例えば過ぎる時間をただ一時でも止められたら。 忍者ブログ
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Joke and worry












其処に残った薄い痣は、数日の内に消えるだろう。






























【Joke and worry】






































「京一に酷いこと言われた」

「だから、あれはオレじゃねェって言ってんだろ」

「首も絞められた」

「人聞き悪いこと言うな! つか、あれはお前からやってきたんだろうが!」

「…………」

「……お前なぁ……」









…………その場のその状況を観ていなかった者にしてみれば、とんでもない会話である。




仲間同士―――特に常に行動を共にし、今となっては傍目にも“親友”と言えるだろう、龍麻と京一の二人だが、
彼等の口から出てきた台詞は、どれも仲間同士、親友同士が互いに向けて発するにはあまりにもおっかない代物。


龍麻の“酷いこと言われた”というものなら、まだ想像できないでもない。
何せ京一は口は悪いし、態度も粗暴だ。
辛辣な言葉を隠そうともしないし、確かに人によっては酷い言われ方だと思う言動も目立つ。
しかし、龍麻は寛容なのか単純に気にならないのか、京一のそんな言を特に気に留めない。
そして京一が“オレじゃねェ”とずっと弁解を図っているから、何某か、敵の思惑にハメられたのだろうと思う。

だが聞き逃せないのはその後に続く言葉だ。


“首を絞められた”なんて、全くもって穏やかではない台詞だ。
おまけに京一も“お前からやってきた”と言い出す。
つまり、龍麻は京一に首を絞められたが、それよりも先に龍麻の方が京一の首を締めていたと言うのだ。






「もういい加減にそれに拘るの止めろっての」
「だって、苦しかったし」
「オレだって死ぬかと思ったぜ。お前、加減しなかったじゃねェか」
「京一だってそうだろ」
「それもオレの意思じゃねェよ!」






話は堂々巡りだ。

如月骨董品店で、京一曰く雷野郎――――雨紋雷人と、今回の鴉事件の犯人の行方を追って集まった頃から、
龍麻と京一はこの調子で、延々と口論と言うには中身のないケンカを続けていた。


龍麻はずっと拗ねた口調で(その割に表情はいつもとあまり変わっていない)、
京一は呆れた顔をしたり、怒り顔になったり、最後はやっぱり呆れたりという顔で忙しない。
会話を聞いていると専ら責めているのは龍麻の方で、京一は付き合うのも疲れてきたようだった。







「癪に障るけどよ、あの野郎の仕業だってのはお前も判ってんだろうが」
「うん。でも、本当に死ぬかと思ったし。京一に殺されそうになるなんて、思わなかったな」
「オレだってお前に殺されるとは思わなかったぜ」







言って、京一は盛大な溜め息を吐いた。







「確実に頚動脈入ってたぞ、アレ……」







左手で自身の首筋を擦る京一。
触れると其処にまだ圧迫感が残っているようで、京一は顔を顰めた。

同じように龍麻も自身の首に触れている。



そんな彼等を遠目に見ながら、醍醐、小薪、葵はなんとも言えない表情をしていた。




敵に操られての不本意な行動だったとは言え、その時の彼等を想像すると本当に怖い。
徒手空拳を得意とする龍麻の握力は並大抵ではないし、京一も毎日木刀を握っている。
半端ない弾力感やら、防御力を持つ鬼を相手にしても木刀を手放さないその握力は、龍麻に負けるとも劣らぬだろう。
そんな二人が力の加減もなく首を絞め合っていたら、遅からずどんな事になってしまうか……容易に想像が尽く。

その場にいたのが二人だけではなく、雨紋の存在があったのは実に幸いだった。
彼が今回の事件の犯人であり、二人を操った亮一を止めなければ、龍麻と京一は此処に戻ってはいまい。



身体が言う事を聞かず、酸素が欠乏し、だと言うのに友を殺そうとする腕は離れない。
それは他者には想像することなど出来ない程、恐ろしいものではないか。

小薪だって葵を自らの手で貶めたくはないし、葵だってそれは同じ。
醍醐も慕情を寄せた相手や、気心の知れた友人をこの手で死なせたくない。
例えそれが己の意志ではなかったとしても。


遠退く意識の中で、同時に己の手の中で友の鼓動が弱まっていく。

――――――考えるだけで、空恐ろしい。





そして、不本意であろうとそんな事態になった後で、こんな風に軽口めかしてその出来事を口に出すなんて出来やしない。







「京一、爪伸びてるだろ」
「あ? なんだよ、急に」
「食い込んで痛かったんだよ。多分、痕残ってる」
「そんなトコまで責任取れるかよ。ンな事言うなら、お前だって」
「僕はちゃんと切ってるよ」
「下手なんだろ。尖ってるんじゃねえか、なんか刺さった感じしたぜ」







……尚且つ、こうして普段と同じように振る舞うなんて、無理だ。


幾ら操られていたという理由があろうと、後ろめたさはあるだろう。
相手が何度“気にしていない”と言った所で、自身の中に蟠りは残る。

龍麻のように、責める割には、なんでもない事のように。
京一のように、ただ同等に、なんでもない事のように。
その出来事について話すなんて、如何考えても出来なかった。








「それよか、見てみろ。オレなんか痣残ったんだぜ」








京一が頭を上げ、首に当てていた手を話す。
如月骨董品店の鏡で垣間見たのだろうか、確かに其処には薄らと痣が残っていた。

龍麻がそれを覗き込む。







「ホントだ。きれーに残ってる」
「暢気な事言ってんじゃねえよ、テメェは…」







そのきれーに残った痕。
それを残したのが誰であるのか、考えなくても判るだろう。
まして龍麻は当事者である。
…にも関わらず、龍麻はサラリと言ってのけた。

京一の首をぐるりと一周している、常人よりも少し大きめに見える、手形。
龍麻の伸ばした手が其処に触れると、ぴったりと寸分の狂いなく大きさが一致する。






「お前、半分本気だったんじゃねェか?」
「あ、酷い。京一、僕のこと信じてないの?」
「でなきゃこんなに痕が残るかよ」
「僕、一所懸命抵抗してたのに。京一こそ…」






責め合いをしているというのに、本人たちの空気は至って和やか。
テンポの良い会話が飛び交い、醍醐達は口を挟めない。






「死ぬかと思った」
「僕も」
「あんな間抜けな死に方、御免だっつーの」
「うん、僕も」






いつもの何気ない会話と何ら変化はない。
京一の軽口に、龍麻がノったり、諌めたり、そんな程度のものと同じ。

……内容は、甚だ穏やかではないけれど。







「……ボクには理解できないよ……」
「…同感ですね…」







呟いた小薪は、これ以上この会話にはついて行けない、と早足になった。
醍醐もそれを追い駆け、未だ物騒な会話を続けている龍麻と京一を置いて行く。








「……ちょっと、羨ましい…って言ったら…怒られるかしら……」







―――――葵のその呟きは、幸いと言うべきだろうか。
前を歩く小薪と醍醐にも、後ろを歩く龍麻と京一にも聞こえなかった。



葵は進む足を止めぬまま、こっそりと、肩越しに後ろを振り返って見る。


いつものように龍麻の肩に腕を回し、口角を上げて軽口を叩いている京一。
それを常と変わらぬ柔らかな笑みを浮かべ、一言二言、返している。

そうして顔を突き合わせ、クツクツ笑う、クラスメイト二人。






何を言っても、赦し合える。





ささやかな焼餅を隠して、葵は前を歩く二人に並ぶ為に足を急がせた。






























―――――――ひたり、と。
首筋に触れた指先をいぶかしんで、半ば無意識に眉根が寄っていた。
が、その出所が何であるのか気付くと、眉間の皺は少し薄くなる。



痣の残った京一の首に、龍麻が触れている。







「苦しかった?」







かけられた問いは、京一にとって愚問以外の何者でもない。







「当たり前だ」
「だよね」
「お前もだろ」
「うん」






不本意にも、互いの首を絞めあった。


最初に龍麻に首を絞められた瞬間、京一は我が目を疑った。
故意にしろ不本意にしろ、龍麻にそんな事をされるなんて思ってもみなかった。

洒落になってない、と言った京一に、龍麻が違う、と言った。
その目は自分のよく知る親友の色をしていたから、その時はほんの少しだけ安堵した。
良かった、こいつの意志じゃない――――そんな風に。

それから自身の腕が持ち上がり、龍麻の首を絞め始めた時、止めろ、と叫びたかった。
自分の意志じゃなくても、龍麻にそんな事をしたくはなくて。



だから、苦しかった。



酸素の欠乏など、些細な事だ。
意識が朦朧としていく事だって。
その先に待つのが、望んでもいない形の死であるとしても。

その瞬間に苦しかったのは、確実に近付く死への階段ではなく。
手の中にある友の鼓動が、少しずつ、弱くなっていくこと。








「ごめんね、京一」








僕が操られたりしなかったら、こんな事にはならなかったのに。

詫びた龍麻の顔が、何よりも雄弁に語っていた。
最初のあの時、自分がもっと抗っていたら、と。


正面から見たその顔に、京一はがしがしと自身の後頭部を乱暴に掻く。









「……ま、無事だったし、な」








龍麻のように、素直に謝る事は出来なかった。
もう気にしてねェよ、と言うのが精一杯。








「ごめんね」
「もういいって」
「ごめん」
「……龍麻」







繰り返し詫びを告げる龍麻に、京一が顔を顰めた。

その侘びが何に向けられているのか、何を根源としているのか。
龍麻は自身で十分理解していたし、京一も判っている。





酷いことをしてごめん。
酷いことをさせてごめん。
怖い思いをさせてしまって、ごめん。

例えそれが、君の意志ではなかったとしても。
君の手で僕を殺す事になりそうだったなんて、そんな事。


酸素が欠乏するよりも、意識が朦朧とするよりも。
望まぬままに目の前の存在の命を奪おうとする手が、何よりも憎かった。
相手にそんな事をさせていると判っていながら、抗えなかった自分が憎かった。
何度謝ったって、足りない位に。





自分が死んでしまうより。
彼の手で自分が死んでしまうことが、自分の手で彼を殺してしまうことが、怖かった。










「生きてんだから、もう謝るな」









それでも、確かに自分達は生きている。
あの場に雨紋がいてくれて、本当に良かった。

龍麻は京一を殺さなかったし、京一は龍麻を殺さなかった。
それで済んだ、二人とも生きていた。
皆の前で冗談めかして軽口を叩けるのも、生きているからこそ。


こうして隣に並んでいられるのも、生きているからこそ――――――……










「痣、早く消えるといいね」
「………ああ」




















この痣は、君の傷。

だから早く、消えるといい。



君と殺し合った過去なんて、跡形もなく。
























アニメ4話の、二人のあの掛け合いが可愛くて大好きです。
序にあの首絞めのシーンに萌えたって言ったらダメですか…
最後の部分(この痣は〜)は京一から龍麻へ。

無意識にラブラブの二人。
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Give-and-take









「コーヒー牛乳でどうだ?」



「苺牛乳」


















【Give-and-take】


























自販機で苺牛乳が売られている事は少ない。
コーヒーやコーラは幾らでもあるのに。

だから買おうとするといつも決まった自販機の場所に行かなければならない。
それも時々品代わりで見かけなくなってしまうことがあるから、一番確実なのは最寄のコンビニ。
しかしコンビニで買うと大体大きめのパックになってしまうので、授業までに飲みきろうとすると少し辛い。


――――――そんな訳で、今日もいつもの自販機の前。





ガコン、と音がして、求めた品が落ちてくる。
京一がそれを取り上げると、ホラよ、と龍麻にそれを差し出した。

小さな苺牛乳のパックジュース。








「しっかし、お前も単純な奴だな」
「何が?」








ストローを紙パックジュースに突き刺しながら、京一の言葉に龍麻は顔を上げた。

京一は次は自分の分を、とポケットから小銭を漁り、投入口に落としていく。
チャリンチャリンとテンポ良い音がした。








「それ一個で納得するんだからよ」
「ケンカのこと?」







疑問系で言ってみれば、京一は反応しなかった。
出てきたコーラを手にとって蓋を開けている。
否定の言葉がなかったので、正解という事だろう。



あちこちで顔の広い親友が、信頼と同時に恨みを買っているのを、龍麻は最近になって知った。
最近も何も、付き合い始めてまだ一ヶ月とちょっとであるが。

歌舞伎町の用心棒と呼びなわされる京一は、伊達ではなく、強かった。
だからお礼参りだの、仕返しだの、決着をつけろだの――――…そんなものは屁でもない。
にも関わらず、龍麻はよく彼のケンカに付き合う。
それこそ、授業を途中で抜け出してでも。


龍麻が京一とつるむようになったのは、なんとなく、としか言いようがない。
最初に遠慮なく木刀を振われて、同じく此方も拳を突き出して、という出逢いからして強烈であったのだが、
その後一緒にいるのは、声をかけられて拒む理由がない事と、なんとなく居心地が良いから。

理屈ではない。
ただ本当に、一緒にいるのが楽しかった。


しかし、だからと言ってケンカに付き合うような義理はないのである、本来ならば。
いつからこうして、京一のケンカに首を突っ込むようになったのかは判らない。
気付いた時には当たり前のようになっていて、京一もそれを受け入れた。
時には、「面倒だからあっち連中片付けておいてくれねぇ?」と京一に任せられる。
そして龍麻は「いいよ、後で何かおごってね」という程度でさらりと受け止めた。

二人のこの間柄について、他によく会話をする友人達は、あまり良い顔をしなかった。
大抵責められるのは京一一人なのが、龍麻にとっては不思議だ。
何も知らない転校生を不良の道に引きずり込んだ、なんて言う者もいた程。



とんだ誤解だ。
好きで一緒にいるのだから。
京一も、それを赦してくれているから。

授業をサボタージュするのも、ケンカをするのも。
龍麻自身が、京一と一緒にいて楽しいから。






ちゅーっとストローから甘い液体が吸い上げられ、馴染んだ甘味が口内に広がる。
大好きなその味が嬉しくて、へにゃりと自分が笑っていることは自覚していた。







「そんなに美味いかァ? それ……」
「うん。京一も飲んでみる?」
「いらね」







にべもない一言で片付けて、京一は自分のコーラを煽った。







「甘いんだろ、それ」
「うん。京一は、甘いもの嫌い?」
「あんま好きじゃねェな」







京一の言葉に、そんな感じだよね、と龍麻は笑う。


顔で味覚が決まるなら、京一はどう見ても辛党だ。
更に言うなら、言葉も辛辣。
美里や桜井に対して、厳しい態度を隠しもしない。

ただし、ただの辛党ではない。
その奥にちゃんと深みがあって、意味がある。
それを理解するには一口目の辛味が強すぎるので、誤解されがちになってしまうのだけど。
おまけに京一自身が素直ではないので、龍麻はいつも苦笑を漏らすのだ。



コーラの中身が半分になった所で、京一はペットボトルの蓋を締めた。
それを見た龍麻は、いいなぁ、とぼんやり考える。

苺牛乳も、パックばかりじゃなくて、ペットボトルで売り出してくれたら良いのに。
そうしたらパックよりも沢山飲めるし、持ち歩きだって便利になる。
どうして苺牛乳はパックばっかりなのかなぁ、と、其処まで考えていた。


龍麻の脳内を見透かしていた訳ではないだろうが、丁度区切りがついた所で、タイミング良く京一が口を開く。







「で? 次の授業どうするよ」
「うーん……次ってなんだったっけ」
「数学。眠ィな」
「僕も眠い」
「お前、さっき寝てただろ」
「寝てなかったよ、ちゃんと起きてた」
「寝る一歩手前だったじゃねえか」
「だって眠いもん」
「そりゃオレだそうだがよ」







最近立て続けに起きている事件の調査と見回りで、二人だけでなく、美里達も寝不足だ。
ケンカ勃発前の授業中、龍麻が居眠りしていたのもそれが原因。
京一は起きてはいたが、ケンカ前に言ったとおり、フラストレーションが溜まっていたのは確かである。







「サボるか」
「何処で?」







一も二もない京一の言葉に、龍麻はごく自然に質問する。
いつもならば屋上が定位置になっているのだが、今日は雨が降っていた。
ケンカ前に止んではいたし、空も晴れているが、東の方角に薄い暗雲。
もう一雨来そうな予感だ。

空を仰いだ京一も同じ事を考えたらしい。
かと言って、やっぱり大人しく授業に出るか、とは言わない彼だ。







「校舎裏でも行くか」







あそこなら気持ち程度であるが、庇もある。
木々が植えられているので、それも大いに大歓迎。
強い日差しからでも、雨粒からでも、あれらは守ってくれる。








「じゃあ、ちょっと待って」
「あ?」








向かう先が決定して、すぐに足を向けた京一を、龍麻は少しだけ押し留めた。
律儀に振り返って待ってくれる親友に笑みをこぼし、龍麻はズボンのポケットを漁る。
小銭が指に当たって、取り出すと、チャリチャリと投入口に落とした。

その小銭を落とす反対の手には、報酬に貰った苺牛乳がある。
中身は既にほとんど残っていない。


ガタンと音がした。
取り出されたピンク色の紙パックに、京一は呆れた顔を浮かべ、







「まだソレ飲むのか」
「美味しいから」
「っトに好きだな……」
「京一だってラーメン一杯食べるじゃん」






行き付けのラーメン屋で替え玉をしていた京一を思い出して言う。







「そりゃ、美味いからな」
「一緒だよ」







美味いもの、好きな食べ物は幾ら食べたって飽きない。

笑んで言う龍麻に、京一はそれ以上言及しなかった。
じゃあ行くか、とコーラ片手に紫色の竹刀袋に入った木刀を肩に担いで歩き出す。
龍麻は空になった報酬の紙パックを備え付けのゴミ箱に落とした。
カタン、音がする。



隣に並んで、早速買ったばかりの紙パックのストローを包装から取り出す。
ぷつりと差込口にそれを差し、先ほどと同じように飲んだ。
甘い香りと味に、龍麻の顔が綻ぶ。

けれどその片隅で、龍麻は不思議な感覚を覚えていた。








「………?」








苺牛乳を飲みながら首を傾げた龍麻に、京一が眉を潜めた。








「どうした? 龍麻」
「……んー……」
「なんか変なモンでも入ってたか」







別に、何かが入っている訳ではない。
だったら、もっと大きなリアクションをしているだろう。







「……なんか」
「あ?」
「………味、違う……?」
「はァ??」







何を言い出すんだ、と京一が思いっきり顔を顰める。
なんでそんな事になるんだ、と言わんばかり。

いや、それについては龍麻の方が聞きたかった。
手の中に在るのは間違いなく、いつも飲んでいる紙パックの苺牛乳。
ついさっきだって同じものを飲んだばかりで、押したボタンは間違えていないし、パッケージだってそのまま。
何処からどう見ても、馴染んだ飲み物。

舌に馴染んだ味だって、間違いなくいつもの苺牛乳だ。



なのに、何故か。








「なんだァ? 業者の手違い……とかじゃねえよな」
「うーん……」
「傷んでるとかじゃねえか? ヤバいようなら止めとけよ」
「そうじゃないと思うんだけど」








見えないと判っていつつ、龍麻はストロー口から中を覗き込む。
京一は何やってんだ、という顔でそれを見ていた。







「そんなに考え込む位なら、キッパリ諦めて捨てろって」
「だって勿体無いよ」
「……ったく…ちょっと貸してみろ」
「あ」







ぱしっと京一の手が龍麻の手から紙パックを奪う。

京一がストローに口をつけて、少し飲む。
龍麻の手は彷徨ったまま、それを茫然とした風で眺めていた。






「うぇ、甘ったりィ。でも傷んでるとかじゃなさそうだな」
「………うん」
「つーか、いつも通りじゃねえか? 別に変な味なんてねェし」






まぁいつも飲んでる訳じゃないからよく知らねェけど、と。
呟いて、京一は彷徨っている龍麻の手に紙パックを押し付ける。







「あーあ、口ン中甘ェ……」







京一はもう興味を失ったらしく、くるりと背中を向けて歩き出す。
龍麻を置き去りにする形で。



龍麻は紙パックを持ったまましばらく棒立ちになっていたが、少し経ってから、自分の手の中の物を思い出す。
その時特に思うことがあった訳ではなく、ストローに口をつけてちゅーっと液体を吸い上げる。
口内に広がった甘い味は、先刻飲んだものとも、その前に飲んだものとも、何も変わりはなく。

また不思議に感じて、龍麻は僅かに瞠目した。











「おい龍麻、何やってんだ。行くぞ」











そうしている間に随分と距離が開いていた。

置いてけぼりにしている事に気付いた京一が、立ち止まって此方に振り返っていた。
その表情はいつもの仏頂面で、龍麻が毎日見ているもの。


手の中の紙パックも、自分を待っている親友も、いつもと何も変化はない。
空は蒼くはなく今日は曇っているけれど、日常風景の一つであるのは同じ。
佇む校舎も、教室から聞こえるささやかな喧騒も、グラウンドの賑やかな声も、いつもの事。
何も可笑しな所などなく、龍麻がこの学園に来てから、毎日見ている光景だった。

その光景の中に、自分がいて、京一がいる。
―――――毎日の風景。




京一が、其処にいる、風景。










(――――――ああ、そっか)











手の中の紙パックを落とさないように。
小走りで京一に追い着くと、京一は何をしてたんだか、という顔。
けれども言及はなく、くるり踵を返してまた歩き出した。
その隣を龍麻も歩く。

チャプンと音がして、重力に従った京一の手の中で、ペットボトルのコーラが揺れていた。



あれも、違う味がするのかな。



苺牛乳を飲みながら、龍麻はぼんやり考える。

答えはないし、きっと他人に問うた所で判らない。
自分の都合の良い味覚と、能認識の所為で感じたことなのだから。
















大嫌いだった、牛乳。
大好きな、苺牛乳。

最初にこの味を教えてくれたのは、優しい義母(はは)。





そして、今、もう一度。








大好きだった甘い味が、もっともっと、好きになった。





















一話のあの後、ちゃんと奢ってもらったのかなって。
“苺牛乳が好き”で“京一に貰った苺牛乳が好き”とか……妄想妄想。
京一にはなんのこっちゃです(笑)。

【Is the nickname necessary?】












………自分だって、嫌がってるくせに


























【Is the nickname necessary?】

























……両親が東京に来た。
義理、だけど。

でも、大好きな人たち。




ちょっと柄でもない気はしたけど、そわそわしてた自覚はあった。
色んなところ案内してあげたかったし、田舎にないものも沢山あるし……
何より、あの人達に逢えるって事が、何より嬉しかったんだ。

食べさせてあげたいものとか、沢山あって。
その中には、真神学園で出来た友達から教えてもらったものも沢山あった。
皆の事は手紙に一杯書いたけど、やっぱり言葉でも伝えたかった。
僕は今、こんなに素敵な人達と一緒にいるんだよって、言いたくて。


その為にあちこち歩き回って、面白いものとか、両親が喜びそうなものを探し回った。
遠野さんに聞いたら手っ取り早いだろうとは思ったけど、自分で探して、自分で見て、自分で決めたかった。

でもそうすると、皆と一緒にいる時間が少し減ってた。
特に、転入した初日から不思議に思う暇もないくらい一緒にいた京一とは、すっかり会話が少なくなっていた。
帰りにラーメン食べに行こうって誘われて、それは凄く嬉しかったんだけど、僕は結局断わった。
両親が来るまでそんなに時間が無かったから、なるべく沢山の場所を見回って起きたかった。
あと、両親が喜びそうな土産物とかも、少し見繕っておきたくて。




しばらくは東京巡りに夢中になっていたけど、何日かして、ふと気付いた。
ラーメン食べに行こうって言うのを断わった時の、京一の表情に。



怒っている、とまでは行かなかったと思う。
唇とんがらせて、子供が拗ねたみたいな顔だった。
自覚してなかったんだろうなぁ、多分。

他にも、醍醐君や桜井さんや美里さんにも声をかけられたけど、それも断わった。
遠野さんからは来週の新聞に、ってインタビューをお願いされたけど、それも今度にしてもらった。


―――-―これはもう、そわそわしてたなんてレベルじゃなかったかな。
もうすっかり浮かれちゃってた訳だ。

友達を放ったらかしにしちゃって。







だからこれは、その仕返しなんじゃないかなと思う。













「ひーちゃん」












陶芸家の父に遠野さんがインタビューをしていて、醍醐君が感心したように父の話を聞いていて。
美里さんと桜井さんは母と話をしていて、内容はあまり聞こえないけど、盛り上がってるみたいだった。

そんな風にいつものメンバーが集まっている中、これもまたいつものように、僕の隣にいるのが、京一で。







「いいじゃねーの、ひーちゃんって。親しみ易い感じするぜ」
「……京一……」







母が僕を呼ぶ時の、あだ名。
真っ先に反応を示したのが京一だった。







「可愛いなー、ひーちゃん!」
「……やめてよ…」







肩を寄せながら連呼する京一に、僕はフードを頭に被って、俯いて呟いた。


別に、本気で嫌な訳じゃない。
母にそう呼ばれるのも、父がそれを見て微笑んでいるのも。

ただ、その………恥ずかしいのだ、早い話が。

一応、これでも高校三年生なんだから。
両親が来るって事ではしゃいでいた事も今考えればちょっと恥ずかしい。
その上、あだ名が“ちゃん”付け………
両親に呼ばれることに抵抗はないけど、周りに知られるのはやっぱり……ね。



………こういう事も、多分に予想出来てた訳で……








「オレ、これからお前の事、ひーちゃんって呼ぼうかねぇ?」








京一は、フードで隠した僕の顔を覗き込んでは来なかった。
代わりに肩に回された腕がぐいぐい引っ張ってて、ちょっと窮屈で、ちょっとくすぐったい。



…このまま黙ってたら、これからそう呼ばれるようになるんだろうか。
ちょっと考えて、悪くは無いかも―――と思ってから、やっぱりなんだか恥ずかしい。

何が一番恥ずかしいって、繰り返すけど“ちゃん”付けだ。
その上、京一からの僕の呼び名は、なんとなく最初から“龍麻”だった。
あれから三ヶ月あまりが経つけれど、急に呼び名が変わると奇妙な感覚になる。
突然だったら、尚の事。







「……龍麻でいいよ」
「あ? 何水臭ェ事言ってんだよ、ひーちゃん」
「……京一、ひょっとして遊んでる…?」







口を開くたびに呼ばれるものだから、そんな気がして問い掛けてみた。

フードを少し捲って京一の顔を見てみると、にやにや楽しそうな顔。
……やっぱり遊んでる。



フードを取った所為だろう。
両親と美里さん達の会話が、クリアになって聞こえてきた。

母が僕の手紙の内容を、美里さんに話して聞かせている。
…彼女の事は確かに書いたし、嘘は言ってないけど…やっぱりそれも恥ずかしい。
どの事を母が言ったのか僕には判らなかったが、美里さんは頬を染めて笑っていた。
その横で桜井さんが自分を指差している。
彼女の事も勿論書いた、醍醐君や遠野さんの事だって書いたし、マリア先生の事も書いた。

……此処で僕で遊んでる京一の事も、書いた。


皆、大切な人達ですって。


………お願いだから、皆の前でそれだけは言わないでほしい。
だってすっごく恥ずかしいじゃないか、そんなの……




って言っても、今の僕には、連呼されるあだ名の方が恥ずかしいんだけど……








「おーい、ひーちゃん」
「………」
「返事しろって、ひーちゃん」







いつも持っている木刀の先でツンツンと頭を突かれた。


だから…恥ずかしいんだってば。
京一だって――――――――………












「何? 京ちゃん」













ピタリ、京一が固まった。
不意を突かれたみたいな顔して。



京一は、結構強面だと思う。

素面では醍醐君の方が強面かも知れないけれど、彼の場合、雰囲気がそうじゃない。
なんだかおっきな森のクマさんみたいな感じで、桜井さんと一緒にいると特にそう。
眉尻が下がっている事が多いから、あまり怖いとは印象が付かない。

反対に京一の方は、目尻も眉も吊り上がってて、顰め面みたいな顔をしている事が多い。
結構キツい事も言うし、ピリピリした感じもあって……うん、強面なんだろうね。
眉間に皺寄ってたり、にぃーって笑うと八重歯が牙みたいだし。



でも、あだ名は“京ちゃん”なんだ。
でもって、呼ばれると絶対に、









「京ちゃん言うな」









…半分は反射反応だと思う。
ラーメン屋のコニーさんとかに呼ばれる度に、すぐ言ってるのを僕は何度も見た。

初めて聞いた時は、案外可愛い呼び方されてるんだなぁと思った。
顔を見たら拗ねた感じで、言うなって言う割には、そんなに怒った感じじゃない。
多分恥ずかしかったんだ、“ちゃん”付けで呼ばれるのが。






「いいじゃん、京ちゃん。親しみ易い」
「言うなっつーの」
「京ちゃんが先に言い出しただろ」
「ちょっとノっただけだろが」
「じゃあ、僕もちょっとノっただけ」






中身のない言い合いだ。






「なんか可愛いね、京ちゃんって」
「はぁ?」
「うん、確かに親しみ易い感じする」
「呼ぶなよ」
「なんで? いいじゃん、京ちゃん」
「やめろって」






さっきとは丸っきり立場が逆転した。
特に意味はないが、悔しく思う比率は違う。







「京ちゃん」
「やめろっつの」
「どうして? 京ちゃん」
「……ンなろ……」






京一の尖った八重歯が覗く。
そうすると、見た目強暴さ三割り増し。
僕は、すっかり見慣れたけど。

多分、今、どうやって僕に更なる仕返しをするかで頭を高速回転させている。
僕はどうやってそれを回避しようか、一所懸命考えている。


……行き着く先は、結局一緒のような気がする。





結果。










「京ちゃん」


「ひーちゃん」











殆ど同時、綺麗にハモって聞こえた二つのあだ名。








「似合ってんじゃねーか、ひーちゃん」
「京ちゃんはちょっとイメージ違うね」
「じゃ呼ぶの止めろよ」
「それはヤだな」







だって。
今僕だけ止めたら、負けになっちゃうし。
京一が僕を一方的に“ひーちゃん”なんて、なんだかズルい。


いつだって隣に、同じ位置にいるんだから。
こういうのも一緒がいい。







「ねぇ、これからも京ちゃんって呼んでいい?」
「呼ぶな。呼んだら殴るぞ」
「京ちゃん怖いよ」
「呼ぶなっつーの!」







宣言どおり、拳が飛んできた。
木刀じゃなくて良かった、あれは完全に凶器だ。
特に京一が持っていると。



どうやら、京一はこのあだ名がよっぽど恥ずかしいらしい。
僕は両親からずっとそう呼ばれていたから、諦めがついたのもあるだろう、それほど抵抗はなかった。

知られた直後は、高校三年生の男が“ちゃん”付け……という事に少し恥ずかしかったけれど、
よく考えたら京一も同じなんだと思うと、気付いた時には開き直った感じになった。
そもそも、あだ名というのは、特に親しみを込めて相手を呼ぶ時に使うもの。
京一に呼ばれる事を思ったら、いつの間にか、嬉しい気持ちの方が勝っていた。


でもやっぱり、恥ずかしいものは恥ずかしい。
…特に、連呼されると。

……だって、“ちゃん”付けだし。







「いい加減にしろよな、ひーちゃん?」
「京ちゃん、笑った顔が怖い」
「おめー程じゃねえよ」
「普通に笑ったら、京ちゃん結構可愛いのに」
「誰がだぁっ!!」







二重の意味で逆鱗に触れたらしい。
今度は思いっきり木刀が振られた。
避けられると判っての一撃だったけど(だって距離が足りなかったし、踏み込みも甘かったし)。



それにしても。
両親の前でこんなアクロバットなスキンシップはどうだろう、と少し思った。
逢って即決闘みたいな事になったなんて、まさか手紙には書いてない。
木刀持って息子が追い回されたりしたら、やっぱり慌てるものだろうか。

と、思ったのだけど、両親はどちらも楽しそうに笑っていた。


ああ、判ってくれてるんだと思った。
京一の事も、皆の事も、僕が今楽しいんだって事も。
判ってくれてるんだと。








「ひーちゃん、ちょっと其処に直りやがれッ!」
「やだよ、京ちゃん怖いもん」
「京ちゃん言うな!!」








怒った所為か、何度も言われたからか。
京一の顔は赤くなっていた。

















可愛いなぁ、京ちゃん。



















オチなんてある筈もなく………つらつらと書いてみました。
初の魔人小説、しかもアニメで気持ちは龍京。

皆にあだ名が知れた時、やたらと龍麻が恥ずかしがってて、京一が面白がってたので妄想してみました。
あれぐらいの歳の男の子は、“ちゃん”付けに抵抗あるんじゃないかと……。
でもゲームではデフォルト“ひーちゃん”ですよね。私は替えた記憶があるけど。


途中まで京一優勢だったのに、気付けば最強黄龍の器。
いつの間にか京ちゃんイジメになってしまった……
そして他の面々の存在を完全無視(笑)