気の知れた相棒に寄りかかったまま、とっとと眠ってしまおうかとも思っていた。
「次、生物だよ」
「……寝る」
昼休憩開けの授業が、自分の苦手とする人物の担当教科と知り、京一は本格的に寝る姿勢に入った。
身体の力を抜いて寄りかかる京一に、龍麻はうーと唸り、
「きょーいちぃ…重い……」
「……知らねぇ」
「じゃなくてー……」
なけなしの抗議すら聞いてはくれないらしい親友に、龍麻も結局は諦めた。
それに。
なんだかんだ言って、無理矢理押し退ける気にはならなかったのだ。
寄りかかって来る、温かな重みを。
今此処で、こうして、眠れるという事は、
信じてくれているから、それ以外になくて。
「重いよ、京一」
だけど、しばらくの間は、このままで。
眠りの波間を漂う君の、傍にいさせて。
居眠り京ちゃん、枕代わりの龍麻。
多分、この後龍麻も寝ます。
眠れるってことは、それだけ安心できる場所だってこと。