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――――――繋ぎ止めたい、ずっと
【STATUS : Enchanting 6】
京一が龍麻の家に泊まるようになって、五日。
もともと細かいことを気にしない京一は、その生活にも早々と馴染んでいた。
龍麻と寝起きし、龍麻の作る簡素な朝食を食べて、平日は登校、休日は二人で適当にブラブラしたり。
登校から放課後までの時間を共に過ごす事は今までも多かったが、此処数日はそれの比ではない。
朝から晩までずっと一緒、それこそ寝ている間も一緒にいるのである。
もともと仲の良かった二人がそんな事になると、邪推する者達も出て来て――――――
「で、何処まで進んじゃってるの!?」
真っ先にそれを、真正面切って問うて来たのは、新聞部部長・遠野杏子であった。
放課後の夕陽差し込む教室で、投げかけられた質問に、京一はしばしフリーズ。
胡乱な目で遠野を見て、それから隣に座っている龍麻へと目を向ける。
コイツは何を言ってんだ――――、と。
龍麻の方は、遠野がどういう返事を期待しているかはともかく、質問の意味は瞬時に理解した。
そして、本当に進んじゃうならいいんだけどなぁ、と思いつつ、
「遠野さん、楽しそうだね」
「そりゃもう! 学校中でも噂なのよッ!」
「だから、何がだよ……」
空きっ腹の腹を慰めるように撫でつつ、京一が呟く。
今日も授業が終わった後はラーメン屋に直行する予定だったのだ。
それを遠野に呼び止められ、聞きたいことがあるからと他生徒が全員いなくなるまで待たされた。
京一の胃袋の空き具合は既に限界を通り越している。
面倒なことはさっさと済ませて、ラーメンが喰いたい、というのが京一の隠されることなき本音である。
遠野は京一の言葉に、キラリと眼鏡を光らせる。
陽光を反射させて、レンズの向こうの見えない目が、どんな色をしているのか、京一には判らない。
龍麻はやっぱり、楽しそうだなぁ、と思って見ていた。
バン、と盛大な音と共に、京一の机に数枚の写真。
それは、遠野が取り出したものであり、間違いなく彼女自身が撮影したものだろう。
龍麻と京一、揃って覗き込んだその写真には、見紛う事無く自分達が写り込んでいた。
「……お前、いつの間に……」
全然気付かなかった、と言う京一に、龍麻も頷く。
そう言えば、吾妻橋達と乱闘していた時には、地面の中に埋もれていたのだ。
お互いに気配には敏感な方だと言うのに、遠野のジャーナリズム根性には全く頭が下がる。
「あ、これ昨日の朝の奴だ」
「いい角度で撮れてるでしょ」
「最近のデジカメって凄いんだねぇ」
「そうなのよ。デジタルズームでも、画質落ちないの!」
「つーかコレ全部隠し撮りじゃねえか。一歩間違えば犯罪だぞ…」
今更言うだけ無駄だろうとも判っているのだろう、京一の言葉は覇気がない。
全く気付かなかった、自分達の日常風景の撮影写真。
カメラの性能さ云々よりも、やはり遠野自身の情熱にかかるものが大きいだろう。
角度もタイミングもばっちりで、龍麻は暢気にそれを褒めている。
見せられた写真は六枚程度のものだったが、探れば確実に、まだまだ湧いてくるのだろう。
別に見たくもないので、京一は目の前のそれらだけにざっと目を通して、遠野に視線を移す。
「で? コレがなんだってんだ。あと噂ってなんだよ」
「知らないの? ……まぁ、本人に知られたら、何されるか判んないし、無理もないか」
「………ットにどういう噂だ、そりゃあ……」
龍麻の家に泊まるようになってから、京一の生活は平穏無事である。
昼間は学校に行って、授業をサボって、それが終われば街に出て、夜になれば鬼と戦う。
それらが終わると龍麻の家に行って、遅い夕飯を食べて、風呂に入って寝る。
多少世間一般の日常生活とズレはあっても、京一にとっては普通の日常生活だった。
――――ほんの数日前の災難を思えば、尚更。
そんな中で今度は一体何事だ、と京一は顔を顰める。
ギリギリとあからさまに不機嫌になっていく京一に、龍麻が手を伸ばし、頭を撫でる。
此処数日の間で、龍麻のこの行動にも慣れてしまった。
何度振り払ったところでまた撫でようとするから、好きにさせる事にしたのである。
遠野は眼鏡のズレを指先で直し、またキラリ、眼鏡を光らせる。
ニヤリと笑う口元に、京一は数日振りの嫌な予感。
「アンタ達が出来ちゃってるんじゃないかって!!」
「――――――はぁあ!!??」
高らかに宣言された“噂”に、京一が素っ頓狂な声を上げる。
無理もない。
「なんだそりゃ!? おいアン子、どっからどう見りゃそんな噂が出て来るんだよ!?」
「だって毎日毎日、朝から晩まで一緒なんでしょ。怪しむわよ、それじゃ」
「オレが女だとか、龍麻が女だったりすりゃ、そんな話も出てくるだろうけどな。野郎同士でなんでそうなる!」
噛み付く勢いで猛反論する京一に、相変わらず遠野の度胸は据わっていた。
デジカメを取り出し、保存されている画像を操作しながら、“噂”の内容を思い出し、話す。
「京一と緋勇君って、緋勇君が転校して来た時からずっと一緒でしょ。授業サボるのもケンカするのも、買い食いするのも。だから、前からそういう噂はあったのよ。、随分下火になってたけどね。
でも京一って変な人達によく好かれるけど、女子更衣室覗いたりとか普通にするし、緋勇君は誰とでも仲良いし。一緒にいる時間は長いけど、美里ちゃんや桜井ちゃんだっているのに、男に走る訳ないよねーっていうのに行き着いてたんだけど……
此処数日、京一が緋勇君の家に泊まるようになって、それからあのクラブにも舎弟のトコにも行ってないって聞いてね。調べてみたら、他の所にも最近京一はちっとも顔出してないって言うし。それってつまり、緋勇君の所にしか泊まってないんでしょ。朝晩一緒で、学校でも一緒で、放課後も一緒で……
―――――――それで、噂が再燃したのよ」
―――― 一気にまくし立てられた“噂”の内容。
ご丁寧に前後関係まで語られて、龍麻と京一はぽかんとしてそれを聞いていた。
「で、真相は?」
確実にこれを記事にする気満々である。
キラキラと輝く遠野の瞳に、京一はがっくりと机に突っ伏した。
「何処の暇人だよ、そんな噂信じる奴……」
「信じる信じないは別にしても、もう学校中で有名な話よ」
「…………最悪だ……」
頭を抱えた京一に、龍麻は椅子ごと近付いて、頭を撫でる。
「僕は別にいいけどな」
「は!? 何言ってんだよ、龍麻!」
「え、どういう事どういう事ッ!?」
龍麻の発言に、冗談じゃないと京一が勢いよく顔を上げた。
遠野が更に目を輝かせ、カメラを構えて龍麻に詰め寄る。
ガタリと京一が立ち上がり、龍麻の襟首を掴む。
「お前な、意味判ってるか!? オレと、お前が、デキてるってんだぞ!?」
「判ってるよ。うん、でも僕はいいよ。京一となら」
「ちょっと待て! アン子がいるのに妙な事言うな、お前も録音すんなッ!!」
「いいじゃない、これでいつ一緒にいても変じゃないだろ?」
「えーッ! これって、これって、超々スクープぅ! あ、でも“ミステリアス”のイメージが…! あ〜ん、どうしよう〜!」
「止めろっつってんだよ! 龍麻! お前も煽るんじゃねぇッ!!」
相棒のとんでもない発言と、ジャーナリスト志望の友人と。
味方のいない状況に、京一は頭痛を覚えつつ、此処で黙ったら負けだと自分を発奮させる。
「アン子! その録音した奴は今直ぐ消去しろ! ついでに写真も全部捨てろッ!」
「あ、捨てるぐらいなら僕に頂戴。勿体無いし」
「貰うな! いらねぇだろ、あんな写真!」
「京一が写ってるなら、全部貰うよ」
「その手の発言を止めろって言ってんだろぉぉおお!!」
がくがくと揺さぶられつつも、龍麻はいつもと変わらぬ笑顔。
会話の内容は、全て遠野のデジタルカメラに録音という形で収容されている。
並びに、うっかりすれば痴話ゲンカに見えてしまいそうな風景も。
ちゃっかり記録している遠野だが、まさかこんな事になるとは、本音、思っても見なかった。
噂に対して真相を追究しようなんて、確かに余りに広まった噂についてジャーナリズム精神が疼いたのは否定しないが、龍麻とも京一とも付き合いの深い仲、彼等が理屈なし掛け値なしに信頼しあう“相棒”であるとは重々判っていた。
かと言って同性愛疑惑なんて、モラルに厳しい国日本の健全な高校生男子、ある訳ないと思ったのだ。
京一は様々な人間に好かれてはいるが、根っからの女好きである。
龍麻は一向に色の話を聞かないけれど、男が好きだなんて節は片鱗も見えない。
第一、二人とも顔はいいのだ、素行不良の問題児と言えど、女に不自由する事はないだろう。
それで幾ら身近にいる気の置けない友人相手だとしても、男に走るなんて考えられない。
京一が龍麻の家に寝泊りしているのも、“相棒”同士の気安さからだと言える。
京一が家に帰らず、歌舞伎町の知り合いの所をあちこち巡っているのは、以前聞いた。
だから、遠野は噂の再燃とその要因を知っても、なんだそんな事か、と思ったものだ。
ただちょっと、新聞のネタになるぐらいであればと―――――それだけだ。
一面を大々的に飾るとまでは言わない、噂の真相はこんなものでした、というだけの。
実際、京一からは予想通りの反応だった。
だから龍麻からも、いつもの笑みで「そんなのただの噂だよ」と言われるだろうと思っていた。
それにちょっと残念そうな顔をして見せて、それで終わりだと。
思って、いたのだけれど。
(………コレ……あたしの所為かしら……?)
いつもの笑顔と、完全に激昂した顔で、噛み合わない会話をしている友人二人を眺め、思う。
「龍麻、テンパっての発言なら、今直ぐ忘れてやる。だから妙な発言はもう止めろ」
「別にテンパってはないよ。至って普通」
「お前の今の発言の何処が普通なんだよ!!」
「京一の方こそ落ち着きなって」
「これが落ち着けるか! 畜生、なんでこんな事ばっかり……!!」
がっくりと頭を落とし、苦悩するように椅子に座り込む京一。
抱えた頭を龍麻に撫でられて、余計に沈み込んでしまった。
それを見ながら、龍麻はぼんやりと胸中で呟く。
(―――――そんなに嫌かなぁ……)
僕と噂になるの。
目の前の親友がそれを聞けば、当たり前だろうと即返答があっただろう。
僕はこんなに嬉しいのに――――と言ったら、また先ほどのように「そういう事を言うな」と言われるのだ。
全て龍麻の本音なのだが、京一には一向に伝わらない。
でも噂とは言え、好きな相手とそんな風に見られる事に、嫌な感情は湧かなくて。
「京一」
「………ンだよ」
ふざけた事言い出したらブッ飛ばすぞ、と。
見るからに凶暴な顔で睨む京一に、龍麻は視線の高さを合わせ、
「いいじゃん、どうせ噂なんだからさ」
「……あのなァ……」
「本当のことは僕達が判っていれば十分だし」
「………まァ、そうだけどよ…」
野郎とってのがなァ……と呟く京一。
京一にとって、この噂の一番の着眼点は其処なのだ。
“誰と”ではなく、“男と”という部分。
がしがし頭を掻いて、京一は自分を見つめる龍麻を見返す。
いつもと変わらぬ笑顔を浮かべている龍麻に、自分の反応の方が過剰なのではないかと思えてくる。
龍麻の言う通り、所詮、噂はただの噂。
人の口に戸は立てられないから、あれこれ鰭をつけて出回るけれど、いつかは沈静化するもの。
遠野も言ったように、以前にも噂はあり、次第に落ち着いて聞かなくなっていたというから、今回も時間の問題だろう。
こういうものは当事者達が慌てて見せたりすると、余計に煽ってしまうものなのだ。
第一、これ以上平穏な生活を脅かされるのは御免だ。
「ちっ………」
言い出した最初の人間を思う様ブッ飛ばしたい。
が、もう今となっては出所なんて判然としないだろう。
判り易く舌打ちして、京一は立ち上がる。
「アン子、そーいう訳だからな。新聞にするなら、噂はただの噂って書けよ。それ以外の事実なんてねェんだからな」
それだけ言って、京一は教室を後にした。
昨日と何も変わらぬ帰宅路なのに、無性に疲れた気がする京一だ。
数日前にも似たような倦怠感に見舞われたのを思い出し、げんなりと顔を手のひらで覆う。
やっぱり疫病神か何かに取り憑かれているのだ。
織部の神社にでも言って祓って貰うか……バカバカしい話のような気もするけれど。
そうでも思わなければ、正直やってられない。
少し後ろをついて歩く龍麻は、至っていつも通り。
遠野に聞かされた噂の内容も、まるで気にしていない。
その方がこの場合は良いのだろう。
どんなに不満のない学校生活でも、誰もがささやかでもいい、刺激を求めているのだ。
下らない噂は幾らでも出回るもので、特にこんな噂なら誰もが面白半分に飛びつく。
下手に騒ぐのは相手を煽るだけだから、龍麻のように大人の対応をするのが一番だ。
けれども、数日前の出来事と相俟って、京一はダブルパンチを食らった気分だ。
(なんだって野郎とばっかり………)
葵や小薪というなら、まだ判る。
三年生になってからよくつるむようになったし。
それなのに、どうしてよりによって龍麻なのか。
中学の頃から付き合いのある醍醐とだってそんな噂はなかったのに―――いや、あっても嫌だが。
この五日間、龍麻の家に寝泊りした。
龍麻もそうして良いと言ったし、京一も面倒が省けて助かるしと、甘受して。
その前にも何度か泊まった事はあったけれど、こんな事にはならなかった。
連泊した所為か? と原因を探し、だったら今日は行かない方がいいか、と思った時。
「京一」
呼ぶ声がして歩調を落とすと、龍麻が隣に並んだ。
「京一、今日も泊まってくよね」
それは、この数日間、帰宅路に着くと投げかけられる問いだった。
昨日も一昨日も、それには直ぐに頷いた。
けれども、今日は。
「あー……っと……」
親友の好意を無碍にする気にもなれず、かと言って中々頷く気にもなれず。
返事を濁らせた京一に、龍麻の表情が曇る。
「ダメなの?」
「いや、ダメっつーか……あんな噂があるとなァ…」
泊まればまた噂を煽ってしまうかも、と言う考えが京一を迷わせる。
行く宛ならばない訳ではないけれど――――目の前の、残念そうな顔をを放っておく事も出来ない。
こんなに自分は優柔不断だったかと頭を掻いて、息を吐く。
「噂があるなら尚の事、うちに泊まった方がいいと思うよ」
「…どういう理屈でそんな結論に行き着くんだよ」
「うーん…ほら、逆にって奴。ああいう噂って、本当だったら、気にして別々に行動するようになりそうだし。だから、逆に」
「……なんでもないなら、そのまま泊まってればいいって?」
親友が親友を自宅に招き入れる事に、なんの不自然があろうか。
宿無し状態の親友を泊まらせることに、なんの不思議があろうか。
勘繰られても何もないんだと。
いっそ堂々としていれば良いんだと言い切る龍麻に、それもそうか……と京一も思えて来た。
それに、寂しそうな“相棒”を一人家に帰らせるのも、なんだか。
「しゃーねェな。んじゃ、帰るか! 晩飯はお前のオゴリだぜ」
「うん」
嬉しそうに笑って頷く龍麻に、京一も笑った。
間もなく、更なる災難が降りかかるとも知らず。
次
八→京←龍と言いつつ、すっかり八剣の出番が……(汗)
次は出ます、次はちゃんと出ますから! ホント!